立正大学名誉教授の今泉文子先生から『立原道造 青春の軌跡』(未来社、2026年3月)をいただくやいなや、私はすぐに拝読を始めた。読む順番を変更してのことだ。ここのところ、数多くの献本をいただき、読みたい本は私の机の横に、うず高く積もっている。しかし、他の方々には大変申し訳ないが、今泉先生の本を先に読ませてもらった。というか、条件反射的に私の手が先生の本に伸びたのだ。
私自身、今泉先生の著作、特に『鏡の中のロマン主義』(勁草書房、1989年)、『ミュンヘン 倒錯の都――「芸術の都」からヒトラー都市へ』(筑摩書房、1992年)、『ロマン主義の誕生――ノヴァーリスとイェーナの前衛たち』(平凡社選書、1999年)を院生の頃から愛読してきたし、教員になってからは、今泉文子訳でノヴァーリスに親しんできた(『ノヴァーリス作品集』全3巻、ちくま文庫、2006-2007年)。私の条件反射は、当然といえば、当然と言えよう。
『立原道造 青春の軌跡』は、立原が夢みた建築「ヒアシンスハウス」から始まる壮大な旅だ。その歩みは、日本の詩人をめぐる夢想から日本におけるドイツ・ロマン主義受容へと大きく弧を描く。「感性の類似」という立原の言葉に促されて、日本の詩人とドイツの詩人を結びつける結合術だ。まるで放物線のように、パラケルススをめぐって大宇宙と小宇宙の照応や、芳賀檀(はがまゆみ)や日本浪曼派との連関で「ドイツ的な野蛮なロマンティシズム」まで、弧が大きく膨らむ。細部も読み飛ばすことができない。「芸術批評とは芸術作品に即して〈実験〉をおこなうことなのだ」「断片のみが限界を逃れている」、そんな言葉もある。まさに詩作と思索の書だ。私の条件反射に間違いがなかった。(小黒康正)

