ケーテ・コルヴイッツについて記したもの、またはケーテ・コルヴィッツが記したものには、ピカソについて記したものは全くないし、ピカソの名前すらあらわれない。
一方ピカソについて記したものにもほとんどケーテ・コルヴィッツについて記したものはない。ただピカソの初期のことを記した"A Life of Picasso THE EARLY YEARS, 1881-1906 John Richardson"には、ケーテ・コルヴィッツがピカソの1901年の最初のパリでの展覧会で1点買った事が記されている。その記述内容からすると、ピカソのパリでの第一回展のギャラリーのオーナーであったヴォラールや、この展覧会の企画者であり、バルセローナ出身の現代美術のバイヤーだったマニアックなどから案内を受けた知人たちが、前もって購入した時にケーテ・コルヴィッツも購入したようで、その時のカタログのメモにケーテ・コルヴィッツの名があるようである。それによると「マダム K・コルヴィッツ、ベルリンの絵描き」が〈La Bete〉を買ったことがわかるということである。前記のジョン・リチャードソンの同書には、その作品は早い時期に手放されたようで、遺族はその作品が在ったことを知らなかったとし、その作品がアメリカで見つかっていることを記している。
私がこのようなピカソとケーテ・コルヴィッツの関係を調べることになったのは、現在、長崎県美術館が所有する須磨コレクションのなかの、ピカソが途中まで描いたと思われる作品のキャンヴァス裏にあったスペイン語による墨書きの次のような書き付けからである。
「パブロ・ピカソ・ルイスによる母の下絵。この非常に感覚的で素早い作品を、1901年に画家ケーテ・コルヴィッツのためにF・イツリーノとのパリでの展覧会の時に描く。Jn Cuadros」
ピカソとケーテ・コルヴィッツの作品を精査するとそれぞれ1点ずつ、興味深い作品が見いだせる。