九州大学言語学研究室

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片岡喜代子「日本語否定文の構造:かき混ぜ文と否定呼応表現」

片岡喜代子 『日本語否定文の構造:かき混ぜ文と否定呼応表現』
  日本語研究叢書 Frontier series 18 くろしお出版
  2006年11月1日発行  税込み価格 3,990円(本体3,800円)

本論文の目的は、日本語の文否定に関連する現象をこれまでにない方法で詳細に研究することにより、日本語否定文の構造についての新たな知見を提示した上で、否定に関連する現象における要素間の構造関係のみならず日本語の文構造そのものについても新たな提案を行うことである。

まず、第一部では、二種類の構造を持つと言われるかき混ぜ文(「目的語-主語-動詞」の語順の文)を調べ、それら二種類の構造を厳密に区別した上で、一方の構造を持つ場合は、文頭の目的語が否定の作用域に入りえないことを確認し、否定要素にc-統御されない要素であることを示す。従来、文中の名詞句はすべて否定の作用域内に存在しうると見なされ、それ故に否定要素にc-統御されうると仮定されていた。その仮定の下では、否定要素との共起を必要とする否定呼応表現の必要条件としての「否定要素によるc-統御」という仮説を検証しえなかったが、それが可能になったわけである。

第二部では、第一部で確認した否定文の構造上の特質を用いて、「否定要素によるc-統御」という否定呼応表現の構造条件を調べなおし、更に、他の量化表現との解釈上の相互作用を観察することにより、否定呼応表現生起のための構造条件を明らかにする。その結果、日本語の否定呼応表現には、否定にc-統御されなければならないもの(「ろくな〜」等)と、否定をc-統御しなければならないもの(「〜しか/だれも/なにも」等)の少なくとも二つのタイプがあることを示し、否定呼応表現が、構造条件の点からは一律には扱えないことを主張する。

最後の第三部では、第一部、第二部での議論をふまえて、それらの帰結が否定文の構造のみならず他の構文の構造や、日本語の文構造一般の特質そのものを探る手がかりになることを述べる。まず、かき混ぜ文の分析の方向性について、新しい根拠が示されたことを論ずる。更に、他の構文の構造を探る試みの一つとして「-が」格名詞句の構造上の位置についての議論を行う。日本語文に複数生起可能である「-が」格名詞句には、文否定要素にc-統御されうるものとc-統御されないものの二種類あると分析できる可能性を示し、その分析は束縛原理の問題にも影響を及ぼす可能性を示唆する。