本発表は、フィリピン近代美術の代表的な画家ヴィセンテ・マナンサラ(Vicente Manansala, 1910-1981)による《最初の十字架がたてられる》(Planting of the First Cross)(フィリピン国立博物館所蔵)を取り上げ、その制作と展示の経緯を明らかにするとともに、同国の近代美術におけるキュビスムと歴史画の関係について、フィリピン美術におけるモダニズムの受容と、近代国家における歴史の語りに美術が果たした役割というふたつの観点から考察するものである。
《最初の十字架がたてられる》は、1965年、セブで開催されたフィリピンのキリスト教布教400周年記念祭の関連展覧会「キリスト教文化の400年」展のために制作され、カルロス・フランシスコによる同サイズの作品2点とともに展示されたものである。本作品は、その表現においては、物語場面を再現的に描き出すと同時に、キュビスムを取り入れたマナンサラの様式である透明キュビスムの手法による色面分割が見られ、主題としては、フィリピンのキリスト教化・植民地化の発端となったマゼランのフィリピン到達(1521年)という歴史上の出来事を扱っている。
本発表では、まず主題となる物語と、制作背景としての「キリスト教文化の400年」展について確認し、描かれたモティーフを検討することで、この作品には征服者の物語を描く中にもフィリピン人の側からの歴史への視点が読みとれる可能性を提言したい。
次に、カナダとパリで学びキュビスムを取り入れた画家マナンサラについて、アジアにおけるキュビスムの受容に関する「アジアのキュビスム」展(2005年)における議論をふまえ、加えて画家の言葉から読みとれる彼自身の視点とともに考えてみたい。
そして、キュビスムを含むフィリピンのモダニズムの歴史画による、美術におけるアイデンティティの探求と歴史の語りなおしについて論じ、《最初の十字架がたてられる》を、そうした社会的背景による要求と、美術表現との関わりのなかでの位置づけを試みる。本作品の考察から、モダニズム絵画が歴史主題と結びつくことで、新たな近代国家となった独立後のフィリピンにおいて自らの歴史やアイデンティティを語りなおすという美術の役割を確認したい。