ヘミングウェイ+α研究ページ

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「殺したくなる論文」

九英会の機関誌に載せた雑文です。誰に向けて書いてるんだか……。

大学院生の頃、大学の文学部を舞台にしたサスペンス映画を見たことがありました。たいして面白い映画でもなかったのですが、なぜか結末部分だけ妙に印象に残っています。主人公がついに殺人事件の犯人にたどり着いたとき、そこで明らかになる動機が非常に興味深かったからでしょうか。犯人は主人公の同僚の大学教師で、ずっと論文を書くのに行き詰まっていたのですが、そんなときに主人公に提出された学部生のレポートを盗み見たところ、あまりにもすばらしいできであることに衝撃を受けます。そして自分の論文として発表するために、書いた学生を殺害するとともに主人公をも亡き者にしようと企んだのです。


当時大学院生だった私は、自分も殺されるくらいのいい論文が書ければいいなあ、と思った記憶があります。実際のところ、盗作の対象になるほど優れた論文が書けるのは、研究者の中でもごく一部なのでしょうけれど、「殺されるくらい優れた論文を書く」というのは、研究者の目標としてはなかなかすてきではないでしょうか。


映画ではもうひとつ興味深かったのが、その論文、主人公はまったく評価していなかったというところ。ただの若書きの勢いだけでそこまでの価値はない、と犯人に言うのですが、犯人は、いや、あれはすばらしい傑作だと反論するのです。殺された学生の方はなかなか複雑な心境でしょうね。自分だったらむしろ主人公を恨んで犯人の方を抱きしめたくなるかも。殺したくなるくらい高く評価してくれたわけですから。


いま自分の指導学生を持つようになって、学生には殺したくなるくらいいい論文を書いてもらいたいものだとときどき思ったりしますが、こんなことを書いていたら怖がらせてしまって、書けるものも書けなくなるでしょうか。まあ大学を出るまでにいちどくらい「殺したくなる論文」を書いてやろうという野望を持ってほしいものです。本当にすばらしい論文が出てきても、殺したりしませんよ。……たぶんね。