講座案内

フランス,ヨーロッパの光

 ヨーロッパ文明を深く知るためには,フランスの文化や歴史の考察が不可欠だといえましょう。文学だけではなく哲学や芸術という領域においても,フランスは人間精神をめぐる先鋭的な問いを絶えず発しつづけ,豊饒かつ多彩な知的遺産を築きあげてきたからです。わが国の文化が明治以降現在にいたるまでフランスの歩みにさまざまな刺激を受けてきたことは,ここであらためて強調するまでもありません。本研究室の教育・研究は,語学力の着実な習得を基盤としながら,そうしたフランスの表象文化全般に対しても開かれています。学部生は文学や思想の研究に限定されることなく,舞台芸術や美術批評,映画や写真,あるいは政治・社会問題といった,じつに多様な観点からフランスの過去と現在について自ら進んで学ぶことができます。「アメリカ」とも「アジア」とも異なる価値観や感性と出会い,フランス語での交流を重ねていきながら,21世紀の国際社会で活躍するために必要な知恵と創造力を育む「場」,それが仏文学研究室なのです。
 大学院では専門領域の研究史を体系的に把握し,研究対象にかんする新たな知見や解釈を提出することが求められます。このため講義・演習を通じて作品分析の方法論や論文執筆についての指導をおこないますが,これと並行してフランス本国での学問的な環境を経験させるために留学を積極的に奨励しています。また研究室を母体とする組織「九州大学フランス語フランス文学研究会」では研究誌『ステラ』(年刊,毎号300頁前後)を発行しています。



「なによりもまず,語学力を」

立命館大准教授 松尾 剛

 今の日本を形容するにふさわしい言葉をひとつあげよと言われたら,迷わず「翻訳大国」と答えたい。ゾラが今も新たな読者を獲得し,デリダの書が数年をおかずして日本語で読めてしまうこの国を,翻訳大国と呼ばずして何と呼ぼう。
 私もまた,このような知的風土のなかで青春を過ごした。高校生のころ,サルトルの哲学やランボーの詩を日本語で知った私は,この国に生まれたことの恩恵を存分に享受していたのである。
 その後,仏文学研究を志して某国立大学に入学した私は,しかしきわめて不真面目なフランス語学習者であった。プルーストだろうがセリーヌだろうが,その全作品が日本語で読めてしまうのだ。フランス人にも読解困難な彼らの小説を,どうして日本人である自分が原文で読まねばならないのか。かくして私は,翻訳を通してしかフランス文学を知ろうとしない怠惰な学生に成り果てたのである。
 案の定,すべての院試に失敗した私は浅はかにも,なんとなく授業に参加し,なんとなくフランス語を読んでいれば,なんとなく語学力もつくだろうと考え,九州大学の聴講生となった。
 しかし予想に反し,大学院の演習は峻厳なものであった。とりわけ驚かされたのは,受講生に要求されるのが,なによりもまず一字一句ゆるがせにしないフランス語の読解だったことである。研究室でひたすらテキストに向かい合う先輩方の姿は,さながら修行僧のごとくであり,ゼミの末席を汚していた私はいまさらながら自分の愚かさを思い知らされた。
 次年度どうやら大学院への入学を許されはしたが,それでも私はフランス語に苦しめられつづけた。しかしそのおかげで,外国文学研究とはなによりもまず原文の正確な把握であることを認識できたのである。なにを今さらと笑うことなかれ。この翻訳大国で,私のように語学を軽視する外国文学かぶれは少なくないはずだ。そして,そんな私の蒙を啓いてくださったのが吉井亮雄先生と,当時は助手を務めておられた高木信宏先生であった。怠惰な私がフランス文学研究者として,曲がりなりにもひとり立ちできたのは,両先生の厳しくも温かいご指導の賜物である。
 フランス文学研究を志す方には,ぜひとも仏文学研究室でテキストに向き合い,これと格闘してほしい。それが外国文学研究の基本である。文学談義はそれからだ。
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