19世紀イギリスの画家で、ラファエル前派兄弟団(以下、「PRB」)の一員であったジョン・エヴァレット・ミレイ(1829-1896)は、1850年に《両親の家のキリスト》を描き、王立美術学院の夏季展覧会に出品した。《両親の家のキリスト》は、聖家族を卑俗的に描いたとしてバッシングを受け、ヴィクトリア女王が謁見するにいたるスキャンダルとなった。本作品はミレイのPRB時代における宗教画として研究がなされ、次のような解釈がなされてきた。幼少年時のキリストが手に傷を受ける場面を描くことによって、受難の予見を示す予型論的解釈と、英国国教会の高教会派に特徴的な建築様式を模した構図によって、画家が傾倒した宗派を示すという作品解釈である。これまで、作品自体から導き出される解釈がなされてきたが、本作品の受容論からのアプローチは十分ではなかった。本発表では、ヴィクトリア朝時代における主たる芸術需要者の中産階級による批評を分析し、当時の宗教画および流行していた風俗画と比較し、彼らが本作品から何を受け取ったのかを考察したい。
《両親の家のキリスト》の批判で最も影響力があった記事は、文豪C. ディケンズのものであった。キリストを「泣きじゃくる寝間着を着た男の子」と、聖母マリアを「イギリスの最下級の酒屋にいる女」と表現し、登場する聖家族を社会的地位の低い人物として捉えている。また、19世紀イギリスの宗教画は、J. R. ハーバート《わが主の少年時代》やC. イーストレイク《幼子を祝福するイエス・キリスト》のような美しい姿のキリストや聖人達で、対象を理想化せずに描いたミレイのそれとは異なっている。一方、流行していた絵画は風俗画であった。イギリスの風俗画の特徴的要素として、「風刺的要素」と「同情的要素」があると言われている。例えば、D. ウィルキー《盲目のバイオリン弾き》やG. B. オニール《捨て子》が挙げられる。前者は貧しい家族がバイオリンの音に慰められる場面で、後者は捨てられた孤児を役所でいかに扱うか議論されている場面である。貧民層の生活や私生児・孤児の社会問題を扱う風刺的要素と、それに対する慰めや孤児への哀れみの同情的要素がみられる。《両親の家のキリスト》も、このような風俗画として受容された可能性がある。つまり、本作品からは貧しい大工の家族という風刺的要素と手に傷を負った少年とそれを悲しむ母親という同情的要素が見出される。本作品は一旦、貧しい家族を描いた風俗画として見なされるが、実はそれは聖家族を描いた宗教画であったため、鑑賞者は嫌悪し、非難を浴びせたのではないだろうか。聖なる存在が、芸術需要者の中産階級よりも劣った存在として捉えられていた同時代の下層階級の人物として現実味を帯びて現れたといえる。