鈴木清順の
「陽炎座」をめぐる


 「陽炎座」は「ツィゴイネルワイゼン」の翌年(1981)撮影された「清順・大正3部作」の2番目にあたる作品。3番目はたしか「夢二」なのだが、制作順にいうと「カポネ大いに泣く」のほうが早かったと思う。「ツィゴイネルワイゼン」があまりに素晴らしかったので「陽炎座」にもずいぶん期待したものだ。ただいろいろな評価はあると思うが、作品の緊張感・緊迫感、切実感のようなテンションは「ツィゴイネルワイゼン」には及ばず、絢爛豪華な映像的な面白さはあるが「ツィゴイネルワイゼン」のように何度も見返したい、と思うまでには至らない。「陽炎座」は松田優作が主演していることもあって回顧展などでは映写されているようだ。
 「陽炎座」は泉鏡花の原作(ちなみに「ツィゴイネルワイゼン」は内田百聞だ)で、ある物語作者(松田優作扮する松崎)が、大富豪(中村嘉津雄扮する玉脇)の妻(大楠道代扮する品子)や外国人妻(楠田枝理子扮するオイネさん:これがミスキャストだ)と不思議な関係に陥っての道行き、最後に不可解などんでん返し、という粗筋だけ述べてもあまり意味のないことになってしまう。
 いろいろ不思議なシーンがあって、なかでも圧巻は最後に陽炎座の舞台が崩壊していく過程をゆっくりとしかし絢爛たる仕掛けを尽くして描写するシーン。今までの現実がゆっくりと崩落してゆくと、突如、異界が浮かび上がり、こちら側とあちら側とが逆転してしまう。このシーンが幽冥の境となり、玉脇や品子たちは彼岸へと旅立つ。松崎は身体としては生き残ったものの、魂がすでに射抜かれており、この世とあの世との区別もつかぬまま、精神はすでにこの世の人ではなくなっている…という顛末。
 全編を通してみると物語のトーンに大きな違いがある。「ツィゴイネルワイゼン」には何か闇の奥にあるものを必死で掴み出そうとする切実感や緊迫感があった。それは多分に藤田と原田との織りなす緊迫感であったかもしれないが。しかし「陽炎座」にあっては、松田と中村との間に、そのような切迫感も緊迫感も現れない。玉脇ははなから向こう側へ飛んでいってしまっている人でその内面など推し量れないし、なにかに必死にあがきながら倒れていくような切実感もない。松田優作はかろうじて何かをつかもうと苦悩はするのだが、めくるめくどんでん返しにたやすく精神を崩壊させてしまって、あちら側へいってしまった表情などはぞくっとさせるものはあるだが、こちら側に生きているわれわれに迫ってくるメッセージは「ツィゴイネルワイゼン」に比べるべくもなかった…とまあ、このようなことを言っても虚しいのだが。
 映像的には前作以上に腕によりをかけたのであろう。なかなかなものなのである。泉鏡花とあって舞台は金沢ということになっているのだが、実際には、東京と鎌倉などを中心にロケされたようだ。また中核的なシーンの撮影ではセットも組まれたようだ。
 今回めぐったのは次の2箇所。ほかにかつて目黒雅叙園、石神井公園、上野寛永寺近くなどいくつかめぐったことはあるが、ずいぶん昔のことなので手元に画像がない。



(1) 琴弾橋

映画の冒頭、松田優作が登場する場面。鎌倉小町どおり裏の「琴弾橋」。これはロケ地巡りにあたって参照した『映画芸術』では「琴平橋」と出ているのだが「琴弾橋」の間違いであろう。ここは一見、なんの変哲もない小さな川と橋。ただし映画ではうまく現代的な建物を隠し陰影をつけて撮影されていた。映像でみるといかにも大正期の町はずれ、という感じになっている。レンタサイクルでたんねんに探していったのだが、何度も道を間違えた。小さな行き止まりのある裏通りになっている。


     



(2) 鎌倉大塔宮の先にある
護良親王の墓
これまた分かりにくいところにある。映画では、大楠道代扮する品子と松崎が出会うシーン。品子は墓参りだったのだ、その墓というのがこの護良親王墓の長い階段で撮影されている。実際に行ってみると、たいへんな急坂である。長い長い階段を上っていって、よくぞこんなところに墓をつくったと感じ入る。鎌倉は中心からほんの少し離れただけで、このような幽玄の異界への入り口がたくさん顔を覗かせる地である。



     



(注 )今回の「陽炎座」めぐりにあたっても、資料としたの『映画芸術』1981-6.7 No.338。この号では「4月から6月までの撮影50日間の迫力追跡ルポ」とあって前作同様、撮影隊に同行してのルポがあってロケ地めぐりに参考になる。ただし今回は鎌倉に「陽炎座」の面影を探すという趣旨なので、こちらの映画の中心である「陽炎座」あと(上福岡醤油工場あとらしい)などを探せなかったのが残念である。他日、どなたかロケ地めぐりをして報告していただけないか。


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