九州大学文学部・大学院人文科学府・大学院人文科学研究院

先輩からのメッセージ

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人文科学府で大学院生として学んでいる人・学んでいた人から、これから人文科学府の大学院生を目指す人に向けたメッセージです。

一生の財産を培う場として

九州産業大学地域共創学部 教授
末松 剛

大学院では国史学研究室(現、日本史学研究室)に所属し、平安時代の宮廷儀礼の研究に従事しました。ちょうど宮廷儀礼の研究が学界でも盛んとなり、必要な史料や辞書類が刊行された時期でしたので、運が良かったと思います。ただし、それだけライバルも多く、その中で自分の研究を構築するのは一苦労でした。

授業では、史料を正確に読解することと、わかりやすい文章で論述することを徹底指導されました。ひとえに自分の力の無さが原因なのですが、この二点は厳しく指導されましたね。先輩や後輩と研究会をつくって自主的に研究報告や史料講読もしていました。どの分野でもそうなのでしょうが、わかっているつもりでも、実際に人前で話してみると、言葉の意味を知らなかったり論理が矛盾したりして、その都度自分の力の無さを痛感します。数日落ち込んで、再び歩き始める繰り返しでした。それで少しずつ自分の研究の精度を高めていくのです。この歩みが今の研究と教育両面にわたる最大の財産になっています。

また、儀礼研究では文学作品や絵画も見なければならず、当時は文学部棟の同じ三階に、国語学・国文学研究室、美学・美術史研究室がありましたので、たびたび訪問しました。よその研究室に文献を探しに入るのは少々勇気のいることですが、工学部に建築史関係の文献を調べに自転車で通ったのも、懐かしい思い出です。厳しくも自由に研究できる環境でしたので、自分の研究を確立するために、自分の考えた方法でいろいろと取り組んでいました。そのことは今の生き方に通じていますし、論文にもあらわれているのではないかと自負しています。

大学教員としてはじめに赴任したのは京都の私大でした。京都ならではの研究環境を堪能しつつも、情報の多さに流されることも正直ありましたね。この時に次第に慣れていくことができたのも、実証的であること、自分の言葉で論じることを鍛えられていたからだと思っています。調査や研究会、教育のいずれにおいても、大学院時代の学恩をかみしめつつの十年間でした。

現在、福岡の大学に戻り引き続き歴史研究と教育に勤しんでいます。いわば原点に戻ってつくづく思うのは、大学院の時期に培った力があれば、自分の取り組み次第で研究の世界を広げていくことができるということです。決して平坦ではなく、地味で時間を要することですが、後輩の皆さんにおかれましても、自分の研究に出会い、自分の方法で、自分の研究を培われることを祈念します。きっと一生の財産になることでしょう。


良い問いを見つけよう

語学・文学専攻 独文学専修 博士後期課程
大澤 遼可

みなさんは文学研究と言われれるどのようなイメージが浮かびますか。難しい本をたくさん読まなければならないとか、外国語を習得しなければならないとか、そのように思われる方も多いのではないでしょうか。確かにそのようなイメージも決して間違いではありませんが、それはほんの一側面に過ぎません。

文学研究、もしくはもっと広く言えば、大学での勉強において肝心となるのは、良い問いを見つけることだと私は思います。これまでの勉強では、与えられた問いに対して正しい解答をすることが求められてきたかと思います。しかし大学では違います。大学での勉強はまず、自ら問いを見つけることから始まります。そしてそれは同時に、自分自身と向き合うことだとも言えます。自分は何に興味があるのか、何に問題意識を持っているのか、それをじっくりと考えて、真剣に取り組むことのできる問いを見つけなければなりません。そのように時間をかけて自分自身とじっくりと向き合うことができるのは、とても貴重な経験です。それは物事に対する見方、考え方の基盤を作るとても良い機会となりますし、そのようにして築いた基盤は、きっと社会に出てから、一人の人として生きていくための足場となってくれるはずです。

そしてもし、運よく良い問いを見つけることができれば、大学生活はきっと実りあるものになると思います。そのとき、難しい文献や外国語はまるで宝の地図にようにその答えを示してくれる…とまでは都合よくいかないとしても、その問いを解くための何かヒントとなってくれるはずです。「良い問い」とはどのような問いか、という定義はとても難しいのですが、そんな風にヒントを探しながら好奇心を持って本を読んだり、世界を見つめなおしたりすることができるのであれば、それは本当に良い問いなのではないかと思います。

私は現在独文学研究室に所属し、自分の研究テーマに取り組んでいます。ここではそれぞれが自分の研究テーマと向き合いながらも、時には協力し合ったり、意見を交換し合ったりできる理想的な環境が整っています。文学って何だか難しそう、外国語は苦手、というイメージだけで敬遠したりせず、少しでも興味のある方はぜひ、文学コースも専門分野の候補の一つにしてみてください。

一人でも多くの皆さんが、実りある大学生活を送られることをお祈りしています。

大学院では国史学研究室(現、日本史学研究室)に所属し、平安時代の宮廷儀礼の研究に従事しました。ちょうど宮廷儀礼の研究が学界でも盛んとなり、必要な史料や辞書類が刊行された時期でしたので、運が良かったと思います。ただし、それだけライバルも多く、その中で自分の研究を構築するのは一苦労でした。

授業では、史料を正確に読解することと、わかりやすい文章で論述することを徹底指導されました。ひとえに自分の力の無さが原因なのですが、この二点は厳しく指導されましたね。先輩や後輩と研究会をつくって自主的に研究報告や史料講読もしていました。どの分野でもそうなのでしょうが、わかっているつもりでも、実際に人前で話してみると、言葉の意味を知らなかったり論理が矛盾したりして、その都度自分の力の無さを痛感します。数日落ち込んで、再び歩き始める繰り返しでした。それで少しずつ自分の研究の精度を高めていくのです。この歩みが今の研究と教育両面にわたる最大の財産になっています。

また、儀礼研究では文学作品や絵画も見なければならず、当時は文学部棟の同じ三階に、国語学・国文学研究室、美学・美術史研究室がありましたので、たびたび訪問しました。よその研究室に文献を探しに入るのは少々勇気のいることですが、工学部に建築史関係の文献を調べに自転車で通ったのも、懐かしい思い出です。厳しくも自由に研究できる環境でしたので、自分の研究を確立するために、自分の考えた方法でいろいろと取り組んでいました。そのことは今の生き方に通じていますし、論文にもあらわれているのではないかと自負しています。

大学教員としてはじめに赴任したのは京都の私大でした。京都ならではの研究環境を堪能しつつも、情報の多さに流されることも正直ありましたね。この時に次第に慣れていくことができたのも、実証的であること、自分の言葉で論じることを鍛えられていたからだと思っています。調査や研究会、教育のいずれにおいても、大学院時代の学恩をかみしめつつの十年間でした。

現在、福岡の大学に戻り引き続き歴史研究と教育に勤しんでいます。いわば原点に戻ってつくづく思うのは、大学院の時期に培った力があれば、自分の取り組み次第で研究の世界を広げていくことができるということです。決して平坦ではなく、地味で時間を要することですが、後輩の皆さんにおかれましても、自分の研究に出会い、自分の方法で、自分の研究を培われることを祈念します。きっと一生の財産になることでしょう。


1つのことに向き合う

大和文華館、学芸員
都甲 さやか

私は2002年の学部2年生のときに、美学美術史研究室に進学しました。その後、修士、博士、専門研究員、助教と身分を変えつつ、14年間、当研究室にて研究を続けました。

大学院進学は入学時から視野に入れていましたが、よりその想いを強くしたのは、当研究室の研修旅行においてでした。このとき美術館や寺社仏閣をまわり、たった一点の美術作品を何時間、一日中でも見続けることを初めて経験しました。向き合い続け、細部を注視するほどに、作品は歴史の重みや、かたちの美しさを雄弁に語ってくれます。一つの場所に坐していなければ見えてこない世界があることをとても魅力的に感じ、大学院にて美術史をより深く研究したいと思ったのです。

中国明代絵画史の研究を志したのは修士課程からでした。中国美術の研究には、語学はもちろん、膨大な量の漢籍を読み、その内容を正しく理解することが要求されます。時間をかけて準備した訳文が大きく誤っていたり、論文や学会発表の内容に大幅な修正が必要だったこともしばしばでした。しかし先生や同学達と時間をかけて、正しい読解、よりよい内容を突き詰める中で、遅々たる歩みでも研究に誠実にとりくむことの大切さを学びました。諸先生方の研究に対する真摯な姿勢は、現在も私の研究者としての背筋を正してくれています。2013年に博士論文を提出した折には、ひとつ肩の荷が下りたように感じましたが、実際にはそれは通過点にすぎず、執筆の過程で新たに浮上した課題を引き続き考察中です。

そして2016年、現在の大和文華館に中国・朝鮮絵画担当の学芸員として就職し、2017年秋には「文人のまなざし―書画と文房四宝―」展の企画を担当しました。展示構成には今までの自身の研究成果も随所に盛り込み、過去の蓄積が展覧会という形で結実する喜びを味わいました。近年、数十万人が来場する伊藤若冲や葛飾北斎などの展覧会も、その土台には研究者達の永きにわたる地道な蓄積があります。今後も学芸員という立場をいかし、展覧会を通して美術史の新たな視座を広げ、より多くの人々に美術の魅力を伝えたいと思っております。

後輩の皆様にお伝えしたいのは、「急いては事をし損ずる」ということです。効率や速度が重視される昨今ですが、大学には自身の興味に存分に向き合える環境と時間があります。一日一日を大切に過ごし、体験や考察を着実に自らの糧としていってください。


倫理学から主体的な学びへ

徳山大学経済学部特任講師
寺田 篤史

私は平成11年の入学の翌年から学部・大学院と倫理学研究室に所属していました。博士課程退学後しばらく非常勤講師をしていましたが、平成28年に徳山大学経済学部に赴任しました。勤務校では倫理学の授業も担当してはいますが、アクティブ・ラーニング研究所に所属しALプロデューサーとして大学教育におけるアクティブ・ラーニング(AL)の推進を本務としています。今や学校教育の目的はALを通じた「主体的で対話的な深い学び」へと転換しつつあり、私は勤務校でその仕組みづくりに取り組んでいます。哲学・倫理学からはずいぶん離れてしまいましたが、間違いなく倫理学研究室での学生生活が今の仕事に活きています。厳しくも親身な指導をしてくださる先生、面倒見のいい先輩の存在はもちろん大きいですが、倫理学研究室の独特のユルさがよかったのだと思います。

ALとは、大雑把にいうと、教員が一方的に知識を伝えるのではなく学生の能動的な学習を取り入れた授業のあり方を指します。私が当時受けた授業は、講義も演習も目新しい手法こそ用いられてはなかったものの、決して一方通行の授業ではありませんでした。授業で扱っている問題や取り組んでいるテキストの読みについて学生は学部生も院生も関係なく議論に参加しいつでも発言を求められました。自由に議論し、率直に意見を出し合える雰囲気はALの実施に不可欠な要素です。授業では学部生の質問には院生がまず答えるといった教え合いの習慣がありました。これも立派なALですが、こうした習慣も分野や学年を超えて議論しあう土壌づくりになっていたのでしょう。

他の学問に負けず劣らず倫理学で扱う対象は実に多様です。私が受けた授業だけでも、近代・現代の英米独仏の哲学・倫理学だけでなく、近代日本思想や儒学や仏教説話、あるいは情報倫理や生命・環境倫理などの応用的な問題を扱う授業がありました。論文指導のゼミでは、院生の論文や学部生の卒論のテーマは、誰それの哲学者の思想を解き明かそうとするものから、哲学・倫理学の特定の問題に取組むもの、社会問題や自分の趣味から出発するもの、と何でもアリでした。自分の専門やその時の関心の対象についてはもちろん、そうでないものについて一生懸命考え、質問し、教える機会は、専門外の分野に飛び込んだ今振り返るととても貴重な機会でした。

後輩のみなさんには、この独特のユルさ(自由な雰囲気と対象の多様性という意味で)を活かしてのびのびと自分の学びを深めていって欲しいと思います。