お知らせ

2017.03.20
書 評 「朝日カルチャーセンター」(池田紘一、小黒康正)

 朝日カルチャーセンター福岡校では、4月から池田紘一先生が講座を再登板。そして当方も新講座を担当します。また、同校のドイツ語コースでは初級、中級、上級を西日本日独協会会員のマーティン・シュトロートホフ氏が担当中です。(小黒康正)

参考ファイル:IMG_20170320_0004_NEW.pdf
2017.03.14
学会誌 『トーマス・マン特集』(『ドイツ文学』、小黒康正)

 日本独文学会機関誌『ドイツ文学』153号が、ドイツ語による国際誌として、2017年 2月に刊行された。当方、同号のトーマス・マン特集の編集を任されただけに、無事の刊行に安堵している。
 特集に関する相談が藤井明彦理事(当時)からあったのは、2014年の秋だっただろうか。編集期間は,私が2015年4月から1年間サバティカルでウィーンに滞在した期間と重なる。
 今井敦氏,奥田敏広氏,堺雅志,福元圭太氏に協力を仰ぎ、リューベックでHans Wisskirchen 氏やFriedhelm Marx 氏と、アイヒシュテットで Michael Neumann 氏と特集を話し合った。
 添付した目次 が示すとおり、研究論文8本の他に、芥川賞作家である平野啓一郎氏の特別寄稿も掲載されている。導入では、日本におけるマンの受容と研究を私なりに示した。
 以上の編集作業を通じて、マン研究者間に新たなネットワクーを築けたことも嬉しい。なお、和歌山大学の千田まや教授から特集に関するご感想が早速届いたので、以下に示す。 (小黒康正)

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小黒康正先生

 ドイツ文学トーマス・マン特集号、ようやく手にとることが出来ました。
 平野さん登場にまず驚きました。まだ全部きっちりとは読めたわけではありませんが、坂本さんの論文がとても新鮮でした。
 小黒先生の論文は、これまでのお仕事の集大成という印象です。限られた紙面の中で、二つの大作を、俯瞰的に大胆に、かつ、読み過ごされてしまいそうなモチーフにも着目して共通点を導き出すという手法が、いかにも小黒先生らしいと思いました。
 福元先生の論文には、九大のデータベースが使われていて、ドイツ人もここまではやらないだろうと感心しましたし、有機的・無機的という着眼点がユニークでした。
 今回の特集号で、日本でのマン研究の質の高さが、ドイツでも広く認知されると確信しております。

千田まや
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参考ファイル:IMG_20170314_0001_NEW.pdf
2017.03.13
書 評 『人類の薄明』(『図諸新聞』、小黒康正)

 私が担当した松尾早苗訳『人類の薄明』に関する書評が、2016年 12月 17日号の『図書新聞』に掲載されました。(小黒康正)

参考ファイル:IMG_20170314_0002_NEW_0001.pdf
2017.03.12
書 評 『王子ビリビンカー物語』(『図諸新聞』、加藤健司)

 拙訳のマルティン・ヴィーラント『王子ビリビンカー物語』に関する書評が、2016年 5月 28日号の『図書新聞』に掲載されました。書評は山形大学教授の加藤健司先生がご担当されました。

参考ファイル:IMG_20170314_0003_NEW.pdf
2017.03.01
講演会 「R. Stockhammer 教授講演会」(3月20日)

Robert Stockhammer教授講演会のお知らせ

 日本独文学会西日本支部では、Prof. Dr. Robert Stockhammer氏(ミュンヘン大学)をお迎えして、学術講演会を開催します。講演会ならびに懇親会への出席希望の方は、下記連絡先に3月15日までにお申し込み下さい。皆様の多数のご来場をお待ちしております。

日時: 2017年3月20日(月)15時30分より17時まで
場所: 九州大学文学部会議室(箱崎キャンパス文学部棟4階)
講演題目:Kosmopolitismus als Roman (Immanuel Kant mit C.M.Wieland)
懇親会:講演会終了後に市内中心部で開催予定(開催場所は当日ご案内いたします)
連絡先:812-8581福岡市東区箱崎6-19-1 九州大学大学院人文科学研究院 武田利勝
tstakeda9[アットマーク]yahoo.co.jp/092-642-2396(武田)/092-642-2407(独文研究室)

2017.01.28
講演会 「Eva Horn 教授講演会」(2月14日)

 京都大学独文研究室では、ドイツ文化学の碩学であるProf. Dr. Eva Horn 氏(ウィーン大学)をお迎えして、講演会を開催します。事前申込みは不要です。皆様の多数のご来場をお待ちしております。
 なお、本講演会は、平成26−30年度科学研究費補助金(基盤研究B)に基づく研究プロジェクト「ドイツの文学・思想におけるトポスとしての〈黙示録文化〉―〈終末〉の終末は可能か―」(研究代表者 小黒康正)との共催です。

 
日時 2017年2月14日(火)15時より17時まで

場所 京都大学文学部 第3演習室(吉田キャンパス文学部校舎2階)

講演 Prof. Dr. Eva Horn (Universität Wien)
Klima und Kultur. Für eine Geistesgeschichte des Anthropozäns

懇親会 講演会終了後に会場周辺で開催予定(開催場所は当日連絡)

連絡先 〒606-8501 京都市左京区吉田本町 京都大学文学部
川島隆/kawashima.takashi.7v@kyoto-u.ac.jp

参考ファイル:Eva Horn(Kyoto).pdf
2017.01.27
研究会 「第5回九大独文科研研究会」(黙示録文化)

 第5回九大独文科研研究会をウィーン大学のエーファ・ホルン教授をお迎えして第2回目の国際コロキウムとして開催します。詳細は別紙にてご覧ください。

参考ファイル:5.Tagung-Programm.pdf
2017.01.27
講演会 「Eva Horn 教授講演会」(2月11日)

 日本独文学会西日本支部では、ドイツ文化学の碩学であるProf. Dr. Eva Horn 氏(ウィーン大学)をお迎えして、学術講演会を開催します。講演会ならびに懇親会への出席希望の方は、下記連絡先に 2月5日までにお申し込み下さい。皆様の多数のご来場をお待ちしております。
 なお、本講演会は、平成26−30年度科学研究費補助金(基盤研究B)に基づく研究プロジェクト「ドイツの文学・思想におけるトポスとしての〈黙示録文化〉―〈終末〉の終末は可能か―」(研究代表者 小黒康正)との共催です。詳細は別紙をご覧ください。

日時 2017年2月11日(土)15時より17時まで

場所 九州大学文学部会議室(箱崎キャンパス文学部4階)

講演
Prof. Dr. Eva Horn (Universität Wien)
Zukunft als Katastrophe. Zur Kulturgeschichte des apokalyptischen Denkens in der Moderne

参考ファイル:Eva Horn(JGG).pdf
2017.01.26
書 評 『心獣』(『ラテルネ』、山本浩司)

 ヘルタ・ミュラー『心獣』(小黒康正訳、三修社、2014年)の書評が、『ラテルネ』113号(2015年2月28日)に掲載された。ミュラー作品の中でも最も各国語に訳されている同小説は、一見「吟醸酒のように濾過されて透き通ってはいるが」、そうした上澄みの下には「瓶の底に溜まって泡立つ細部の豊かな表現」が異物と化してざわめく。そう山本浩司氏(早稲田大学教授)は評された。誰よりもヘルタ・ミュラー文学を知り尽くす方の書評である。(小黒康正)

2017.01.25
研究会 「第110回トーマス・マン研究会」(1月28日)

第110回トーマス・マン研究会のご案内

日 時: 2017年1月28日(土)14:30~

場 所: 九州大学伊都キャンパス比文・言文棟 3階 321会議室

発表1: 
及川晃希(東海大学非常勤講師)
「トーマス・マンにおける神話と伝説について」

発表2: 
坂本彩希絵 (長崎外国語大学)
「『魔の山』における Geräusch-Motiv の Leitmotiv としての機能」

懇親会: 場所未定

出 欠: 
参加希望者は、研究会ならびに懇親会の出欠を担当校
(福元圭太 fukumoto[at-mark]flc.kyushu-u.ac.jp)までご一報ください。

2017.01.24
人 事  小黒康正

 私、小黒康正は、平成28年9月より日本独文学会編集委員会にて文学・文化部門編集責任者という重責を担うことになりました。

2016.12.18
雑誌記事「村上春樹におけるマン受容」(小黒康正)

 今年の夏にミュンヘンの王宮で行いました講演内容に関する記事(ドイツ語)が、バイエルン独日協会の会報に掲載されました。内容は、以前お伝えしましたように、村上春樹におけるマン受容です。下記リンク(http://www.djg-muenchen.de/kaihou/2016-6/)の19頁以降をご覧になってください。

2016.10.10
報 告  多和田葉子さんからのお便り

 九州大学文学部独文研究室の小黒康正先生から招待を受け、今年九月ついに九州訪問が実現した。出島に関心があるので長崎には数年前に二度ほど行ったことがあったし、阿蘇の火口を覗きこんだこともあり、そういう意味では九州へ行くのは初めてではなかったが、今回の九州への旅は本当に忘れがたい旅になった。 

 日本では朗読会というのはあまり盛んではない。ないわけではないが、どちらかと言うと詩人がポエットリー・カフェのようなところで行う特殊な催しで知らない人も多い。また大学が作家を招待する場合は講演を頼むことが多いのではないかと思う。でも、わたしは何かについて話をするよりも実は自分の書いた作品を朗読する方が好きなのだ。そのため、大学に呼ばれた時には講演ということで引き受けて、話の中に自分の詩や小説の朗読を混ぜることが多いが、今回はウィーンでわたしのイベントに来てくださった小黒先生が、ぜひ朗読をと言うので、初めから「朗読会」ということで開催することができた。ただ朗読するだけでなく、その後の質疑応答が充実していたのは、以前からわたしの作品をくわしく読んでいてくださった読者のおかげだろう。それに加えて、「献灯使」の読書会を事前に開いて討論してから来てくださった人たちもいて、面白い質問や意見が次々出た。他の作品との比較や光る解釈に驚かされ、楽しい時間を過ごした。

 翌日は学生、院生、教師の方々と貸し切りバスで熊本に向かった。震災で壊れた家々の痛々しい風景、休館日なのにわざわざ開けてくださった水俣病資料館のご厚意で見せていただいた貴重な資料、不知火の海のすばらしい風景、水俣の先にある再稼働してしまった川内原発など、日本で今、一番注目したい部分に連れて行ってもらえたという気がした。このような豊かな土地を汚染し、人の命を奪うことを「経済の発展」として肯定することの矛盾を明らかにしていけるのはどのような言語なのか。この質問に一番よく答えてくれる文学を生み出した石牟礼道子さんにも熊本市で実際お会いできた。小黒先生と院生たちとわたしで石牟礼さんを半円形に囲んでお話しした。石牟礼さんが少女のような微笑みを浮かべて、子供の頃のことを語り始めると、暖かく、したたかで、光に満ちた日本語がどんどん湧いて来て、とってもとっても魚がとれたかつての不知火海と語っても、語っても言葉が出て来る作家の姿が重なった。
 (多和田葉子)

2016.10.09
報 告 「多和田葉子朗読会」について

 クーラが故障し、飛行機が轟音をたて、マイクは不調整、そんな中、多和田葉子朗読会は始まった。多和田さんが読まれたのは、『献灯使』(2014年)の「彼岸」。思わぬアクシデントがなんという偶然の演出効果をもたらすのであろうか。「もうこの土地には住んでいない」私たちは一瞬にして「難民」となり、「ニッポン族」という少数民族と化す……

 2016年9月19日(祝日)の15時、九州大学文学部会議室で朗読会は行われた。私(小黒康正)が研究代表者である平成26-30年度科学研究費補助金基盤研究(B)「ドイツの文学・思想におけるトポスとしての黙示録文化 〈終末〉の終末は可能か」の助成を受けての企画である。日本独文学会西日本支部の後援も得た。

 朗読会には60名の方々が集まる。用意した席はほぼ埋まった。集まったのは、大学の教員や学生ばかりではない。特に新聞を通じて案内を出さなかったにもかかわらず、一般市民の方々も多数来られた。しかも福岡市民ばかりではない。東京、京都、新居浜、北九州、熊本、長崎、宮崎など、遠方から駆け付けた方も少なくなかった。

 多和田さんは現代の日本を代表する作家である。事実、1993年に『犬婿入り』で芥川賞、2000年に『ヒナギクのお茶の場合』で泉鏡花文学賞、2003年に『容疑者の夜行列車』で伊藤整賞と谷崎潤一郎賞、2011年に『尼僧とキューピッドの弓』で紫式部文学賞、『雪の練習生』で野間文芸賞、2013年に『雲をつかむ話』で読売文学賞などを受賞された。

 しかし、そればかりではない。ドイツに在住しドイツ語でも創作活動を行っている多和田さんは、1996年にシャミッソー賞、2005年にゲーテ・メダル、2016年にクライスト賞をドイツで受賞された。多和田さんはいまや現代ドイツ文学を代表する作家として世界の現代文学を導く。数多くの作品がすでに英語、フランス語、イタリア語、中国語などに翻訳されている。

 多和田さんは、『献灯使』の他に、ロシアの詩人であり劇作家であるウラジミール・マヤコフスキー『ミステリア・ブッフ』(1921年)も朗読された。多和田さん自身による新訳(2016年)だ。多和田さんには小説や詩の他に『エクソフォニー 母語の外へ出る旅』という著作もあるだけに、地球的な破局を扱う同作の翻訳も実験的な試みであり、大いなる「越境」であった。

 思えば、私が多和田さんにお会いしたのは、2015年10月、ウィーンでのことだ。私は一年間の研究滞在中であり、多和田さんはエルンスト・ヤンドル関係の朗読会と、「フクシマ」をめぐるリービ英雄さんとの対談のため同地に来られた。お話をする機会を得た私は多和田さんに問いかけてみた、創作者にとって終末とは何か、それも世界の終末とは何かと。

 世界の終末、それは、究極の破局であるだけに、いまだ誰も経験したことがない。にもかかわらず、世界の終末はさまざまな文学作品において繰り返し扱われてきた。いまや文学のみならず、映画であれ、マンガであれ、未来を破局として描くもの、「終末」から物語を始めるものが少なくない。それはなぜか。そもそも誰も未経験な終末がいかにして表現可能になっているのか。

 多和田さんの作品の中には、福島原発事故について書かれた詩がある。また、上述の『献灯使』は、大災害後に再び鎖国をし始めた日本を描く特異な小説だ。現実の破局、そして究極の破局、これらは創作者にとって何を意味するのか。そう多和田さんに問いかけてみたところ、自作の朗読を通じて、答えを探りたいというお返事をその場でいただいた。

 60名の「難民」は皆、熱心な多和田文学の読み手、九大での朗読会は、質疑応答を含め、2時間半にも及ぶ。大学教員ばかりではなく、学生たち、それに一般の方々からも質の高い質問が寄せられる。それに大変驚かれ多和田さんは、私に一言もらす、「こんなレヴェルの高い質疑応答は、最近では一番です」と。九州の「ニッポン族」はどうも普通の「難民」ではないようだ。(小黒康正)

2016.10.07
人 事  木田綾子

 平成28年4月1日付けで、木田綾子さんが新居浜高専に准教授として着任しました。木田さんは私の指導生として「ゲーテにおける枠物語―メールヒェン・ノヴェレ・ロマーン」という秀逸な博士論文を九州大学に提出し、平成27年3月に学位を得た人物です。今後の活躍を期待しています。

2016.10.05
講演会 「樋口・ゲーテ・マン・コーパス」(10月6日)

FDのご案内

Higuchi GM Corpus ( 「樋口・ゲーテ・マン・コーパス」)
の言語文化研究院への移管に当たって

言語文化研究院長 福元圭太
 
1980年代から90年代前半にかけて構築された「トーマス・マン・ファイル」ならびに「ゲーテ・ファイル」、「ゲーテ書簡集ファイル」がこの秋、Higuchi GM Corpus(「樋口・ゲーテ・マン・コーパス」)として言語文化研究院が使用しているサーバ領域に移管され、改めて全世界的に公開されました。この機に、このデータベースをキーボードによる手入力という、まさに気の遠くなるような地道な作業によって完成された本学名誉教授で、本研究院(当時は「言語文化部」)の部局長でもあられた樋口忠治名誉教授をお迎えしてお話をうかがい、その歴史を振り返るとともに、コーパスの意義を再確認したいと思います。

日時:2016年10月6日(木)15:00~(16:20までに終了)
場所:九州大学伊都キャンパス 比文・言文棟321会議室

プログラム:
1.Higuchi GM Corpusのご紹介(約10分) 福元圭太 言語文化研究院長
2.「テキスト・データベースの意義」(約20分) 樋口忠治 九州大学名誉教授
3.Higuchi GM Corpusのデモンストレーション (約15分  内田 言語文化研究准教授
4.国際トーマス・マン研究におけるHiguchi GM Corpus(約20分) 小黒康正 人文科学研究院教授(独文学講座)

参考ファイル:樋口・ゲーテ・マン・コーパス.pdf
2016.10.02
講演会 「池田紘一先生の講演会」(10月4日)

福岡日仏協会から講演会の案内が届きました。講師は池田紘一先生です。私は長らく先生のもとで学び、博士の学位をいただいた他に、助手ならびに助教授として一緒に仕事をさせていただきました。以下、簡単に池田先生のことを紹介させていただきます。

池田先生は、ゲーテ、ビューヒナー、トーマス・マンの碩学として、独文学研究の発展に大いに寄与されました。ちなみに、1990年にドイツで出た"Thomas Mann Handbuch"中に名前が出てくる日本の研究者は池田先生だけです。

併せてユングの錬金術心理学の研究にも力を注ぎ、難解のゆえをもって長く未紹介であった後期ユングの二大著書『心理学と錬金術』と『結合の神秘』の翻訳を上梓し、日本の人文学に多大な影響を及ぼしました。

私事で恐縮ですが、私の自慢は、おそらく福岡大学の堺雅志氏もそうだと思いますが、院生のときも、助手のときも、池田先生の講義を欠かさずすべて拝聴し、そして講義の後に構内でいつも先生と熱く議論をしたことです。

それだけに、福岡日仏協会でのご講演内容も私なりにある程度予想がつきます。池田先生は、私たち院生に笑いながらよく言われました、「同じ話しを何度も繰り返しているので、君たちの耳にたこができるかもしれない」と。

しかし、先生の講義がいつもそうでしたが、何度か同じ内容を聞いているはずなのに、なぜか初めて聞くという印象を毎回抱いたのです。先生のお話は、いつも私たちの心を奮い立たせる始源の力、一回性の何かがあるのです。

案内状によりますと、4日の卓話は「出席連絡、会費等は不要です。どなたでも参加できます」とのことです。お時間のある方は、ぜひご参加ください。私は、目下、多忙を極めていますが、あの一回性の何かを再び体験するために、参加します。(小黒康正)

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      福岡日仏協会10月例会

と き:2016年10月4日(火) 午後6時30分

ところ:アンスティテュ・フランセ九州 5F多目的ホール
     (中央区赤坂 Fビル、1Fはカステラの福砂屋)
    地下鉄赤坂駅3番出口すぐ

卓 話:「ユング心理学と錬金術」

講 師: 池田紘一氏(九州大学名誉教授、西日本日独協会会長)

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2016.10.01
研究会 「第109回トーマス・マン研究会」(10月15日)

第109回トーマス・マン研究会のご案内

日 時: 
2016年 10月15日(土曜日)14:30より

場 所:
福岡大学七隈キャンパス
文系センター棟14階学部共通室 Tel: 092-871-6631
http://www.fukuoka-u.ac.jp/help/map/
http://www.fukuoka-u.ac.jp/aboutus/facilities/map.html

発表1: 
中島伸(日本大学/中央学院大学非常勤講師)
『トニオ・クレーガー』における引用形式の文体的効果

発表2: 
今井敦 (龍谷大学)
トーマス・ベルンハルトの「自伝」とその舞台
 
懇親会: 
研究会後に懇親会を市内中心部で行います。

出 欠: 
参加希望者は、研究会ならびに懇親会の出欠を担当校(堺雅志、masashis[at-mark]fukuoka-u.ac.jp)までご一報ください。

その他:
① 本会について
本会は、平成元年に数名の若手マン研究者が、池田紘一氏(九州大学名誉教授)のもとに参集、その後、年に4回のペースで、マンを中心に近現代ドイツ文学に関する研究活動を行っています。
② 発表募集
研究発表の募集は、会員以外の発表を含め、随時行っています。発表希望者は事務局まで早目にご相談ください。
③ 旅費補助
本会は、遠隔地から参加する常勤職のない若手研究者に対して、旅費補助を行っています。併せて事務局までご相談ください。

事務局: 
〒812-8581 福岡市東区箱崎6-19-1
九州大学大学院人文科学研究院 小黒康正 気付
トーマス・マン研究会事務局
E-mail: oguro[at-mark]lit.kyushu-u.ac.jp

2016.09.02
エッセイ「『終末』の後ろ指」

 同学社発行の雑誌『ラテルネ』第115号(2016年3月)に、私のエッセイ「『終末』の後ろ指」が掲載されました。ご笑覧ください。

2016.09.01
朗読会 「多和田葉子朗読会」(9月19日)

ご案内 多和田葉子 朗読会

日時 平成28年9月19日(祝日)15時〜17時

場所 九州大学文学部会議室(箱崎キャンパス、文学部4階)
   交通アクセス http://www2.lit.kyushu-u.ac.jp/access/

ゲスト 多和田葉子(作家・詩人)

企画者 小黒康正(九州大学大学院人文科学研究院 教授、ドイツ文学)

入場無料。但し、席に限りがございます。参加希望の方は、電子メールにて「murakami.hiroaki.590@m.kyushu-u.ac.jp」宛に必ずお申し込みください。(なお9月1日の時点で残りの席数は30席程です。定員になり次第、受付を終了させていただきます。)

 日本語とドイツ語で創作活動を行っている多和田葉子さんをお迎えして、九州大学にて朗読会を行います。多和田さんは、『犬婿入り』で芥川賞、『尼僧とキューピッドの弓』で紫式部文学賞、『雪の練習生』で野間文芸賞、『雲をつかむ話』で読売文学賞を、さらにドイツでシャミッソー文学賞、クライスト賞などを受賞されました。小説や詩の他に、『エクソフォニー 母語の外へ出る旅』や『言葉と歩く日記』などの著作もあります。

 そんな多和田さんに、終末とは何か、それも世界の終末とは何かと問いかけてみました。世界の終末、それは、究極の破局であるだけに、いまだ誰も経験したことのないものです。それにもかかわらず、世界の終末はさまざまな文学作品において繰り返し扱われてきました。いまや文学のみならず、映画であれ、マンガであれ、未来を破局として描くもの、「終末」から物語を始めるものが少なくありません。それはなぜでしょうか。そもそも誰も未経験な終末がいかにして表現可能になっているのでしょうか。

 多和田さんの作品の中には、福島原発事故について書かれた詩があります。また、大災害後に再び鎖国をし始めた日本を描く『献灯使』(2014年)という特異な小説もあります。現実の破局、そして究極の破局、これらは創作者にとって何を意味するのでしょうか。そう多和田さんに問いかけてみました。多和田さんは自作の朗読と解説を通じて、答えを探ります。質疑応答の時間も設けますので、私たちも一緒に答えを探りましょう。

 なお、講演会は、九大独文科研研究会「ドイツの文学・思想におけるトポスとしての黙示録文化」の企画です。この研究会は、平成26−30年度科学研究費補助金基盤研究(B)の助成を受けながら、「〈終末〉の終末は可能か」という問題に取り組んでいます。

参考ファイル:A4.pdf
2016.08.08
招待講演「バイエルン独日協会」(8月3日、小黒康正)

 当方、下記のとおり、数日前にミュンヘンの王宮にて講演を行いました。聴衆は約30名、ヴァカンスの時期であるにもかかわらず多くの方々が集まってくださり、大変嬉しくかったです。マンが40年近く住み、しかも『魔の山』を執筆した都市で、マンに関する講演に招かれたことは、日本人のマン研究者として大変光栄に思っております。
 講演はバイエルン独日協会の会長であるシェーン氏の司会のもとで始まりました。講演内容は、日本におけるマン受容です。辻邦生や三島由紀夫の場合と比較しながら、村上春樹のマン受容について考察を行いました。その際、明治以降の日本文学が有する独特の屈折についても触れ、その中に日本のマン受容を私なりに位置づけたつもりです。
 45分の講演後、活発な質疑応答が30分程あり、村上春樹の思想的背景や『魔の山』ならび三島における死の問題について質問がありました。また、最新のマン受容として、宮崎駿の『風立ちぬ』や平野啓一郎の『マチネの終わりに』を紹介しましたところ、皆さん大いに関心を示されたようです。私にとりましても貴重な機会でした。(小黒康正)
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Die Deutsch-Japanische Gesellschaft in Bayern e.V. lädt ein zu einer Vortragsveranstaltung am Mittwoch, 3. August 2016, 19:00 Uhr, zum Thema

„Einfluss von Thomas Mann auf das Schaffen zeitgenössischer japanischer Schriftsteller, wie Haruki Murakami“

Der renommierte japanische Germanist Prof. Dr. Yasumasa Oguro von der Universität Kyushu wird die aktuellen Ergebnisse seiner Forschung vorstellen.

Der Vortrag wird im Bibliothekssaal der Staatlichen Münzsammlung in der Residenz stattfinden.

Zeit: Mittwoch, 3. August 2016, 19.00 Uhr

Ort: Bibliothekssaal der Staatlichen Münzsammlung, Residenzstr. 1, München

Eintritt: Mitglieder: frei, Nichtmitglieder: € 5,00

Veranstalter: Deutsch-Japanische Gesellschaft in Bayern e.V., Marienplatz 1, 80331 München

Tel: 089-221 863; djg-muenchen@t-online.de; www.djg-muenchen.de

Die deutsche Literatur - und insbesondere Thomas Mann - hat einen starken Einfluss auf den japanischen Literaturbetrieb. Bei zahlreichen modernen japanischen Literaten, die in Romanform schreiben, finden sich Bezüge auf Thomas Mann. Vor allem auch bei dem in Deutschland bekannten Haruki Murakami. In dem Vortrag werden diese Bezüge aufgezeigt und es werden auch die neuesten Erkenntnisse der japanischen Thomas Mann-Forschung präsentiert. Für den interessierten deutschen Leser bietet der japanische Blick auf Thomas Mann eine neue Perspektive, die in der sich anschließenden Diskussion vertieft werden kann.
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2016.07.02
Ausschreibung

Sehr geehrte Damen und Herrn,

an der geisteswissenschaftlichen Fakultät der Universität Kyushu in Japan wird ab April 2017 eine Stelle als Lektor/in im Bereich Germanistik zu besetzen.

Beste Grüße,
Prof. Dr. Yasumasa Oguro

参考ファイル:Ausschreibung (2016).pdf
2016.05.18
寄贈図書『オノマトペ和独小辞典』(根本道也)

 九州大学名誉教授の根本道也先生から『オノマトペ和独小辞典』(根本道也編著、同学社、2015年)をいただいたとき、とある山での出来事を思い出す。四半世紀前のことだと思う。当時、院生だった私は、「福岡あすなろ山の会」のメンバーとして、ドイツ人留学生を数名、例会山行に招いた。夏ではなかったが夏のように暑い日だったと記憶する。山頂に着くと、山行リーダーの「熊さん」が言う、「暑かね、こんな時は山頂に冷たい水がでる蛇口があるとよか」と。すかさず留学生の一人が尋ねる、「ジャグチ、ソレッテ何デスカ」。
 すると「熊さん」、不意をつかれたからだろうか、目をぱちくりさせながら、妙にしどろもどろに話す。「それは、台所にあるあれたい、キュッとひねると、水がジャーと流れるあれたい。分かろう。ヒャッとする水をコップに入れて、ゴクゴクと飲んだら旨かろうが。ドイツにもあるはずたい。なに、ジャーもゴクゴクも分からんと。おい、でっかいどう(北海道)の小黒、そこでボーッとしとらんで、はやく通訳しろくさ!」
 愛嬌たっぷり、方言たっぷりの「熊さん」は会の人気者。今は故人だが、当時は今の私ぐらいの歳だったのではなかろうか。数十年後、あの時の留学生に再会すると、皆、「熊さん」のことだけはよく覚えている。もっとも私にとって、蛇口を Wasserhahn と訳すよりも、「熊さん」の生き生きとした説明をそのまま訳すことが遥かに難しかった。それにしても、実に見事な解説でしたね、熊さん。私にとってオノマトペとの忘れ難い出会いでした。
 『オノマトペ和独小辞典』は擬音語と擬態語がたっぷりと盛り込まれたユーモアにあふれるユニークな辞典。小辞典とはいえ、刊行の意義からすると、すでに「大」辞典、辞書の達人ならではの見事なお仕事である。同書はいまや私の愛読書、いつも笑いながら楽しく読む。そんな私は本書を手にするたびに、水がジャーと流れる音が聞こえ、ゴクゴクと飲みたくなる。ところでジャーなり、ゴクゴクなり、ドイツ語では何と言うのだろうか。(小黒康正)

2016.05.16
書 評 『心獣』(『西日本ドイツ文学』、杵渕博樹)

 ヘルタ・ミュラー『心獣』(小黒康正訳、三修社、2014年)の書評が、『西日本ドイツ文学』(2015年11月30日)に掲載された。宮崎大学の杵渕博樹氏による書評だ。あえて書評を書評するとするなら、なんと切れ味が三重に鋭いことか。第一にさまざまな訳語に込められた工夫を的確に捉え、第二に拙訳の不備を見逃さず、第三に『心獣』を日本語で読む意味を我々に改めて問う。単語、テクスト、コンテクスト、いずれのレヴェルでも杵渕氏の批評眼は冴え渡る。私はいつまでも訳者の地位にとどまっていてはならない。「文学の言葉で語る」者として、今一度、ひとりの読者にならなければならない。優れた書評はひとを常に変容させる。(小黒康正)

参考ファイル:IMG_20160516_0001_NEW.pdf
2016.04.26
寄贈図書『カフカ後期作品論集』(村上浩明)

 先月、『カフカ後期作品論集』(上江憲治・野口広明編、同学社、2016年1月)の寄贈があった。寄贈者は、九州大学文学部で非常勤講師としてドイツ語の授業を数年来担当している村上浩明氏だ。同書は、福岡を活動拠点とするカフカ研究会による研鑽の成果である。同会はこれまで同学社を通じて『カフカと現代日本文学』(1985)、『カフカと二〇世紀ドイツ文学』(1999)、『カフカ初期作品論集』(2008)、『カフカ中期作品論集』(2011)を次々に世に問うてきた。今回は5冊目の労作である。
 本書の「まえがき」によれば、カフカが結核発病後の長い中断を経て夜の執筆活動を始めた1920年から、ウィーン郊外のクロスターノイブルクの結核療養所で命を落とす1924年までが、いわゆる「カフカ後期」だ。主として第三長編『城』の執筆時期と重なる。他に『断食芸人』や『歌姫ヨゼフィーネあるいはねずみ族』や『巣穴』なども書かれた。これらの作品に、今回は11名のカフカ研究者が挑む。
 カフカの後期作品は、カフカ自身の闘病を背景に持つ。喉が笛のようになる結核はヨゼフィーネの「歌」にもなれば、巣穴の動物を煩わす原因不明の「雑音」にもなる。発病後、カフカを支える女性たちの存在も忘れてはならない。ミレナ、妹エリ、ドーラ、彼女たちの存在はカフカの執筆活動におおいに関わる。カフカ後期作品の特長として、「病い」と「女性」と「書くこと」が解きほどき難いほど複雑に結びつく。そうした絡まりを丹念にひも解くことが、カフカの後期作品を読み解くことだ。そこから何が見えてくるのか。その問いに11名の競演が見事に答えてくれる。(小黒康正)

2016.04.24
寄贈図書『ドイツ文化55のキーワード』(大野寿子)

 過日、東洋大学准教授の大野寿子氏から『ドイツ文化55のキーワード』(宮田眞治・畠山寛・濱中春編、ミネルヴァ書房、2015年)の御寄贈があった。同書は、ドイツ、オーストリア、スイスなどのドイツ文化を多彩に示しているだけではない。ドイツ文化に対する執筆者各人の多様な関心が示されており、実に興味深い「顔」を示す。
 大野氏は「森」「グリム兄弟」「ソルブ人」「スウィーツ」を担当された。一見意外な組み合わせだが、これこそ氏の「関心」であり、同時にドイツ文化の「inter esse」である。
 同僚の武田利勝氏は空間へと傾く。「広場」と「南への憧れ ドイツ人とイタリア」が担当だ。いかに理想と現実が限られた空間に交錯するのか、なぜドイツはイタリアを必要とし続けるのか。武田氏の文章を読んで、私はドイツという「かなた」を必要とする自分にふと気づく。
 私が親しくおつき合いしている粂川麻里生氏の担当は「ゲーテ」と「ブンデスリーガー」、なんと絶妙な組み合わせではないか。ドイツ・サッカーの強さの秘密、それは共同体の形成が「自然」と結びつくところにあるのかもしれない。偶然の組み合わせはひとつの必然である。
 このように本書は、ドイツ文化に関わる者たちの多層的で多様な関心をそれとなく示す。日本人としてドイツ文化を学ぶ者たちの内面がそこに表現されているのだ。同書を観相学的に捉えるのは、私だけだろうか。表紙が実に「面(おも)」しろい。(小黒康正)

2016.04.18
寄贈図書『サンサーラ』(ドーリス・デリエ著、小川さくえ訳)

 ドーリス・デリエは、『メン』Männer(1985)で一躍話題となったドイツを代表する映画監督であり、かなりの親日家、『MON-ZEN』Erleuchtung garantiert(1999)や『HANAMI』Kirschblüten-Hanami (2008)や最新作『フクシマ、モナムール』Fukushima, mon amour (2016)などの映画が示すように、日本との関わりは実に深い。
 ドーリス・デリエは、多彩である。映画の他に、ベルリン、ミュンヘン、ザルツブルクなどの著名な劇場でオペラの演出を手がけてきた。加えて、数多くの小説も手がけている。彼女の代表的短編集である『サンサーラ』が同学社から2016年3月に刊行された。訳者は宮崎大学教授の小川さくえ氏である。この度、同氏からご寄贈があった。
 小川氏によれば、ドーリス・デリエは映画の脚本に取りかかる前に必ず短篇小説を書く。登場人物の内面に自らが深くもぐり込むためだ。そして、『サンサーラ』を読む者も、特にその表題作において、軽快なテンポとメランコリックな抒情に心地よく乗せられながら、深くもぐり込む。生(性)と死のはざまに、「深い深い水の底に」。対象は自分と化し、自分が対象と化す。
 「サンサーラ」はサンスクリット語で輪廻を意味する。この語は短編集の結構をなしているのではないか。それも同心円的に。個々の作品内において、オムニバス形式の短編集全体において、作品の内にいる人物と作品の外にいる読者との間で。ドーリス・デリエが親日家であり、独自の創作スタイルを有することの意味は大きい。ドイツ的でもない、日本的でもない、どこにもない和音を、『サンサーラ』が奏でるからだ。
 こうした和音が日本語に移し置き換えられても、少しも音に狂いがないことは、決して当たり前のことではない。それには、「深い深い水の底に」もぐり込み、ある種の難行苦行を経て、そこから抜け出せる者を必要とする。小川さくえ氏の訳業はそのことを見事に証す。翻訳は「解脱」である。(小黒康正)

2016.04.02
寄贈図書『ヘルダーリンにおける自然概念の変遷』(田野武夫)

 田野武夫氏(拓殖大学准教授)の御著『ヘルダーリンにおける自然概念の変遷』(鳥影社、2015年3月15日発行)は、ヘルダーリン研究の新基軸を示す。

 同氏は、ヘルダーリン(1770-1843)の自然思想に深い関心を寄せる。ヘルダーリンにおいて「自然」概念およびその背景にあるイメージが、初期から後期にかけてどのような変貌をとげたか、そしてそれは何を意味するかについて考究を重ね、その結果、初期には古代ギリシア的な汎神論的理想郷のイメージで捉えられていた自然が、次第に別のイメージで捉えられるようになり、ついには東洋から近代西洋へと伝播する「文化的真髄」という特性を付与されるに至ったことを、田野氏は明らかにした。

 今回、ご本人から直接いただいた同書の独創性は、従来の研究では軽視されてきた後期ヘルダーリンにおける自然の意義に改めて光を当てた点にあろう。古代ギリシア志向から近代西洋への回帰、さらには根源としてのアジア・東洋の発見を経ながらも、「自然」がヘルダーリンの主導理念でありつづけたことを、田野氏は見事に論証したのである。

 同書には、共感と批評精神とを兼ねそなえた詩的言語の分析能力、さらに、テクストを取り扱う際の実証的な手堅さがある。ヘルダーリンにおける難解な「自然」を分かり易く、それでいて深く読み解いている点が、実に見事だ!(小黒康正)

2016.03.12
寄贈図書『東欧の想像力 現代東欧文学ガイド』(今井敦)

 ウィーン三区の Ungargasse 5 にある建物は、かつてベートーベンが第九を完成させた家、今は百種類のビールがあるビアホール Bierteufl。そこで、2月29日、龍谷大学教授の今井敦氏から『東欧の想像力 現代東欧文学ガイド』(奥彩子/西成彦/沼野充義編、松籟社、2016年)をいただいた。今井氏も私も、昨年の四月からウィーンに研究滞在中である。お恥ずかしい話だが、当方、ドイツ語圏の文学研究に携わっていても、周辺諸国の文学について、実はあまりよく知らない。そんな私の蒙を啓いてくれたのが、『東欧の想像力』である。私は、同書を通じて「東欧(へ)の想像力」を膨らます毎日だ。

 ウィーンにいると、東欧はとても近い。実際、ウィーン滞在中に、カフカで有名になった黄金小路があるプラハ(チェコ)も、ウィーンの双子都市であるブラチスラヴァ(スロヴァキア)も、歴史上最も有名なピクニックが催されたショプロン(ハンガリー)も訪れた。加えて、『東欧の想像力』に掲載されたコラムがどれもこれまた面白い。私はトリエステに足を運んでいないが、和田忠彦氏によるコラムを読みながら、『サウンド・オブ・ミュージック』に出てくるトラップ大佐がオーストリア・ハンガリー帝国海軍少佐として「イタリアの東欧」に勤務していたことを思い出す。こうして「東欧(へ)の想像力」がますます膨らむ。

 もっともドイツ語圏の文学といえども、すそ野はかなり広い。私は現代ドイツ文学の専門家ではないが、否、専門家ではないがゆえに、できるだけドイツ語で書かれた現代文学もドイツ語で読むようにしてきた。それだけに、インゲボルク・バッハマン(山本浩司)、トーマス・ベルンハルト(今井敦)、クリストフ・ランスマイヤー(須永恆雄)、ハイナー・ミュラー(大塚直)、クリスタ・ヴォルフ(國重裕)、クリストフ・ハイン(山本浩司)、ギュンター・グラス(永畑紗織)、ヘルタ・ミュラー(山本浩司)の項目からは、改めて多くを学ぶ。いずれの項目も簡にして要を得ていて、見事である。

 優れた現代文学は常に矛盾を犯す。反オーストリアという屈折を有する「オーストリア文学」(國重裕)、何百万人の墓碑とも言うべき「イデッシュ文学」(西成彦)、今なお書きつがれる「東ドイツ文学」(國重裕)、いずれも忘却に抗い続ける。現代文学、少なくとも現代東欧文学は、アナ・クロニズムだ。永畑紗織氏によれば、かつてドイツでは、「東側」のみならず、「西側」においても、故郷を失った人々に溢れていた。そして、今、私がいるウィーンも、同じような状況だ。「想像力」を膨らますたびに、いまや私も矛盾を犯す。声なき声に聞き耳を立て、言葉にならざるものに言葉をもたらし、語りえないものを語ることに思いをはせて。(小黒康正)

2016.03.11
講演会 「Hendrik Birus 教授講演会」(3月30日)

Hendrik Birus 教授講演会のお知らせ

 日本独文学会西日本支部では、Prof. Dr. Hendrik Birus氏(ブレーメン大学)をお迎えして、学術講演会を開催します。講演会ならびに懇親会への出席希望の方は、下記連絡先に3月25日までにお申し込み下さい。皆様の多数のご来場をお待ちしております。


日 時:  2016年3月30日(水)15時30分より17時まで

場 所: 九州大学文学部会議室(箱崎キャンパス文学部棟4階)

講演題目: Der Begriff der Weltliteratur – heute

懇親会: 講演会終了後に市内中心部で開催予定(開催場所は当日ご案内いたします)

連絡先: 812-8581福岡市東区箱崎6-19-1 
     九州大学大学院人文科学研究院 武田利勝
     tstakeda9@yahoo.co.jp/092-642-2396(武田)/092-642-2407(独文)

(以下、日本独文学会ホームページより転載)
Herr Prof. Dr. Hendrik Birus ist Professor of Comparative Literature an der Jacobs University Bremen. Er lehrte von 1987 bis 2006 als Professor für Allgemeine und Vergleichende Literaturwissenschaft an der Ludwig-Maximilians-Universität München. Zahlreiche Gastprofessuren, unter anderem an Universitäten in Wien, Rom, Illinois, Indiana, Pennsylvania, Washington und Yale. Seit 2001 ordentliches Mitglied der Bayerischen Akademie der Wissenschaften und Vorsitzender ihrer Kommission für Neuere deutsche Literatur.

Publikationen (in Auswahl):
- 2009: „Le temps présent est l’arche du Seigneur.“ Zum Verhältnis von Gegenwart, Geschichte und Ewigkeit beim späten Goethe.
- 2007 (Hg. m. S. Donat): Roman Jakobson: Poesie der Grammatik und Grammatik der Poesie: Sämtliche Gedichtanalysen. Kommentierte deutsche Ausgabe, 2 Bde.
- 1999 (Hg. m. S. Donat): Goethe – ein letztes Universalgenie?
- 1999 (Hg.): Johann Wolfgang Goethe: Ästhetische Schriften 1816-1820: Über Kunst und Altertum I-II.
- 1996: „Apokalypse der Apokalypsen. Nietzsches Versuch einer Destruktion aller Eschatologie“, in: Poetik und Hermeneutik XVI: Das Ende. Figuren einer Denkform, hg. v. Karlheinz Stierle u. Rainer Warning, S. 32-58.
- 1995 (Hg.): Germanistik und Komparatistik. DFG-Symposion 1993.
- 1994 (Hg.): Goethe: West-östlicher Divan (2. Aufl.: 2010)
- 1986: Vergleichung. Goethes Einführung in die Schreibweise Jean Pauls.
- 1982: Hermeneutische Positionen: Schleiermacher, Dilthey, Heidegger, Gadamer (jap. Übs. v. Sumio Takeda, Tokyo: Yamamoto Schoten 1987).
- 1978: Poetische Namengebung. Zur Bedeutung der Namen in Lessings „Nathan der Weise“.

2016.03.10
研究会 「第107回トーマス・マン研究会」(3月27日)

EINLADUNG
zum 107. Kolloquium
des Arbeitskreises für Thomas-Mann-Forschung
(http://www2.lit.kyushu-u.ac.jp/~german/)


Zeit: Sonntag, 27. März 2016, 14:30 Uhr

Ort: Seinan Gakuin University / 西南学院大学
Academic Research Institute Building / 学術研究所

Raum: Dai Ni Kaigishitsu (1. Stock japanischer Zählung) /
1階第2会議室 (http://www.seinan-gu.ac.jp/eng/campusmap/campusmap.html#campus)

Programm:
1. 14:30−16:00: Sakie Sakamoto (Nagasaki)
Rezension: Heinrich Detering, Thomas Manns amerikanische Religion. Theologie, Politik und Literatur im kalifornischen Exil. [Japanisch]

2. 16:15−17:45: Yasumasa Oguro (Fukuoka)
Thomas Manns Romane "Der Zauberberg" und "Doktor Faustus" als apokalyptische Zwillinge. [Deutsch]

Kontakt: akao [at-mark] seinan-gu.ac.jp)

2016.02.21
新刊紹介『王子ビリビンカー物語』(小黒康正訳)

 ウィーン滞在中の当方に、同学社の近藤孝夫氏から電子メールにて朗報が届きました。クリストフ・マルティン・ヴィーラント著『王子ビリビンカー物語』(同学社、小黒康正訳、2016年)が無事に刊行されたと。今回の訳出は、『心獣』と同様、本邦初訳です。
 『王子ビリビンカー物語』は、大きな物語の中の小さな物語、小説の中で語られる小話であります。しかし、単なる挿話ではありません。ドイツで最初のロマーンに挿入されたメールヒェンであり、しかも世界で最初の創作メールヒェンなのです。
 その意味で、『王子ビリビンカー物語』はドイツ文学、いや世界文学の歴史において極めて重要な作品であります。但し、本作品が日本のメールヒェン研究者の間でほとんど素通りされているような気がいたしましたので、私なりに公刊を思いついた次第です。
 この作品は、拙著『水の女』(九州大学出版会、2012年)執筆のために訳出し始め、訳した箇所を九州大学での講義や演習、それに一橋大学や大阪大学や東北大学などでの集中講義で扱いました。お付き合いしてくださった皆さんに感謝申し上げます。(小黒康正)

2016.02.19
招待講演「フランクフルト大学」(小黒康正)

 私は、2月17日(水)に、フランクフルト大学の歴史学研究センターで講演を行ってきました。招待者は、ドイツ中世の専門家であり、ドイツ歴史学の重鎮である Johannes Fried 教授です。同教授が中世における黙示録受容の研究で秀逸な仕事をされていることは、本ホームページにて既に紹介しおります。
 講演は研究助手の Janneke Rauscher さんの司会で18時より始まり、Fried 教授による10分程の講演者紹介ならびに学術的な導入があり、それから50分に及んだ当方の講演、そして30分程の質疑応答でした。聴衆は、15名程度だったと思います。
 「既に授業期間が終わっているので、聴衆があまり集まらなかった」とFried 教授は弁解されておりましたが、私にとりましては量よりも質、私の講演内容を的確にとらえた質問ばかりで、本当に嬉しかったです。私自身、大いに収穫を得たと思っています。
 今回の講演は、Janus Gudian 氏のご尽力によって実現しました。私が昨年11月にビンゲンで行われたシュテファン・ゲオルグ学会に出席した際、イタリア・レストランでたまたま同席し、黙示録受容に関して熱く意見を交わした方が Gudian 氏です。
 講演前には、実は、Fried 教授、Gudian 氏、私の3人で、フィオーレのヨアキム、当方の黙示録プロジェクト、教授の近著、トーマス・マン、日本におけるキリスト教などについて意見を交わしました。2時間以上にも及んだ談話も、忘れ難い思い出です。
 それと招待側の申し出により、わざわざ私自身のために、講演前日にはフランクフルト大聖堂案内が、講演翌日にはダルムシュタット博物館で開催中のデューラー展案内がありました。関係者の方々は皆、Fried 教授のもとで学ばれた方々ばかりです。
 なお、フランクフルトで研究滞在中の井出万秀氏(初期新高ドイツ語)、森田團氏(ベンヤミン)、磯忍氏(アリストテレス)、そしてビーレフェルトで博論執筆中の水守亜季氏(アイヒェンドルフ)が、わざわざ講演に駆け付けてくれました。
 講演後には主催側の方々と、講演翌日には日本人研究者の方々と会食したことも、それぞれ素晴らしい時間だったと思っています。皆さん、本当に有り難うございました。なお、2年後には、フリート教授とグディアン氏を日本に招くつもりです。(小黒康正)

2016.02.18
招待講演「アイヒシュテット大学」(小黒康正)

 アイヒシュテット・インゴルシュタット大学(ドイツ・バイエルン州)のミヒャエル・ノイマン教授からの依頼により、2016年1月20日(水)に、アイヒシュテット・キャンパスにあるドイツ文学研究所にて、4度目の招待講演を行ってきました。
 私は、目下、日本独文学会から委託を受けて、ノイマン教授と一緒に学会国際誌トーマス・マン特集の仕事を行っています。同教授はフランクフルト版マン全集で『魔の山』の注釈を担当されました。その意味で、ノイマン教授はマン研究の世界的権威です。
 今回の依頼は、ドイツの他大学からあった講演依頼と同様に、つい数ヶ月前でしたら、まったく予期せぬもの、本当に名誉なことだと思っています。しかも講演では、同教授からの申し出もあって、私なりの『魔の山』論を展開させていただきました。
 講演の開始時間は14時15分、聴衆は15名程だったと思います。「小さな大学のドイツ文学研究所ゆえ聴衆の数はどうしても少なくなる」とノイマン教授は仰っていましたが、とはいえ聴衆の質はとても高く、実際に質疑応答は実に活発でした。
 質問をされた方々の名前(括弧内はご専門)を挙げますと、Prof. Dr. Michael Neumann、Prof. Dr. Thomas Pittrof (Synkretismus)、PD. Dr. Yvonne Nilges (Wagner, Schiller) 、それにもうお一方の教授、いずれも第一線の碩学ばかりです。
 『魔の山』を中心にトーマス・マン研究を進めている私にとりまして、ノイマン教授との出会いはまさに「神話」との邂逅、いささか大げさですが、マンがパリに行った際にロシア人作家であるメレシコフスキ―を訪問した時のような心境でした。
 講演後に上で挙げたピトロフ教授と近くの喫茶店で歓談したことも、忘れ難い思い出です。講演には、本ホームページでお名前を挙げましたゲーリッシュさんもミュンヘンから駆けつけてくださいました。皆さん、本当に有り難うございます。(小黒康正)

2016.01.11
受 賞 「外務大臣表彰」(ゲーリッシュ大島圭子)

 数日前、ミュンヘンから朗報が届きました。昨年11月のことですが、在ミュンヘン日本国総領事館にて、アウグスブルク=シュヴァーベン独日協会名誉会員のゲーリッシュ大島圭子氏に対して、外務大臣表彰の授与式が行われたとのことです。
 同氏は、ミュンヘン工科大学、ミュンヘン大学、ウルム大学、アウグスブルク大学などでの約40年にわたる日本語授業を通じて、日独の相互理解促進に多大な貢献をされ、ドイツ語圏大学日本語研究会会長として後進の指導にも尽力されました。
 もっともゲーリッシュ大島圭子氏は私にとりましては「ゲーリッシュさん」、私が外国人講師としてミュンヘン大学日本センターにて奉職中に、ミュンヘン大学日本語集中講座などで一緒に仕事をした同僚であり、先輩であり、いわば「同志」です。
 当時、同センターや日本語集中講座では、アメリカで作られた日本語教科書が使われていました。なかなかよくできた教科書ですが、英語で書かれているということもあり、学ぶ側にとっても、教える側にとってもいささか使い勝手が悪い点もありました。
 そこで、ドイツでの学習環境にあう日本語教科書の執筆作業が、ゲーリッシュさんに私が協力する形で、始まったのです。思えば、この仕事はかなりの難作業でしたが、理論と実践をともに熟知するゲーリッシュさんがおられることで初めて可能となりました。
 そうこうする内にでき上がった教科書は、実際に授業で使用されることで加筆修正され、最終的に2004年にミュンヘンで『福岡からこんにちは』(以下1)として刊行されたのです。そして2007年には、CD 付き改訂版が 刊行されました(以下2)。
 ゲーリッシュさんのご報告によりますと、この教科書はなかなか評判がよいようで、アウクスブルク大学、ブレーメン大学、ギーセン大学、それにバイエルン州やバーデンヴュッテンベルク州のギムナジウム、さらにはオーストリアの学校でも採用されています。
 日本語集中講座の企画運営や日本語教科書の執筆で、ともに楽しく苦労を分かち合った仲間の授賞に、心より祝辞を申し上げます。きっと多くの関係者や生徒さんたちもお慶びではないでしょうか。ゲーリッシュさん、本当におめでとうございます。(小黒康正)

1. Keiko Oshima-Gerisch u. Yasumasa Oguro: Fukuoka kara konnichiwa! Japanisch für Hörer aller Fachrichtungen, 2 Bände. Forum für Sprache und Gesellschaft Japans e.V. Japan-Zentrum der Ludwig-Maximilians-Universität München. Sprachzentrum der Universität Augusburg. München 2004.

2. Keiko Oshima-Gerisch u. Yasumasa Oguro: Fukuoka kara konnichiwa! CD Book. Japanisch für Hörer aller Fachrichtungen, 2 Bände. Forum für Sprache und Gesellschaft Japans e.V. Sprachzentrum der Universität Augusburg. München 2007.

2016.01.11
寄贈図書『翼ある夜 ツェランとキーファー』(関口裕昭)

 昨年、明治大学教授の関口裕昭氏から『翼ある夜 ツェランとキーファー』(みすず書房、2015年)のご寄贈が直接ご本人からありましたので、ここに報告いたします。関口氏も私も、お互いに後で知ったことですが、在外研究のため、昨年の4月6日に偶然同じ飛行機に乗ってウィーンに来ました。
 同書の主たる考察対象は、副題が示すとおり、戦後のドイツ語圏の代表的詩人パウル・ツェランと現代ドイツを代表する画家アンゼルム・キーファーです。両親を強制収容所で失ったユダヤ系詩人と親ナチスと思われる内容を作品に取り込むことで繰り返し物議をかもしたドイツ人画家には、たしかに相容れない部分もあります。
 しかし、ツェランとキーファーは、後者が前者をたえず意識しながら創作を続けただけではなく、関口氏によれば、両者の間には、「現代というカタストロフの時代において、死者たちを蘇らせ、瓦礫を再び結合させようと格闘している「歴史の天使」」として、「切り口や思考において驚くべき親近性がある」のです。
 両者が同書を構成する縦糸とするならば、そこにバッハマン、シュティフター、ヴァーグナーなどの人物や、映画、書物、飛行機、錬金術などのモティーフが横糸として巧みに織り込まれることで、「織物」Textus ができ上がっています。ツェランを援用すれば、まさに「布切れ」Tuch が私たちに宛てられているのです。
 その「布切れ」をウィーンにてご本人から直接受け取りました私にとりましては、20世紀の前衛的詩人ツェランと19世紀のいわば「穏やかな」作家シュティフターとの対応関係や、ツェランとキーファーにともに認められるミクロコスモスとマクロコスモスの錬金術的な呼応関係が、とても興味深かったです。
 関口氏はポール・オースターのツェラン論に注目して、こう述べます。「オースターは決して抽象的、学術的表現をふりかざすことなく、論じる対象を愛情をもって眺め、その距離を図りながら、創造の現場に降りて行こうとする」と。この言葉は、同書にも当てはまるだけに、関口氏のさりげない態度表明ではないでしょうか。(小黒康正)

2015.12.25
寄贈図書『Deutsche Erzählprosa 1850-1950』(Moritz Baßler)

 私が11月2日にミュンスター大学で講演を行った際、聴衆のひとりに同大学の Moritz Baßler 教授がおられました。同氏は、ドイツにおけるポップ文学研究の第一人者として、文学的モデルネをめぐる多様な研究をされています。
 講演の後にいただいた下記のご著作は、同教授の最新の研究成果です。なぜリアリズム文学の主人公はいつもうまくいかないのか、なぜ1900年前後には「・・主義」が多いのか等、様々な問いのもと、近現代ドイツ文学の手法が検証されています。
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Moritz Baßler: Deutsche Erzählprosa 1850-1950. Eine Geschichte literarischer Verfahren. Berlin: Erich Schmidt Verlag 2015.
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 2005年3月、Baßler 教授は九州大学文学部でトーマス・マン『衣装戸棚』に関する講演をされました。同氏を懇親会後にカラオケに案内したり、志賀島にお連れしたり、中州の屋台で村上春樹について談笑したりしたことは、まるで昨日のことのようです。
 そんなもてなしをしたからでしょうか、Baßler 教授はアメリカ出張を終えて帰国すると、その足で私の講演に駆けつけてくださいました。同教授と10年ぶりに再会し一緒に会食したことは、実に楽しく有意義なひと時であり、忘れ難い思い出です。(小黒康正)

2015.12.22
寄贈図書『Umstrittene Postmoderne』(Renate Stauf)

 私が12月10日にブラウンシュヴァイク工科大学で招待講演を行った際、企画責任者の Renate Stauf 教授から以下の文献のご寄贈がありましたので、ご紹介させていただきます。
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Hrsg. von Andrea Hübener, Jörg Paulus und Renate Stauf: Umstrittene Postmoderne. Lektüren. Germanisch-Romanische Monatsschrift. Beiheft 34. Heidelberg: Winter-Verlag 2010.
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 いただいた御著作は、ポストモデルネをめぐり、2005年から2006年にかけてブラウンシュヴァイク工科大学で行われた連続講義に基づく論集です。23本の論考が収めらています。
 論集の特長は、文学や哲学のみならず、建築、音楽、博物館、深層心理学にまたがる学際性と、古代から現代に至るまでの時空を渉猟しながらポストモデルネ概念を問いなおす根本性にあります。
 なお、Renate Stauf 教授から直接伺ったことですが、表紙の写真は、同教授の夫である Hans-Jürgen Stauf 博士のものです。論集の内容に実に相応しい写真だと思いました。(小黒康正)

2015.12.14
寄贈図書『Aufstieg aus dem Untergang』(Johannes Fried)

 過日、フランクフルト大学の Johannes Fried 教授から以下の文献のご寄贈がありました。同教授は、ドイツ中世研究の第一人者として、紛れもなくドイツにおける歴史学研究の重鎮です。
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Johannes Fried: Aufstieg aus dem Untergang. Apokalyptisches Denken und die Entstehung der modernen Naturwissenschaft im Mittelalter. München: C. H. Beck 2001, 2. Auflage 2012.
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 いただいた御著作は、中世における黙示録的思考がいかに近代科学の成立を促したかという、まさに逆転の発想に基づく実に興味深い内容であり、特にフィオーレのヨアキムを扱う章は圧巻です。
 ヨアキムの唯心論と近代科学の物質主義の結びつきには、大変驚きました。また、「終末論の論理」という章も実に面白く、修辞学と弁証法の問題が見事に詳述されています。
 私はいまだ Fried 教授とは直接面識がありません。私が11月上旬にシュテファン・ゲオルグ学会に出席した際、講演者の一人である Janus Gudian 氏とレストランでたまたま同席しました。
 その際、私の研究テーマですっかり話が盛り上がり、学会後に同氏が指導教授である Johannes Fried 氏に歓談の内容を話されたようです。「縁は異なもの味なもの」とはこのことでしょうか。
..........................................................................
Johannes Fried, geboren 1942 in Hamburg, ist ein deutscher Mittelalter-Historiker. Ab 1983 lehrte er mittelalterliche Geschichte an der Johann Wolfgang Goethe-Universität in Frankfurt am Main. Er war von 1996 bis 2000 Vorsitzender des Verbands deutscher Historiker und saß in zahlreichen akademischen Gremien. Von Fried stammt die Idee einer "Memorik", die Erkenntnisse der Psychologie und Neurologie in die Geschichtsschreibung aufnimmt. Horst Fuhrmann würdigte ihn bei der Verleihung des Sigmund-Freud-Preises für wissenschaftliche Prosa als "einen der originellsten Historiker deutscher Zunge".
(Aus: https://www.perlentaucher.de/autor/johannes-fried.html)
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2015.12.13
招待講演「ブラウンシュヴァイク工科大学」(小黒康正)

 12月10日に、ブラウンシュヴァイク工科大学ドイツ語学文学研究所にて、講演を行いました。招待してくださったのは Renate Stauf 教授です。私が11月上旬にシュテファン・ゲオルゲ学会に参加したおりに、発表者として参加された同教授と歓談したことが、今回の招待講演のきっかけだったと思います。
 講演は、同教授の同僚である Christian Wiebe 氏が担当している講義の中で行われました。聴衆としては30名以上の方がおられたと思います。講演直後の質疑応答では、日本のマン受容に関する質問が Stauf 教授からあり、Wiebe 氏からはマンの小説の結末部に関する貴重な質問がございました。
 ハイネ研究者として著名な Stauf 教授は、ドイツ文学における書体小説研究の第一人者でもあり、目下、Liebesbrief (恋文、ラブレター)に関する研究プロジェクトを推進中です。また、Wiebe 氏はドイツ(ならびにヨーロッパ)におけるキルケゴール受容研究で秀逸な著作を公にされた新進気鋭の研究者です。
 そんなこともあり、Stauf 教授のお招きで、Wiebe 氏、ならびに上記研究プロジェクトの助手である Sonja Brandes さんと一緒に会食した際には、日本の相聞歌やルードルフ・カスナーのキルケゴール受容などの興味深い話題で、楽しく有意義なひとときを過ごしました。(小黒康正)
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Gastvortrag (https://www.tu-braunschweig.de/germanistik/aktuelles)
Prof. Dr. Yasumasa Oguro
(Kyushu University, Fukuoka) spricht über:
Thomas Manns Romane "Der Zauberberg" und "Doktor Faustus" als apokalyptische Zwillinge
Donnerstag, 10.12., 15 Uhr
Raum 85.9
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2015.11.17
招待講演「ビーレフェルト大学」(小黒康正)

 私は11月5日にビーレフェルト大学で講演を行いました。内容はミュンスター大学で行ったものと同じ内容です。ビーレフェルトでは、50名ほどでしょうか、会場の教室に入らない程の聴衆が来てくださり、質疑応答も大変盛況でした。
 企画担当者の Wolfgang Braungart 教授には、2004年(招待講演)、2014年(集中講義)、2015年(当方企画の国際コロキウム)に九州大学文学部に来ていただきました。同教授とはとても意義深く楽しい学術交流が続きます。
 講演後は Braungart 教授のお宅に泊めていただき、翌日、同教授が会長を務めるシュテファン・ゲオルゲ学会参加のため、同教授の車でビンゲンに向いました。同学会への参加も、Braungart 教授によるご招待です。実に有意義な講演旅行でした。
 思えば、1998年の Aleida Assmann 教授から始まって、この18年に27名のドイツ人研究者を九大にお迎えしました。やはり福岡は東京から遠いので、いっそのこと一流の碩学に玄界灘を渡ってこちらに来てもらおうという発想の転換をし、今に至っています。
 なお、サバティカルを得た私は、ウィーン大学の客員研究員として、同大学の Eva Horn 教授のもとで在外研究を行っているところです。帰国は2016年3月中旬を予定しています。従いまして、現在、九州大学では授業を行っておりません。(小黒康正)

2015.11.15
招待講演「ミュンスター大学」(小黒康正)

 2015年11月2日、私はミュンスター大学で講演を行いました。講演の企画責任者は、今年の3月に九大で講演をされた Martina Wagner-Egelhaaf 教授です。10年前に九大で講演をされた Moritz Baßler 教授も駆けつけてくださりました。
 聴衆は30名程だったと思います。私の講演そのものは48分でした。使用言語は勿論、ドイツ語です。講演直後の質疑応答は約30分続き、あまりにも盛況でしたので、私は思わず「嬉しい悲鳴」をあげそうになりました。皆さんに心から感謝しています。
 講演では、太宰府にある光明禅寺の枯山水で『魔の山』の「海」を思い出したことから本論に入り、同小説の「双子」モティーフを基軸に、トーマス・マンが第一次世界大戦前後に述べた「第三の国」Das dritte Reich という言説に行き着きました。
 『魔の山』の第七章は、出版後にマン自身によって「構造的欠陥」と称されたこともあり、扱いがとても難しいです。しかし「構造的欠陥」がマンの終末志向を極めて「構造的に」示し、それが『ファウストゥス博士』にも及んでいる、と私は主張した。
 講演後に、Baßler 教授、 Wagner-Egelhaaf 教授、助手の Julia Bodenberg さんと楽しく会食をしたことも、忘れ難い思い出です。当方の研究に大いに関心があるという Maren Conrad さんともお会いしました。縁が縁が呼びます。(小黒康正)

〔講演のドイツ語要約〕
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Thomas Manns Romane "Der Zauberberg" und "Doktor Faustus" als apokalyptische Zwillinge

Prof. Dr. Yasumasa Oguro

Der Vortrag befasst sich motivisch, textstrukturell und intertextuell mit dem Zwillingsmotiv im „Zauberberg“. Hierzu werden die Figurenkostellation ‚Hans Castrop – Joachim Ziemßen‛ untersucht, der Aufbau und das Verhältnis des sechsten und siebten Kapitels beschrieben, sowie die Bezüge des „Zauberbergs“ mit „Doktor Faustus“ berücksichtigt. Diese Zwillingspaare hängen mit der apokalyptischen Denkfigur des Endes zusammen, die sich bei Thomas Mann in untrennbarer Weise mit der Dmitri Mereschkowski-Rezeption verschränkt.
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2015.11.13
寄贈図書『デュレンマット戯曲集 第三巻』(葉柳和則)

 長崎大学教授の葉柳和則氏より『デュレンマット戯曲集 第三巻』のご寄贈がありました。日本ではほとんど知られていないデュレンマット後期四作品が掲載されています。それだけに本巻は、同戯曲集三巻の中でも、とりわけ興味深く、意義深いです。

2015.09.27
寄贈図書『グリムへの扉』(大野寿子編)

 九大独文の出身者で、現在、東洋大学准教授の大野寿子氏から『グリムへの扉』(勉誠出版、2015年)のご寄贈がありました。同書は、内容は言うまでもなく、本の装丁も見事で、グリム童話の愛読者のみならず、グリム兄弟の研究者にとりましても、最良の「扉」です。大野氏はいまや日本におけるグリム研究の中核として、獅子奮迅の活躍をされています。

2015.08.26
寄贈図書『土地の名前、どこにもない場所としての』(平野嘉彦)

 法政大学出版局から2015年6月に刊行された『土地の名前、どこにもない場所としての ツェラーンのアウシュヴィッツ、ベルリン、ウクライナ』のご寄贈が、著者の平野嘉彦先生(東京大学名誉教授)からございました。
 本書は平野氏が2011年にドイツで上梓したツェラーンに関する自著を日本語に訳出して、加筆増補された著作です。それだけに本書は、同氏による積年の研究成果であり、同時にすぐれた詩論でもあります。事実、読者は詩論の原点へと誘われ、こう自問せざるをえません、これは「詩」なのだろうか、と。

2015.08.23
寄贈図書『夜の讃歌・サイスの弟子たち』(今泉文子)

 立正大学教授の今泉文子先生からノヴァーリス作『夜の讃歌・サイスの弟子たち 他一篇』(今泉文子訳、岩波文庫、2015年7月)のご寄贈がありました。
 今泉先生は、日本におけるドイツ・ロマン派、とりわけノヴァーリス研究の第一人者です。珠玉の訳業は言うまでもなく、積年の研究成果が盛り込まれた解説も実にすばらしい。解説を読んでいると、ヴァルター・ベンヤミンやトーマス・マンが何ゆえにノヴァーリスを絶讃したのかがよく分かります。

2015.08.22
寄贈図書『映画でめぐるドイツ』(青地伯水編)

 和歌山大学教授の千田まや氏から青地伯水編著『映画でめぐるドイツ――ゲーテから21世紀まで』(松籟社、2015年7月)のご寄贈がありました。同書はドイツの文学作品と深く関わる映画を扱いながら、ドイツ市民社会の実像と虚像を見事にあぶり出します。市民社会そのものが犯す「見事な殺人」(『カスパー・ハウザーの謎』)、21世紀のファウストが犯す巨大な罪(ソクーロフ『ファウスト』)、おじいさん像に巧みに組み込まれた放蕩息子の帰還(『アルプスの少女ハイジ』)、近代的な家屋構造として配された公私空間(『ブデンブローク家の人々』)、旧東ドイツ時代の「普通の」悪など、実に興味深い指摘に溢れた好著です。

2015.08.02
研究会 「第3回九大独文科研研究会」(黙示録文化)

 九州大学大学院人文科学研究院独文学講座では、平成26−30年度科学研究費補助金基盤研究(B)の交付を受けて、以下の研究プロジェクトに取り組んでいます。

  ドイツの文学・思想におけるトポスとしての「黙示録文化」
  ―「終末」の終末は可能か―  (研究代表者 小黒康正)

 つきましては、第3回研究会を下記のとおり公開にて行います。ご関心のある方は、研究会ならびに懇親会の出欠を明記の上、下記事務局までにご一報ください。


     記

日 時 平成27年8月20日(木)10時半より

場 所 九州大学箱崎キャンパス(福岡市東区)
    文学部会議室(4階)
    参考資料:http://www2.lit.kyushu-u.ac.jp/access/
    当日連絡先:電話092−642−2407(文学部独文学研究室)

研究発表会プログラム 

8月20日(木)
10:30−11:40 
東口 豊(九州大学)
ハイデガーにおけるヘーゲルの所謂「藝術終焉論」批判について

11:50−13:00  
桐原隆弘(下関市立大学)
カントにおけるヨアキム的展望?――「理性宗教の原理」を手がかりに

13:50−15:00  
小黒康正(九州大学)
枠を外された歴史――エーファ・ホルン『破局としての未来』(2014)をめぐって  

15:10−16:20  
坂本貴志(立教大学)
「古代神学的諸世界」対「無鬼論的諳曜」――アタナシウス・キルヒャーと山片蟠桃の宇宙論および比較宗教論について――

16:40−17:50
杵渕博樹(宮崎大学)
「人類の教育」と黙示録――ギュンター・グラス『女ねずみ』における滅亡の風景


懇親会 研究会後に、ご案内する予定。

事務局 〒812-8581 福岡市東区箱崎6-19-1
    九州大学大学院人文科学研究院 小黒康正 気付
    九大独文科研研究会事務局
    Tel. 092-642-4474 (小黒研究室)
    Tel. 092-642-2407 (独文研究室)
    E-mail: hiroakidct[at-mark]hotmail.com

2015.04.23
人 事  下薗りさ

 3月31日に退職しました下薗りさ助教は、4月1日づけで駒澤大学に講師として着任しました。ますますのご活躍を祈念しております。

2015.04.14
学会案内「第29回九州大学独文学会研究発表会」

下記の通り、第29回研究発表会を開催します。
非会員の方のご参加も歓迎します。

平成27年4月25日(土)
九州大学文学部4階会議室

研究発表会(14時30分)
1. 伝承される人間の自然――ゲーテにおける枠物語
木田 綾子


2. E.T.A.ホフマンにおける「分裂」と「統合」――『ブランビラ王女』をめぐって
進藤 良太


3. Geschäfte mit Büchern im 18. Jahrhundert –
Das Verlagsarchiv Gebauer in Halle
Marcus CONRAD


4. <植物的自律性>の思想
武田 利勝

2015.04.06
人 事  マルクス・コンラート(外国人教師)

4月1日付でマルクス・コンラート(Marcus Conrad)氏が独文外国人教師として着任されました。今後はドイツ語演習・ドイツ文学演習を担当されます。

2015.03.06
寄贈図書『境界の消失と再生』(西川智之編)

 過日、名古屋大学教授の西川智之氏から下記文献の寄贈がありましたことを、ここにご報告いたします。

 『境界の消失と再生 19世紀後半から20世紀初頭の欧米文学』
 平成20年度-23年度科学研究費補助金
 基盤研究(B)研究成果報告書
 課題番号 20320054
 平成24年3月
 研究代表者 西川智之(名古屋大学大学院国際言語文化研究科)

 同書の書名はなかなか示唆に富みます。敢えて言えば「看板に偽りあり」です。事実、副題中の「文学」は必ずしも考察の中心に据えられておりません。むしろ、主としてユダヤ人をめぐる「民族」、舞踏、絵画、雑誌などをめぐる「芸術」、男女の性にかかわる新たな「批評」、これら三本柱のそれぞれの「境界」が問題になっています。「文学」の境界はまさに消失しているようです。
 とはいえ、三本柱の後ろにある薄暗がりに「文学」が掛けられていることも見逃してはなりません。1902年に行われたウィーン分離派展を扱う研究代表者の論攷「総合芸術作品としてのベートーヴェン展」をぜひご一読ください。興味深いことに、同展覧会に対するカール・クラウスの痛烈な批判を、西川氏は最後に引き合いに出します。そして、その批判から逆説的に同展覧会がたぐいまれなる「総合芸術」であったことを主張されているのです。
 西川論文はまさに同書全体を代表しています。同書において境界を消失した「文学」が、西川論文を経て、まるで「総合芸術」でもあるかのように立ち上がってくるのです。ここにおいて「文学」の境界は再生されています。そう私は確信しました。(小黒康正)  

2015.03.02
コラム 「トーマス・マン没後60年によせて」(千田まや)

 日本独文学会ホームページに千田まや氏(和歌山大学)のコラム「トーマス・マン没後60年によせて」が掲載されました。マン研究の歴史を的確にまとめられた実に興味深いエッセイです。
 但し、後半部は思いもかけない話しに及びます。なんと国際的なマン研究おける「欠落」が指摘されるのです。それはまさに正鵠を得ていると言いたいところですが、そう言ってしまうと実は我田引水になりそうなので、後は読まれた方々の判断にお任せすることにいたします。

 → http://www.jgg.jp/modules/kolumne/details.php?bid=115

 日本独文学会ホームページには、坂本彩希絵氏(長崎外国語大学)のコラム「トーマス・マン研究会の人々」も掲載されていますので、併せて読まれると大変興味深いかもしれません。

 → http://www.jgg.jp/modules/kolumne/details.php?bid=111

 なお、千田氏のコラムによれば、"Thomas Mann Handbuch"(1990)において唯一名前が出てくる日本人研究者は、九州大学名誉教授の池田紘一氏です。また、近年の"Thomas Mann Jahrbuch"の主要論文リストには、坂本氏の論文が紹介されています。二人ともマン研究会のゴールドメンバー、いまや福岡は、いつしか日本におけるマン研究の「聖地」、いや「盛地」になっているのかもしれません。

2015.02.26
研究会 「第104回トーマス・マン研究会」

EINLADUNG
zum Arbeitskreis für Thomas-Mann-Forschung

Zeit:
Freitag, 27. März 2015, 14:30 Uhr

Ort:
Universität Kyushu in Fukuoka, Hakozaki-Campus, Bungakubu, Dokubungaku-kenkyushitsu (4. Stock japanischer Zählung)
Tel: 092-642-2407
Vgl. http://www.kyushu-u.ac.jp/english/university/location/location.php

Programm:
1. 14:30−16:00 Yoko Beppu (Osaka)
“Die Buddenbrooks” als Parodie auf die “Geburt der Tragödie”

2. 16:15−17:45 Leopold Federmair (Hiroshima)
Thomas Mann und Robert Musil. Zwei Romanciers im Vergleich

Kontakt: oguro[at-mark]lit.kyushu-u.ac.jp

2015.02.24
研究会 「第2回九大独文科研研究会」(黙示録文化)

EINLADUNG
zum 1. internationalen Kolloquium
des germanistischen Seminars an der Universität Kyushu

Die apokalyptische Kultur als Topos
in der deutschen Literatur und Geistesgeschichte.
Ist das ‚Ende‘ vom Ende möglich?

Zeit: Dienstag, 10. März 2015, 13:00 Uhr,
Mittwoch 11. März 2015, 10:30 Uhr
Ort: Universität Kyushu in Fukuoka, Hakozaki-Campus,
Raum: Bungakubu-Kaigishitsu (4. Stock japanischer Zählung)
(Vgl. http://www.kyushu-u.ac.jp/english/university/location/location.php)

Programm:
[10. 03. 2015]
1. 13:00−14:00: Yasumasa Oguro (Fukuoka)
Überblick über unser JSPS-Projekt.

2. 14:10−15:10: Yasumasa Oguro (Fukuoka)
Die apokalyptische Kultur als Topos in der deutschen Literatur und Geistesgeschichte. Ist das ‚Ende‘ vom Ende möglich?

3. 15:30−16:30: Sascha Monhoff (Aichi)
Subjektive Apokalypsen - Todesreflexion als Offenbarungsakt bei Elias Canetti.

4. 16:40−17:40: Wolfgang Braungart (Bielefeld)
Die Apokalypse — eine literarische Gattung? Einige historisch-systematische Thesen, ausgehend von Brechts 'Hauspostille'.

[11. 03. 2015]
5. 10:30−11:30: Toshikatsu Takeda (Fukuoka)
Geste der Grenzüberschreitung.

6. 11:40−12:40: André Reichart (Fukuoka)
'Die fröhliche Apokalypse'. Wiener Weltenden um 1900.

7. 13:10−14:10: Keita Fukumoto (Fukuoka)
Die Offenbarung des Geheimnisses — „Inflationspropheten“ oder die Inflation der Propheten.

Projekt: JSPS-Forschungszuschuss „Scientific Research (B), Nr. 26284048,
geleitet von Prof. Dr. Yasumasa Oguro vom April 2014 bis zum März 2019.

Kontakt: Hiroaki Murakami (hiroakidct [at-mark] hotmail.com, Tel: 092-642-2407)

2015.02.23
講演会 「Wagner-Egelhaaf 教授、Braungart 教授合同講演会」

ドイツ文学講演会のお知らせ

 日本独文学会西日本支部では、Prof. Dr. Martina Wagner-Egelhaaf 氏(ミュンスター大学)と Prof. Dr. Wolfgang Braungart 氏(ビーレフェルト大学)とをお迎えして、学術講演会を開催します。講演会ならびに懇親会への出席希望の方は、下記連絡先に3月3日までにお申し込み下さい。皆様の多数のご来場をお待ちしております。




日時
2015年3月8日(日)15時より18時まで

場所
九州大学文学部会議室(箱崎キャンパス文学部4階)

講演
(1) 15:00-16:15 Prof. Dr. Martina Wagner-Egelhaaf (Universität Münster)
Der Erzähler. Zwischen Personalität und narrativer Instanz (u. a. zu Walter Benjamin)

(2) 16:30-17:45 Prof. Dr. Wolfgang Braungart (Universität Bielefeld)
„Es war ein Mensch“. Humanisierung des Heiligen, Humanisierung der Kunst. Lessing und die Ästhetik des 18. Jahrhunderts .

懇親会
講演会終了後に市内中心部で開催予定(開催場所は当日ご連絡いたします)

連絡先
812-8581福岡市東区箱崎6-19-1 九州大学大学院人文科学研究院 小黒康正
oguro〔アットマーク〕lit.kyushu-u.ac.jp /092-642-4474(小黒)/092-642-2407(独文)

講師
Prof. Dr. Martina Wagner-Egelhaaf ist Professorin am Germanistischen Institut der
Universität Münster. Ihr Hauptarbeitsgebiet ist die Neuere deutsche Literatur unter besonderer Berücksichtigung der Moderne und der Gegenwartsliteratur sowie der Literaturtheorie. Zu ihren Forschungsgebieten zählen Rhetorik, Literatur - Religion - Politik, Autobiographie/Autofikiton.
Publikationen in Auswahl: Mystik der Moderne. Die visionäre Ästhetik der deutschen Literatur im 20. Jahrhundert, (1989); Die Melancholie der Literatur. Diskursgeschichte und Textfiguration (1997); Autobiographie (2005); Autorschaft. Ikonen-Stile-Institutionen (2011; Hrsg.); Auto(r)fiktion. Literarische Verfahren der Selbstkonstruktion (2013; Hrsg.).

Prof. Dr. Wolfgang Braungart ist Professor an der Fakultät für Linguistik und Literaturwissenschaft der Universität Bielefeld. Forschungsschwerpunkte sind Literatur- anthropologie und das Verhältnis von Literatur zu Religion, Kunst und Populärkultur, literaturhistorisch die frühe Neuzeit und die Moderne um 1900.
Publikationen in Auswahl: Die Kunst der Utopie. Vom Späthumanismus zur frühen Aufklärung (1989); Ritual und Literatur (1996); Ästhetische und religiöse Erfahrung I-III (1997-2000); Kitsch. Faszination und Herausforderung des Banalen und Trivialen (2002; Hrsg.); Eduard Mörike – Ästhetik und Geselligkeit. (2004; Hrsg.); Essayismus um 1900 (2006; Hrsg.); Stefan George und sein Kreis. Ein Handbuch, 3 Bde. (2012; Hrsg.).

2015.01.16
受 賞 「第12回日本独文学会学会賞」(武田利勝)

 朗報です。九大独文の武田利勝准教授が、日本独文学会機関誌「ドイツ文学」146号に掲載された下記の日本語論文にて、第12回日本独文学会学会賞を受賞することになりました。

 第12回日本独文学会学会賞 日本語論文部門

 武田利勝:境界の自律性-カール・フィリップ・モーリッツにおける装飾の有機的自己形成について
 (Neue Beiträge zur Germanistik. Band 11/Heft2, ドイツ文学146)

2015.01.12
寄贈図書『ジークフリート伝説集』(石川栄作編訳)

 徳島大学教授の石川栄作氏から『ジークフリート伝説集』(石川栄作編訳、同学社、2014年12月)のご寄贈がありましたこと、ご報告申し上げます。石川氏は九大独文出身者で、1991年に本学で文学博士の学位を取得されました。その後、九州大学独文学会の機関誌「九州ドイツ文学」にて公にされた韻文版『不死身のザイフリート』(1997年)と民衆本『不死身のジークフリート』(1998年)は、前掲書に所収されています。石川氏は『「ニーベルンゲンの歌」ーー構成と内容ーー』(郁文堂)や『ジークフリート伝説』(講談社学術文庫)などの浩瀚の書を次々に上梓されてきました。同氏のご説明によりますと、ちくま文庫の『ニーベルンゲンの歌 前編・後編』(石川栄作訳)と併せて読むと、ジークフリート伝説の全貌が概観できるとのことです。

2015.01.11
授業資料「生と死の探求」(小黒)→トーマス・マン『魔の山』

 当方、1月17日に、朝日カルチャーセンター福岡教室にて九州大学文学部提携講座「生と死の探求」の第4講義を担当します。講義題目は、「トーマス・マン『魔の山』―エロスとタナトスの密封空間―」です。以下に拙論を貼付けますので、同講義の受講者、並びにご関心のある一般の方は、参考資料としてどうぞご活用ください。(小黒康正)

〈参考論文〉
小黒康正「近代日本文学のねじれ——三島由紀夫、辻邦生、村上春樹におけるトーマス・マン——」、九州大学大学院人文科学研究院「文学研究」第102号(2005)、19-48 頁。

参考ファイル:近代日本文学のねじれ(2005).pdf
2014.12.27
寄贈図書『ゲーテ『悲劇 ファウスト』を読みなおす』(新妻篤)

 北海道大学名誉教授の新妻篤先生から御著『ゲーテ『悲劇 ファウスト』を読みなおすーー人間の存在理由を求めて』のご寄贈がありました。本著は、トゥルンツ、ガイアー、シェーネを主として参考にしながらも、徹底的なテキスト内在解釈の立場から独自の読みを展開した好著です。例えば、最後に登場する栄光の母(Mater Gloriosa)を「天上の序曲」の天主(der Herr)と同一視する見方などは、実に興味深い見解と言えましょう。私事ですが、当方、学部時代に北大独文の授業(ゲーテの詩を扱う独文学演習)で、新妻先生の講筵に連なりました。(小黒康正)

2014.12.16
授業資料「エッセイの射程」(小黒)→カスナー(1)

 講義資料として、カスナーのエッセイ「ロバート・ブラウニングとエリザベス・バレット」をアップしました。1月6日の講義で扱う予定です。(小黒)

参考ファイル:ブラウニング(2-122).pdf
2014.12.16
授業資料「エッセイの射程」(小黒)→カスナー(2)

 講義資料として、カスナーのエッセイ「絨毯の倫理」をアップしました。1月20日の講義で扱う予定です。(小黒)

参考ファイル:絨毯の倫理.pdf
2014.12.08
授業資料「エッセイの射程」(小黒)→川村二郎

 講義資料として、川村二郎氏の論文「批評の生理――ルカーチとアドルノ」(日本独文学会編「ドイツ文学」第39号、1967年10月)をアップしました。(小黒)

参考ファイル:川村二郎:批評の生理.pdf
2014.12.07
研究会 「第103回トーマス・マン研究会」

第103回トーマス・マン研究会を、下記のとおり、ご案内いたします。

日 時: 2014年12月13日(土)14 時半から

場 所: 西南学院大学(学術研究所1階第1会議室)にて
     アクセスマップ:
     http://www.seinan-gu.ac.jp/access/access.html
     http://www.seinan-gu.ac.jp/campusmap.html

発表1: 日高雅彦(西南学院大学非常勤講師)
     トーマス・マンとアレキサンダー・エリアスベルク

発表2: 中島邦雄(水産大学校)
     F・G・ユンガーの『技術の完成』とエコロジー
     ―「富」と「時間」の理論を中心に―
 
懇親会: 場所未定

出 欠: 参加希望者は、研究会ならびに懇親会の出欠を担当校(赤尾美秀
     akao [at-mark] seinan-gu.ac.jp)までご一報ください。

その他:
① 本会について
 本会は、平成元年に数名の若手マン研究者が、池田紘一氏(九州大学名誉教授)のもとに参集、その後、年に4回のペースで、マンを中心に近現代ドイツ文学に関する研究活動を行っています。
② 発表募集
 研究発表の募集は、会員以外の発表を含め、随時行っています。発表希望者は事務局まで早目にご相談ください。
③ 旅費補助
 本会は、遠隔地から参加する常勤職のない若手研究者に対して、旅費補助を行っています。併せて事務局までご相談ください。

事務局: 〒812-8581 福岡市東区箱崎6-19-1
     九州大学大学院人文科学研究院 小黒康正 気付
     トーマス・マン研究会事務局
     E-mail: oguro[at-mark]lit.kyushu-u.ac.jp

2014.11.15
書 評 『心獣』(『図書新聞』、松永美穂)

拙訳のヘルタ・ミュラー『心獣』に関する松永美穂氏の書評が、2014年11月 1日号の『図書新聞』に掲載されました。

参考ファイル:IMG_20141110_0001_NEW.pdf
2014.09.19
書 評 『心獣』(『西日本新聞』、河野聡子)

拙訳によるヘルタ・ミュラー『心獣』(三修社、2014年)の書評が、『西日本新聞』(2014年9月7日)に掲載されました。歌人の河野聡子氏による書評です。

参考ファイル:西日本140907.pdf
2014.09.16
書 評 『心獣』(『週刊読書人』、園田みどり)

 ヘルタ・ミュラー『心獣』(小黒康正訳、三修社、2014年)に関する園田みどり氏の書評が、2014年8月22日号の『週刊読書人』に掲載されました。

参考ファイル:読書人140822.pdf
2014.09.03
研究会 「第1回九大独文科研研究会」(黙示録文化)

 九大独文科研研究会のご案内です。九州大学大学院人文科学研究院独文学講座では、平成26−30年度科学研究費補助金基盤研究(B)の交付を受けて、以下の研究プロジェクトを立ち上げます。

  ドイツの文学・思想におけるトポスとしての「黙示録文化」
  ―「終末」の終末は可能か―  (研究代表者 小黒康正)

 平成18−20年度科学研究費補助金基盤研究(B)の交付を受けて以前行った「ドイツ近・現代文学における〈否定性〉の契機とその働き」が第一弾だとしますと、九大独文科研研究会第二弾は「黙示録文化」をキーワードに行う研究プロジェクトです。

 つきましては、第一回研究会を下記のとおり公開にて行います。ご関心のある方は、研究会ならびに懇親会の出欠を明記の上、下記事務局までにご一報ください。


     記

日 時 平成26年9月12日(金)、13日(土)

場 所 九州大学文学部会議室(4階)
    アクセスマップ:http://www2.lit.kyushu-u.ac.jp/access/

研究発表会 
9月12日(金)
・13:00−14:30  小黒康正:研究プロジェクトの全体説明
・14:50−16:20  小黒康正:始原と終末の枠物語
           ――「千」から「三」へ
・16:40−18:10  古澤ゆう子:終末の無い時概念?
           ――プラトン『国家』10巻における
                     魂の不死と輪廻転生
・懇親会(当日、ご案内予定)

9月13日(土)
・10:00−11:30  香田芳樹:中世の女性たちのみた世界の終わり
・12:10−13:40  嶋田洋一郎:ヘルダーと『ヨハネの黙示録』
           ――『マラナ・タ』(1779)を中心に――

事務局: 〒812-8581 福岡市東区箱崎6-19-1
     九州大学大学院人文科学研究院 小黒康正 気付
     九大独文科研研究会事務局
     電話 092-642-2407, 092-642-4474
     E-mail: oguro[at-mark]lit.kyushu-u.ac.jp

2014.08.30
Ausschreibung: Gaikokujin-kyoshi (Lektor/in)

An der geisteswissenschaftlichen Fakultät der Universität Kyushu in Fukuoka/Japan (http://www2.lit.kyushu-u.ac.jp/en/) ist ab April 2015 eine Stelle als Lektor/in im Bereich Germanistik zu besetzen.

Status:
Gaikokujin-kyoshi (Lektor/in)

Vertragsdauer:
2 Jahre

Honorar:
nach der Vorschrift für festangestellte ausländische Lehrkräfte. Zum Teil werden auch Reise- und Umzugskosten von der Universität übernommen.

Aufgaben:
Sprach- und Landeskunde-Unterricht, Proseminar, Hauptseminar
(maximal 6 Stunden pro Woche; eine Unterrichtsstunde dauert 90 Minuten.)

Voraussetzungen:
- Deutsch als Muttersprache
- Alter: unter fünfunddreißig Jahre (zum 1. April 2015)
- abgeschlossenes Hochschulstudium im Bereich Germanistik oder DaF (mindestens Magister oder M.A.)
- Weiterhin sollte der künftige Stelleninhaber Einsatzbereitschaft in Bezug auf die Ausbildung der Studenten, das Korrekturlesen der Arbeiten der Studenten sowie für weitere Uni-Tätigkeiten mitbringen. Wünschenswert ist ferner ein Verständnis für die Germanistik in Japan.

Unterlagen:
- Lebenslauf mit Foto und eine Liste der wissenschaftlichen Veröffentlichungen (DIN A4)
- Kopien von maximal 2 wissenschaftlichen Arbeiten
- schriftliche Beschreibung der persönlichen Forschungsinteressen (ca. zwei DIN A4 Seiten)

Berwerbungsfrist: 31. Oktober 2014

Die Bewerbung ist zu richten an:
Prof. Dr. Yasumasa Oguro,
Faculty of Humanities, Kyushu University
6-19-1 Hakozaki, Higashi-ku, Fukuoka JAPAN 812-8581
(E-Mail: oguro[at-mark]lit.kyushu-u.ac.jp)

Wir bitten um Ihr Verständnis, dass eingegangene Bewerbungsunterlagen nicht zurückgeschickt werden können.


August 2014

Dekan der geisteswissenschaftlichen Fakultät der Universität Kyushu

Prof. Yasutoshi Sakaue

参考ファイル:Ausschreibung(2014).pdf
2014.07.20
寄贈図書『ベンヤミン・コレクション7』(浅井健二郎)

 過日、東京大学名誉教授の浅井健二郎氏から『ベンヤミン・コレクション7 〈私〉記から超〈私〉記へ』(ちくま学芸文庫、2014年7月)のご寄贈がありました。同書の「解説」によれば、『ベンヤミン・コレクション』は第七巻をもって完結し、『ドイツ悲劇の根源』と『ドイツ・ロマン主義における芸術批評の概念』を併せることで、「全集」に近づいたとのことです。私は、浅井氏が九大文学部にて三回行った集中講義の講筵に連なった者として、そして後に九大独文にて共に研究教育に携わった同僚として、「筑摩ベンヤミン」の完結を玄界灘の潮風に吹かれながら心より祝福いたします。
 浅井氏は、長らく東大独文にて重責を担った後、2004年10月に九大独文に転任し、2009年3月に定年退職されました。同氏の在職期間は4年半と比較的短いですが、その間、ベンヤミン、ムージル、カフカを集中的に講じ、九大独文に新たな学風を吹き込んだことは間違いありません。浅井氏が九大教授として上梓されたのは、『ベンヤミン・コレクション4 批評の瞬間』(2007年)でありました。同書は『ベンヤミン・コレクション』の中で、マラソンで言うと折り返し地点、ゴールを意識し始める地点だったはずです。しかし、ゴールはまだまだ先。ランナーとして精神力がもっとも問われた時期ではなかったでしょうか。
 『ベンヤミン・コレクション7』に話を戻します。最終巻は、ベンヤミンの履歴書や税金支払い猶予の嘆願書や遺書が所収されているからでしょうか、「全集」の中で極めて異色です。同書によれば、ベンヤミンは、ゲーテの『親和力』に関する論攷を書いた後に、ゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』所収の挿話「新しいメルジーネ」について書くことで、ひとつの大きなプランの完結を目指しました。教授会の後、浅井氏と一緒に中州へ繰り出し、一献傾けながら、当時執筆中の拙著『水の女』に関する構想を聞いていただいたことを、昨日のように懐かしく思い出します。(小黒康正)

2014.07.14
新刊図書『心獣』(ヘルタ・ミュラー著、小黒康正訳)

 ヘルタ・ミュラーの長編小説『心獣』(1994年)が拙訳にて三修社より出ました。当方、目下、「ヘルタ・ミュラー」と題する講義を文学部と1年生用の基幹教育にて開講中です。以下、学生たちのコメントを一部紹介します。(小黒康正)
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
・この小説では時間の連なりの中に常に「不気味なもの」が滞留している。〔独文のH氏〕
・簡易かつ馴染み深い単語で重い真実が示される。〔インド哲学史のM氏〕
・刈り取られる草は「言葉」のことだったのではないか。〔英文のI 氏〕
・言葉が本来の意味を失っていき、極端なメタファーの世界に自分が放り出されるという不安は、まさに読者がこの難解かつ不可解極まりない作品を読み進める心境をシンクロしていく。〔美学美術史のT氏〕
・ところどころに出てくる歌と詩が印象的!〔英文のO氏〕
・体言止めで場面を切りかえ、視点自体が頬の一点とか川辺の石とかに集中するような語り方。〔社会学のN氏〕
・多用されている体言止めを通じて、登場人物たちが自分の生を生きているようで生きていない奇妙なよそよそしさが伝わってきた。〔独文のO氏〕
・「私」には彼女の父が心のうちに存在している。〔言語学のM氏〕
・最初と最後に繰り返される言葉には、ヘルタ・ミュラーの言葉への失望と言語化への葛藤が表れている。〔社会学のM氏〕
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
・「心獣」とは一種の言霊ではないか。〔農学部1年のF氏〕
・祖母の歌にはどのような意味があるのか。〔理学部1年のM氏〕
・ドイツ語がカタカナで書かれている単語のことが気になった。〔文学部1年のN氏〕
・鋭利なもの、細長いものなど、何か間違いを犯せばとても痛い目にあう身近な危険物が多く登場する。〔芸術工学部1年のY氏〕
・何が真実で何が嘘なのか判別がつかなくなってしまった悲惨な状況を象徴したものがエトガルの言葉だ。〔法学部1年のI氏〕
・『心獣』は一文一文が比較的短いため、その転換にスピード感が増している。〔法学部1年のK氏〕
・体言止めが多く使われており、一度そのリズムにのるとそれほど読みにくいものではないと感じた。〔文学部1年のT氏〕
・括弧が全然使われずに会話が進んでいくので分かりづらかったが、訳者がわざとそのようにしたのではないか。〔医学部1年のT氏〕
・白と黒を基調にした表紙のデザインは『心獣』の雰囲気にぴったりだ。〔芸術工学部1年のK氏〕

2014.07.14
寄贈図書『山と妖怪 ドイツ山岳伝説考』(吉田孝夫)

 以下、奈良女子大学准教授の吉田孝夫氏に宛てた礼状の一部です。(小黒康正)
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 過日、御著『山と妖怪 ドイツ山岳伝説考』(八坂書房、2014年6月)を受け取りました。目下、「金のうんこ」を拝読中です。
 当方にとって「山」と言えば、『魔の山』です。とはいえ、同小説に影響を与えた「タンホイザ―伝説」を思い出しています。以前、拙著『水の女』の執筆中に、ティークの『忠臣エッカルトとタンネンホイザー』(1799年)とアイヒェンドルフ『秋の惑わし』(1808/1809年)に関心を抱きました。後者は前者の翻案です。アイヒェンドルフ自身は模倣を悔いたのか、『秋の惑わし』を世に問うことはありませんでした。とはいえ、それは単なる翻案ではないようです。
 ティークの作品では「接吻」によって「山」の伝説が継承されました。これに対して、アイヒェンドルフの作品では「口伝え」が無い代りに、男が「誘惑の歌」に聞き耳を立てます。こうして伝説は「水」の伝説として「耳伝え」されているのです。事実、ティークにおいて大地母神は地下に君臨する「大地」存在でしたが、アイヒェンドルフにおいては、波間に生まれた「水」存在になっています。
 いささか自分の関心に引きつけすぎました。「水の男」なりに、「山の男」の伝説考、本当に興味深いです。「金のうんこ」の前には、「ウンタースベルク」と「悪魔リューベツァール」も読みました。そう言えば、表紙の絵は「黙示録の四騎士」のパロディーですね。改めて御著の寄贈に心より御礼を申し上げます。

2014.07.06
寄贈図書『陶酔とテクノロジーの美学』(森田團)

 西南学院大学准教授の森田團氏から『陶酔とテクノロジーの美学 ドイツ文化の諸相 1900-1933』(鍛治哲郎/竹峰義和編著、青弓社、2014年6月)の寄贈がございました。同書は、2009年4月から2012年3月までの間、鍛治哲郎先生を研究代表者として行われた日本学術振興会科学研究費補助金(基盤研究 B )による「陶酔と技術―ドイツ語圏世紀転換期における文学・芸術の総合的研究」の成果です。
 テクノロジーが驚異的な発展を遂げた20世紀、特にドイツ語圏では独特の屈折を伴いながら、「個」の解体が進みました。『陶酔とテクノロジーの美学』は、そうした解体の諸相をそうそうたる執筆陣が多角的にあぶり出す「饗宴」と言えます。事実、いずれの章も実に読み応えのある論攷で、我々をまさに知的「陶酔」へと誘うのです。
 そうした「陶酔」のなかで、読者は近代がはらむ矛盾に気づきます。人間存在は、近代以降、分割できない「個人」In-dividuum のはずです。しかし、近代が生み出したテクノロジーによって、人間存在は分割可能な「分人」Dividuum に陥りがちです。その意味で、ルードルフ・カスナーが『変身』(1925年)の冒頭で示唆したように、私たちの本質はアーティチョークか玉ネギなのかもしれません。(小黒康正)

2014.06.28
寄贈図書『スイスを知るための60章』(スイス文学研究会)

 「スイスは外国人に冷たい、閉鎖的な国」、先輩の一言が今でも忘れられない。たしか平成元年の梅雨どきだったと思う。先輩はチューリヒ工科大学で学位を得て帰国したばかりだった。スイスと言えばハイジの世界しか知らなかった私に、先輩の一言はその後たえず何がしかの炎症をもたらす。『魔の山』について修論を書いたときも、留学中にチューリヒにある「トーマス・マン文書館」で調査をしたときも、ダヴォスでキルヒナーの絵を見たときも、そうだった。
 こんな私にとって、先週、明治大学教授の関口裕昭氏からいただいた『スイスを知るための60章』(スイス文学研究会編、明石書店、2014年5月)は、なかなかの良薬である。それぞれのトピックが実に滋養に富む。効き目は漢方薬のそれだ。大国の狭間にある孤高な小国を知ることで、「閉鎖的な国」が次第に開かれていく。
 「本書が日本の文化や社会を振り返る視点を与えるのであれば、執筆者一同の大きな喜びである」と序文に書かれている。多和田葉子の『ゴットハルト鉄道』によれば、スイスの国旗をじっと見ていると、それは日の丸に見えてくるという。「まわりから孤立して、自分をこっそりと世界の中心に据えた島の欺瞞」。スイスは遠くて近い国なのかもしれない。(小黒康正)

2014.05.18
寄贈図書『キリスト者の生のかたち』(谷隆一郎編訳)

 九州大学名誉教授の谷隆一郎先生から『キリスト者の生のかたち 東方教会の古典に学ぶ』(谷隆一郎編訳、知泉書館、2014年5月)のご寄贈がありました。同書では、東方教父と東方キリスト教の伝統を紹介する詞華集として、ニュッサのグリゴリウス(335頃‐394)と証聖者マクシモス(580頃‐662)とのそれぞれ三つの古典作品および初期の修道者の記録『砂漠の師父の言葉』の主要部分が編訳されています。以下、興味深い項目と言説を三つ抜き書きしてみました。

神を見るとは、その欲求が決して満たされぬこと(108頁)

眼に対する最上の賛美は聖霊の恵みによって人間のうちに生命のかたち(eidos)が形作られるということにほかならない。(152頁)

事物から何も蒙らないのは大きなことである。しかし、事物の像から自由で不受動のままに留まるのは、いっそう大きなことである。それゆえ、われわれに対する悪霊の闘いとしては、事物を媒介とするよりも、思考を媒介とする闘いのほうが、より厳しい。(208頁以下)

2014.05.12
就任講義(武田利勝)

 5月21日(水)17時から、九州大学箱崎文系地区講義棟102教室にて、武田利勝先生の就任講義が行われます。下記のとおり、第3番目の登場です。多数のご参加をお待ちしています。

          記

    平成26年度文学部就任講義
 
日時  5月21日(水)15時から18時まで

場所  箱崎文系地区講義棟102教室

    15時より 
    小笠原弘幸 准教授(イスラム文明)
    「オスマン帝国の歴史教科書と近代」

    16時より 
    山下亜紀子 准教授(社会学)
    社会学徒として学んできたこと
    ――地域における高齢者福祉、子育て支援、
    そして障害児の家族支援――

    17時より
    武田利勝  准教授(独文学)
    〈わが哲学は諸断片の体系である〉
    ――フリードリヒ・シュレーゲルの実験、
    あるいは超越論的哲学

企画  文学部教員親睦委員会

2014.05.03
寄贈図書『R・Z・ベッカーの民衆啓蒙運動』(田口武史)

 本研究室の出身者で、長崎外国語大学准教授の田口武史氏より『R・Z・ベッカーの民衆啓蒙運動 近代的フォルク像の源流』(鳥影社、2014年4月)の寄贈がございました。同書は、これまでの啓蒙主義研究でもロマン主義研究でもほとんど注目されてこなかった R・Z・ベッカー(1752-1822)の民衆啓蒙運動を、ドイツの社会思想史ならびに文学史に内外で初めて位置づける画期的な労作です。
 18世紀から19世紀にかけてのドイツでは、<Volk>という語の主たる意味が「下層民/庶民」から「民衆」へ、更には「国民/民族」へと変化しました。従来の見解は、フランスによる祖国支配に反発したドイツ・ロマン派によってこうした変化が引き起こされた、と説明します。これに対して田口氏は、当時ベストセラーとなったベッカーの主著『農民のための救難便覧』(1788年)など数多くの資料を渉猟しながら、民衆啓蒙運動が<Volk>概念の変化において決定的な役割を果たしたことを明らかにしました。
 なお、同書のもとになる博士論文が九州大学に提出された際、小黒教授が主査として査読を担当しました。

2014.04.21
新聞記事「ヘルタ・ミュラーの文学をめぐって」(小黒康正)

 2009年10月23日に「西日本新聞(朝刊)」に掲載された新聞記事「周辺から生まれた饒舌な「沈黙」 ヘルタ・ミュラーの文学をめぐって」をここにPDFファイルにて添付します。平成26年度前期に、小黒教授が開講している基幹教育科目「文系ディシプリン科目 文学・言語学入門」ならびに文学部専門科目「ドイツ文学講義III」を受講されている方は、授業資料として参考にされてください。

参考ファイル:091023 西日本新聞.pdf
2014.04.20
寄贈図書『コラージュの彼岸』(石井祐子)

 九州大学基幹教育院准教授の石井祐子先生から『コラージュの彼岸 マックス・エルンストの制作と展示』(ブリュッケ、2014年4月)のご寄贈がありました。同書は、『Vox Angelica』という作品を考察の中心に据えながら、シュルレアリスムの「新しい神話」を検討する秀逸なエルンスト論です。なお、同書は2011年1月に九州大学大学院人文科学府に提出された博士論文に基づいており、小黒教授が論文調査委員の一人として審査を担当されました。

2014.04.20
研究会 「トーマス・マン研究会全プログラム」

 2014年1月25日(土)に福岡大学文系センター棟学部共通室において第100回トーマス・マン研究会、ならびに九州大学名誉教授の池田紘一先生による記念講演「『魔の山』の魅力――第1章〜第4章における錬金術的物語術」が行われました。つきましては、1989年10月29日(日)に行われました初回から第100回までの全プログラムをここに公開いたします。

参考ファイル:マン研究会第100回目までのプログラム.pdf
2014.04.17
学会案内「第28回九州大学独文学会研究発表会」

 九州大学独文学会の第28回研究発表会が下記のとおり行われます。非会員の方も遠慮なくご参加ください。

平成26年4月26日(土) 九州大学文学部4階会議室

研究発表会(14時30分)
1. ベルリン日本美術コレクションと日本の近代美術
  ――林忠正の遺産をめぐって――   
  野村 優子
2. マルティン・ルターによる新約聖書の翻訳
  ――ギリシア語νέκρωσιςの訳出をめぐって――    
  広松 淳
3. キューゲルゲンの青春回想
  ――ゲーテとの二度の出会い――     
  伊藤 利男
4. フランツ・カフカ『判決』における「戦い」 
   村上 浩明

参考ファイル:第28回九大独文学会プログラム.pdf
2014.04.12
寄贈図書『マルボー ある日記』(青地伯水)

 京都府立大学教授の青地伯水氏からヴォルフガング・ヒルデスハイマー著『マルボー ある日記』(青地伯水訳、松籟社、2014年3月)のご寄贈がありました。
 ヒルデスハイマー(1916-1991)最後の大作である同書(1981)は、実に秀逸な「架空の伝記」。主人公マルボーは、ゲーテー、バイロン、ターナーと親交を結ぶイギリス貴族。作中では「芸術史と心理学とを統合しようと試みた天才的なディレッタント」と称されている。芸術を受容する力に秀でながらも、芸術を創造する力を欠くだけに、まさに19世紀のヨーロッパ文化を体現する人物と言えよう。
 作中の一節によれば、「典型的な伝記作者とは、単にその英雄を選んでいるのではなく、フロイトが言うように、奇妙にもその英雄に固着している人物である。さらに言えば、しだいに英雄に選ばれているという思いの虜になる」とのこと。ニュルンベルク裁判の同時通訳者として活躍したユダヤ人作家ヒルデスハイマーの筆がさえる。青地氏の訳業もすばらしい。

2014.04.03
寄贈図書『ヴェールトとイギリス』(髙木文夫)

 香川大学名誉教授で、本研究室 OB の髙木文夫先生から『ヴェールトとイギリス』(大学教育出版、2014年3月)のご寄贈がありました。同書は、日本における初めての本格的なヴェールト研究書で、文化史的な観点からも興味深い著作です。本書を通じて、初期ヴィクトリア朝のイギリスを、とりわけ産業社会の裏側を、当時のドイツ人がどのよう見ていたかを十分に知ることができます。

2014.04.03
人 事  武田利勝(准教授)

 2014年4月1日付けで、武田利勝氏が人文科学研究院の准教授として着任されました。今後は、九大独文にて、主として近代ドイツ文学の講義や演習を担当されます。

2014.04.03
人 事  下薗りさ(助教)

 2014年4月1日付けで、下薗りさ氏が人文科学研究院の助教に着任されました。下薗氏は新進気鋭のカフカ研究者です。

2014.03.24
寄贈図書『境界としてのテクスト』(三谷研爾)

 大阪大学教授の三谷研爾先生から『境界としてのテクスト カフカ・物語・言説』(鳥影社、2014年3月)のご寄贈がありました。同書は、「ぼくたちの内部の凍てついた海を砕く斧」としての物語、カフカにおける「書く身体」の追求、ゲーテに対する傾倒と「小さな文学」など、実に興味深いご指摘に溢れたカフカ論です。なお、三谷先生は、平成23年7月に、九大独文で集中講義を担当されました。

2014.03.21
講演会 「Ulrike Vedder 教授講演会」

Ulrike Vedder 教授講演会のお知らせ

 日本独文学会西日本支部では、Prof. Dr. Ulrike Vedder 氏(ベルリン・フンボルト大学)をお迎えして、学術講演会を開催します。講演会ならびに懇親会への出席希望の方は、下記連絡先に3月31日までにお申し込み下さい。皆様の多数のご来場をお待ちしております。


 記

日時
2014年4月4日(金)15時より17時まで

場所
九州大学文学部会議室(箱崎キャンパス文学部4階)

講演題目
„Poetik des Sammelns“
(Sammeln und Museum in der Literatur, zur Unabschließbarkeit von Sammlungen, Unmöglichkeit einer totalen Weitergabe, schließlich die Zerstörung von Sammlungen; zu Walter Benjamin, Stefan Zweig, Thomas Mann, dazu Gegenwartsliteratur)

懇親会
講演会終了後に市内中心部で開催予定(開催場所は当日ご連絡いたします)

連絡先
812-8581福岡市東区箱崎6-19-1 
九州大学大学院人文科学研究院 小黒康正
oguro〔アットマーク〕lit.kyushu-u.ac.jp /092-642-4474(小黒)/092-642-2407(独文)

2014.03.21
寄贈図書『ことばと文化の饗宴』(古澤ゆう子、尾方一郎)

 一橋大学特任教授の古澤ゆう子先生と尾方一郎先生から、田中一嘉/中村美知太郎編『ことばと文化の饗宴』(風間書房、2014年3月)のご寄贈がありました。
 同書には、ソフォクレス『オイディプス王』に関する古澤ゆう子先生の論攷と、トーマス・マン『魔の山』に関する尾方先生の論攷がそれぞれ収められています。

2013.11.15
寄贈図書『科学する詩人ゲーテ』(石原あえか)

 東京大学准教授の石原あえか先生から、『科学する詩人ゲーテ』(慶応義塾大学出版会、2010年4月)のご寄贈がありました。
 第32回サントリー学芸賞受賞対象の同書は、ゲーテ文学における自然科学の背景を実に分かりやすく示し、同時に実に奥深く考察した良書です。ご一読をお勧めします。
 なお、石原先生は2013年10月末に九大独文にて集中講義「ゲーテ『ファウスト』第2部を読む」をご担当されました。

2013.11.11
寄贈図書『可視性をめぐる闘争』(前田良三)

 立教大学教授の前田良三先生から『可視性をめぐる闘争 戦間期ドイツの美的文化批判とメディア』(三元社、2013年11月)のご寄贈がありました。
 同書は、19世紀的近代に対する批判として生じた20世紀の平面的視覚性をめぐる言説を、ドイツ語圏における思想(ジンメル、ゲオルゲ、ユンガー。クラカウアー)、技術やメディアの発展(鉄道)、大衆メディア文化の変容(字幕、漫画)、以上の観点から読み解く興味深い書物です。そこには前田先生が平成24年前期に九大独文で行った集中講義の内容が縦横に盛り込まれています。

2013.10.27
雑誌記事「シラーの憑依」(小黒康正)

 ドイツ語学文学振興会の機関誌『ひろの』第53号(2013年10月)に、小黒教授のエッセイ「シラーの憑依(ひょうい)」が掲載されました。同会はドイツ語検定を主催する公益財団法人です。(以下のPDF文章は『ひろの』第53号からの転載です。転載を許可してくださいました同会に、心より御礼申し上げます。)

参考ファイル:シラーの憑意.pdf
2013.10.25
寄贈図書『パストラル』(古澤ゆう子)

 一橋大学特任教授の古澤ゆう子先生から、川島重成/茅野友子/古澤ゆう子編『パストラル ー牧歌の源流と展開』(ピナケス出版、2013年10月)のご寄贈がありました。
 同書は、文学・音楽・美術・演劇などあらゆる西洋芸術の中に確かなモチーフとして息づく「パストラル」の源流とその展開を探る論集です。

2013.10.24
寄贈図書『オートノミートレーニング』(福元圭太)

 九州大学大学院言語文化研究院教授の福元圭太先生から、ロナルト・グロッサルト=マティチェク『オートノミートレーニング』(永野純・有村隆広・福元圭太訳、星和書店、2013年9月)のご寄贈がありました。
 同書は、がんや心筋梗塞・脳卒中を予防し、予後を改善する(生存期間を延長する)効果を短い治療期間で実現する心理療法を紹介する本です。

2013.10.19
集中講義(小黒康正)

 10月15日から18日までの間、東北大学文学部で、集中講義を行ってきました。講義題目「第三の国」に関する授業を無事に終え、安堵しております。仙台での6日間は、台風のため2日目が終日休講になるハプニングがありましたが、最終日に広瀬川の河川敷で「芋煮会」があるなど、実に有意義で楽しいひとときでした。東北大独文の森本先生、嶋崎先生、学生の皆さんに、この場を借りまして、改めて御礼申し上げます。(小黒康正)

2013.08.26
寄贈図書『マグノリアの眠り』(松永美穂)

早稲田大学教授の松永美穂先生からエヴァ・バロンスキー著『マグノリアの眠り』(松永美穂、岩波書店、2013年7月)のご寄贈がありました。独ソ戦をめぐる過去と介護をめぐる現実が交差する物語です。松永先生は、平成24年12月に、本研究室で集中講義を担当されました。

内容(「BOOK」データベースより)
高齢のヴィルヘルミーネを介護するために、ロシアからドイツにやってきた二十三歳のイェリザヴェータ。二人の人生には、第二次世界大戦の「爪痕」が生々しく遺されていた。ある日、一本の電話をきっかけに、その戦争の記憶がうごめきだす―。過去と現在を往還する、息詰まる心理劇。

2013.08.19
寄贈図書『グリムと民間伝承』(大野寿子)

グリムと民間伝承研究会/溝井裕一編『グリムと民間伝承 東西民話研究の地平』が2013年7月に麻生出版より刊行されましたことを、ご報告いたします。東洋大学准教授の大野寿子氏から同書のご寄贈がありました。

2013.08.11
受 賞 「Hajime-Hoshi-Preis」(水守亜季)

 現在、ドイツ・ビーレフェルト大学で研鑽を積んでいる水守亜季氏が、留学先で Hajime-Hoshi-Preis を受賞しました。
(http://ekvv.uni-bielefeld.de/blog/uniaktuell/entry/hajime_hoshi_preis_für_doktorandin)

2013.08.04
雑誌記事「「三十歳」の神話」(小黒康正)

 2013年6月に刊行された西日本日独協会編『西日本日独協会年報』第37号に小黒教授の「「三十歳」の神話」が掲載されました。

参考ファイル:三十歳.pdf
2013.08.04
雑誌記事「ベルリン、都市と美術館」(野村優子)

 2013年6月に刊行された西日本日独協会編『西日本日独協会年報』第37号に野村優子氏(博士後期課程在学中)の「ベルリン、都市と美術館」が掲載されました。

参考ファイル:野村.pdf
2013.07.17
寄贈図書『トリスタン伝説とワーグナー』(石川栄作)

石川栄作著『トリスタン伝説とワーグナー』が、平凡社新書として、2013年6月に刊行されました。同書は、トリスタン伝説の系譜をたどりながら、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の特異性を明らかにした好著です。石川氏は、以前、九州大学にて文学博士号を取られ、現在は徳島大学教授としてご活躍されています。

2013.06.23
書 評 『水の女』(『あうろ~ら』、岡本和子)

小黒康正著『水の女 トポスへの船路』に関する書評が、日本アイヒェンドルフ協会編『あうろ~ら』第30号(2012)に掲載されました。書評執筆者は大東文化大学准教授の岡本和子氏です。

参考ファイル:書評『水の女』(岡本).pdf
2013.06.07
寄贈図書『〈過去の未来〉と〈未来の過去〉』(森田團)

西南学院大学国際文化学部准教授の森田團先生から『〈過去の未来〉と〈未来の過去〉 保坂一夫先生古稀記念論文集』(保坂一夫先生古稀記念論文集刊行委員会、同学社、2013年)のご寄贈がありました。森田先生は、現在、本研究室で非常勤講師としてドイツ文学演習「ヴァルター・ベンヤミン『翻訳者の使命』」を担当中です。

2013.05.21
寄贈図書『牧歌』(古澤ゆう子)

平成25年5月13日から17日までの間、九州大学文学部にて西洋古典学の集中講義を担当された古澤ゆう子先生からテオクリトス『牧歌』(西洋古典叢書、京都大学学術出版会、古澤ゆう子訳、2004年)のご寄贈がありました。古澤先生は、現在、一橋大学の特任教授です。今回を含め、これまで4回の集中講義を九州大学文学部にて担当されました。

2013.05.20
新聞記事「ワーグナーを読む」(山崎太郎)

2013年5月13日の朝日新聞(朝刊)に山崎太郎氏の記事「ワーグナーを読む」が掲載されました。山崎氏は東京工業大学教授。平成23年度後期に、九大独文にて集中講義を担当されました。

2013.05.01
受 賞 「ドイツ語学文学振興会奨励賞」(坂本彩希絵)

第52回ドイツ語学文学振興会奨励賞(2012年6月)の栄に輝いた坂本彩希絵氏の文章「私の研究」を、同会の会報「ひろの」52号より転載しました。

参考ファイル:scan-001.pdf
2013.04.22
寄贈図書『ドイツ語の歴史論』(新田春夫)

高田博行・新田春夫編『ドイツ語の歴史論』が、ひつじ書房より、2013年2月に刊行されました。同書はドイツ語史に関するお薦めの一冊。質の高い研究成果が多数収録されています。なお、編著の一人であり、ご寄贈者の新田氏は、武蔵大学教授、かつて三度、九大独文にて集中講義を担当されました。

2013.04.22
寄贈図書『激動のなかを書きぬく』(山口知三)

山口知三著『激動のなかを書きぬく 二〇世紀前半のドイツの作家たち』が、鳥影社より、2013年4月に刊行されました。特に第一部第二章の「転身の構図」は日本におけるトーマス・マン研究を代表する論攷です。なお、著者であり、寄贈者の山口氏は京都大学名誉教授、かつて二度、九大独文にて集中講義を担当されました。

2013.04.18
研究室紹介『九州大学文学部案内2013』(田野武夫)

拓殖大学准教授の田野武夫氏が、本学部ならびに本学府の案内冊子『九州大学文学部 九州大学大学院人文科学府 案内2013』に、「九大で学ぶ後輩諸君へ」という文章を寄稿されました。九大独文研究室の雰囲気をよく伝えている内容です。ご参考にされてください。

参考ファイル:img-田野.pdf
2013.02.21
寄贈図書『超域する異界』(大野寿子)

大野寿子編『超域する異界』が、勉誠出版より、2013年1月に刊行されました。寄贈者であり編著者である大野氏は東洋大学准教授、九大独文出身者です。

2013.02.21
寄贈図書『神の文化史事典』(嶋崎啓)

松村一男編『神の文化史事典』が白水社より2013年2月に刊行されました。九大独文出身の嶋崎啓氏(東北大学准教授)が執筆を分担されています。なお、本書は嶋崎氏からの寄贈図書です。

2013.02.20
書 評 『水の女』(『図書新聞』、古澤ゆう子)

小黒康正著『水の女 トポスへの船路』に関する書評が、『図書新聞』(2012年8月18日号)に掲載されました。書評執筆者は一橋大学教授の古澤ゆう子氏です。

参考ファイル:図書新聞.pdf
2013.02.20
書 評 『水の女』(『西日本ドイツ文学』、大野寿子)

小黒康正著『水の女 トポスへの船路』に関する書評が、日本独文学会西日本支部編『西日本ドイツ文学』第24号(2012年11月30日発行)に掲載されました。書評執筆者は東洋大学准教授の大野寿子氏です。

参考ファイル:書評(大野).pdf
2013.02.18
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