英語の文は一般に(1)のような構造(すなわち、動詞がまず目的語と結びついて一つの構成素をなし、それが更に主語と結びつくという構造)であると考えられている。
従来の研究では、日本語の文も英語の文と同じ階層構造を持つと考えられている。
(3)の現象についてこれまでに提案されている分析のほとんどは、(2)の文構造を仮定したまま(3)が派生できるような特別な(移動・削除等の)操作を提案している。本論文では、これらの分析の妥当性を検証し、(3)に対する従来の分析がいずれも誤った予測を生み出すことを示す。その際に主な手がかりとするのは、束縛変項照応解釈とスコープ解釈である。Hoji (1998), Ueyama (1998), Hayashishita (1999, 2004) を始めとする一連の研究において、純粋に構造関係に基づく束縛変項照応解釈・スコープ解釈の性質が明らかにされてきているので、これらの研究成果に基づいたテストを行うことにより、本論文では、(3)において、主語名詞句と目的語名詞句が構成素を成しており、それを「と」が等位接続していると考える必要があることを示す。つまり、文構造に関して(4)のような提案を行う。
日本語の中では、(3)以外にも、二つ以上の名詞句が一つの構成素のように振る舞う現象が見られる。たとえば(6)のように疑似分裂文が複数焦点を持つように見えるということも、従来問題になってきた現象であるが、これも(4)の仮定のもとでは、直接に説明できる。
(4)の提案に関して最も問題になりうるのは、意味解釈の問題であろう。従来は、(1)や(2)のような構造でなければ文の解釈が成り立たないと考えられていたからである。本論文では、文解釈の方法として、(1)や(2)の構造を解釈する場合とはまったく別の方策が存在するという理論を提案する。その理論の根底にあるアイデアは、(7)のように言い表すことができる。
ただし、英語では(1)の文構造のみが許され、(5)に相当する文構造が許されないということが多くの観察によって裏づけられている。したがって、(7)の解釈の方策は、日本語では可能であるが英語では不可能であると考えなければならない。ここで二つの言語を区別する鍵になるのは、格助詞の有無であると考えたい。つまり、日本語で(7)の方策が可能なのは、名詞句に格助詞が後続しているからなのである。日本語では、そもそも格助詞の存在によって、名詞句と動詞との関係が明示的に表示されるのであるから、格助詞が解釈において重要な働きを成していたとしても不思議はない。これに対して、英語の主語や目的語は、格助詞のようなものは存在せず、単に名詞句だけしかない。そのため、名詞句を連用表現と見なすことができず、(1)のような構造でないと解釈ができないのである。その結果、英語では、二つ以上の名詞句から成る構成素ができたとしても、それを意味解釈することができないことになる。
以上のように、この論文は、(i) 文の構築方法について新しい可能性をもつ理論を提案し、(ii) その理論の中で格助詞が重要な役割を果たしているという主張をするものである。