九州大学言語学研究室

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安永 大地「日本語における要素間の関連付け処理過程」

本研究では、人間が文を処理する過程において、文処理装置が決定する要素間の関係がどのようなものであるか、また、時間軸上で展開される文処理過程において、処理の開始から完了までにどのような手続きが含まれるかという二つの問題に取り組んだ。そして、上述の二つの問題を解決するために、事象関連電位(Event-Related Potentials; ERP)を用いた実験を行い、ミリ秒単位で展開される人間の文処理がどのように進められる過程であるかを実証的に示した。

一つ目の問いに対しては、文処理装置が決定する要素間の関係は、連用関係および連体関係という二種類の係り受け関係に分類されると提案した。ただし、これら連用関係、連体関係はいずれも文に含まれる要素間の関係について静的に記述したものである。文処理においては、最終的には、連用関係、連体関係として分析することができる要素のすべてが同時に入力されるわけではない。時間軸上の処理を考えると、必ず、先行する要素と後続する要素に分けられる。そして、先行する要素(「係り」側の要素)の情報を利用して、後続する要素(「受け」側の要素)の内容を予測しながら、係り受け関係を決定するのが文処理である。連用関係を決定する処理における「係り」側の要素(項となる名詞句、副詞)をvMod(adverbial modifier)、「受け」側の要素(動詞など述語になることができる要素)をPred(Predicate)と呼ぶ。また、連体関係を決定する処理における「係り」側の要素(形容詞、連体詞)をnMod(adnominal modifier)、「受け」側の要素(名詞)をNounと呼ぶ。時間軸上で展開される文処理では、vModと分析される要素が入力された時点で空の述語としてPredが設定され、vModが持つ情報からPredがどのようなものであるかが予測される。また、nModと分析される要素が入力された時点で空の名詞としてNounが設定され、nModが持つ情報からNounがどのようなものであるかが予測される。vModとPredが統合され、連用関係が出力される。また、nModとNounが統合され、連体関係が出力される。そして、同一文中に含まれる連用関係と連体関係がまとめ上げられる(結合される)ことで、文全体の意味が理解できるようになる。

第二章では、vModとPredと統合し、連用関係を出力する過程において、vModが持つ形態的統語的な情報(格助詞の情報)によって、Predの予測にどのような影響が与えられるのかを考察した(実験1、実験2)。ERP実験の結果、文処理装置が格助詞の情報を利用してPredを予測する際には、(1)のような処理手続きが採られていることを示した。

(1)a. ニ格名詞句入力時に、解析装置が予測する述語は、三項動詞またはニ格を目的語にとる二項動詞に限定される。
b. ヲ格名詞句入力時に、解析装置が予測する述語は、ヲ格を目的語にとる二項動詞のみに限定される。

第三章では、nModとNounを統合し、連体関係を出力する過程がどのように展開されるかについて考察した(実験3)。ERP実験の結果、主要部となる要素の入力以前から、空の名詞NounとnModとの間で関係を結ぶ処理が行われていることが明らかになった。この結果から、連用関係を決定するための処理と連体関係を決定するための処理は平行的にとらえることが可能だということが示された。

第四章では、同一文中に含まれる連用関係および連体関係が文全体の意味を決定するために一つに結合されるタイミングについての問いに取り組んだ(実験4)。実験の結果、空の名詞Nounが挿入され、nMod-Nounの関係が構築され始めた最初の時点で、その空の名詞NounがvMod-Predの関係におけるvModとして処理されることが明らかになったこの結果から、連用関係・連体関係のそれぞれが先読み的に決定されているだけでなく、同一文中に含まれる連用関係および連体関係を結合し、ひとまとまりの言語構造体にする処理までもが先読み的に行われていることが明らかになった。

第五章では、冒頭で述べた二つの問題のうちの二つ目に取り組んだ。ここでは、文処理装置が要素同士の関係を決定する際に、時間的な変化の中でどのような処理が行われているのかということを考察した。文処理過程においては、「要素間の関係を決定する」という操作が行われるが、関係を結ぶ複数の要素が同時に入力されることはない。必ず、一方が他方よりも時間的に先行して入力される。先行して入力された要素が、後続して入力される要素の出現までにどのように処理されているのかを明らかにする実験を行った(実験5、実験6)。第五章で得られた結果は、(2)のようにまとめることができる。

(2)a. 文処理装置は、入力された要素Xが「係り」側の要素であり、関連付けが必要だと「判断」した時点から、関連付け処理を開始する。
b. 関連付け処理を開始した時点で、「受け」側の要素が存在せず、係り受け関係を決定できない場合には、適切な関連付けの相手が判明するまでその未完成の係り受け関係を作動記憶内に「保持」しておく。
c. 「受け」側の要素として機能することができる要素Yが判明した時点で、要素Xと要素Yを「統合」し、係り受け関係を決定することで関連付け処理を完了させる。

以上、本研究では、文処理装置が要素間の関係をどのように出力しているのか、そしてその処理は時間軸上でどのように展開されているのかという問題に取り組んだ。一つ目の問いに対しては、文処理装置が連用関係および連体関係という二種類の係り受け関係を出力しているということを提案した。そして、連用関係を決定する過程と連体関係を決定する過程は平行的にとらえることができるということを議論した。さらに、連用関係と連体関係を結合し、文全体を一つの構造体としてまとめ上げる処理が先読み的に行われていることを明らかにした。二つ目の問いに対しては、係り受け関係を決定する時間軸上の処理(=関連付け処理)には、先行する要素の入力から、後続する要素の入力までの時間的な変化の中で「判断→保持→統合」という三種類の手続きを踏むことで要素間の関係が決定されるということを明らかにした。

これまでの文処理研究においては、「要素間の関係を決定する」という処理そのものがどういうものであるかという点について、具体的な提案がなされることはほとんどなかった。本研究では、その処理は、連用関係と連体関係の二種類の係り受け関係を出力することとそれらをまとめ上げることであると提案した。さらに、時間軸に沿って展開される文処理に対して、その処理の開始時点と完了時点だけでなく、その間の時間的な流れの最中にどのような処理が行われているかという点を明らかにした。これらは、ERPという生理指標を用いた実験的研究が行われたことで、ミリ秒単位で変化する詳細な処理過程を解明することができたと言える。本研究で得られた成果は、従来の研究では見過ごされがちであった文処理の根本的な問題点に対する提案を与えたと言える。