九州大学言語学研究室

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齊藤 学「自然言語の証拠推量表現と知識管理」

本論文では,現代日本語における証拠推量表現ヨウダ・ラシイを分析の対象とし,証拠推量するということの本質,及び言語表現によりそれを如何にして表しているのかということを追究した.

ヨウダとラシイの研究は少なくない.しかし,従来の研究では,単にヨウダ・ラシイが証拠推量を表すと述べるに留まっており,「証拠推量」とは何なのか,いったいどういう操作を行うことなのか,という根本的な問題に踏み込んでいなかった.ヨウダとラシイの意味の本質を探るためには,この問題は避けて通れないものである.

本論文では,まず知識管理のモデルを提案した.このモデルは,いわゆる長期記憶に相当する知識データベースとワーキングメモリーに相当するバッファが区別され,さらに,命題と命題の関係を計算する推論モジュールを備えている.本論文では,新規命題(=新規情報)は,バッファ内で既存命題(=既存知識)と適切に関連付けられないと,知識データベースに組み込まれず,また,既存命題との関連付けがうまくなされない場合は,新たに命題を仮定したり,誤った既存命題が修正されるということが行われると仮定した.そして,この操作がまさに証拠推量の実体であり,ヨウダ,ラシイはその語義から,補部に命題をとった場合にこの操作を表すことになることを論じた.

本論文で主張したヨウダ・ラシイの語義は,概略(1)のようなものである.

(1) a. 「αヨウダ」が表すのは,(不定の特性)βである.ただし,αが成り立つならば,通常,βが成り立つとする.
b. 「αラシイ」が表すのは,(不定の特性)βである.ただし,αが成り立たないならば,通常,βが成り立たないとする.
また,ヨウダ・ラシイには「証拠推量」以外に様々な用法があることはよく知られているが,それらの用法間がどのような関係になっているかという議論もほとんどされてこなかった.本論文では, ヨウダ・ラシイの語義を(1)のように仮定すると,「証拠推量」用法のみならず,他の用法も持つことが自然に説明できるということを論じた.

本論文で提示している知識管理のモデルは,広い意味では談話管理理論の一種として位置づけることができるが,文の生成機構としての文法とその理解の関連をより明示的にし,新しい情報を知識の中に組み入れていくプロセスを具体的に示すことによって,この分野の研究の検証可能性をより高めることを目指した.