レクヴィッツ『独自性の社会』(橋本紘樹)



現代ドイツ社会学を代表するアンドレアス・レクヴィッツ(Andreas Reckwitz, 1970- )の主著2冊を、同僚の橋本紘樹先生からいただいた。ともに橋本先生を中心とする共訳書だ。まずは『幻想の終わりに: 後期近代の政治・経済・文化』(橋本紘樹・林英哉訳、人文書院、2023年)を 2023年の春に、次に『独自性の社会 近代の構造転換』(橋本紘樹・林英哉・中村徳仁訳、岩波書店、2025年)を2025年の秋にいただいた。 


2026年2月22日に九州大学西新プラザで開催された第131回トーマス・マン研究会で、橋本先生による新刊紹介が行われたばかりだ。先生のご説明によると、先に『独自性の社会 近代の構造転換』が2017年に刊行され、同書の中で展開された近代社会の歴史的発展に関する批判的分析学が、その後、2019年刊行の『幻想の終わりに』において、より実践理論的に記述されている。


私たちは、「一般的なもの」と「特別なもの」が拮抗するなかで、それぞれが立ち位置を探ってきた。しかし、今日、経済とテクノロジーの爆発的な発展の中で、「特別なもの」がより価値化される社会、つまり、独自性の社会に流されている。むしろ、溺れかかっていると言ってもよい。そうした中でレクヴィッツは、社会全体の歴史的発展という見えざる流れに目をこらす。そこから浮かび上がってきたのが、独自性にもとづく特異な社会連関だ。


ただし、レクヴィッツの立ち位置は、主体に重きをおくハーバーマス的理論でもなければ、システムに重きをおくルーマン的理論でもない。むしろ、批判的分析学とも称すべき実践理論を拠り所とする。論述の主たる対象は、後期近代の主役ともいえる平準化された新たな中間層、レクヴィッツの言葉を借りると、「大卒階級」だ。つまり、レクヴィッツ自身も含めた私たちのことである。そんな私たちの「感情」はどこに向かうのだろうか。そういえば、「どこに向かっているのか」という問いが幻想的に繰り返される文学作品をふと思い出した。ドイツ発の新たな社会理論がトーマス・マン『トーニオ・クレーガー』と妙に呼応するのは、実に興味深い。 (小黒康正)