九州大学言語学研究室

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村尾 治彦「Cognitive Domains and Prototypes in Constructions」

本研究は、構文(Construction)に関わる言語一般的な特性と個別言語の特殊性を反映できる理論的枠組みを提案し、構文とそれに生起する動詞の関係に焦点を当てながら、事例研究を行ったものである。従来、動詞と構文の関係を扱った研究は、動詞を言語の基本的単位とし、動詞のクラスを構成するメンバーの均質性及びクラス間の明確な境界を前提とする動詞意味論的研究と、構文自体を言語の基本単位とし、構文や動詞がプロトタイプ(Prototype)とその拡張形から成るネットワークを構成するという立場に立つ構文文法的研究に大別される。動詞と構文の関係は、ある特定の動詞クラスがある特定の構文と一対一の対応をすることはなく、同じクラスのメンバー間で振る舞いが一貫していないため、動詞意味論的立場の研究には重大な問題が生じる。

このような現状を踏まえ、本研究は、構文文法の立場から動詞と構文の問題を検討したものである。但し、言語の普遍的特性及び個別言語の特殊性に基づいて、構文においてどのような拡張形が可能かを予測する制約を設けることと、構文間の拡張の詳細なメカニズムや個々の構文の意味構造の詳細な記述を行うため、認知文法(Langacker 1987/1991)と意味地図モデル(Croft 2001他)の統合モデルを提唱した。このモデルでは次のことを主張している。構文はそれぞれに固有の複数の「認知領域(Cognitive Domain)」から成る「多重領域(Complex Matrix)」を喚起し、それに基づき特徴付けられる。多重領域内の認知領域は構文毎に特に中心的に機能するものとそうでないものがある。また、動詞のクラスは特定の構文から自立して存在するものではなく、各構文の多重領域内の中心的認知領域によって、生起するプロトタイプ的動詞が構文毎に決定され、それを中心にプロトタイプカテゴリーを形成する。

認知領域は、意味地図モデルに基づき、意味機能を体系的に配列する「概念空間(Conceptual Space)」上に配置される。個々の構文は概念空間内の特定の位置に写像される。この概念空間内の認知領域の種類やそれらの互いの位置関係は普遍的であり、その概念空間内のどの認知領域上にどのような構文が写像されるかは個別言語の個々の構文の持つ中心的認知領域の種類に応じて決定される。また、特定の構文のプロトタイプと拡張事例もこの概念空間内での占める位置の違いによって表される。一方個々の構文の特徴の記述や拡張の詳細なメカニズムは、認知文法によって提案されている様々な認知プロセスによって説明される。

本研究では、以上の枠組みに基づいて、日本語のテイル構文と日英語の結果構文の2つの事例研究を行った。テイル構文では、まず動作持続、結果状態の持続、状態、経験の4つの用法の内、動作持続と結果状態の持続に焦点をあてて分析を行い、動作主性と終結性の2つを中心的認知領域として提案した。動作持続の用法は、概念空間内の動作主性が高く、終結性が低い領域に写像され、結果状態の持続の用法は、終結性が高く、動作主性が低い領域に写像された。各用法に生起する動詞クラスは各々の中心的認知領域の特性を反映する度合いに応じてプロトタイプカテゴリーを形成し、周辺的な動詞になるほど、動作持続用法と結果状態持続用法の間で揺れが生じることを示した。また、「主体化」という認知プロセスに基づく、動作持続、結果状態の持続、状態、経験の4用法を産出するスキーマを提案し、4用法がテイルという共通の言語形式で表される動機付けの解明をした。

次に、日本語と英語を比較しながら結果構文の分析を行った。英語の結果構文は多重領域内の因果関係が最も重要な中心的認知領域として機能し、一方日本語は、目的領域がより重要な機能を果たし、目的を含む多重領域が様態領域と隣接することを主張した。両言語におけるこの違いは、結果構文が作られる時のモデル構文が両言語で異なることに起因する。英語の結果構文は使役構造を持つ構文類をモデルとして作られ、因果関係を保持しながらプロトタイプから拡張事例へと概念空間内の因果関係領域内に分布する。対する日本語結果構文は、副詞構文をモデルとし、様態領域内の様態副詞構文から目的領域が関与する結果構文類を経て、因果関係を中心に表す結果構文へと拡張する形で概念空間内に存在する。概念空間の普遍的特性による制約のため、ここから外れる拡張事例は予測されない。従来の多くの研究による、日本語、英語共に拡張の元が共通しており、拡張事例において言語間の違いが出るという主張は間違いであることが示され、実際は英語の拡張元と日本語の拡張の終結点が両言語で共通することが明らかになった。拡張には「主体化」、「脱主体化」といった認知プロセスが関与していることも示された。