『ハーケンクロイツの文化史』(今井宏昌)

2022年の師走に同僚の今井宏昌氏(西洋史)からローレンツ・イェーガー『ハーケンクロイツの文化史』(長谷川晴生・藤崎剛人・今井宏昌訳)をいただきました。いささか前の話です。もっとも、ローレンツ・イェーガー氏を知っていますかと今井氏に尋ねられたことは昨日ことのように覚えています。イェーガー氏が1985年から1988年まで北海道大学で教鞭を取られたことを今井氏が知っておられたからです。言語文化部から出講され、文学部でドイツ文学演習を担当されていたイェーガー先生の授業に、当方が学部2年生の時、出席していました。授業内容は、フロイトのモーセ論だったこともよく覚えています。学部3年生の時、初めて海外に行った際、フランクフルト郊外にある先生の実家に行ったことも、懐かしい思い出です。

イェーガー先生は物腰がとても柔らかい大きなドイツ人でした。北大の後は、アメリカの大学でポストを得て、帰国後は、ドイツを代表する『フランクフルター・アルゲマイネ』誌の学芸欄編集者として活躍されたようです。もっともドイツ国内では新右翼の論客として知られました。とはいえ、このことをあまり意識しすぎると、ハーケンクロイツという際どいテーマだけに、本書の内容を損ねてしまいます。イェーガー先生の著作は、シューリマンなどの考古学者によって再発見された鉤十字が単なるインドの文字ではなく、ドイツ語圏において「アーリア人のしるし」と目され、次第にナチスに利用され、戦後もナチスの印として利用され続けた多様な文化史を丹念に追いかけているのです。

もともと非政治的な記号が民族主義的な政治的表象へと変質する過程が本書においてもっとも読み応えのある箇所に他なりません。グリムの辞書において単なる紋章学用語に過ぎなかった記号が、ブラヴァッキー夫人、クラーゲス、ゲオルゲ、トゥーレ協会をなどの紆余曲折を経て、ナチスへと流れて過程が本書の中核です。中でもシューラーの記述はとても興味が惹かれました。「シューラーは、話し言葉を最大限に凝縮させて魔術的なものにまで高める力を持っていた」とのことです。その後、こうした魔術がいかに政治に転用されたのか、私たちは同書をしっかりと読んで検討していかなければならないでしょう。イェーガー先生が私たちに出した大きな宿題のように私には思えます。(小黒康正)