人文科学府 言語・文学専攻 西洋文学 分野
独文学 専修
博士演習 (単位数 2)
選択科目
対象学年:
対象学部等:
博士演習
Seminar
講義題目  ヘルタ・ミュラー(1)
教授 小黒 康正
科目ナンバリングコード:
講義コード:
2024 前期
毎週 金曜4限
伊都イーストゾーン 独文演 教室
J科目 (日本語, 日本語)
更新情報 : 2024/2/7 (15:28)
授業の概要  総じて現代の優れた文学は、新しいポエジー言語を伴いながら、「周辺」から立ち上がってくる。その意味を我々に改めて問うのが、2009年12月にノーベル文学賞を受賞したヘルタ・ミュラーの文学であろう。

 1953年、ミュラーはルーマニアのバナート地方に生まれた。そこは、18世紀にオーストリアの国家的要請を受けてドイツ・シュヴァーベン地方の人々が入植した土地である。ミュラーはこうした「周辺」の地で、1987年にベルリンに移住するまでチャウシェスクの独裁政治がもたらす恐怖に曝され続けた。最初の短編集『澱み』(1984年;山本浩司訳、三修社、2010年)は、ドイツ系少数民族の村社会に渦巻く因習や権威主義や暴力を子供の眼差しで描く「反牧歌」である。第一長編『狙われたキツネ』(1992年;山本浩司訳、三修社、1997年)では、秘密警察と相互密告に苦しむルーマニア80年代の日常が、不気味なメールヒェンと化す。第二長編の『心獣』(1994年;小黒康正訳、三修社、2014年)も、同様の日常を描きながら、個人と集団の経験を牧歌的に混淆させ、「深い憂い」を断片的な個々の事物に刻み込み、独自の「歴史的な証言」を読者に追体験させる。第三長編『呼び出し』(1997年、小黒康正・高村俊典訳、三修社、2022年)では、主人公の「私」がトラウマの中で新たな「ユリシーズ」を紡いでいく。最新の長編『息のブランコ』(2009年;山本浩司訳、三修社、2011年)は、ドイツ系ルーマニア人が第二次世界大戦時に旧ソ連で被った強制労働という政治的タブーを扱う。総じてミュラー文学は多民族の縮図の中でマイノリティーが陥った苦難を見事に証言する。

 但し、過酷な現実を書き連ねるだけでは文学は成り立たない。ミュラーは言う、「多くの人にとって私の本は証言です。しかし私は書いている自分が証言者であると感ずることはありません。私が書くことを学んだのは沈黙からです。そこから書くことが始まりました」と。『狙われたキツネ』ではルーマニアの三色旗が「赤貧の赤、沈黙を表す黄色、監視の青」として示され、『心獣』は「僕らは黙ると腹が立つし、しゃべれば笑いものさ」という文言で始まり終わる。ミュラー文学における「沈黙」とは、独裁政治によって強いられた寡黙や秘密警察に対する黙秘だけではない。それは、過度な恐怖によって現実が歪められた結果、加害者と被害者、自殺と他殺、光と闇、自然と人間、これらの境界が判別しがたくなったいわば「言語」を絶する状況である。

 総じてドイツ現代文学は「沈黙」にことばを与えようとする矛盾を意図的に犯す。ミュラーの場合、コラージュの技法を巧みに用い、エピソードを断片化し、ことばを切りつめることで、饒舌な「沈黙」を現出させる。しかもそうした「沈黙」には倦怠と沈思による「深い憂い」が伴う。芸術の霊感源と称されてきたメランコリーが、古代ローマの農耕神サトゥルヌスや時の神クロノスと深く関わる土星的資質の知的衝動であることを忘れてはならない。ミュラー文学には、農地開拓の為に辺境に移住した人々の言語に絶する「深い憂い」が、時を経て沈殿し続けている。

 本演習では、ノーベル文学賞の受賞講演など、ヘルタ・ミュラーのさまざまな講演を読みながら、ヘルタ・ミュラー文学の全体像を繙く。 

(Hauptseminar: Herta Müller)
キーワード : ドイツ文学、ヘルタ・ミュラー
履修条件 :
履修に必要な知識・能力 :
特記事項 この科目はEU研究ディプロマプログラム(EU-DPs)指定科目です。同プログラムについては、以下のサイト(http://eu.kyushu-u.ac.jp/indexjp.html)をご参照ください。
遠隔/対面 Moodle 情報
対面授業
リアルタイム-オンライン授業
ハイブリッド授業(対面+オンライン)
オンデマンド型授業
課題提出型授業

教職 :
資格 :
到達目標
かなり優れている 優れている 及第である 一層の努力が必要
G_B-1-3c [修士:文献の読解]
文学を対象とする領域では、過去に蓄積された重要な文献、とりわけ古典を厳密かつ精確に読解し、先行研究を踏まえつつその内実を深く掘り下げて説明できる。
対象作品をかなり精密に読解できる。 対象作品を精密に読解できる。 対象作品を概ね読解できる。 対象作品を充分に読みこなすことができていない。
九州大学文学部ディプロマ・ポリシー   九州大学人文科学府人文基礎専攻ディプロマ・ポリシー
九州大学人文科学府歴史空間論専攻ディプロマ・ポリシー   九州大学人文科学府言語・文学専攻ディプロマ・ポリシー
九州大学文学部哲学コース・カリキュラムマップ   九州大学文学部歴史学コース・カリキュラムマップ
九州大学文学部文学コース・カリキュラムマップ   九州大学文学部人間科学コース・カリキュラムマップ
授業方法
授業形態(項目) 授業形態(内容)
講義
外国語演習
原典資料演習
実習/フィールド調査
Problem-Based Learning (問題発見・解決型学習)
学生のプレゼンテーション
Moodle の使用
学外実習
野外実習

テキスト : 授業中に指示する。
参考書 : 授業中に指示する。
授業資料 :

授業計画 (授業計画は予定であり、学びの進捗に合わせて変更することがあります。)
進度・内容・行動目標等 講義 演習・その他 授業時間外学習
1 導入 演習
2 演習 演習
3 演習 演習
4 演習 演習
5 演習 演習
6 演習 演習
7 演習 演習
8 演習 演習
9 演習 演習
10 演習 演習
11 演習 演習
12 演習 演習
13 演習 演習
14 試験
15 予備日

成績評価
観点→
成績評価方法
G_B-1-3c
[修士:文献の読解]
備考(欠格条件、割合等)
授業への貢献度

GPA評価
A B C D F
授業を通じて、総じて「かなり優れている」に相当する活動を行った。 授業を通じて、概ね「優れている」を超える活動を行った。 授業を通じて、「及第する」に相当する活動を行った。 授業を通じて、総じて「及第する」には達しないものの、それに近い活動を行った。 授業を通じて、「一層の努力が必要」の活動にとどまった。

成績評価基準に関わる補足事項 :
学習相談 学習相談 : 本授業の終了後、ならびにオフィスアワー(火曜3限)にて相談に応じる。

授業以外での学習に当たって :

合理的配慮について :
障害(難病・慢性疾患含む)があり、通常の方法による授業を受けることが困難な場合には、教育目的の本質的な変更など過重な負担を伴わない限り、合理的配慮を受けることができます。合理的配慮とは、教授・学習法の変更、成績評価の方法の変更、授業情報の保障(資料の字幕化、個別の資料配布、録音・撮影の許可)、受講環境の調整などを指します。実際の方法については担当教員と建設的対話を行なった上で決定されます。
<相談窓口> キャンパスライフ・健康支援センター インクルージョン支援推進室(伊都地区センター1号館1階)
(電話:092-802-5859 E-mail:inclusion@chc.kyushu-u.ac.jp)