『いっしょに楽しむ おはなしのえほん』(大野寿子)

 以前のことですが、東洋大学教授の大野寿子氏より、『いっしょに楽しむ おはなしのえほん こどもに伝えたい20話』(大野寿子監修、高橋書店、2021年)を、そして更に『いっしょに楽しむ おはなしのえほん 動物たちとまなぶ20話+1』(大野寿子監修、高橋書店、2023年)をそれぞれいただきました。

 この度いただいたのは『いっしょに楽しむ おはなしのえほん 心をゆさぶる20話』(大野寿子監修、高橋書店、2024年)です。ご寄贈に心より感謝を申し上げます。私の読後感を申し上げますと、いわゆる「役割語」が随分と少なくなっているようです。『いっしょに楽しむ おはなしのえほん こどもに伝えたい20話』に対して書いた私なりの感想文をお読みください。本ホームページにあります。

 「かさじぞう」のおじいさんが言います、「はて、いったい なんの さわぎだ」と。「はて、いったい なんの さわぎなんじゃ」ではありません。「にんぎょひめ」においても同様です。にんぎょひめが言います、「ああ、わたしも はやく 十五さいに なりたい」と。「ああ、わたしも はやく 十五さいに なりたいわ」ではありません。

 このように本シリーズは時代と共に歩んでいるようです。このことは微細な表現から読み取れます。漢数字の表記も統一されているようです。例えば、「二五人」ではなく「二十五人」、「一五人」ではなく「十五人」、「一三ばん目」ではなく「十三ばん目」になっています。監修者の目がきちんと細かな点まで届いているようです。縦書きの漢数字表記からも、そのことが分かります。

 なお、『いっしょに楽しむ おはなしのえほん 心をゆさぶる20話』をトーマス・マンが読んだら、どのような感想を述べるでしょうか。あくまでも私の推測ですが、「すずのへいたい」か「にんぎょひめ」がマンの心を最もゆさぶるのではないでしょうか。両作品がともに「第4章 愛ってなんだろう」に入っているからです。マンの『魔の山』と『トーニオ・クレーガー』から私なりにそう判断しました。(小黒康正)