お知らせ

2022.07.25
公 募 Ausschreibung (bis zum 30. September 2022)

Sehr geehrte Damen und Herren,

an der geisteswissenschaftlichen Fakultät der Universität Kyushu in Japan ist ab April 2023 eine Stelle als Lektor/in oder Associate Professor/in im Bereich Germanistik zu besetzen.

Mit freundlichen Grüßen
Prof. Dr. Yasumasa Oguro

参考ファイル:Ausschreibung (2022).pdf
2022.07.24
寄 贈 『ナチ・ドイツ最後の8日間』(松永美穂)

準備中
フォルカー ウルリヒ『ナチ・ドイツ最後の8日間』(松永美穂訳、すばる舎、2022年)

2022.07.23
書 評 ヘルタ・ミュラー『呼び出し』(週刊読書人)

ヘルタ・ミュラー『呼び出し』の書評が『週刊読書人』7月22日号にも掲載されました。

3)週刊読書人、7月23日、大宮勘一郎氏(東京大学教授)

 → https://jinnet.dokushojin.com › blogs › news

2022.07.20
活 動 平野啓一郎講演会(7月11日、NHK)

 当方が主催しました7月11日の平野啓一郎講演会が NHKニュースで一部放映されました。(小黒康正)

 → https://www3.nhk.or.jp/lnews/kitakyushu/20220714/5020011394.html

2022.07.18
寄 贈 『『エセー』読解入門』(大西克智)

準備中
大西克智『『エセー』読解入門 モンテニューと西洋の精神史』(講談社学術文庫、2022年)

2022.07.18
書 評 ヘルタ・ミュラー『呼び出し』(北海道新聞)

ヘルタ・ミュラー『呼び出し』の書評が北海道新聞にも掲載されました。

2)北海道新聞、7月10日、長山靖生氏(評論家)

参考ファイル:『呼び出し』(道新 220710).pdf
2022.07.17
寄 贈 『ノモスとしての言語』(武田利勝)

準備中
『ノモスとしての言語』、大宮勘一郎・田中愼編、ひつじ書房、2022年5月。
シリーズ ドイツ語が拓く地平 3

2022.07.17
書 評 ヘルタ・ミュラー『呼び出し』(日本経済新聞)

 ヘルタ・ミュラー『呼び出し』(小黒・高村訳、三修社、2022年5月)に関する書評が、下記のとおり、早速出ました。同書が高い評価を得ておりますこと、訳者として大変嬉しく思っています。(小黒康正)

1)日本経済新聞、7月2日、松永美穂氏(早稲田大学教授)

参考ファイル:『呼び出し』(日経書評 220702).pdf
2022.07.13
活 動 西日本日独協会特別企画(武田、小黒)

西日本日独協会特別企画のご案内

会員による会員のためのオンライン講義: チーム「ドイツ」の新刊紹介

特別企画第5弾のご案内です。第1弾「チーム〈ドイツ〉の最前線」、第2弾「近現代ドイツにおける〈女性〉」、第3弾「近代ドイツの〈フォルク〉」、第4弾「映像の中の〈ドイツ〉」に引き続き、今回は新刊紹介を3名の九大教員が行います。チーム〈ドイツ〉による多様な研究成果の核心を分かりやすくお伝えする予定です。なお、今回は土曜日ではなく、水曜日に行うことにしました。多数の参加をお待ちしております。 

企画委員長 小黒康正


参加資格 : 西日本日独協会会員、ドイツ語講座受講者、招待者の皆さま

申 込 先: 協会事務局にメールにてお申し込みください。

申込締切日: 6月16日(木)

視 聴 先: Zoomを用いて行いますので、申込者にURLとパスワードをお伝えします。

プログラム: 
■ 第12回講義 6月22日(水)17時から18時まで
福元圭太(九州大学)
『アポロン独和辞典第4版』(同学社、2022年3月)
「サッと引く、パッとわかる」でお馴染みの(?)『アポロン独和』第4版が出ました。7年半をかけて大改訂を行なった最新独和の工夫を紹介しながら、言葉について考えたこと、辞書編纂にまつわる苦労譚ないし滑稽譚をお話します。
→ https://www.dogakusha.co.jp/1dokuwajiten.html

■ 第13回講義 7月6日(水)17時から18時まで
武田利勝(九州大学)
フリードリヒ・シュレーゲル『ルツィンデ 他三篇』(武田利勝訳、幻戯書房、2022年1月) 
ドイツ・ロマン派がのこした文学史上最大の問題の書のひとつ、『ルツィンデ』。小説とは何だろう、何が小説なんだろう。こうした厄介な内省の真っ只中へと、読者をいざないます。今回の講義では、今から200年以上も前にこんな「小説」が書かれた背景や、当時の読書界の反応について、ご紹介する予定です。
→ https://note.com/genkishobou/n/n4d7f991c04c3

■ 第14回講義 7月20日(水)17時から18時まで
小黒康正(九州大学)
ヘルタ・ミュラー『呼び出し』(小黒康正訳、三修社、2022年5月) 
ノーベル賞作家ヘルタ・ミュラーが1997年に出した小説は、現代文学の最先端をいく作品です。今日は自分に出会いたくないという屈折した気持ちを朝から抱く「私」がいます。独裁政権下のルーマニアにいる女性です。平野啓一郎氏の推薦帯文にもご注目! → https://www.sanshusha.co.jp/np/isbn/9784384059847/

参考ファイル:西日本日独協会特別企画(5).pdf
2022.07.13
寄 贈 『地域公共交通の統合的政策』(宇都宮浄人)

準備中
宇都宮浄人『地域公共交通の統合的政策 日欧比較からみえる新時代』、東洋経済新社、2020年。

2022.07.12
寄 贈 『ルツィンデ 他三篇』(武田利勝)

西日本日独協会は現在、当方が中心になって、「会員による会員のためのオンライン講義」第5弾を行なっている。特別企画全体では第13回目の講義として、2022年7月6日に、同僚の武田利勝氏が担当された。武田氏はフリードリヒ・シュレーゲル『ルツィンデ 他三篇』(武田利勝訳、幻戯書房、2022年)の紹介を行う。一般向け講義なので平易ではあるが、実に奥が深く中身の濃いお話だった。

武田氏自身が書かれた案内文にはこうある。「ドイツ・ロマン派がのこした文学史上最大の問題の書のひとつ、『ルツィンデ』。小説とは何だろう、何が小説なんだろう。こうした厄介な内省の真っ只中へと、読者をいざないます。今回の講義では、今から200年以上も前にこんな「小説」が書かれた背景や、当時の読書界の反応について、ご紹介する予定です」と。
→ https://www2.lit.kyushu-u.ac.jp/~german/news.php?MODE=2#topic408

私は『ルツィンデ』をゲルマニストとして読みながら、多くの問いを自らに立てることになった。ロマーンとは何か、メールヒェンとは何か、と。いや、ジャンルをめぐる問いだけではない。アレゴリーとは何か、ディレッタンティズムとは何か、「完全無欠の人間」とは何か、という同時代の、そして同時代以前からの問いを改めて立てることになったのだ。他にヒエログリフや観想学の問いも立てることができそうだ。

その意味で『ルツィンデ』にはロマン派をめぐる様々な問題が凝縮されている。但し、学術的な問いを立てるだけでは、この作品を読み損ねてしまう。事実、武田氏によれば、ポール・ド・マンは『美学イデオロギー』(1996年)において『ルツィンデ』を「異形の小説」とみなす。『ルツィンデ』が有する問題性が巧みにさけられてきたからこそ、ドイツ文学研究(Germanistik)が発展してきたということだ。

『ルツィンデ』には単なる衒学的な読みでは捉えることのできない何かがある。シラーは「あまりにも不快」と言い、ハイネは「官能と機知の混合物」の失敗作とみなす。この種の否定的な見解は、逆に「異形の小説」の核心を突く。なぜならば、私たちは「男らしさの修行時代」を通じてゲーテに、「大粒の涙が、神聖な紙面に落ちた」という表現を通じて感傷主義に行き着き、詰まる所、自由恋愛の原史に至るからだ。

『ルツィンデ』には単に筋を追う単純な読みでは捉えることのできない何かがある。武田氏によれば、一つの画面に二つの事柄を示すアナモルフォーシス(二重絵画)のように、複数の視点から「異形の小説」は構成されている。その点を武田氏は「アラベスク」と称して訳者解題で詳述を行う。今回の訳出は本邦初訳ではないが、アナモルフォーシスを十全に反映させた訳として「本邦初訳」とみなしても良いのではないか。

『ルツィンデ』刊行の1799年には、ロゼッタ・ストーンが発見された。武田氏の訳出は幻戯書房ルリエール叢書の一冊である。この叢書は、あまり知られていないが読まれるべき海外の作品を揃えることで、「文芸の共和国」をめざす。今回の訳出は「共和国」において重要な役割を担う。シュレーゲル生誕250年にあたる年に、武田氏は新たな「ロゼッタ・ストーン」を発見したのである。→ https://note.com/genkishobou/n/n4d7f991c04c3  (小黒康正)

2022.07.11
活 動 Ulrich Beil 教授講演会(7月16日)

 九州大学大学院人文科学研究院独文学講座では、北海道ドイツ文学会ならびに小樽商科大学言語センター(個別言語部門ドイツ語系)のご後援を得て、ドイツ語による学術講演会を開催します。出席希望の方は、下記連絡先に電子メールで 7月10日までにお申し込み下さい。

  記

日時:
2022年7月16日(土)15時半より17時まで

対面会場:
北海道立道民活動センター「かでる2・7」1020室
札幌市中央区北2条西7丁目 道民活動センタービル、Tel. 011-204-5100
アクセス http://homepage.kaderu27.or.jp/intoro/access/index.html
感染症対策のため、対面参加の定員は18名程度の予定です。

オンライン会場:
参加申込者に後日、Zoom 情報を送ります。

講演者
Prof. Dr. Ulrich Beil
Vgl. https://www2.lit.kyushu-u.ac.jp/~german/news.php?MODE=2#topic333
Vgl. https://de.wikipedia.org/wiki/Ulrich_Johannes_Beil

講演題目
Die (Un-)Möglichkeit nein zu sagen.
Reflexionen über Ungehorsam und Literatur

連絡先
九州大学大学院人文科学研究院 小黒康正 
oguro[アットマーク]lit.kyushu-u.ac.jp

その他:
本企画は、2021-2025年度科学研究費補助金(基盤研究B、課題番号21H00516)「近現代ドイツの文学・思想における「第三の国」—成立・展開・変容—」の助成を一部受けています。


………………………………… 返信用フォーマット …………………………………

Ulrich Beil 教授講演会を申し込みます。

ご芳名 : 

希望会場: 対面会場(「かでる2・7」1020室)・オンライン会場(Zoom)

2022.07.05
授 業 集中講義一覧

 九大独文では、近年、下記のような集中講義が行われました。予定されている分も示しておきます。おそらくこの数とこの質を凌駕できる教育機関は、日本中、どこにも無いのではないでしょうか。そろそろギネスブックにも載るかもしれません?
..........................................................................
令和4年後期集中:宮田眞治(東京大学教授)独文学
令和4年後期集中:荻野蔵平(熊本大学名誉教授)独語科指導法
.........................................................................
令和4年前期集中:佐野好則(国際基督教大学教授)西洋古典学
令和3年後期集中:大宮勘一郎(東京大学教授)ドイツ文化論
令和2年後期集中:室井禎之(早稲田大学教授)独語科指導法
令和元年前期集中:竹岡健一(鹿児島大学教授)独文学
令和元年前期集中:佐野好則(国際基督教大学教授)西洋古典学
令和元年後期集中:太田達也(南山大学教授)独語科指導法
令和元年後期集中:荒又雄介(大東文化大学准教授)独文学      
平成30年前期集中:Ivanovic(ウィーン大学教授)ドイツ文化論
平成30年後期集中:嶋崎 啓(東北大学教授)独語学      
平成29年前期集中:河崎 靖(京都大学教授)独語科指導法
平成29年後期集中:香田芳樹(慶應義塾大学教授)独文学      
平成29年後期集中:山本浩司(早稲田大学教授)独文学
平成28年前期集中:山本 潤(首都東京大准教授)独語学    
平成28年前期集中:西村賀子(和歌山医科大教授)西洋古典学
平成28年後期集中:清野智昭(千葉大学教授)独語科指導法
平成28年後期集中:大川 勇(京都大学教授)独文学
平成27年通年通常:堺 雅志(福岡大学教授)独文学   
平成27年前期集中:高田博行(学習院大教授)独語学
平成27年後期集中:初見 基(日本大学教授)ドイツ文化論
平成26年前期集中:松岡幸司(信州大学教授)独語科指導法
平成26年前期集中:嶋崎 啓(東北大学)独語学
平成26年後期集中:W.Braungart(ビーレフェルト大学教授)独文学
平成26年後期集中:藤井明彦(早稲田大学教授)独文学
..........................................................................

2022.07.05
授 業 集中講義(佐野好則)

 今回の西洋古典学講義は独文研究室が世話人講座です。現在、西洋古典学講義 III「『イリアス』『オデュッセイア』における登場人物による物語の検討」が開講されています。ご担当は、国際基督教大学教養学部教授の佐野好則先生です。佐野先生は2度目のご担当になります。

 九大独文では西洋古典学も重要な科目とみなしていますので、独文所属の学部生や院生の大半が、熱心に参加中です。私も一部参加しました。実に平易でありながら奥の深い見事な講義です。各自が自らの「神話」を見つけること、と佐野先生は仰っていました。(小黒康正)

→ https://www2.lit.kyushu-u.ac.jp/~syllabus/cgi-bin/table-even.cgi?thisyear=2022&num=1921403&each=1

2022.07.04
活 動 平野啓一郎講演会(7月11日、会場変更!)

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 記

平野啓一郎 講演会

日 時
7月11日(月)13時から

対面会場〔受付終了!〕
九州大学、伊都キャンパス、センターゾーン、2304教室
アクセス → https://www2.lit.kyushu-u.ac.jp/access.php
感染症対策のため、対面参加の定員は120名です。

オンライン会場
参加申込者に後日Teams URL を送ります。

講演題目:死と向き合う時、生は

参加申込
電子メールにて、①お名前、②ご所属、③希望会場を「平野啓一郎 講演会」事務局(sindoo315@gmail.com)にお伝えください。

…………………………………………………………………

平野啓一郎講演会を申し込みます。

 名 前 : 

 所 属 : 

 希望会場: オンライン会場

…………………………………………………………………


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各位

申込者多数のため対面会場を下記のとおり変更しました。宜しくご了承ください。

なお、会場変更に伴い対面参加をキャンセルされる方は改めてご一報ください。

 変更前:九州大学、伊都キャンパス、イーストゾーン、E-E-109 教室

 変更後:九州大学、伊都キャンパス、センターゾーン、2304教室

平野啓一郎 講演会事務局

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参考ファイル:平野啓一郎講演会(会場変更!).pdf
2022.05.18
活 動 朝日カルチャーセンター(小黒康正)

 2022年5月21日(土)の13時から、朝日カルチャーセンターの福岡教室で以下の講義を担当します。(小黒康正)

九州大学文学部提携講座
「本当は教えたくない、知られざる作家・すぐれた注釈家たち」
知られざる世界で最初の創作メールヒェン

https://www.asahiculture.jp/course/fukuoka/e9542b66-9727-3ea4-bcd9-61ff3d5619f2

2022.05.06
寄 贈 『グリム ドイツ伝説集』(鍛治哲郎)

 東京大学名誉教授の鍛治哲郎先生から『グリム ドイツ伝説集 新訳版』(鍛治哲郎・桜沢正勝訳、鳥影社、2022年)をいただいた。1988年と1990年に人文書院から上下2巻本として刊行された旧訳の全面的な改訳版である。先に紹介したグリム兄弟編著『グリム ドイツ伝説集』(吉田孝夫訳、八坂書房、2021年)がグリム兄弟自身の手によって完成された初版を訳出したものであるのに対して、鍛治先生のものは旧訳版と同様にヴィルヘルム・グリムの息子ヘルマン・グリムによって刊行された第三版に基づく。浩瀚の書2冊が翻訳として揃うことは実に素晴らしいことで、日本のドイツ文学研究、否、文学研究そのものに大いに寄与するのではないか。そう述べる証左として、「伝説集上巻序文」の一節を引いておこう。

 「このように伝説は一見すると乏しく目立たないものだが、そのかわりに内的に童話よりもはるかに強い個性をそなえている。伝説は、太古の風変わりな語彙や言い回しがそこここに残っている方言に似ている。他方で童話は、古代文学のまとまった一編をいわば一息にわれわれのもとに運び届けてくれる。注目すべきは、物語風の民謡も童話より断然伝説に近いことである。童話といえば、内容の上で、現存する古代の大き目の歌謡よりもなお、最初期の文学の基本的性格をより純粋に力強く続けている。」

 「最初期の文学の基本的性格」とは何か。今、世界では、戦火から逃れ、自然災害から逃れて、難民として、避難民として、生まれ育った土地や住み慣れた土地を離れた人々の数が増え続けている。それだけに、かがり火の前で空腹や恐怖から人々を解放する物語の力を、別言すると、文学の原初の姿を、コロナ禍にいる私たち自身が問うことに大きな意味があるのではないか。小説家は「洞窟の語り手の末裔」、そう村上春樹は言う。2019年10月11日に行われたイタリアの文学賞グリーンザーネ賞授賞式の際に行われた受賞講演「洞窟の中の小さなかがり火」においてだ。2017年4月2日付の朝日新聞朝刊によれば、村上春樹は同様なことを既に述べていた。「僕の小説を書く態度は、昔の洞窟時代の語り部です。夜、たき火を囲みながら『じゃあ村上、ちょっと話してみろよ』と言われて語る。みんなワクワクして笑って泣いたりしながら聞いてくれる。僕にとって読者というのは、一緒にたき火を囲む人たちです」と。

 そう言えば、ホメロスの『オデュッセイア』、ボッカチオ『デカメロン』、チョーサー『カンタベリー物語』、ゲーテ『ドイツ避難民閑談集』、いずれにも「洞窟の語り手の末裔」がいる。イスラム圏の『千夜一夜物語』も忘れてはならない。近代ドイツ文学では世界で最初の創作メールヒェンであるヴィーラント『王子ビリビンカー物語』もそうだし、現代日本文学では小川洋子『人質の朗読会』もそうだ。だからこそ私たちは「最初期の文学の基本的性格」を問わなければならない、否、問わずにはいられない。そんな意識のもとで私は『グリム ドイツ伝説集 新訳版』を手に取った。「ボヘミアにクッテンベルクという鉱山がある……」「マイセンでの出来事である……」「三十年戦争の折、コルヴァイ修道院領の町ヘクスタまたの名フクサーは……」「フリードリヒ帝はトルコ人のもとでの捕らわれの身から自由になると……」「将軍ナルセスは宮刑を受けて男のしるしを失っていた……」、いずれの伝説からも「一緒にたき火を囲む人たち」の泣き笑う姿が見えてくる。(小黒康正)

2022.05.05
寄 贈 『グリム ドイツ伝説集』(吉田孝夫)

 「伝説」をめぐり、鐘が鳴り響く。そう思ったのは、奈良女子大学教授の吉田孝夫氏からグリム兄弟編著『グリム ドイツ伝説集』(吉田孝夫訳、2021年、八坂書房)をいただいたときだ。吉田氏はとうとうグリム兄弟の『ドイツ伝説集』に行き着いた。吉田氏には、吉田孝夫著『山と妖怪 ドイツ山岳伝説考』(八坂書房、2014年)、ラーニシュ著『図説 北欧神話の世界』(吉田孝夫訳、2014年、八坂書房)、ホイスラー著『図説 ゲルマン英雄伝説』(吉田孝夫訳、八坂書房、2017年)など秀逸な業績がある。今回の訳業は、ある種の必然だったのか、これまでのお仕事と実に見事に共鳴する。私にはそう思えてならない。

 吉田氏が今回行った訳業は、『ドイツ伝説集』初版の訳出である。その意義は実に大きい。既訳の『ドイツ伝説集』(桜坂正勝・鍛冶哲郎訳、人文書院、1987/1990年)はヴィルヘルム・グリムの息子ヘルマン・グリムによって刊行された第三版に基づく。これに対して吉田氏は、ハインツ・レレケが編集した校訂版を主に用いながら、グリム兄弟自身の手によって完成された初版を訳出したのである。その際、レレケの言う「学術的資料集」としての姿を徹底的に再現すべく、吉田氏はレレケ以上に徹底的に再現されたのだ。詳しくは「訳者あとがき」をお読みいただきたい。その徹底ぶりや学術的意義がよく分かるはずだ。 

 この「訳者あとがき」を読んで、私も大いに学んだ。ドイツ「メルヘン街道」の中心をなす町ハーメルンといえば、「ハーメルンの笛吹き男」だろう。だが、これはグリム兄弟の『メルヘン集』に所収された「メルヘン」(当方は「メールヒェン」と表記している)ではなく、『ドイツ伝説集』所収の「伝説」なのだ。ドイツでも「メルヘン」と「伝説」は混同されているのかもしれない。グリム兄弟と言えば、『メルヘン集』ばかりが注目され、『ドイツ伝説集』があまり読まれてこなかった結果なのではないか。民間伝承に関心を持つ者は『ドイツ伝説集』の本文のみならず、序文もしっかりと読まなければならない。

 私事だが、レレケと言えば、2000年に韓国で1週間ほど行動を共にした。韓国独文学会がソラク・シンポジウムにレレケ氏と当方を招いてくれたからだ。九大に着任したばかりの私にすれば、同氏と知己を得たことは本当に嬉しかった。その数年後、今度は福岡で再会を果たしたが、その際、氏は懇親会で私に不意に問う。"Wo gehen wir denn hin?“ 私は答えた、"Immer nach Hause.“ と。 これは私たちの問答というよりも、ソラクで同氏が行った講演内容に関わる問答だ。この後、私たちは再会を祝して乾杯をした。『ドイツ伝説集』を読むと私の記憶においても「鐘がひとりでに鳴る」のだ。 (小黒康正)

2022.05.03
寄 贈 『ノヴァーリス 詩と詩作』(今泉文子)

 立正大学名誉教授の今泉文子先生から『ノヴァーリス 詩と詩作』(2021年)をいただいた。今泉先生は『鏡の中のロマン主義』(1989年)と『ノヴァーリスの彼方へ ロマン主義と現代』(2021年)を勁草書房から既に刊行されていたので、これで「ロマン主義三部作」が完結する。また全三巻の『ノヴァーリス作品集』(筑摩書房)も既に上梓されていた。ドイツのメールヒェンと同様、今泉先生のお仕事に「三」のリズムが強く働いていることは、どうも偶然ではないような気がする。

 今回の著作は、今泉先生のお言葉を借りると、『青い花』第一部終章の「クリングゾールのメルヒェン」を読みながらノヴァーリスの詩と思索を探求する旅であった。旅の伴侶はときにベンヤミンであったり、キットラーであったり、アガンベンであったりするが、ノヴァーリスの「ジンテーゼ」という言葉に誘われるかのように旅は進む。この言葉はとかく「テーゼ」「アンチテーゼ」と結びつくだけに、旅の背後に「三」のリズムが響いているようにやはり思えてしまう。

 もっとも今泉先生自身は、三段階的に歴史を把握しようとする歴史哲学をノヴァーリス文学の読解に取り入れることにかなり慎重である。というのも、ノヴァーリスが探求しようとしたのは歴史哲学ではなく、啓蒙とロマン主義の弁証法的統合であり、「意識的なものと無意識的なもののジンテーゼ」だからだ。だからこそ、本書は水素と酸素の化合物である水が天上的なものと地上的なものの混和した元素だと見なし、ニコラス・クザーヌスの「反対物の一致」を持ち出す。

 カントを意識した「ゲミュート」Gemüt という概念から本書の論述が始まることは、これも決して偶然ではない。「心情」と訳されるこの言葉は「世界と自己との相互浸透」であり、それを最も表現するのが「メルヒェン」だと今泉先生は言われる。こうした意識のもとで「ロマン主義三部作」は完結するのだ。2022年はノヴァーリスの生誕250年である。この記念すべき年にこそ、私たちは本書を旅の伴侶として終わりなき「読み」を始めたい。(小黒康正)

2022.05.03
新 刊 ヘルタ・ミュラー『呼び出し』(小黒、高村)

 5月中に刊行予定の上記新訳の紹介がすでに版元ドットコムに出ています。同書には、平野啓一郎氏の推薦帯文がつく予定です。お楽しみに!(小黒康正)

https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784384059847

2022.05.02
受 賞 「ドイツ語学文学振興会奨励賞」(鈴木啓峻)

トーマス・マン研究会の若手メンバーである鈴木啓峻氏がドイツ語学文学振興会の奨励賞を受賞することになりました。

鈴木氏は3月まで京大の院生でしたが、4月に三重大に講師として着任されています。ご本人にとって二重の喜びのはずです。

しかも、鈴木氏の受賞論文は私のマン研究を見事に発展させたものなので、私にとっても我が事のように嬉しく思っています。

なお、もう一人の受賞である大澤遙可氏は私のもとで3月に学位を取り、4月から九大の助教に着任している若手研究者です。

ということで、今回の受賞者お二人は私にとって「身内」、それで私は鈴木氏そして大澤氏とともに二重の喜びに浸っています。

当方、5月7日の授賞式に駆けつけることにいたしました。なお、詳しくは以下のサイトをご覧になってください。(小黒康正)

 → https://www.dokken.or.jp/foundation/award/index.html

2022.05.01
受 賞 「ドイツ語学文学振興会奨励賞」(大澤遼可)

 過日、朗報が届きました。2022年度ドイツ語学文学振興会奨励賞に大澤遼可さんが受賞することになりました。受賞論文は「西日本ドイツ文学」第33号の掲載論文「ノヴァーリスにおける統合的感官としての「眼」」です。この論文が博論の核になりました。

 振興会奨励賞は、独文学会の芥川賞のようなものでしょうか。 九大独文では、以下の方々が近年受賞しました。ちなみに武田先生は2007年の授賞者です。授賞式は5月7日開催の日本独文学会(立教大学)で行われると思います。大澤さん、おめでとう!

……………………………………………………………….

以下は、九大独文メンバーの受賞者一覧です。小さな研究室ですが、2001年度以降、5名の受賞者を出しました。 Klein, aber fein!

2022年振興会奨励賞
大澤遼可:   ノヴァーリスにおける統合的感官としての「眼」(「西日本ドイツ文学」第33号)

2017年振興会賞〔この賞は10年に1度のいわば「大賞」です〕
坂本彩希絵:  „Quietismus“ und „Aktivismus“. Die sinnstiftende Funktion des gehörten Lauts als Leitmotiv in Thomas Manns Der Zauberberg(『ドイツ文学』153号)

2012年振興会奨励賞
坂本彩希絵: 現実の不在から生まれる詩的言語 トーマス・マンの『幻滅』について ── ニーチェの言語観との関連から(『ドイツ文学』142号)

2003年振興会奨励賞
大野寿子: グリム兄弟における理念としての「森」(『九州ドイツ文学』16号)

2001年振興会奨励賞
嶋﨑 啓: ドイツ語現在完了形の通時的展開について(『ドイツ文学』105号)
……………………………………………………………….

2022.04.29
寄 贈 『アポロン独和辞典第4版』(近藤孝夫)

 過日、同学社から『アポロン独和辞典第4版』(2022年3月、同学社)をいただきました。実は、当方、近藤孝夫社長からご依頼があり、同書の推薦文「太陽神のごとく!」を書きましたことも、併せてご報告しておきます。

 拙文ではこの辞書がいかに画期的な辞書であるかを述べました。それは、日本の独和辞典においてのみならず、日本のあらゆる辞書においてです。ご関心のある方は、こちらをご覧ください。

 → https://www.dogakusha.co.jp/suisen.pdf

2022.04.17
研 究 九州大学独文学会(4月30日)

 九州大学独文学会第36回研究発表会を下記により開催いたします。基本的に会員限定の企画です。但し、非会員でオンライン参加を希望される方は、九大独文 HP を通じて希望理由とともにご連絡ください。事務局で検討します。(小黒康正) 

九州大学独文学会
第36回研究発表会案内

令和4年4月30日(土)
オンライン会場(会員にはURLを後日連絡いたします)

研究発表会(15時~17時)

1. 石川充ユージン:
マイスター・エックハルトにおける神の「一」――ドイツ語説教第21番を中心に――
            
2.武田利勝:
ラムドーアとフィヒテのあいだ――『ルツィンデ』におけるシュレーゲルの〈レフレクシオーン〉   

3.小黒康正:
「第三の国」研究序説    

                  

2022.04.05
人 事 人文科学研究院の助教(大澤遙可)

 大澤遙可さんが九州大学大学院人文科学研究院の助教に4月1日付で着任され、4日の教授会で、早速、挨拶をされました。大澤さんは博士論文「ノヴァーリスにおける統合的感官としての「眼」 ――「自己感覚」から「心情」へ――」で3月に学位を取得された新進気鋭のノヴァーリス研究者です。(小黒康正)

2022.04.04
人 事 「奨学金返還免除」(林弘晃)

 博士後期課程に在学中の林弘晃くんが、日本学生支援機構大学院第一種学資金奨学生に係る「特に優れた業績による返還免除」推薦候補者に選ばれました。通常、同学年で上位2名の優秀者しか選ばれません。額が額なだけに、これも朗報です!(小黒康正)

2022.04.03
人 事 「次世代研究者挑戦的研究プログラム」(長光卓)

 博士後期課程に在学中の長光卓くんが、次世代研究者挑戦的研究プログラムに採用されました。2022年度の採用者です。2021年度は林弘晃くんが採用されました。一つの研究室で連続採用はなかなか無いことでは無いでしょうか。長光くん、おめでとう!

 長光くんに書いたことですが、今回の採用は経済的自立という意味で大事なことだと思いますが、それ以上に、今回のプログラム申請を通じて長光くんの博論計画が固まり、学問的自立に大きく近づいたことを、私なりに嬉しく思っています。(小黒康正)

2022.04.02
人 事 研究室の新メンバー

 九大独文では、新メンバーとして、研究生に李豊江くん、修士1年に大野奈美さん、高久裕樹くん、博士後期課程に石川充ユージンを迎えます。新しい風が吹いてきました。(小黒康正)

2022.03.30
研 究 『文学研究』第119輯(武田、バイル)

 九州大学大学院人文科学研究院の紀要『文学研究』第119輯に、武田利勝氏とウルリヒ・バイル氏の論文が掲載されました。

武田利勝:フリードリヒ・シュレーゲル『ルツィンデ』における両義性の詩学、九州大学大学院人文科学研究院『文学研究』第119輯(2022)、69-97 頁。

Ulrich Johannes Beil: Der Doppelgänger als poetische Form. Medialität und Ambivalenz in Heinrich Heines Gedicht Heimkehr XX. In: Studies Literature. Published by Faculty of Humanities. Kyushu University. No. 119 (2022), S. 1-33.

2022.03.29
研 究 『ドイツ文学』第163号(林弘晃)

 日本独文学会機関誌『ドイツ文学』163号に林弘晃くんの投稿論文が掲載されました。同誌は国際誌(Neue Beiträge zur Germanistik)なので、掲載論文はすべてドイツ語です。特集「日本におけるオーストリア研究」に掲載されました。

 なお、林くんは、現在、九大独文の博士後期課程で学ぶ新進気鋭のヘルマン・ブロッホ研究者、異例の抜擢ですが、その実力が認められて西南学院大学で非常勤講師として2021年度より「西洋文学」の講義を担当しています。

 Hiroaki Hayashi: Gedächtnis und Kunstwerk. Rezeption und Erweiterung von Otto Weiningers Ich-Begriff beim jungen Hermann Broch. In: Neue Beiträge zur Germanistik. Band 20 / Heft 1. Hrsg. von der Japanischen Gesellschaft für Germanistik. 2021 München, S. 53-67.

2022.03.28
研 究 『ドイツ文学』第163号(Johannes Fried )

 日本独文学会機関誌の最新号である『ドイツ文学』163号には Johannes Fried 先生の著作に関する書評が掲載されています。先生はフランクフルト大学の名誉教授、ドイツ中世史の碩学で、2018年の秋に私が日本にお招きしました。

 実は、2016年1月のことでしたが、Fried 先生は私の研究に関心を持たれ、見ず知らずの私をフランクフルト大学に講演者として招いてくださったのです。当時、私は研究休暇でウィーンに1年間滞在していたとはいえ、あまりにも予期せぬお申し出、あまりにも光栄なご招待でした。

 そのお礼かねがね、2018年秋のことですが、私は先生と奥様を日本を招いたことも、昨日のことのように覚えています。Fried 先生には日本独文学会西日本支部(九州大学)と日本独文学会秋季研究発表会(名古屋大学)で招待講演をしていただきました。

 書評対象になった本は、2018年の夏に私がハイデルベルクのご自宅に招かれたときにいただいたものです。当時、私は日本独文学会編集員会の文学・文化部門の編集責任者だったこともあり、実に興味深い内容の同書を学会誌の書評対象にすぐに選びました。

 なお、書評者は学習院大学の准教授で、トーマス・マン研究者の伊藤白先生、これまた見事な書評です。近日中にFried 先生に報告いたします。

  Johannes Fried: Die Deutschen. Eine Autobiographie. Aufgezeichnet von Dichtern und Denkern. München (C. H. Beck) 2018. Von Mashiro Ito. In: Neue Beiträge zur Germanistik. Band 20 / Heft 1. Hrsg. von der Japanischen Gesellschaft für Germanistik. 2021 München, S. 181-185.

2022.03.21
研 究 「人文科学府長賞」(石川充ユージン)

 石川充ユージン君が、修士論文「マイスター・エックハルトにおける神の「一」」で、令和3年度大学院人文科学府長賞(優秀賞)を受賞することになりました。授賞式は3月23日です。以下に選考理由を示しておきます。

選考理由
候補者の修士論文は、マイスター・エックハルト(1260年頃-1328年頃)の命題「神は一である」を文献学的かつ思想史的に考察した論攷である。
中世のキリスト教神学者であり、ドイツ神秘主義の哲学者とも見なされるエックハルトは、ユダヤ人の思想家マイモニデス(1135-1204年)の影響を受けて自らの神名論を展開する際に、『出エジプト記註解』において肯定神学を否定する七つの論証をラテン語で行った。本論文は、こうした論証の検討を出発点として、ラテン語で書かれた『三部作への序文』ならびにラテン語説教第37番とドイツ語説教第21番を主たる考察対象に据える。その上で、両説教の異同を視野に入れながら、「一の否定の否定」というエックハルト特有の否定神学を明らかにした。
 以上の文献学的な手法と論述は、現代ドイツ語のみならず、中世ドイツ語(中高ドイツ語)とラテン語の知見なくしては行うことができない。それだけに、修士課程における研鑽の成果として、候補者の論文は実に秀逸な論攷であり、人文科学府長賞(優秀賞)に相応しい労作である。

2022.03.21
活 動 「副専攻プログラム優秀賞」(疋田弥紅)

 独文4年生の疋田弥紅さんが副専攻プログラム修了証とともに同プログラムの優秀賞を受け取ることになりました。

2022.03.13
研 究 令和3年度の論文題目

令和3年度は以下の論文を受理しました。

〔博士論文〕
・ 大澤遼可:ノヴァーリスにおける統合的感官としての「眼」―「自己感覚」から「心情」へ―
〔修士論文〕
・ 石川充ユージン:マイスター・エックハルトにおける神の「一」
〔卒業論文〕
・ 金丸静巴:カフカ文学における「父の勝利」と「子の勝利」—『判決』『変身』『父への手紙』をめぐって—
・ 疋田弥紅:グスタフ・マーラーにおける民族性について
・ 山之内静:ゲーテ『ファウスト』における救済

2022.02.13
研 究 第2回「第三の国」科研研究会(3月4日)

第2回「第三の国」科研研究会(ドイツ語)

科研研究プロジェクト「近現代ドイツの文学・思想における「第三の国」—成立・展開・変容—」のご案内です。今回はドイツ語を使用言語とする国際コロキウムとして行います。参加方法は、対面、オンライン、どちらでも構いません。

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日時
2022年3月4 日(金) 13:30~17:30

会場
九州大学文学部独文学研究室(E-B-633)ならびにオンライン会場(Zoom 使用)

参加者には、対面・オンラインの参加を問わず、後日、開催URL をお送りいたします。

申し込み
お名前、所属、専門、参加方法を2月28日までに事務局(884end[アットマーク]gmail.com)にご連絡ください。

プログラム
13:30~14:00
Yasumasa Oguro (Universität Kyushu)
Einführung

14:00~15:00
Yasumasa Oguro (Universität Kyushu)
„Das dritte Reich“ vor der NS-Zeit in Deutschland und Japan

15:10~16:10
Marcus Conrad (Universität Nagoya)
Lessing und Joachim. Zur triadischen Struktur in Lessings religionsgeschichtlichem Entwicklungsdenken

16:30~17:30
Ulrich Beil (Universität Kyushu)
Eschatologie der Existenz. Hermann Hesses Steppenwolf und sein multimediales „drittes Reich“

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参考1 研究の概要
・種別     科学研究費補助金 基盤研究(B)
・研究期間   2021-2025年度
・研究課題   近現代ドイツの文学・思想における「第三の国」—成立・展開・変容—
・課題番号   21H00516
・研究代表者  小黒康正(九州大学大学院人文科学研究院、ドイツ文学、教授)

参考2 研究の目的
本研究では、本来、前近代的な宗教思想であった「第三の国」Das dritte Reich が
① 近代的な社会思想として啓蒙主義期にいかに成立したか、
② 19世紀後半から第一次世界大戦期にかけていかに国際的に展開したか、
③ その後「第三帝国」Das Dritte Reich というナチスの思想へといかに変容したか、
以上の三つの問いをめぐって5年間の共同研究を、ドイツ側の協力を得て行う。
12世紀イタリアで生じた歴史を三分割する「第三の国」という思想が、ナチスの語彙とは異なる意味で用いられ、第一次世界大戦時までのヨーロッパやロシア、それに日本に多大な影響を与えたことは、日本は言うに及ばず、ドイツでも、いまだ学術的に究明されていない。「第三帝国」以前の「第三の国」を初めて本格的に検討する本研究は、未開拓領域の全容を明るみにすることで、文学や思想などの関連分野に新たな学術貢献を国際的にもたらす。

参考3 第1回「第三の国」研究会(2021年12月18日、日本語)の内容
発表1 小黒康正(九州大学): 「第三の国」研究の射程
発表2 今井宏昌(九州大学): ヴァイマル期ドイツ義勇軍運動と「第三の国」
発表3 吉田治代(立教大学): ベルン(1917-19)のネオ・ヨアキム主義
—フーゴ・ バルとエルンスト・ブロッホ

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参考ファイル:„Das dritte Reich“ (220304).pdf
2022.02.13
Einladung zur Tagung des Forschungsprojekts: „Das dritte Reich“

EINLADUNG
zur deutschsprachigen Tagung des JSPS-Forschungsprojekts:
„Das dritte Reich“ in der modernen deutschsprachigen Literatur und Philosophie. Entstehung, Entwicklung, Transformation.

Zeit:
Freitag, 4. März 2022, 13:30 Uhr bis 17:30 japanischer Uhrzeit

Ort:
Universität Kyushu, Ito-Campus, East Zone, Seminarraum E-B-633 und online in Zoom

Anmeldung: per E-Mail (884end[at-mark]gmail.com) bis zum 28. Februar 2022

Programm:
13:30~14:00
Yasumasa Oguro (Universität Kyushu)
Einführung

14:00~15:00
Yasumasa Oguro (Universität Kyushu)
„Das dritte Reich“ vor der NS-Zeit in Deutschland und Japan

15:10~16:10
Marcus Conrad (Universität Nagoya)
Lessing und Joachim. Zur triadischen Struktur in Lessings religionsgeschichtlichem Entwicklungsdenken

16:30~17:30
Ulrich Beil (Universität Kyushu)
Eschatologie der Existenz. Hermann Hesses Steppenwolf und sein multimediales „drittes Reich“

Das Forschungsprojekt, gefördert durch den JSPS-Forschungszuschuss „Scientific Research (B)“, Nr. 21H00516, wird von Prof. Dr. Yasumasa Oguro im germanistischen Seminar an der Universität Kyushu geleitet, um sich fünf Jahre vom April 2021 bis zum März 2026 mit der Formel „das dritte Reich“ vor der NS-Zeit in Deutschland und Japan interdisziplinär auseinanderzusetzen.

参考ファイル:„Das dritte Reich“ (220304).pdf
2022.01.25
寄 贈 『Das Gedicht』(Ulrich Beil)

 同僚のウルリヒ・バイル氏から雑誌をいだだきました。ドイツのバイエルン州で刊行されている抒情詩とエッセイと批評のための文芸誌です。そこにはバイル氏が書かれたコロナ禍における日本入国体験のエッセイが掲載されています。

Ulrich Johannes Beil: Aufbruch mit Hindernissen. Quarantäne auf Japanisch. In: Das Gedicht. Zeitschrift für Lyrik, Essay und Kritik. 29. Jahrgang, Bd. 29, hrsg. von Anton G. Leitner. Weißling bei München Herbst 2021 bis Herbst 2022.

2022.01.20
研 究 学位論文(甲)公聴会(大澤遼可)

学位論文(甲)公聴会を下記のとおり行います。

日 時  2022年1月28日(金)14時50分より

場 所  独文学研究室ならびにオンライン

氏 名  大澤遼可(独文学)

題 目  ノヴァーリスにおける統合的感官としての「眼」
     ――「自己感覚」から「心情」へ――

その他  基本的に学内限定で行いますが、学外で参加希望の方はご相談ください。

2022.01.19
寄 贈 『英霊 世界大戦の記憶の再構築』(今井宏昌)

 数日前、ジョージ・L・モッセ『英霊 世界大戦の記憶の再構築』(宮武実知子訳、ちくま学芸文庫、2022年)を同僚の今井宏昌先生(西洋史)からいただいた。ドイツ近現代史を専門とされる今井氏は、まさにモッセの『英霊』を最も批判し、最も理解されている方だ。

 今井氏が書かれた解説「『英霊』の遺したもの」を実に読み応えがある。未曾有の大量死をもたらした第一次世界大戦が戦間期のドイツにもたらした影響を「戦争体験の現実」から「戦争体験の神話」という観点で今井は解きほぐす。そのお手並みを同書を読でぜひ検証してほしい。

 戦後ドイツの退役軍人が自身の戦争体験を英雄譚として語り、戦没者を英霊として崇拝する過程で生じた残忍化、つまり「ドイツ政治の残忍化」が『英霊』のテーマだ。政敵を非人間化し、その殲滅を目指す過程をモッセは見逃さない。それだけに、第一次世界大戦と第二次世界大戦との連続を解明することが重要になる。(小黒康正)

2022.01.16
研 究 『九州ドイツ文学』第35号

このたび九州大学独文学会機関誌『九州ドイツ文学』第35号が発行されました。目次は下記のとおりです。

編集委員会の皆さま、ならびに査読を行われた審査委員の先生方に、代表幹事としまして心より御礼を申し上げます。

第35号(もしくはバックナンバー)を購入希望の方は、本ホームページの「お問い合わせ」欄を通じてご一報ください。(小黒康正)

〔論文〕
長尾亮太朗:「生成する客観の主観的萌芽」 ― フリードリヒ・シュレーゲルの「構想力」概念について―

〔翻訳〕
パウル・フリードリヒ著『第三の国 個人主義の悲劇』、小黒康正・橋本佳奈訳
小黒康正:パウル・フリードリヒ『第三の国 個人主義の悲劇』について 訳者解題として

〔書評〕
安徳万貴子:福元圭太著『賦霊の自然哲学 ― フェヒナー、ヘッケル、ドリューシュ― 』(九州大学出版会、2020年)

Ps. 下記の写真は九州大学の椎木講堂。

2021.12.14
寄 贈 『Albert Drach und das 20. Jahrhundert』(Lehnhart)

 2016年の夏のことですが、オーストリア・クラーゲンフルト大学附属のローベルト・ムージル研究所を訪問した際、Elmar Lehnhart 氏と6年ぶりに再会をはたしました。同氏は、かつて九大独文で招へい外国人教師として働かれ、現在は同研究所の学術研究員として勤務されている方です。再会の際、手厚いもてなしを受けただけではなく、ご自身の著書である "Albert Drach und das 20. Jahrhundert" (Böhlau, 2016) もいただきました。
 ちなみに、Albert Drach (1902-1995) は主にウィーンで活躍したユダヤ系のオーストリア人作家で、代表作は小説 "Das große Protokoll gegen Zwetschenbaum"(1939年脱稿、1964年出版)です。日本ではほとんど知られていませんが、1988年にビュヒナー賞、1993年にグリルパルツァー賞を受けた重要な作家です。(小黒康正)

2021.12.13
寄 贈 『近代測量史への旅』(石原あえか)

 以前、東京大学教授の石原あえか氏から戴いていた『近代測量史への旅』(石原あえか著、法政大学出版局、2015年)を簡単に紹介します。同書は、多数の新資料に基づきく科学文化史の著作であり、同時に文学と科学を橋渡しする野心作に他なりません。ゲーテの生きた時代とは、最新の三角測量技術を用いて正確な地図の作成がめざされた時代であり、同時に日本とヨーロッパの学術交流が始まった時代でもありました。石原氏は、ヴァイマルのアンナ・アマーリア公妃図書館にある日本国図を手がかりに、ヨーロッパにおける三角測量の歴史を概観し、ゲーテの小説『親和力』に登場する測量士としての大尉ならびにその科学文化史的背景に着目し、近代的製図をめぐる諸展開や日本とヨーロッパの科学技術交流を新たに考察されています。緻密な調査と驚くべき博覧強記に支えられた本書を通じて、読者はいまだ経験したことのない旅へと誘われ、新たな知的地図を目の前にするのではないでしょうか。(小黒康正)

2021.12.12
活 動 「九大広報 123号」(疋田弥紅)

 九大広報123号(12月号)には、独文研究室の4年生で国際コースにも所属する疋田弥紅さんの対談が掲載されています。以下のリンクよりご覧ください。

 https://www.kyushu-u.ac.jp/f/46198/kyudaikoho123_web.pdf

2021.12.11
研 究 第1回「第三の国」科研研究会(12月18日)

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第1回「第三の国」科研研究会のご案内

科研研究プロジェクト「近現代ドイツの文学・思想における「第三の国」—成立・展開・変容—」のご案内です。

打ち合わせを兼ねた第1回研究会を公開で行います。定員は50名の予定です。お早目にお申し込みください。

小黒康正(九州大学)

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日 時: 2021年12月18 日(土) 13:30~17:30

会場1: 九州大学イーストゾーン E-D-107円形講義室(50名収容)

     交通 → https://www2.lit.kyushu-u.ac.jp/access.php

会場2: オンライン会場(Zoom 使用の予定)

定 員: 50名(参加希望者多数の場合は、研究会メンバーや招待者を優先しますので、ご了承ください。)

申し込み: 九大独文 HP の「お問い合せ」欄を使って12月12日(日)までにご連絡ください。

      → 「お問い合せ」欄: https://www2.lit.kyushu-u.ac.jp/~german/contact.html


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 お名前:
 ご所属:
 ご専門: 
 参加方法: 対面・オンライン
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プログラム:
13:30~14:00
導入  小黒康正(九州大学): 研究プロジェクトの概要説明

14:00~15:00
発表1 小黒康正(九州大学): 「第三の国」研究の射程

15:10~16:10
発表2 今井宏昌(九州大学): ヴァイマル期ドイツ義勇軍運動と「第三の国」

16:30~17:30
発表3 吉田治代(立教大学): ベルン(1917-19)のネオ・ヨアキム主義 —フーゴ・ バルとエルンスト・ブロッホ

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参考1:本研究の組織
・種別     科学研究費補助金 基盤研究(B)
・研究期間   2021-2025年度
・研究課題   近現代ドイツの文学・思想における「第三の国」—成立・展開・変容—
・課題番号   21H00516
・研究組織
 研究代表者  小黒康正(九州大学、ドイツ文学、教授)
 研究分担者  武田利勝(九州大学、ドイツ文学、准教授)
 研究分担者  今井宏昌(九州大学、ドイツ現代史、講師)
 研究分担者  吉田治代(立教大学、ドイツ文学、教授)
 研究分担者  Marcus Conrad(名古屋大学、ドイツ文学、准教授)
 研究協力者  Wolfgang Braungart(ビーレフェルト大学、ドイツ文学、教授)
 研究協力者  Urlich Johannes Beil(九州大学、ドイツ文学、教授)
 研究協力者  松枝佳奈(九州大学、ロシア文学・比較文学、講師)
 研究協力者  小野二葉(筑波大学、ドイツ文学、非常勤講師)
 研究協力者  鈴木啓峻(京都大学、ドイツ文学、非常勤講師)
 研究補助者  林 弘晃(九州大学、ドイツ文学、非常勤講師)

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参考2:本研究の概要

本研究では、本来、前近代的な宗教思想であった「第三の国」Das dritte Reich が

① 近代的な社会思想として啓蒙主義期にいかに成立したか、

② 19世紀後半から第一次世界大戦期にかけていかに国際的に展開したか、

③ その後「第三帝国」Das Dritte Reich というナチスの思想へといかに変容したか、

以上の三つの問いをめぐって5年間の共同研究を、ドイツ側の協力を得て行う。

12世紀イタリアで生じた歴史を三分割する「第三の国」という思想が、ナチスの語彙とは異なる意味で用いられ、第一次世界大戦時までのヨーロッパやロシア、それに日本に多大な影響を与えたことは、日本は言うに及ばず、ドイツでも、いまだ学術的に究明されていない。

「第三帝国」以前の「第三の国」を初めて本格的に検討する本研究は、未開拓領域の全容を明るみにすることで、文学や思想などの関連分野に新たな学術貢献を国際的にもたらす。

…………………………………………………………………………………….

参考3:本研究のキーワード

「第三の国」Das dritte Reich 、「第三帝国」Das Dritte Reich 、ナチス、国民社会主義、

フィオーレのヨアキム、黙示録、千年王国説、ヨアキム主義、ネオ・ヨアキム主義、

「第三のローマ」、第一次世界大戦、義勇軍、ヴァイマル共和国、

レッシング、イプセン、レーオ・ベルク、ヘルマン・バール、ヨハネス・シュラーフ、パウル ・フリードリヒ、

メレシコフスキー、カンディンスキー、ルードルフ・カスナー、シュペングラー、トーマス・マン、ヘッセ、

メラー・ファン・デン・ブルック、エルンスト・ブロッホ、ヒトラー、

新理想主義、ニーチェ、背教者ユリアヌス、抽象絵画、観相学、保守革命、第三国土、

日本の雑誌『第三帝国』、茅原華山、民本主義、満韓放棄論、小日本主義、大日本主義、

白樺派、斎藤信策、小泉鉄、児島喜久雄、ルートヴィヒ・フォン・ホフマン など

…………………………………………………………………………………….
…………………………………………………………………………………….

参考ファイル:第1回「第三の国」科研研究会_1127.pdf
2021.12.10
人 事 「次世代研究者挑戦的研究プログラム」(林弘晃)

九州大学は、国立研究開発法人科学技術振興機構(略称JST)が実施した「次世代研究者挑戦的研究プログラム」に採択されたことを受けて、全学横断的な「未来創造コース」の学生募集を博⼠課程学⽣を対象に行なったところ、博士後期課程在学中の林弘晃くんが DC3 のコースに採用されました。このコースの学生は、日本学術振興会特別研究員に準ずる奨学金を得て、学際的な研究活動を行うことになっています。(小黒康正)

2021.12.04
学 会 ⽇本独⽂学会⻄⽇本⽀部(⻑尾亮太朗)

 11月27日にオンラインで行われた⽇本独⽂学会⻄⽇本⽀部の第73回研究発表会で本研究室所属の下記学生が研究発表をいたしました。

⻑尾亮太朗(九州⼤学⼤学院博⼠後期課程)
フリードリヒ・シュレーゲルにおける「有機的構成」の概念
 ̶̶ 『ゲーテのマイスターについて』および『序説と論理学』を中心に ̶̶

2021.12.03
研 究 『西日本ドイツ文学』33号(大澤、長光、武田)

2021年11月18日付で日本独文学会西日本支部機関誌『西日本ドイツ文学』33号が刊行されました。九大独文メンバーについては、以下の方々が寄稿されました。併せて目次を PDF で示しておきます。(小黒康正)

論文
大澤遼可
ノヴァーリスにおける統合的感官としての「眼」

論文
Masaru NAGAMITSU
Das Motiv des Schauspielers und das Selbstbewusstsein in Heinrich Manns Roman „Der Untertan“

書評
武田利勝
福元圭太著『賦霊の自然哲学 ーフェヒナー、ヘッケル、ドリーシュ』

参考ファイル:『西日本ドイツ文学』33号(2021).pdf
2021.11.27
授 業:集中講義(大宮勘一郎)

 今年度後期の集中講義は、11月29日(月)から12月3日(金)までの間、東京大学教授の大宮勘一郎先生がご担当されます。何とか対面で行われることになりました。大宮先生の来福、私自身も、とても楽しみにしています。(小黒康正)

追記 九大独文では、ドイツ文学、ドイツ語学、ドイツ語教授法、西洋古典学などの分野におけるフロントランナーを国内外からお呼びしています。以下のとおりです。この数は、どの分野であれ、日本の大学で1番ではないでしょうか。
..........................................................................
令和3年後期集中:大宮勘一郎(東京大学教授)ドイツ文化論
令和2年後期集中:室井禎之(早稲田大学教授)独語科指導法
令和元年前期集中:竹岡健一(鹿児島大学教授)独文学
令和元年前期集中:佐野好則(国際基督教大学教授)西洋古典学
令和元年後期集中:太田達也(南山大学教授)独語科指導法
令和元年後期集中:荒又雄介(大東文化大学准教授)独文学      
平成30年前期集中:Ivanovic(ウィーン大学教授)ドイツ文化論
平成30年後期集中:嶋崎 啓(東北大学教授)独語学      
平成29年前期集中:河崎 靖(京都大学教授)独語科指導法
平成29年後期集中:香田芳樹(慶應義塾大学教授)独文学      
平成29年後期集中:山本浩司(早稲田大学教授)独文学
平成28年前期集中:山本 潤(首都東京大准教授)独語学    
平成28年前期集中:西村賀子(和歌山医科大教授)西洋古典学
平成28年後期集中:清野智昭(千葉大学教授)独語科指導法
平成28年後期集中:大川 勇(京都大学教授)独文学
平成27年通年通常:堺 雅志(福岡大学教授)独文学   
平成27年前期集中:高田博行(学習院大教授)独語学
平成27年後期集中:初見 基(日本大学教授)ドイツ文化論
平成26年前期集中:松岡幸司(信州大学教授)独語科指導法
平成26年前期集中:嶋崎 啓(東北大学)独語学
平成26年後期集中:W.Braungart(ビーレフェルト大学教授)独文学
平成26年後期集中:藤井明彦(早稲田大学教授)独文学
..........................................................................

(写真は九州大学ゲートブリッジ内の通路。小黒撮影)

2021.11.25
寄 贈 『いっしょに楽しむ おはなしの絵本』(大野寿子)

過日、見ているだけで楽しくなるような絵本が我が家に届きました。『いっしょに楽しむ おはなしの絵本 こどもに伝えたい20話』(大野寿子監修、高橋書店、2021年)です。監修者の大野寿子氏(東洋大学教授)からいただきました。子供たちが喜びそうな楽しいオノマトペが盛りだくさんです。

あせを かきながら。
のったり のったり あるいています。  (11頁)

うんとこしょ
どっこいしょ!            (42頁)

ぽっくり とっとこ そろそろ パタパタ (57頁) 

トントン カラリ      
トントン カラリ           (71頁)

ヒュッ ドボーン           (96頁)

この絵本の特徴として、どのお話かわかりそうなオノマトペや言葉の反復が実にたくさんあります。もっとも、同書は、従来の絵本と比べて、役割語がかなり少ないようです。この点もこの絵本の特徴ではないでしょうか。例えば、以下の人物が男性か女性か、そして年寄りか若者かをあててみてください。

人物1
「うそを つくんじゃない。おまえの
 くちばしに のりが ついてる」  (91頁)

人物2
「しょうがない。
 こどもを 森に すてるんだ。
 生きていくには それしかない」(134頁)

どうでしょうか。勿論、挿絵を見れば、人物がすぐに分かりますが、いずれも言葉だけでは類推が難しいはずです。ちなみに、人物1は「したきりスズメ」の「おばあさん」、人物2は「ヘンゼルとグレーテル」の「おかあさん」ですが、いずれも性差の分かりやすい役割語が使われていません。

人物3
「ああ、うそなんか つかなければ
 よかった……」             (31頁)

人物4
「おお、これは これは 大きくなった。
 さっそく ぬいてみよう」        (40頁)

さらにこの二人についてはどうでしょうか。人物3は「オオカミがきた」の「ひつじかい」です。挿絵を見れば、少年であることは分かりますが、本文だけからは、ひつじかいが老人でないにしても、少年であるのか、青年であるのかは分かりません。この人物3といささか事情が違うのが人物4です。

言うまでもなく、人物4は「大きなかぶ」ですが、「オオカミがきた」とは違い、話者として「おじいさん」という表記が明記されています。しかし、人物4にはおじいさんの役割語である「わし」とか「〜なんじゃ」という言い方が使われていません。もっとも人物5や人物6と比べてみると、人物4の特殊性が明白です。

人物5
「おまえが たべたのか
 くいしんぼうじゃなあ」         (90頁)

人物6
「たからは どこじゃ。たからは どこじゃ」(112頁)

人物5は「したきりスズメ」のおじいさんです。「じゃなあ」という役割語から年寄りだと分かりますし、実際に自分のことを「わし」と呼んでいます。それだけに同じお話のおばあさん(人物1)の言語使用とはいささか違うようです。人物6は「はなさかじいさん」の「じいさん」ですが、何かに気がつきませんか。

そうです、おじいさんの言葉とはいえ、性差がわかる役割語が日本の「じいさん」たち(人物5、人物6)には使われ、西洋の「おじいさん」(人物4)には使われておりません。これは単なる偶然でしょうか。「いっすんぼうし」では事情がさらに異なるようです。とりあえず、「人物7、人物8?」としてみました。

人物7、人物8?
「どうぞ わたしたちに
 こどもをさずけてください」(118頁)

本文からしますと、このセリフの話者は、「おじいさん」(人物7)ともとれますし、「おばあさん」(人物8)ともとれますし、言うまでもなく「おじいさん」(人物7)と「おばあさん」(人物8)ともとれます。いずれにせよ老人の1人称が「わし」でも「わしら」でもなく、「わたしたち」になっていますね。

先にも書きましたが、この絵本は、従来の絵本と比べて、役割語がかなり少ないように思えます。もっとも、若い女性の場合はどうなっているのでしょうか。総じて男性よりも女性に対して役割語の使用が多いように思えますが、私の思い込みを以下の例が裏付けてます。ちょっと不思議です。

人物9
「ええ やくそくするわ」        (63頁)

人物10
「そうね、お花を もっていったら
きっと おばあちゃんも よろこぶわ」  (76頁)

人物11
「わたしも いきたいわ」        (127頁)

人物9は「カエルの王さま」の「おひめさま」、人物10は「あかずきん」の「女の子」、人物11は「シンデレラ」の「むすめ」です。いずれも「わ」があります。「わ」を使わず、「やくそくする」「きっと おばあちゃんも よろこぶはず」「わたしも いきたい」とも書き直しが可能でしょうか。 

勿論、可能でしょう。西洋の「おじいさん」(人物4)のように、役割語を使わない「若い女性」がいてもいいはずです。では、役割語がまったくない絵本というものはあるのでしょうか。理屈としては可能なはずですが、それが子供向けの絵本、読み聞かせ用の絵本としてあるのかどうか、私は知りません。

実は、九大独文院生の数名と以上の分析について話したところ、子供向けの絵本以上に、子供向けではないマンガに、役割語が、それも性差を示す役割語が多いという意見がありました。もしそうであれば、音読される絵本以上に黙読されるマンガに役割語が多いというのは、考えてみれば不思議ですね。

翻訳家の越前俊弥氏によれば、役割語は語り手を示す「必要悪」です(2021年11月13日付け朝日新聞朝刊第13面)。マンガの場合、それぞれのイラストが人物の特徴をはっきりと示しているので、絵本さらには小説以上に、「必要悪」が不必要なはずとも言えます。しかし、実際はそうでないようです。

役割語は、男性はこう、女性はこう、という刷り込みの言葉として批判されます。そうした批判が多くなっているからでしょうか、『いっしょに楽しむ おはなしの絵本』は役割語をギリギリのところで削っているようです。この挑戦自体が21番目の「こどもに伝えたい話」なのかもしれませんね。

(小黒康正)

2021.11.24
雑 誌 講義情報誌「推し伊都」

過日、九大の学生サークル「九州大学ぶら伊都プロジェクト」から通知がありました。同サークルが新入生入学にあわせて発行している講義情報誌「推し伊都」に関する一報です。

特に学生の評価が高い講義の情報を掲載するため、九大の基幹教育に関するアンケートを1・2年生に実施したところ、2022年度版に当方の講義が選出されたという朗報でした。

実は、コロナウイルス感染拡大のため、2021年度版用に上記アンケートは実施されませんでした、2020年度版用に既に選出されていたので、これで連続の掲載となります。

「知識でも考え方でも意識でも、心を揺さぶるような強烈な何かを与えてくれる、自分の知的欲求に答えてくれる講義に出会ってほしい」、これが同誌の基本方針と伺いました。

学生の皆さんから高い評価をいただくことは、本当に光栄です。機会があれば、ぜひ講義情報誌「推し伊都」をお読みください。九大生に役に立つ情報満載の雑誌ですよ。

なお、同サークルの許可を得て、2020年度版当該箇所の PDF 版をここで公開いたします。どうぞご覧になってください。当方の授業雰囲気が分かる内容になっているはずです。

私の教育理念についても書きました。九大で開講されるあらゆる講義の中で、脱線が多いが、それでいて一番役に立つ授業を目指しています。ここだけの話ですが……  (小黒康正)

2021.10.28
寄 稿 エッセイ『ハインリヒ・マン』(長光卓)

 ドイツ語学文学振興会編『ひろの』61号に、長光卓君の寄稿「ハインリヒ・マン生誕150年に寄せて」が掲載されました。この寄稿では、日本におけるハインリヒ・マン研究の歴史と展望が簡潔にまとめられています。同君は九州大学大学院人文科学府の博士後期課程に在学する院生です。九州大学は伝統的にトーマス・マン研究が盛んですが、彼の研究活動によって、九大独文が新たな「マン研究」の盛地(「聖地」ではありません)になるかもしれません。

2021.10.27
寄 贈 『図説 ゲルマン英雄伝説』(吉田孝夫)

 9月初旬のことですが、スイスの著名な文献学者アンドレアス・ホイスラー著『図説 ゲルマン英雄伝説』(八坂書房、2017年)の寄贈がありました。寄贈者は訳者の吉田孝夫氏(奈良女子大学教授)です。同書には、ドイツの画家マックス・コッホによる優れた絵が挿入されています。ドイツにおける英雄伝説研究を俯瞰する吉田氏の「訳者あとがき」も、実に見事です。

 ドイツの芸術や思想を深く理解するためには、北欧や古代ゲルマンの神話や伝説について(そしてその受容について)の知識は欠かせません。その意味で、既に『図説 北欧神話の世界』(ラーニシュ文、デープラー画、八坂書房、2014年)も公刊されている吉田氏の訳業は、私たちをジークフリートやグードルーンの世界へと巧に誘ってくれます。お薦めの2冊です。(小黒康正)

2021.10.27
案 内 西日本日独協会特別企画第4弾(冨重、小黒、堺)

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西日本日独協会特別企画
会員による会員のためのオンライン講義
映像の中の「ドイツ」

西日本日独協会特別企画第4弾のご案内です。第1弾「チーム〈ドイツ〉の最前線」、第2弾「近現代ドイツにおける〈女性〉」、第3弾「近代ドイツの〈フォルク〉」に引き続き、今回は映像の中で示されるドイツ語圏の文化や文学について、福岡大学の冨重純子先生と堺雅志先生の協力を得て、お話しします。部分参加でも構いません。皆さまからの多数のお申し込みを、心よりお待ちしています。            

西日本日独協会企画委員長・副会長 
小黒康正
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参加資格 :
西日本日独協会会員、ドイツ語講座受講者、招待者の皆さま
申 込 先:
協会事務局(info〔アットマーク〕jdg-nishinihon.org)にメールにてお申し込みください。
申込締切日:
9月30日(木)
視 聴 先:
Zoomを用いて行いますので、申込者にURLとパスワードをお伝えします。
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プログラム: 
■ 第9回講義 10月9日(土)17時から18時まで
冨重純子(福岡大学):グリムのメルヒェンにもとづく二、三の映画について
スペイン映画『ブランカニエベス』(白雪姫)(2012年)とフランスのアニメーション映画『大人のためのグリム童話 手をなくした少女』(2016年)は、グリムのメルヒェンを題材としながら、その物語およびうつくしい映像の双方で私たちを驚かせます。今後現れるべき、新しいグリムの映画についても考えてみたいと思います。

■ 第10回講義 10月23日(土)17時から18時まで
小黒康正(九州大学):平野啓一郎『マチネの終わりに』における「ドイツ」
映画『マチネの終わりに』(2019年)をご覧になられたでしょうか。この映画は「ロマンス」として扱われていますが、2015年の原作は、ドイツの文学が大きな役割を果たす新しい芸術家小説です。映画は映画なりの良さがありますが、原作はさまざまな歴史的な破局に基づきながらも、否、基づくからこそ、私たちに希望の光を与えてくれます。

■ 第11回講義 11月6日(土)17時から18時まで
堺雅志(福岡大学):カカーニエン・キッチュ ——映画に描かれるオーストリア像——
『シシー』三部作,『菩提樹』,『第三の男』という第二次世界大戦後まもなく撮影された映画を取り上げます。映画によって作られたオーストリアのキッチュな(俗っぽい)姿に光を当てながら,「カカーニエン」と揶揄されたオーストリア・ハンガリー二重帝国がじっさいどのように崩れていったのかを辿ってみたいと思います。

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返信用フォーマット:

西日本日独協会事務局 御中
西日本日独協会特別企画を申し込みます。
参加資格: 西日本日独協会会員、ドイツ語講座受講者、招待者
ご芳名 : 

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Ps.
西日本日独協会の会員もしくはドイツ語講座受講者以外の方で、参加ご希望の方がおられましたら、小黒までご相談ください。

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2021.10.25
講 演 「西日本日独協会」(11月27日、小黒康正)

 2017年11月22日に行われる西日本日独協会の例会にて、下記のとおり、当方が講演を引き受けることになりました。本講演は非会員の参加も可能です。但し、会員非会員を問わず、事前申込みが必要ですので、予め協会事務局宛にお申し込みください。(小黒康正)

【西日本日独協会11月例会】
日 時:2017年11月22日(水曜日、祝前日)19:00~20:00(受付18:30~)
場 所:九州学士会会議室(福岡市中央区天神2-12-1天神ビル8階)
卓 話:「私のウィーン滞在記:めまい、難民、メールヒェン」
Mein Aufenthalt in Wien: Schwindel, Flüchtlinge und Märchen
講 師:小黒康正 氏(九州大学大学院人文科学研究院教授、ドイツの文学・思想)
参加費:会員無料、非会員のみ500円(当日徴収)
申込先:11月16日(木)までに、下記の「参加申込票」または同内容を、下記の協会事務局宛に、メール、郵送またはファックスにてお送りください。
事務局: 〒810-0012 福岡市中央区白金2-9-6 城島印刷株式会社 気付/Fax(&Tel): 092-524-0059 (電話対応は火&金12:00~15:00のみ)/E-mail info@jdg-nishinihon.org

参考ファイル:2017年11B7nNc2q!J>.9u!K.pdf
2021.10.25
寄 贈 『ドイツ文化とドイツ語入門』(根本道也)

 少々前の話しですが、九州大学名誉教授の根本道也先生から『これならわかる!ドイツ文化とドイツ語入門』(郁文堂、2017年)のご寄贈がありました。根本先生には、『アポロン独和辞典』(同学社)や『ドイツの標準語』(同学社)や『オノマトペ和独小辞典』(同学社)など、多数の著作があります。

 今回は、ドイツ文化とともにドイツ語を紹介する入門書です。とはいえ、同書は日本語とドイツ語の違いをめぐる説明がたくみに織り込まれた文化論でもあります。同書を手に取って、例えば「お友だちは一人?」「ありがとう!/すみません!」「ちょっと/2本ほど」などの項目をぜひお読みになってください。(小黒康正)

2021.10.13
研 究 「第113回トーマス・マン研究会」(10月21日)

EINLADUNG
zum 113. Kolloquium
des Arbeitskreises für Thomas-Mann-Forschung
(www2.lit.kyushu-u.ac.jp/~german/thomas.html)


Zeit: Samstag, 21. Oktober 2017, 13:30 Uhr

Ort: Nagasaki City Library / 長崎市立図書館(長崎県長崎市興善町1−1)
Seminarraum / 研修室

Anreise: https://lib.city.nagasaki.nagasaki.jp/access/access.html#access
Die genauen Räumlichkeiten sind vor Ort ausgeschildert.

Programm:
13:30−15:00: Prof. Dr. Leopold Federmair
Der Zauberberg und Der Mann ohne Eigenschaften im Vergleich

15:15−16:45: Prof. Dr. Thomas Pekar (Tokyo)
Hybridisierung und Erotisierung des Mythos: Thomas Manns Roman- Tetralogie Joseph und seine Brüder

Den Vorträgen (60 Minuten) schließt sich eine Diskussion von höchstens 30 Minuten an.
Interessierte Gäste sind herzlich willkommen.

Ein Tisch für ein gemeinsames Abendessen ist reserviert.

2021.10.11
講 演 「平野啓一郎ミュンヘン講演会」(9月13日)③

 平野啓一郎さんの公式ブログ(https://lineblog.me/hiranokeiichiro/?p=2)に、ミュンヘン滞在の写真が掲載されています。 (小黒康正)

2021.09.30
公 募 Ausschreibung (bis zum 31. November 2021)

Sehr geehrte Damen und Herren,

an der geisteswissenschaftlichen Fakultät der Universität Kyushu in Japan ist ab April 2022 eine Stelle als Professor/in oder Associate Professor/in im Bereich Germanistik zu besetzen.

Mit freundlichen Grüßen

Prof. Dr. Yasumasa Oguro

参考ファイル:Ausschreibung (2021).pdf
2021.09.17
授 業 令和3年度後期のドイツ文学講義(小黒康正)

令和3年度後期に行う「ドイツ文学講義 VI」(学部)と「ドイツ近代文学研究史特論 II」(学府)のシラバスは、文学部 HP にて既に公開されています。下記URL にてご確認ください。

URL: https://www2.lit.kyushu-u.ac.jp/~syllabus/cgi-bin/table-odd.cgi?thisyear=2021&num=1340506&show=S2110000&big=B00000&each=1

(写真は九州大学伊都キャンパス・イーストゾーン、小黒撮影)

2021.09.16
感 想 令和3年度前期のドイツ文学講義 (小黒康正)

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2021年前期は、火曜2限に、ドイツ文学講義を担当し、「枠物語研究」というテーマのもとで、ボッカッチョ『デカメロン』、ヴィーラント『王子ビリビンカー物語』、ゲーテ『メールヒェン』、フケー『皇帝ユリアヌスと騎士たちの物語』、シュトルム『みずうみ』、小川洋子『人質の朗読会』を扱いました。以下、5回目のレスポンスペーパーに対する私のコメントを一部公開いたします。(小黒康正)

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最終回の講義、素晴らしかったです。スタンディングオベーションをしたいくらい! 小川洋子さんの『人質の朗読会』、まだ読んでいませんが、類まれな語り手である小黒先生のお話により、心にダイレクトに伝わってきました。(学府生) → 私も『人質の朗読会』を読んでとても感動しました。それだけに、作品の素晴らしさを損ねないように、私が語るというよりも、作品そのものが語るように工夫しました。
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前期の講義を通うじて、文学とは何か、語り継ぎ、書き記す行為とは何か、ということを学べたと思います。ある個人が分断やいさかい、抗争、そして精神的な危機に肉薄した時、その危機から「生きる」ということの本質を感じ取った時、物語るという行為が自然と生まれ、それを書き留めることで文学が生まれるのではないか、ということを考えました。私は出身地の関係で戦争を経験した方々の「語り」を拝聴することが多かったのですが、人間に語らせるものは一体何であるのかということを考えると、文学の本質のようなものが見えて来るような気がします。ありがとうございました。後期も先生の授業を受講させていただきたいと思っています。(仏文学) → 実に見事なレスポンスペーパーなので、手書きの全文を打ち込みました。私も今回の講義を通じて文学の原点に戻れたような気がしています。熱心に受講してくれてありがとう!
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小黒先生の授業を受けたのは今回で3回目でした。今回もとても興味深い内容で、また、前回同様レポートの書き方も詳しく教えて下さり大変勉強になりました。枠物語という形式の作品は読むのが初めてだったのですが、物語の途中に語り手達の会話が挟まれるのが興味深く感じました。王子ビリビンカー物語が面白かったのでドン・シルヴィオの冒険もいつか読んでみたいです。(仏文学) 1年の時も先生の授業を取っていましたが、続けて取ってみるとやはりレポートの添削の点など生徒に対してとても真摯に向き合っていらっしゃる印象を受けました。(英語学・英文学) → 私の講義には結構リピーターの方が多く、大変嬉しく思っています。講義を常に「新鮮」に保つことはなかなか難しいですが、とてもやり甲斐のある仕事だと思っています。
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今までレポートについて、〜をするな、というのを指示していただける講義は初めてだったので、すごく参考になりました。また、ドイツ語を履修していないのにドイツ語の講義をとって大丈夫なのかと不安でしたが、まったく不安になる必要はなかったな、と思えるほど、ドイツ文学、そして枠物語のおもしろさを知れた講義でした、ありがとうございました。(英語学・英文学) → 私自身、合気道をしており、その経験から言いますと、同じ黒帯の方と一緒に組む稽古も大事ですが、初心者の方と組む稽古も大事だと思っています。慣れていない方との稽古は、ある意味で実践に近いですし、何よりも私自分の欠点がよく分かることが多いのです。
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今日の授業で一番心に残ったことは、「物語の核にあるのは、各人の生に語りかけた死」という言葉です。今まで様々な物語を学んできたけれど、語る人の置かれている状況や背景によって、こんなにも物語の捉え方が変わるのだと感じました。(学府生) → 今日は絶対このことを話すぞと力むよりも、自分が作品に静かに寄り添うと、作品のみならず、たとえオンラインでも、皆さんと気が通じ合うような気がします。 
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ドイツ文学、というものは本当になじみがなく、最初は興味はあったものの、ついていけるか少し不安でした。しかし、毎回、先生のドイツ文学に対する熱意が感じられたので、自然と聞き入ることが出来、とても面白かったです。授業で紹介された作品のいくつかに興味を持ったので、1学期の課題が終わり次第、いくつか読んでみたいと思います。(英語学・英文学) → 私事ですが、大学一年生の時に聞いた夏目漱石に関する和田謹吾先生の講義、大学三年生の時に聞いたヴァージニア・ウルフに関する柏木秀夫先生の英文学演習、大学四年生の時に聞いた近代日本文学の身体に関する亀井秀雄先生の講義、なぜか今でもよく覚えています。不思議ですね。考えてみれば、いずれも私にとって専門外の授業でした。
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今回は枠物語に関するお話でしたが、枠物語形式の語りは近年の小説にも多く存在し、例えば村上春樹さんの『回転木馬のデットヒート』のようなそれをテーマにした短編集もあります。自分はそういった小説を読むときは今まで枠を意識していなかったので話の内容ばかり考えて枠の外をそれほど意識していませんでした。しかし、今回一連の講義を聞いて枠の外の状況が内に影響を与え、その逆もあるという双方向的な関係の重要性を理解することができる、またその面白さを学びました。以降、その視点を持ちながら読書をしていきたいと思います。とても面白い講義でした。ありがとうございました。(英語学・英文学) → 当方、大学生の頃、『回転木馬のデットヒート』を読んでおりますが、それが枠物語であることに気づいておりませんでした。ご指摘、ありがとう。今度、枠物語について話すときは、村上春樹についても触れたいと思います。
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この授業以前でもそうでしたが、授業前に授業史料を開示してくださるのが私はとてもありがたく感じていました。また、個人的に、先生が授業の合間などに話してくださるドイツの話が、自分がまだドイツを訪れたことがないため、とても好きでした。(独文学) → コロナ禍だからでしょうか、ミュンヘンで過ごした四年のこと、ウィーンで過ごした一年のことを、夢でよくみます。
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対面とオンラインを併用して行われたものの、どの授業でも先生の声がきちんと聞こえ、問題なく臨めたことに本当に感謝しています。(授業によっては、オンラインでも参加ができるのですが、ノイズ音がものすごく入ってしまい、授業にならないこともよくありますので)死を自覚する人間であるからこそ、来る死への想いや、他の人の死に対する鎮魂を語る文学(文字化されたものに限らず)は、人間存在を構成する最も重要なものであると改めて感じました。また、次回の授業も楽しみにしております。(学府生) → いつも授業に熱心に受講してくれてありがとう。リピーターの存在、本当に私にとって大きな喜びであり、励みです。
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前年度後期の基幹教育で「水の女」について扱ったこともあり、シュトルムの『みずうみ』について扱った回は特に興味深く受講させていただきました。対面授業が可能になってからもオンラインで行われる授業が多い中、対面で授業を行ってくださり、ありがとうございました。オンラインでも同じ内容を受講できるとはいえ、やはり対面授業の方が面白く感じられました。(美学美術史) → ハイブリッド形式になった時も、対面授業に参加してくれてありがとう。確か一対一の授業になったのが、二度ほどありましたね。私自身、九大に着任した時に言っていたことを思い出しました。目の前にいる学生が、大人数であろうと、一人であろうと、講義は常に全力で行う、と。本当にそのようにできたでしょうか。今回初めて一対一の授業になったことは、私にとって自己確認のための貴重な機会でした。
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(写真は九州大学イーストゾーン、小黒撮影)

2021.09.15
寄 贈 『ドイツ文学の道しるべ』(下薗りさ)

過日、駒澤大学准教授の下薗りさ氏から『ドイツ文学の道しるべ ニーベルンゲンから多和田葉子まで』(畠山寛・吉中俊貴・岡本和子編著、ミネルヴァ書房、2021年)をいただきました。同書は「シリーズ・世界の文学をひらく1」として刊行された著作です。この場を借りてご寄贈にまずは心より御礼申し上げます。

下薗氏は、2015年4月に駒澤大学に講師として着任し、その半年後、私のもとで学位を取られた方です。カフカの三長編に関する秀逸な博士論文でした。下薗氏は同学社から刊行された『カフカ中期作品論集』(2011年)や『カフカ後期作品論集』(2016年)にも寄稿しており、カフカ研究者として健筆を振るわれています。

そんな下薗氏ですが、九州大学文学部で学んだのは独文学ではなく、実は心理学です。下薗氏は認知心理学を専攻され、映像メディアのモンタージュ効果がプライミング効果なのか文脈効果なのかを心理学的側面から実証することを研究され、卒業論文「編集がもたらす映像の意味的変化」で2005年3月に卒業されました。

下薗氏は心理学の分野でも優れた成果を残しましたが、次第に人間心理の認識機構よりも人間の内奥に興味を抱き、大学院で独文学を専攻することを決意し、2005年4月に進学されたのです。修士課程入学試験の独文学専門試験でも最優秀の成績で合格されたので、私自身、下薗氏の「変身」に大変驚いたことを覚えています。

下薗氏が『ドイツ文学の道しるべ』で執筆担当したのはカフカであり、それも『変身』でした。そこにはこう書かれています、「変身は誰にでも起こりうる」と。しかも、興味深いことに、『変身』のグレゴール・ザムザは2回変身しているということなのです。実に見事な洞察なので、皆さん、ぜひ同書を手にとってお読みください。

さらに言いますと、下薗氏が執筆担当されたのは、カフカ『変身』だけではありません。ヘルマン・ヘッセ『デーミアン』と多和田葉子『献灯使』も担当されています。私自身、新しい研究プロジェクトの関係でヘッセ『デーミアン』を読み直さなければならないと思っていたので、当該箇所はこれまた参考になりました。

そして、多和田葉子『献灯使』の項目も実に興味深い記述です。私は、2015年秋にウィーンで多和田葉子氏と知り合い、2016年9月19日に多和田氏に九州大学文学部に来ていただき、「多和田葉子朗読会」を企画しました(九大独文 HP 「2016.10.09」欄参照。ちなみに、翌日は石牟礼道子氏に会いに一緒に熊本に行きました)。

その時の朗読会参加者の一人が下薗氏、わざわざ東京から駆けつけられたのです。今回の寄贈の際、手紙が同封されており、そこにはこのように書かれてありました。「多和田葉子は九大で朗読会に参加したのがきっかけとなって読み始めた作家です」と。私自身、下薗氏の二度目の「変身」を大変喜んでいます。(小黒康正)

2021.09.14
感 想 令和3年度前期の西洋文学講義 (小黒康正)

 2021年前期には木曜日1限に西南学院大学で非常勤講師として「西洋文学 A (3)」を担当しました。テーマは「音楽神話」です。約70名の学生が熱心に聴講してくれました。以下、最終回に行ったレスポンスペーパーに対するにコメントの一部を紹介します。(小黒康正)

・ 先生の話は文学作品に対して熱が入っていて、授業を聴いているというより物語を聴いている感覚になって、退屈することもなく楽しい時間だったと思う。(人間科学部)→ 何だか調子に乗って話していると、パイエケスの民を前にして語るオデュッセウスの心境になってきて……

・ レポート作成の基本を一から知ることができて、私にとってとてもよい機会でした。(法学部)→ どんな高層建築も土台作りから始まります。その意味でこの授業は「土木作業」でした。

・ 私は『マチネの終わりに』を事前に読んでから授業に臨みましたが、今回の授業で、この小説のストーリーにより一層、深みを感じました。小黒先生の授業では、物語の内容をより深く考えられるようになる授業だったと私は感じました。(法学部)→ 映画『マチネの終わりに』もなかなか良かったですが、原作の方は、文学(マン、リルケ、ダンテ)と破局(三十年戦争、湾岸戦争、東日本大震災)が実によく結びついていましたね。

・ 『マチネの終わりに』ですが、講義を通して多くのことに気付けていなかったなあと思いました。殊に音楽神話の視点から見ることで、物語の捉え方が変わり、面白かったです。(文学部)→ 講義では、『マチネの終わりに』を「天才」をめぐる現代の芸術家小説として論じながら、以下の三点を指摘しましたね。(1)蒔野聡史を通じて示される天才の苦悩、(2)武知文昭を通じて示される天才に対する嫉妬、(3)小峰洋子と三谷早苗を通じて示される天才をめぐる見解の相違。私自身、特に武知文昭と三谷早苗は実によく描かれていると思いました。平野啓一郎さんは人間の弱さを描くのがとても上手いですね。

・ クレスペル顧問官の内と外の二面性が一番印象に残っています。一見狂人に見えるが、その言動は実は誰にでも持っているもので、顧問官はただそれが外に現れているだけで、誰にでも持ちうることだという、我々は一種の危険をはらんで生きているというのが、とても面白かったです。(法学部)→ 凄いです! 私が講義で言った以上に実に見事にまとめられました。そう言えば、ソクラテスも、イエスも、チョムスキーも、すごい弟子たちに恵まれて……

・ 小黒先生の講義は、いつも先生が楽しそうに講義を行っていたため、朝が弱い私にとっても楽しくて有意義な時間であったと思います。良い意味で先生の講義は「講義」という堅苦しいものではなく、先生の経験談などを楽しみながら聞くという感じの雰囲気を持っていて、講義の内容も頭に入りやすかったです。また、レポートの書き方を教えてくれる先生は他にいないので、これからに役立つことを教えていただき、とても感謝しています。縁があればまた先生の講義を聞きに行きたいです。(法学部)→ 実は、当方、講義では先人たちの知恵を拝借しながら「楽しませることと有益であること」prodeesse et delectare を心がけています。

・ コロナ禍でオンライン開催になったことは残念でしたが、資料がわかりやすく、なんら不備なく心地よく受講することができました。また、西南で授業を開講することがありましたら、よろしくお願いします。(法学部)→ 実は、当方、オンラインを含め、かなりのコンピュータ音痴、それだけに丁寧に行うように心がけました。 

・ ただの悲劇的な童話だと思っていた「人魚姫」の奥深さに驚きました。(経済学部)→ 私自身、この作品を大人になって再読したとき、20世紀の現代文学を先取りする内容に大変驚きました。文学って、本当に面白いですね。

・ 授業の中では個人的に、セイレーンの話がとても魅力的で面白かったです。(文学部) 私が個人的に西洋文学の授業で面白かった話は、対面の際に先生がお話してくれた、トロイの木馬のお話です。(経済学部)→ 私はホメロスの『オデュッセイア』が大好きなので、よく講義でも扱います。

・ 私は西洋文学についてあまり興味を持っていなかったし、作品なども全然知りませんでした。でもこの授業を受けてきて、西洋文学は面白いなと思うことができて、興味を持つことができました。(経済学部) これまでドイツ文学に全く触れる機会がなく知識が乏しかったのですが、小黒先生がドイツ文学初心者でもわかりやすく説明してくださったので視野を広げられたと思います。(文学部)→ 文学作品をほとんど読んだことがない方の参加も大歓迎、そうシラバスに書きました。私自身、合気道をしており、その経験から言いますと、同じ黒帯の方と一緒に組む稽古と同様に、否、それ以上に、入門者や初心者の方と組む稽古は大事だと思っています。慣れていない方との稽古は、ある意味で実践に近いですし、自分の欠点がよく分かることが多いのです。

・ 今までの14回の授業を通して特に感じたことは、小黒先生の人脈の広さです。留学などを通して様々な方と交流を持っていらっしゃる所がすごいと感じました。(法学部)→ 実は、当方、いまだ携帯電話を持っていないのですぐに人に連絡ができませんし、車も持っていないのですぐに人に会えません。だからでしょうか、その分、海外であれ、国内であれ、大学キャンパスであれ、人との出会いには、一期一会のような感覚を持っています。不思議な感覚です。

・ 授業に対する先生の熱意が強く感じられる、私自身も楽しいと感じられる授業でした。一人一人のレポートに目を通し朱を入れて、返却されるところも学生のことを思っておられるからこそ。大変だとは思いますが、頑張ってください。(経済学部)→ レポートの書き手にすれば、ラブレターと同様、書かれている内容に反応する読み手がいるということは、とても大事だと思っています。もっとも、ラブレターの場合、朱を入れられて返されることはありませんが……

・ 今までなかなか触れる勇気がなかったドイツ文学について多くのことを学べてとても嬉しかったです。特に小黒先生が実際にドイツを訪れた時のエピソードを聞くのがよりその土地の様子を想像できるので好きでした。(法学部)→ 私自身がドイツで撮った写真が役に立ちましたね。

・ 毎回の講義で、小黒先生がいかに西洋文学が好きか伝わってきて楽しかったです。(法学部)→ そう言われと、大谷翔平の所作や孔子の言葉を思い出しました。授業中に触れましたね。

・ 他の先生方と違い、生徒に寄り添って授業をしてくださり、コロナ渦の中、授業の進め方を考え、授業環境を整えてくださったことが私にとってはすごく学びやすく、初めて楽しく授業を受けることができました。(経済学部)→ 実は、当方、合気道の朝稽古をしてから、西南大での1限の講義に毎回向かいました。それで講義の際にも合気道の精神が残っていて……

(写真は西南学院大学キャンパス、小黒撮影)

2021.09.13
講 演 「平野啓一郎ミュンヘン講演会」(9月13日)②

 「平野啓一郎ミュンヘン講演会」の案内がミュンヘン大学日本センターの HP にも掲載されています。同センターは私の最初の職場です。

(http://www.japan.uni-muenchen.de/aktuelles/vortrag_hirano_09-2017/index.html)

 当方、9月8日に日本を出国し、目下(13日早朝)、ベルリン経由でミュンヘンにおります。10日に平野啓一郎氏と合流、11日にはトーマス・マンと森鷗外ゆかりの地を一緒にめぐり、更に12日にはミュンヘン大学教授のペーター・ペルトナー氏に会い、3人で意見交換をしながら、有意義な一日を過ごしました。ドイツにおける日本思想研究の権威であるペルトナー氏は、当方のかつての上司です。(小黒康正)

2021.09.13
案 内 日本文学とドイツ文学(九大図書館、長光卓)

 皆さんはご存知でしょうか、近代日本文学の名作である森鷗外『舞姫』も、太宰治『走れメロス』も、三島由紀夫『金閣寺』も、そして現代日本文学を代表する村上春樹『ノルウェイの森』や平野啓一郎『マチネの終わりに』も、ドイツの名作と深い関わりがあることを。そうした関係から一体なにが垣間見えてくるのでしょうか。

 現在、九州大学中央図書館3階では、「Cuter本棚 九大図書館で読めるオススメの一冊: 日本文学とドイツ文学」が展示公開中です。これは「九大図書館で読めるオススメの一冊」というシリーズの一環で、九州大学大学院人文科学府博士後期課程(独文学)に在学中の長光卓くんが担当した展示であります。展示の書籍に対して実に的確なコメントが付されていますので、皆さん、ぜひご覧になってください。

 なお、図書館に足を運ぶことができない方は、下記 URL にて展示内容をご確認いただけます。もっとも、九大図書館自体、外部も内部も実に見応えのある建物ですので、多くの方々に立ち寄っていただきたいですね。なにせ、展示を見終わった後に吹き抜けホールに立ちますと、ドイツ映画『ベルリン天使の詩』を思い出すはず、そう、あの天使が舞い降りた図書館を…… (小黒康正)

 → https://guides.lib.kyushu-u.ac.jp/cuters_selection_books/nagamitu

 → https://www.lib.kyushu-u.ac.jp/ja/events/42586

(左写真に一部が写る茶色の建物が図書館、実は丘の斜面にあるのです。そして、右写真は内部の巨大な吹き抜けホール、そう、天使が降りてきそうなあの場所です!)

2021.09.12
寄 贈 「ハプスブルクのふらんす趣味」(堺雅志)

過日、福岡大学教授の堺雅志氏より白水社の雑誌「ふらんす」2021年4月号から9月号まで、合計6冊をいただきました。各号には、同氏が6回にわたって寄稿したエッセイ「ハプスブルクのふらんす趣味」が掲載されています。

エッセイには、例えば、映画では『第三の男』や『會議は踊る』や『サウンド・オブ・ミュージック』が、人物ではマリー・アントワネットやシシーやフロイトが、事物ではコーヒーや動植物園やシュテファン大聖堂が、巧みに結びついています。

これは「結合術」と言ってもよい匠の技です。ムージルの長編小説『特性のない男』で描かれた架空国家カカーニエンが、歴史上のハプスブルク帝国を意識しながら、 主に「フランス」をパートナーにまるで軽やかに「輪舞」をする様に結びついています。

但し、それは単なる軽妙な踊りではありません。一見すると軽やかなエッセイですが、ドイツ語やフランス語の語学的知見、ドイツ語圏文学に関する文献学的検証、オーストリアの歴史や文化全般に関する博覧強記、これらが文章全体をしっかりと支えています。

樹系図の唐草模様が示す絡み合いにも見える「結合術」は、カール・クラウス研究者としてウィーンを知る堺氏ならではのものと言えるでしょう。なかなか真似ができない技ですね。

ちなみに堺氏は料理の達人、料理にも文章にも「風味」がよく効いています。皆さん、雑誌「ふらんす」を手にとって、「ハプスブルクのふらんす趣味」をぜひお楽しみください。(小黒康正)

(写真はウィーン美術史博物館、小黒撮影)

2021.09.11
書 籍 『水の女』新装版 (小黒康正)

 九州大学人文学叢書として 2012年 4月に刊行された『水の女 トポスへの船路』は、読み手にとって「船脚」も軽やかに読めるような著作ではないと思いますが、この種の学術書としては珍しく新装版として再び世に問われることになりました。

 私なりに加筆修正の衝動にもかられましたが、先の「船路」はある種一回限りのものでもあったので、ごく一部の文言を直した以外、特に手を加えていません。

 この衝動以上に強かったのが、若い方々、とりわけ学生の皆さんにもっと手に取ってもらいたいという希望でした。このことを九州大学出版会に伝えたところ、同会からご回答があり、若い方々にも比較的購入しやすい価格が実現した次第です。

 学術書をめぐる書籍市場が絶えず「時化」に晒されていることを思うと、九州大学出版会の英断には心を打たれました。学術活動はこのような気骨のある出版社に支えられているようです。私の希望を受け入れてくださった九州大学出版会には、この場を借りて心より御礼を申し上げます。

→ https://kup.or.jp/booklist/hu/literature/1313.html

2021.09.01
講 演 「平野啓一郎ミュンヘン講演会」(9月13日)①

 バイエルン独日協会の協力を得て、ミュンヘンにて平野啓一郎講演会が下記のとおり行われます。以下、同協会の案内文です。(小黒康正)
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平野啓一郎ミュンヘン講演会    

「日本の一愛読者 ―トーマス・マンと三島由紀夫―」
Akutagawa-Preisträger Keiichiro Hirano hält Vortrag zu
„Ein japanischer Mann-Verehrer.
―Thomas Mann und Yukio Mishima“

 日本から平野啓一郎氏をお迎えして、下記のとおり講演会を行います。平野氏は、『日蝕』(1998年)、『一月物語』(1999年)、『葬送』(2002年)、『決壊』(2008年)、『ドーン』(2009年)、『マチネの終わりに』(2016年)などの小説や、『私とは何か「個人」から「分人」へ』(2012年)などの評論・随筆で著名な、現代日本文学を代表する作家です。23歳の時に『日蝕』で受賞された第120回芥川賞(1999年)の他に数々の受賞歴があり、2014年にはフランス芸術文化勲章を受賞されました。

 今回の講演会では、三島由起夫のトーマス・マン受容を中心にお話をしていただきます。平野氏は十代の頃から三島を読み、三島が愛読したマンの作品を三島の作品以上に耽読されました。勿論、氏の関心は古今東西の文学に及び、マンにとどまりません。しかし、マンから受けた影響は重要であり、恋愛小説『マチネの終わりに』では「ヴェニスに死す症候群」という造語が用いられました。

 なお、今回の講演は、西日本日独協会の理事であり、九州大学教授(ドイツ文学)である小黒康正氏の協力を得て行われます。同氏が村上春樹のマン受容に関する講演を2016年8月3日にミュンヘンで行った際に本会のシェーン会長が司会をされ、シェーン会長が日独法律交流に関する講演会を2017年4月14日に福岡で行った際に小黒教授が司会をされました。今回の企画も両協会の交流に基づく催しです。 


         記

日 時 2017年9月13日(水)19:00〜 

場 所 国立貨幣博物館図書室 
Bibliothekssaal der Staatlichen Münzsammlung, Residenzstr. 1, München

講演者 平野啓一郎(作家) 

企 画 バイエルン独日協会
Deutsch-Japanische Gesellschaft in Bayern e.V., Marienplatz 1, 80331 München
Tel: 089-221 863; djg-muenchen@t-online.de; www.djg-muenchen.de

入場料 会員は無料、非会員は5ユーロ

2021.08.31
寄 贈 『詩と記憶 ドゥルス・グリューンバイン詩文集』(磯崎康太朗)

 9月15日に行われる「ドゥルス・グリューンバイン朗読会」に併せて、同詩人の代表作のひとつを紹介しておきます。昨年の秋、福井大学准教授の磯崎康太朗氏からいただいた『詩と記憶 ドゥルス・グリューンバイン詩文集』(縄田雄二編訳,磯崎康太朗・安川晴基訳,思潮社, 2016 年)です。同書には、磯崎氏の論考「〈未来の考古学者〉グリューンバインの記憶空間」が所収されています。(小黒康正)

2021.08.27
感 想 令和3年度前期の基幹教育文系D(小黒康正)

2021年前期は、九州大学の基幹教育で文系ディシプリン(講義)を、金曜1限に担当し、「枠物語研究」というテーマのもとで、ボッカッチョ『デカメロン』、ヴィーラント『王子ビリビンカー物語』、ゲーテ『メールヒェン』、フケー『皇帝ユリアヌスと騎士たちの物語』、シュトルム『みずうみ』、小川洋子『人質の朗読会』を扱いました。コロナ禍ということを私なりに意識してのことです。

授業中に述べたことですが、「物語の中の物語」からなる枠物語は、世界文学の古典的な文学形式であるばかりではなく、近代において創作メールヒェンというジャンルの成立を促し、現代において本来「語り」が有する癒しの力を甦らす文学形式のように思えます。

私自身が心底面白いと思って話していると、学生がよく話を聞いてくれて、読み応えのあるレポートも随分と出てきました。講義は私自身の「パトス」を最も写し出す鏡かもしれない、そんなことをコロナ禍で考えました。以下、最終回に行ったレスポンスペーパ―に対するコメントです。学生が書いた興味深いご意見や感想を載せました。

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これから先、レポートを書く機会がたくさんあると思うので、授業内で教えてくださった「レポートにおける7つの竹刀」を十分に活用していきたいと思う。(農学部) → そうです、しっかりと「竹刀」で稽古を積んでください。専門分野で、そして社会で、「木刀」もしくは「真剣」で勝負をするとき、必ず役に立ちます。

先生がとても楽しそうに独文学について述べていたのが印象的です。先生が自分の学問について楽しそうに語っている姿は講義を受ける側としても気持ちいいものでこちらとしても楽しかったです。(医学部); 小黒先生はいつも生き生きと楽しそうに授業をしてくださっており、毎回の授業がとても楽しみでした。(農学部) → 私にとってドイツの文学や文化や思想は、もはや「関心」という言葉で言い表せません。それなりにドイツ語と付き合ってきたので、いつしか私は「変身」してしまったような気がします。皆さんの中にも「inter-esse」というべき何かがあるからでしょうか、ある種の共振によって、私は「とても楽しそうに」話せた気がします。 

今日の最後の方におっしゃっていた、経験の中に文学を見つけるということはとても素晴らしい話だなと思ったので私なりにそのような意識を持って生活していきたいです。素敵な講義をありがとうございました。(教育部) → そうです、多くの方がうまく表現できないだけで、誰もが「文学」を持っているのではないでしょうか。

先生はいつも楽しそうにドイツ文学についてお話していらっしゃったので、講義を受ける私もとても楽しかったです。普段全く本を読まないので、ドイツ文学とはどのようなものか全く知りませんでしたが、講義を通して、表現豊かで人間性の溢れる素晴らしい文学であることを知りました。(医学部) → 20世紀オーストリアの思想家ルードルフ・カスナーによれば、対象に入り込むことで、人は「変身」するようです。

ドイツ文学を中心としていますが、小黒先生はその他の分野にも精通されていて、自然と見識が深まる授業でした。先生が紹介された本全ては読めていませんが、夏休み時間のある時に読もうと思っています。(文学部) → 「こんなことも知らずに恥ずかしい」と追う羞恥心こそが教養の源だと私は思っています。

これまで様々なドイツ文学に触れてきて、作品の中で多様に枠物語が用いられていることを学ぶことができました。作品をただ読むのではなく“授業として学ぶ”楽しさを知ることができました。(文学部) → 授業中に大谷翔平や孔子の話をしましたね。

この講義では様々な文学作品について学んだ。レポートにも題材にしたので、一番、王子ビリビンカー物語が印象に残っている。言葉の力の凄さや言霊について改めて考え直すことができた。(医学部) → 『王子ビリビンカー物語』にはまさに言霊が宿るメールヒェンですね。

私がこの授業を受けて一番印象に残っていることはやはり小黒先生のトーク力です。90分間もの長い時間の間、ずっと内容の濃い話をし続けていられるのに自分にはないものを感じました。(工学部) → 毎回、まったく用意していないことを話していることが多く、私自身、不思議に思っています。私自身の経験の乏しさを考えると、おそらく豊穣な対象が私に語らせていたのではないでしょうか。

私は、オンラインでの授業が多かったことで先生の評判であった雑談をあまり聞けなかったのではないかと残念に思っています。(工学部) → 皆さんを前にして話すのと、PC を前にして一人で話すのとでは、やはり私自身の意識もかなり違うようです。オンライン授業ではどうも「真面目」になってしまい、申し訳なく思っています。

この講義を通して、枠物語の形式や内容といったものについて触れることができて新たな知見を得られたと感じました。また、今日の講義に際しまして、文学作品を読むだけが文学ではなく、そこから自らの「文学」を形づけていくという点に深く感銘いたしました。(文学部) → 私は学部生のときに W. イーザーの『行為としての読書』を読み、その影響を受けたことを思い出しました。

私は、4月にあった文学部の説明会で小黒先生が話されているのを見て、先生の話し方やユーモアに惹かれ、この講義を受講しようと決めました。いざ受講してみると、ドイツ文学は今まで読み慣れてきた日本文学とは雰囲気の異なるもので理解に苦労することもありましたが、小黒先生の解説にも助けられ、半年前よりも価値観やものの見方が広がったように思います。特に今日の講義での「自分の中にある文学に気づく」という言葉に心を動かされました。(文学部) → 私自身、今回こそは「真面目」に話そうと思って臨んだ文学部説明会でしたが、あの時もついつい脱線してしまいました。 

これまでの授業を通して、さまざまな作品について解説していただいたのでそれらを知ることができ、とてもよかったです。今回の授業では、デカメロンと対になるような「生と死」の枠物語『人質の朗読会』を教えていただきました。枠の中の物語にもどこか死の緊迫感というものが感じられ、読んでみたいようで読みたくないような気持ちです。これまで教えていただいた作品をいつかすべて読んでみたいです。(農学部); 今日の講義での先生の「はきりアリ」の話はとても心に残るものでした。枠物語の中の語り手だけでなく、自分での読みを我々に語る先生が語り手となると言うふうに語り継がれていく形こそが枠物語であり、その「癒し」の形なのだと思いました。(農学部) → 私にとっても『人質の朗読会』の回は、作品そのものが実に素晴らしいので、会心の授業でした。

ハキリアリが列をなして、自分の体より大きな葉を運ぶ様が、人間は誰も等しく同じ死へと向かって運命を背負って進んでいる様に見えるというのが、高校の倫理で出てきた「死への存在」の最も優れた例のように思えた。(文学部)→ たまたま考察対象にした『人質の朗読会』でしたが、予想以上に素晴らしく、当方、小川洋子の作品をその後も読み続けています。

オンラインで受けていた時、先生が突然、木綿のハンカチーフを歌い出したのが印象的でした。(農学部)→ あれはシュトルム『みずうみ』の回でしたね。本当にお恥ずかしく思っています。授業中にも言いましたが、授業の前日、家族が見ていたテレビの歌謡番組で、橋本愛が『木綿のハンカチーフ』を歌うシーンがありました。太田裕美とは全く違う歌い方に最初は違和感があったのですが、聞いているうちに、その抑制の効いた歌い方にすっかり魅了されてしまったようです。あれは憑依だったのでしょうか、講義中であることをついつい忘れて……

今日の授業は私にとって少々つらいものがありました。高校2年生の冬に親友が自殺して、まだ立ち直れていないからです。いずれ人質たちのように自分の物語として語れる日がくるといいなと思います。(法学部) → 世界の名著と呼ばれる文学の大半は、戦争や疫病によって多くの人が死んだ後に立ち上ってきました。その意味で、「枠物語」が世界文学の古典的形式であることには、深い意味がありますね。

15回にわたる授業、大変お疲れさまでした。この授業では、小黒先生自身の経験を踏まえて生徒から出るあらゆる質問に答えてくださったり、文学にあまり興味がないひとや今まで触れてこなかった人にも理解しやすいような講義をしてくださったりという印象が強いです。私自身外国に行った経験がない一方で外国に行くことに大変興味を持っているため、ドイツでの豊富な経験を聞くことができたというのが得たこととして一番に頭に浮かびます。いくつもの文学にかかわるお話はもちろんのこと、それ以外の話も楽しく聞くことができてすごく満足しています。ありがとうございました。(共創学部) → 実は、今朝、ドイツ留学中の友人に九州大学の授業で再会する夢を見ました。勿論、ドイツ語で話しています。院生時代に住んでいたアパートの住所はとっくに忘れてしまいましたが、留学時代に住んでいた学生寮の住所を今でも言えます。不思議ですね。私は今でも「留学中」なのかもしれません。

私は先生の授業を通して、先生のドイツ文学に対する情熱が伝わってきました。もともと、文学、言語学の授業はほんとに退屈なものだと思っていましたが、そんなことはなく、ひきこまれるような授業でした。いい経験になりました。ありがとございました!(工学部) → 言葉をめぐる研究の醍醐味をお伝えすることができ、嬉しく思っています。

レポートを書いている際にデカメロンを読んだのですが、一つ一つの小話が一見関係のないように見えて実は関連性があって、さらに当時のペストとルネサンスという状況から影響を受けて、登場人物の思想や物語の話が語られることもあり、とても面白い作品でした。(文学部) → 私にとって今回の講義の最大の収穫は、ここだけの話ですが、以前挫折した『デカメロン』を最後までしっかりと読み通したことです。この作品が世界の名著の一つであることが実によく分かりました。

小黒教授の授業は私にとって新たな喜びを多く与えてくださいました。私は幼少期から本と共に生きてきて、一人で言葉について思考することが多く、それを語り合える仲間が欲しくて九大文学部に進学しました。言葉は誰でも使うことができ、使い捨てられているように感じます。それを飴細工のように精巧に使う物語が大好きなのですが、それを共有する仲間がおらず、これまで私は一人で小さな部屋にこもり言葉と遊んでいました。そこに窓を作り、新たな世界を見せてくださったように思えます。言葉足らずでうまく感動を表すことができないのですが、とても感謝しております。将来稼げないのではという理由で文字で食べていくのを諦めていたのですが、手放した熱意をこの授業で再び手にすることができました。(文学部) → とても嬉しいお言葉です。私自身、このレスポンスペーパーへの回答もそうですが、皆さんの言葉を通じて何かに目覚めることがあります。心のこもった言葉、ありがとう。

私は本を読むことが好きですが、他の人と内容の解釈について共有しあったことはなかったので、授業で小黒先生の考えに触れることはとても楽しく、改めて文学部で文学を学ぶことのおもしろさを感じることができました。自分も早く2年生になって文学の研究をやりたいなと、今とてもワクワクしています。ありがとうございました。(文学部) → 私も何かの機会にまた皆さんにお会いできることを楽しみにしています。

全十五回の授業を通じて私が考えた、感じたこととしてまず挙げさせていただきたいのは、先生の熱量です。前期、様々な先生の授業を受けてきましたが、オンライン上でただ手元の文章を淡々と読み上げるだけ、という残念な講義もありました。そんな中、小黒先生は対面・オンライン関係なく、ご自身の経験を交えながらエネルギッシュに各作品の解説をしてくださいました。中でも最初の数回の授業で、写真も見せながら教えて頂いたドイツ、オーストリアのお話は鮮明に覚えています。これからも記憶の中に残り続け、決して忘れることはないと思います。COVID-19の感染が終息した暁には、紹介されたものを私自身の目でも見てみたいです。もちろん、授業の核心である各作品への考察も強く印象に残っており、今までの私は物語のストーリーを理解しただけで満足してしまっていましたが、その物語の背景にもしっかり考えを巡らせつつ鑑賞しようと心掛けるようになりました。前期の4か月間、ありがとうございました。(文学部) → 過分のお言葉、有り難うございました。実は、当方、かなりのコンピュータ音痴、オンライン授業にも慣れないことに慣れたとしか言えません。それだけに皆さんにご迷惑をかけないように心がけました。 

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以下の写真は、講義を行った部屋の廊下から見える山並みです。浮岳でしょうか。以前、何度か登ったことがあります。(小黒康正)

2021.08.23
科 研 科学研究費補助金 基盤研究 B(小黒康正)

 科研費基盤研究(B )が新たに採択されましたので、今後5年間にわたり、以下の研究プロジェクトを推進して行きます。

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【研究の概要】

・ 種別     科学研究費補助金 基盤研究(B)
・ 研究費    1090万円
・ 研究期間   2021-2025年度
・ 研究課題   近現代ドイツの文学・思想における「第三の国」—成立・展開・変容—
・ 研究代表者   小黒康正(九州大学、教授)
・ 研究分担者   武田利勝(九州大学、准教授)
・ 研究分担者   今井宏昌(九州大学、講師)
・ 研究分担者   吉田治代(立教大学、教授)
・ 研究分担者   Marcus Conrad(名古屋大学、准教授)
・ 国内研究協力者 Urlich Beil(九州大学、教授)
・ 国内研究協力者 Claudia Beil(九州大学、非常勤講師)
・ 国内研究協力者 小野二葉(筑波大学、非常勤講師)
・ 海外研究協力者 Wolfgang Braungart(ビーレフェルト大学、教授)


 12世紀イタリアで生じた歴史を三分割する「第三の国」という思想が、ナチスの語彙とは異なる意味で用いられ、第一次世界大戦時までのヨーロッパやロシア、それに日本に多大な影響を与えたことは、日本は言うに及ばず、ドイツでも、いまだ学術的に究明されていない。

 本研究では、本来、前近代的な宗教思想であった「第三の国」Das dritte Reich が ① 近代的な社会思想として啓蒙主義期にいかに成立したか、② 19世紀後半から第一次世界大戦期にかけていかに国際的に展開したか、 ③ その後「第三帝国」Das Dritte Reich というナチスの思想へといかに変容したか、以上の三つの問いをめぐって5年間の共同研究を、ドイツ側の協力を得て行う。

 「第三帝国」以前の「第三の国」を初めて本格的に検討する本研究は、未開拓領域の全容を明るみにすることで、文学や思想などの関連分野に新たな学術貢献を国際的にもたらす。

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2021.08.10
寄 贈 トーマス・ベルンハルト『ある子供』(今井敦)

 現代オーストリア文学を代表する作家トーマス・ベルンハルト(1931-1989)は、今オーストリアで最も愛読されている作家である。しかし、生前は誰よりもオーストリアとの間にスキャンダルを巻き起こし、社会全体を騒擾の渦に巻き込んた作家でもあった。

 作家が小説『凍え』(1963)で国家賞を得たとき、同国人を「断末魔の被造物」と罵る。劇『英雄広場』(1988)に登場する人物によれば、オーストリアは「あの頃と寸分たがわぬナチの国」にすぎない。遺言では、国内での自作の上演も印刷も一切禁じた。

 そんな作家が有する否定の精神はどこから生じたのであろうか。こうした問いへの答えを、作家は自伝五部作にて我々に示唆する。中でも五部作中で最後に書かれながら、最初に位置づけられる『ある子供』(1982)こそ、「否定」の出自を最も饒舌に語る。

 母親は私生児として生まれた少年を牛革の鞭で折檻し、挙げ句の果てには、容赦のない罵りで少年の心を深く突き刺す。「お前みたいな子が生まれるなんて!」「お前がいるから不幸なのよ、私は。」「よくも私の人生を台無しにしてくれたわね!」

 家庭の悲劇はとかく「父の不在」に基づく。母親は「私」を罵りながら、彼女を捨てた昔の恋人を罵っていたのである。家族から黙殺され、否それどころか、存在そのものを抹消された「父の不在」こそ、ベルンハルト文学における否定の腐植土であった。

 もっとも『ある子供』を出色の自伝たらしめるのは「父の不在」ばかりではない。少年の唯一の理解者であった「祖父の存在」が極めて大きい。無名の作家であった母方の祖父は、ありとあるゆるものを罵倒する孤高の偏屈である。但し言葉は単なる罵詈ではない。

 「半端な教養人は、時間がたって酸っぱくなったお粥ばかりを食卓に出してくる。」「いつでも、好きなときに自分の命を絶つこと、これこそ人間の一番大切な財産なのだ。」「学校そのものが子供の殺戮者だ。」「警官と教師は悪臭を地上に拡散させている。」

 「並外れたもの、常軌を逸したものを愛し、対極的なもの、革命的なものを愛した」祖父にとって、「カトリックは極めて低俗な大衆運動にほかならなかった。」「学校とは愚鈍と非精神の工場である。」いずれの言説も後にベルンハルトの否定精神を培う。

 少年が繰り返しみた夢のヴィジョンも、実に興味深い。機関車が谷底に落ち、鉄道橋が崩壊する光景だ。それは、表現主義詩集『人類の薄明』冒頭にあるホディスの詩「世界の終末」とも、『ある子供』が後半に描くナチスによるオーストリア併合とも重なる。

 少年にとって「大きな怪物」だった鉄道橋を崩壊させる万策を教えた祖父が言う、「わしは頭の中では毎日あらゆるものを壊しているぞ」と。ベルンハルトの『ある子供』(今井敦訳、松籟社、2016年)は、自らの精神的出自を語るなんと恐ろしい「自伝」ではないか。(小黒康正)

2021.08.05
案 内 西日本日独協会特別企画第3弾(田口、須藤、小黒)

皆さま

西日本日独協会特別企画第3弾のご案内です。これまで第1弾では「チーム〈ドイツ〉の最前線」ついて、第2弾では「近現代ドイツにおける〈女性〉」について話題を提供してきました。

今回は、下記のとおり、近代ドイツの「フォルク」Volk をさまざまな観点から検討したいと思います。部分参加でも構いません。皆さまからの多数のお申し込みを、お待ちしています。

なお、本企画の対象者は、 「西日本日独協会会員」ならびに「ドイツ語講座受講者」の皆さまです。第3弾の参加希望者は、協会事務局(info[アットマーク]jdg-nishinihon.org)にメールにてお申し込みください。

なお、上記以外の方で、ぜひ参加をしたいという方がおられましたら、企画委員長の当方(oguro[アットマーク]lit.kyushu-u.ac.jp)にメールにてご相談ください。

西日本日独協会企画委員長 小黒康正



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参加資格 :
「西日本日独協会会員」ならびに「ドイツ語講座受講者」の皆さま

申 込 先:
協会事務局(info[アットマーク]jdg-nishinihon.org)にメールにてお申し込みください。

申込締切日:
7月7日(水)

視 聴 先:
Zoomを用いて行いますので、申込者にURLとパスワードをお伝えします。

プログラム: 
■ 第6回講義 7月10日(土)17時から18時まで
田口武史(福岡大学):18世紀ドイツの「オリンピック」
ご存じのとおり、近代オリンピックは19世紀末フランスのクーベルタン男爵の構想に端を発しますが、実はそれより100年前のドイツにもその萌芽がありました。啓蒙主義期のドイツにおいて、いち早く体育の価値を再発見した人物、グーツムーツ(GutsMuths)の業績を紹介しながら、オリンピックとスポーツを巡る目下の大騒動を考えてみます。

■ 第7回講義 7月24日(土)17時から18時まで
須藤秀平(福岡大学):ドイツ人のアイデンティティと「国民」の文学
「ドイツ」と一口に言っても、歴史的にはその国境は何度も変わってきました。その中で「ドイツ人」とは一体誰を指すのでしょうか。ドイツ語で語られたドイツ人のイメージや理想について、近代以降の文学とからめて紹介し、「ドイツ人」ひいては「国民」という考え方がどのように作られ、広まっていったのかを考えます。

■ 第8回講義 8月7日(土)17時から18時まで
小黒康正(九州大学):民衆メールヒェンと創作メールヒェン
メールヒェンとは何か。それはヤヌスの相貌をもつ「小さな物語」です。一方に無名の民衆によって伝承される「民衆メールヒェン」があり、他方で特定の作者によって創作される「創作メールヒェン」があるからです。その二面性を、世界初の創作メールヒェンであるヴィーラント『王子ビリビンカー物語』(1764年)に基づいてお話しします。
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参考ファイル:西日本日独協会特別企画(3).pdf
2021.07.23
寄 贈 『近代日本文学史記述の……』(馬場大介)

 当方は、今学期、週に三つの講義を担当しています。九州大学基幹教育文系ディシプリン、九州大学文学部ドイツ文学講義、西南学院大学講義西洋文学、以上の講義で、当方、著者の馬場大介氏からいただいた『近代日本文学史記述のハイブリッドな一起源 カール・フローレンツ『日本文学史』における日独の学術文化接触』(三元社、2020年)を紹介しました。同書の目次は下記のとおりです。

序 論
第一章 カール・フローレンツの周辺
 第一節 日本とドイツにおける足跡
 第二節 日本人の協力による日本文学研究
 第三節 明治時代の日本文学史記述
第二章 『日本文学史』の記述
 第一節 整合性を欠いた論点
 第二節 アナロギーの視点
 第三節 文明的進歩から文化的推移へ
 第四節 三種類の時代区分
 第五節 古代から七九四年まで
 第六節 平安時代
 第七節 鎌倉・室町時代
 第八節 徳川時代
 第九節 明治時代
第三章 日独の学術文化
 第一節 ドイツ・ゲルマニスティク
 第二節 東洋言語研究
 第三節 明治時代の国学 
第四章 結 論

 実は、当方、2003年度の後期に上村直己先生が九州大学に提出した博士論文「明治期ドイツ語学者の研究」(2001年に多賀出版から同名の著書が出る)を副査として論文審査を担当した経験があります。そして2007年度後期と2009年度後期に開講された人文学科共通科目「人文学 II:近代日本の人文学」の責任者としてまとめ役の大役を果たしました。あの当時、当方が書いた授業概要は以下のとおりです。

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「人文学 II:近代日本の人文学」
授業概要
「近代日本の人文学」には独特の「ねじれ」がある。例えば、近代日本文学に対して、国文学はことさら離れ、西洋文学はことさら近づく。「内」と一端断絶した諸学の中で、国語学は「外」を経由することで、美学は「外」からの発見で、「内」の探求を始める。中国哲学は「外」の構築を新たに迫られ、西洋哲学は「内」の構築を新たに目指す。本講義は近代日本における人文学の成立と展開を個別的に論じるのではなく、多様な「ねじれ」を網羅的かつ相互比較的に繙くことで、「近代日本の人文学」に関する新たな研究をめざす。
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 当時の当方の関心は、「近代日本の人文学」における独特の「ねじれ」にありました。これに対して馬場氏のご関心は、日本のドイツ文学とドイツの日本学のそれぞれの萌芽期における学術的な混淆、つまり「ハイブリッドな一起源」であります。それだけに馬場氏の著作から多くを学ぶことができました。今、私たちがおかれているドイツ語学文学研究の、そして人文学の立ち位置をしっかりと見極めるために、私は馬場氏の著作をお薦めします。(小黒康正)

(写真は旧九州大学箱崎キャンパス、小黒撮影)

2021.07.23
資 料 「近代日本の人文学」

 当方、平成19年度後期と平成21年度後期に開講された人文学科共通科目「人文学 II:近代日本の人文学」のために導入文を書いたことを思い出しました。その拙文をたまたま見つけましたので、以下に示しておきます。ご笑覧ください。(小黒康正)

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 近代日本文学における「ねじれ」 

 小黒康正(独文学)

 ゲーテの箴言「外国語を知らない者には自国語は分らない」Wer fremde Sprachen nicht kennt, weiß nichts von seiner eigenen. は、我々をアイデンティティをめぐる思索へと誘う。自国語を理解するのになぜ外国語が、それもなぜ複数の外国語が必要なのであろうか。この問いを突き詰めるならば、自国を理解するのになぜ外国が必要なのか、更に、自己を理解するのになぜ他者が必要なのか、と問うことができよう。そして他者を通じての自己理解という問題を通じて、我々は日本文化におけるある種の「ねじれ」に気づく。かつて「大和心」が「漢心」という他者の意識を前提に存在し続けたように、明治以降の日本においても「伝統」がしばしば「西洋近代」という他者の意識に依拠している。

 異文化受容においては一般に「ねじれ」は二つあり、第一に受容内容がねじれる場合と、第二に受容者自体がねじれる場合がある。ここで問題となるのは第二の「ねじれ」であり、中でも、日本人が他者の視角を受け入れながらも、それを何時しかあまりにも自明のものとしてしまう状況である。例えば、通常の文学史的記述である「和歌に詠まれた自然」ということばに接したとき、「西洋近代」という他者の視角をどれだけの日本人が敢えて自覚するであろうか。もし西洋的要素を排して「和歌に詠まれた花鳥風月」と言い換えるならば、今度は「和歌」に対する「漢詩」(白楽天)の影響がそこに入り込み、事態は一層複雑になる。日本文化の核にはこのような独特の「ねじれ」の集積があるだけに、ゲーテの箴言は我々をアイデンティティをめぐる思索へと誘うのである。
 
 西洋近代との遭遇を契機とする新たな「ねじれ」の痕跡は、思想、法律、教育、経済などさまざまな分野に看取できるが、特に文学において顕著である。文学が人間の思考・意識・感性等とより直接的に関与する分野であるだけに、そして更には、「漢文学」であれ、「国文学」であれ、文字を媒介とする芸術体系としての「文学」が西洋近代との遭遇を経て成立した概念であるだけに、文学における「ねじれ」の度合いは極めて複雑である。特に「近代日本文学」の場合、「西洋近代」が日本人の内部に深く侵入したとき起きたさまざまの屈折した現象を書き留めているだけに、そこに第二の「ねじれ」の最も純粋な結晶化が見られる。

 明治十年代には西洋への強い関心から翻訳小説が盛んになり、その後、坪内逍遥や二葉亭四迷らを通じて紹介された西洋文学が、日本文学に大きな影響をもたらした経緯は、多くの文学史に示されている。このような日本文学の西洋化、更には社会全体の西洋化に対する反動も近代日本文学には顕著であったが、ことは単純ではない。なぜならば西洋ならびに西洋文学の受容に関して、近代日本文学の内には「ねじれ」をめぐる複雑な経緯があり、西洋か伝統かと白黒をつけると、ことの本質を見誤る場合が少なくないからである。

 例えば、耽美派の源流と目される泉鏡花の場合、西洋的近代化に叛旗を翻すかのように伝統に深く根ざした神秘幻想の異界にこだわり、また西洋思想の影響を受けた明治の女性「改良」論に抗して敢えて芸娼妓の世界にこだわり続けたが、必ずしも一方的に西洋を排除したわけではない。例えば、1907年に独文学者の登張竹風と行った鏡花唯一の翻訳『沈鐘』と鏡花戯曲の嚆矢『夜叉ケ池』との密接な関係を検討してみればよい。G. ハウプトマンの原作Die versunkene Glocke と『夜叉ケ池』とでは、ともに異界・水・聖の系列と人間界・陸・俗の系列との二元的対立において共通し、前者の系列の代表者としてハウプトマンの場合は牧師・理髪師・校長が登場し、鏡花の場合は神官・村長・小学校教師が登場する。鏡花はその後、独自の日本的美の世界を構築したが、その出発点にある西洋文学受容は見逃すことができない。

 また、西洋文明との決別の度合いでも、また伝統回帰の度合いでも他の追随を許さない谷崎潤一郎の場合も、その出発点に西洋文学受容がある。例えば、谷崎がポオ、ワイルド、ボードレールから学んだ唯美主義は、『人魚の嘆き』(1917)において具象化される。「人魚には、欧羅巴人の理想とするすべての崇高と、すべての端麗とが具体化されているのです」と作中のオランダ人が述べるように、谷崎の人魚はまさに理想としての西洋的美を体現する。そしてこの作品からは谷崎が有する西洋の女性への深い憧憬ばかりではなく、西洋文学への深い造詣も垣間見ることができる。泉鏡花にしても谷崎潤一郎にしても、程度の差こそあれ、独自の日本的美の世界を構築する前に西洋をいわば経験したことは、興味深い。とはいえ彼らにとっての「西洋」は必ずしも複雑でない。なぜならば、二人の唯美主義者の場合、西洋のことばにそれなりに通じていたにもかかわらず、「西洋」はいわば血肉とならず、それだけに西洋は外なる他者として相対化されやすく、その相対化のもとで西洋は比較的排除されやすかったからである。

 しかしながら、内なる他者としての西洋と対峙する場合、ことは複雑になる。近代日本文学の黎明期に大きな役割を果たした作家には、卓越した語学能力を駆使して西洋文学ならびに西洋そのものと直接対峙した者たちが多い。例えば、英語では坪内逍遥や夏目漱石、ロシア語では二葉亭四迷、ドイツ語では森鴎外、フランス語では永井荷風がそれぞれ挙げられよう。ここで看過してはならないことは、彼らが対峙したのは西洋ばかりではなく、日本の伝統文化でもあり、日本の古典文学でもあり、江戸文学でもあった。また、芸術ならびに思想の領域でも、岡倉天心、九鬼周造、和辻哲郎のように、卓越した語学能力によって西洋を諦観しながら、同時に日本のアイデンティティを問い、「伝統」をいわば発見するに至った者が少なくない。西洋のいずれかのことばを自らの血肉としながら、西洋を外なる他者としてではなく、内なる他者として対峙した者ほど、各人各様に自らのアイデンティティを峻烈に模索する。彼らの歩みにはいわば「屈折の法則」とも称すべき現象があり、西洋的「知」を究め尽くした者ほど、日本的伝統へ回帰の度合いは深い。そこにはアイデンティティをめぐる「ねじれ」、すなわち他者を通じての自己理解が存する。

 とはいえ、ことばを通じての西洋との直接的対峙は、必ずしもすべての近代日本文学の作家を特徴づけるには至らない。事実、鴎外、漱石、荷風などが行ったような峻烈な葛藤は、大正、昭和、平成と時代が下るにつれて概ね次第に薄れてしまった感がある。しかし、先達の葛藤は決して意味を失ったわけでも、また消滅したわけでもなく、形式を変え、視点を変え、今日まで連綿と生き続けている。そこで着目すべきは、近代日本文学の評論活動であろう。なぜならばそこに近代日本文学の、そして近代日本そのものの「ねじれ」が顕著に残るからである。例えば、仏文学系の小林秀雄、中村光夫、桑原武夫、独文学系の高橋義孝、福田宏年、川村二郎、英文学系の福田恆存、伊藤整、中野好夫、佐伯彰一、篠田一士など、彼らはいずれも西洋のことばを通じて西洋文学とそして更には西洋近代と直接対峙した者たちであり、他者との格闘を経て、まなざしを自国の文学に向けた者たちである。言を俟たないが、国文学出身の近代日本文学評論家、例えば山本健吉、岡崎義惠、前田愛などの活躍も見逃せない。しかしながら、近代日本文学評論においては、総じて西洋文学系の評論家の方がより大きな役割を果たしたといっても必ずしも過言ではなく、実際に知名度も高い。

 このような特殊事情は世界の、少なくとも西洋の近代文学批評をめぐる状況とは明らかに異なる。例えば、ドイツにおける独文学、つまり自国語文学の研究において、仏文学者や英文学者などの他国語文学の研究者が独文学者よりもより多くの活躍の場を与えられているという状況は決してありえず、やはり我々は近代日本文学の「ねじれ」から目をそらすことはできない。それ故、近代日本文学評論、いやそれどころか近代日本文学そのものの核心をつくために、ゲーテのエピグラムをいささか挑発的に言い換え、今回の連続講義の導入的なエピグラフとしたい。すなわち「西洋文学を知らない者には近代日本文学は分らない」のである。

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(写真は旧九州大学箱崎キャンパス、小黒撮影)

2021.07.21
研 究 『ドイツ文学』第162号(小黒、池田)

 日本独文学会の機関誌『ドイツ文学』の第162号には、当方の論文と池田奈央さん(後期博士課程在学中)の新刊紹介が掲載されています。

論文
小黒康正:「ドイツ的な世紀」の彼方 フケーとアイヒェンドルフにおける背教者ユリアヌス

新刊紹介
Misia Sophia Doms / Peter Klingel: „Was ist der Mensch und was kann aus ihm werden?“. Zur Kritik an rationalistischen Utopien und Erziehungskonzepten in E.T.A. Hoffmanns „Nußknacker und Mausekönig“ (池田奈央) 

[九州大学伊都キャンパス・イーストゾーン、小黒撮影]

2021.07.18
記 事 「〈アレキサンドリア時代〉のTh. マン」(小黒康正)

 日本におけるトーマス・マン受容を私なりに平易にまとめてみました。特に、三島由起夫、辻邦生、村上春樹におけるマン受容について、言及しています。村上春樹研究においてこれまで知られていなかった事ですが、『ノルウェイの森』がいかにマンの『魔の山』を下敷きにしていたかを、具体的に指摘しました。加えて、日本における最新のマン受容として、平野啓一郎についても言及しております。本寄稿は、學士會の依頼で、『學士會会報』(No.916、2016-1)に投稿したものです。(小黒康正)

参考ファイル:學士會報「トーマス・マン」2016.pdf
2021.07.12
人 事 拓殖大学人文科学研究所長(田野武夫)

 拓殖大学政経学部教授の田野武夫氏から一報が届きました。今年の4月より拓殖大学人文科学研究所の所長として重責を担っているとのことです。コロナ渦で難しい舵取りをしなければならないと思いますが、玄界灘の地からご活躍を祈念しております。

 ちなみに同氏の所長挨拶(https://www.takushoku-u.ac.jp/summary/laboratory/humanities.html)を早速読みました。とても説得力のある内容ではないでしょうか。私なりに九大独文の精神を読み取りました。(小黒康正)

[写真はありし日の九州大学箱崎キャンパスにて撮影]

2021.07.11
人 事 日本独文学会理事(大野、嶋崎、小黒)

 日本独文学会の理事として、2019年6月8日から2年間、以下の3名がそれぞれ重責を担いました。いずれも九大独文の池田紘一先生のもとでほぼ同時期に研鑽を積んだ者たちです。

・嶋﨑 啓(会計) Satoru Shimazaki (Finanzen)
・大野寿子(研究叢書)Hisako Ono (JGG-Studienreihe)
・小黒康正(機関誌)Yasumasa Oguro (Herausgabe der Zeitschrift)



 

2021.07.09
授 業 福岡県立城南高等学校(小黒康正)

 令和3年7月8日(木)に福岡県立城南高等学校にて「高大ジョイントセミナー」に参加し、九州大学文学部の紹介を兼ねて、模擬授業「九州大学文学部の「チーム〈ドイツ〉」を行いました。

 講義時間として80分、質疑応答に20分、合計100分間も用意されており、私がこれまで行なった「出前授業」でも最も長い時間だと思います。城南高等学校の熱心な進路指導を感じました。

 出席した生徒さんは約60名だったと思います。質疑応答では、皆さんが私の話をよく聞いてくれたからでしょうか、「研究動機」「東西ドイツの違い」「自分の殻」についてなど、6名ほどの生徒さんが実に良い質問をしてくれました。

 それにお答えするべく、「旧東独の知られざる一面」「好きなものリスト」「合気道とマット運動」「私の研究と大谷翔平ならびに孔子」など、色々なお話ができたと思っています。参考になったかどうかは分かりませんが……

 なお、以下は、城南高校側から送られてきた生徒さんたちの感想の一部です。私としては、私がこれまで行なった「出前授業」で最も手応えがあったように思えます。担当の先生からの連絡では、実際にドイツに興味を持った生徒もいるようで、私にとって嬉しい一報でした!

 「今まで抱いていた文学部に対するイメージが、いかに表面的なものであったかがわかりました。」
 「文学部と一口に言っても、多種多様な学びが可能なんだとわかりました。」
 「もう一度自分の進路について考えてみようと思っています。」


[写真は九州大学の学食「Big Sky」のテラスにて撮影]

2021.07.07
寄 贈 『カフカの長編小説』(村上浩明)

 1ヶ月ほど前でしょうか、林嵜伸二・ 村上浩明編著『カフカの長編小説 『失踪者』『訴訟』『城』を読む』(オンデマンド出版、2021年)を郵便にて村上氏からいただきました。11人の執筆陣からなるこのカフカ論集は、西日本に拠点を置くカフカ研究会の研究成果です。

 同会は、カフカの生前出版作品を中心に研究を進め、これまで三部作『カフカ初期作品論集』(2008年)、『カフカ中期作品論集』(2011年)、『カフカ後期作品論集』(2016年)を上梓してきました。(『カフカ後期作品論集』は、この欄の「2016.04.26」でも紹介しております。)

 もっとも、遺稿である三長編の『失踪者』『訴訟』『城』は、研究者のみならず、一般読者にとっても極めて重要な作品なので、三部作を補完する研究成果として、今回の論集が企画されたということです。以下、同書の目次と論文名を示します。括弧内は論文執筆者名です。
 
第1部 『失踪者』 
  1:多層構造の文学世界(有村隆広)
  2:娼館としてのポランダー氏邸(佐々木博康)
  3:カフカとアメリカ先住民オヒエサ(林嵜伸二)
第2部 『訴訟』 
  4:描かれるのは個人か社会か(古川昌文)
  5:ユダヤ教徒像とユダヤ人問題(林嵜伸二)
  6:もうひとつの「最期」(上江憲治)
第3部 『城』 
  7:Kの戦い(村上浩明)
  8:バルナバス一家の挿話と1920年の作品群(小松紀子)
  9:枠物語として読む(木田綾子)
第4部 三長編 
 10:単一視点と複数視点(野口広明)
 11:名前をめぐって(下薗りさ)
 12:レトリックとしての「お見通し発言」(西嶋義憲)
 13:カフカ作品における対人配慮(Politeness)(西嶋義憲)

 なお、有村氏は九大名誉教授、村上氏は長崎外国語大学講師、下薗氏は駒澤大学准教授、木田氏は新居浜高専准教授で、私がよく知る方々です。同書は実に興味深い労作なので、当方が今学期担当している三つの講義(九大文学部、九大基幹教育、西南学院大学)で早速紹介いたしました。(小黒康正)

2021.07.01
寄 贈 『ルーン文字の起源』(河崎靖)

 7月3日から5日間、九大独文で集中講義を担当される京都大学教授の河崎靖先生から御著『ルーン文字の起源』(大学書林、2017年、104頁)のご寄贈がありました。同書は、ゲルマン語学研究の碩学による最新の研究成果であります。

 ルーン文字は紀元後2世紀にゲルマン語地域の古代北欧にて使われていました。ローマ帝国の発展と共にヨーロッパに普及したラテン文字を「中心」の文字としますと、ルーン文字はラテン文字の後塵に拝し続けた「周辺」の文字であります。

 しかし、同書は、あえて辺境の文字に着目することで、ゲルマン語圏の文字文化を見事に明らかにしております。その意味で、語学研究のみならず、ゲルマン語圏の文学研究ならびに文化史研究に重要な一石を投じたのです。(小黒康正)

2021.06.26
寄 贈 『人間ベートーヴェン』(石川栄作)

 過日、非常勤講師として西南学院大学で行った11回目の講義「西洋文学 A(1)」で、石川栄作先生からいただいた『人間ベートーヴェン 恋愛と病にみる不屈の精神』を学生たちに紹介しました。この授業では、「音楽神話」を扱っているので、まさに授業内容に相応しい本だと思います。以下、授業資料の当該箇所です。(小黒康正)

• 石川栄作著『人間ベートーヴェン 恋愛と病にみる不屈の精神』、平凡社新書、2021年。

• 寄贈者の石川先生は、九大独文出身者で、徳島大学名誉教授。2018年4月より放送大学徳島学習センター所長。

• 目次
 第一章 故郷ボンでの少年時代
 第二章 ウィーンでの音楽活動開始
 第三章 ハイリゲンシュタットの遺書
 第四章 「不滅の恋人」への手紙
 第五章 ベートーヴェンの『日記』
 第六章 『第九』の完成と演奏史
 終 章 「人間ベートーヴェン」の真髄

• 石川先生ご自身のお言葉によれば、「偏屈で、孤独な」音楽家ではなく、「生涯の友にも恵まれて」「人間精神の解放と善な人間形成を目標に掲げた」ヒューマニストとしての新しいベートーヴェン像を示す著作。

2021.06.22
研 究 「第112回トーマス・マン研究会」(7月23日)

第112回トーマス・マン研究会のご案内

日 時: 2017年7月23日(日)14 時半から

場 所: 九州大学文学部独文学研究室
     箱崎キャンパス、文学部4階、092-642-2407

     アクセスマップ:
     http://www2.lit.kyushu-u.ac.jp/access/

発表1: 別府陽子(大阪大学大学院)
     『ブッデンブローク家の人々』
     ―『悲劇の誕生』のパロディとして

発表2: 中島邦雄(水産大学校)
     水産学部学生によるシュトルムの詩「町」の受容
     ―水産をテーマとした他の5編の詩との比較に基づいて

懇親会: 場所未定(研究会後に会場周辺で行う予定)

出 欠: 参加希望者は研究会ならびに懇親会の出欠を下記にてご一報ください。


 ======出欠票======

 お名前:

 研究会に(参加します・参加しません)

 懇親会に(参加します・参加しません)

 7月16日までにお知らせください。

 連絡先  oguro[at-mark]lit.kyushu-u.ac.jp
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その他:
①本会について
 本会は、平成元年に数名の若手マン研究者が、池田紘一氏(九州大学名誉教授)のもとに参集、その後、年に4回のペースで、マンを中心に近現代ドイツ文学に関する研究活動を行っています。
②発表募集
 研究発表の募集は、会員以外の発表を含め、随時行っています。発表希望者は事務局まで早目にご相談ください。
③旅費補助
 本会は、遠隔地から参加する常勤職のない若手研究者に対して、旅費補助を行っています。併せて事務局までご相談ください。
④今後の開催予定
 第113回研究会 2017年10月 長崎外国語大学
 第114回研究会 2018年 1月 福岡大学
 第115回研究会 2018年 4月 九州大学(伊都)
 〔研究発表の希望者は早目にご一報ください〕


事務局: 〒812-8581 福岡市東区箱崎6-19-1
     九州大学大学院人文科学研究院 小黒康正 気付
     トーマス・マン研究会事務局
     E-mail: oguro[at-mark]lit.kyushu-u.ac.jp

2021.06.21
講 演 「平野啓一郎講演会」(7月15日)

昨年、九大独文科研プロジェクトの一環で、多和田葉子朗読会を行いましたが、今年は、同じく芥川賞作家である平野啓一郎氏をお招きして講演をしていただくことになりました。講演はトーマス・マンやエルンスト・ユンガーなどドイツ文学と深く関わる内容です。詳細は添付書類をご覧になってください。


           記

日 時:2017年7月15日(土)14:30~16:00(受付14:00~)

場 所:九州大学文学部会議室(箱崎キャンパス、文学部4階)
    (http://www2.lit.kyushu-u.ac.jp/access/、最寄りのバス停は九大北門)

題 目:破滅と希望(芥川賞作家による「災害ユートピア」をめぐる講演!)

講 師:平野啓一郎(作家)

入場料:無料(但し定員70名になり次第、受付終了。現在、すでに残席は半数以下ですので、早目にお申し込みください)

申込先:西日本日独協会(info@jdg-nishinihon.org)か企画者の小黒康正(oguro@lit.kyushu-u.ac.jp)

参考ファイル:平野啓一郎講演会.pdf
2021.06.20
寄 贈 『さまざまな一年』(西尾宇広)

私は多くの方々から本の寄贈を受ける機会が多い。いただいたドイツの文学や思想関係の本の中で特に興味深い文献に関しては、(1)まずはこのように九大独文ホームページで紹介し、(2)担当中の講義でも学生たちに紹介し、(3)九大附属図書館での学生推薦図書に指定すること、以上をお礼かねがね心がけている。

今回、ここで紹介するのは、4月末だったろうか、慶應義塾大学の西尾宇広先生からいただいた金志成編著『さまざまな一年 近現代ドイツ文学における暦の詩学』(松籟社、2021年)だ。紹介が遅くなったのは、実に興味深い本だったので、じっくりと読んでみたいと思ったからである。まずは、目次を示しておこう。

  序文(金志成)
  第1章 天上の旋律、地上の象徴——暦を巡る思考の冒険(香田芳樹)
  第2章 瞬間と円環——アネッテ・フォン・ドロステ=ヒュルスホフ『教会の一年』(西尾宇広)
  第3章 一回性と反復性——シュテファン・ゲオルゲ『魂の一年』(小野寺賢一)
  第4章 終わらない一年——フランツ・カフカ『訴訟』(川島隆)
  第5章 解体していく〈一年〉が形づくる理念——ローベルト・ムージル『特性のない男』(宮下みなみ)
  第6章 区切りの前の一年——インゲボルク・バッハマン「三十歳」(山本浩司)
  第7章 暦に響く倍音——ウーヴェ・ヨーンゾン『記念の日々』(金志成)
  第8章 「子午線」あるいは円環の詩学——パウル・ツェランにおける日付(関口裕昭)
  第9章 習慣としての記録——クリスタ・ヴォルフ『一年に一日』(松永美穂)
  あとがき(金志成)

文学にとって「年」という暦の単位はいかなる意味を持つのか。 金志成氏はそう問う。本書は「年」における一回性と反復性の弁証法的な関係を「暦の詩学」と称し、その意味を具体的な文学作品から読み取ることをめざす。その際、日本のゲルマニスティクを代表する現役の独文研究者たちが揃っていることが、凄い!

それだけに、どの章も実に読み応えがある。以下、気になる一文を私の備忘録とともに取り出してみた。以下にあげる箇所の他に見事な論述は多々あるが、あとは読み手が各自で「掘り出し物」を見つけるのが良い。ドイツ文学の名作とともにそんな読みが楽しめる秀逸な論集だと私は思う。

【第1章】われわれが日常的に耳にする「チクタク」という時計音は、目に見えない宇宙の大きな運動を旋律として具象化したものである。(香田芳樹)→ 私が以前訳したブレンターノ/ゲレス『時計職人ボークスの不思議な物語』における黙示録的描写の意味が改めて認識できた。

【第2章】『教会の一年』は(中略)同時代の「悪魔的速度」へのあからさまな対決姿勢によって貫かれている。(西尾宇広)→ ひとは死すべき存在としてクロノスの支配を受ける。しかも近代に至っては、「悪魔」の支配までも受けてしまう。それだけに、文学が忘却を伴う直線的な時間に抗い、我々に想起をもたらすことの意味は大きい。文学はアナ・クロニズムなのだ。

【第3章】『魂の一年』はまさに一連の「白鳥の歌」にほかならなかった。(小野寺賢一)→ ゲニウスは特定の土地と結びつくことでゲニウス・ロキとなりながら、いつしか翼を得ることでその土地を離れる精神ではないか。この章を読みながらそんなことを考えた。

【第4章】小説『訴訟』は、近代以降の「暦の詩学」が行き着くべくして行き着いた極北(川島隆)→ なぜヨーゼフ・K の年齢が三十に設定されているのだろうか。そう言えば、ゲーテ『ファウスト』の一節をエピグラフにしながら、「インゲボルク・バッハマンの『三十歳』—忘却からの復活—」(2002)ならびに「「三十歳」の神話」(2013)という文章をだいぶ前に書いたことがある。

【第5章】一見対立するように思われる自然科学と神秘主義は、『特性のない男』において相互排他的というよりも相互浸透的な関係を持っている。(宮下みなみ)→ ムージル文学の本質を明らかにするこの言葉は、「暦の詩学」における一回性と反復性のジンテーゼも射抜く。

【第6章】彼女は小説「三十歳」にあって、クロノトポスを逆転させたトポロクロノスな方法を編み出し、歴史の総体をそれにまつわる土地ともども一年という短い期間に詰め込んだのだと言えそうだ。(山本浩司)→ 同じようなことを七年間の時空で行ったのが、トーマス・マンだろうか。『魔の山』は二十三歳から三十歳までの間、「悪習の巣窟」にとどまる主人公ハンス・カストルプを描く。

【第7章】二つの記事は、一回性と反復性の弁証法という「一年の日々」の詩学を奇しくも体現している(金志成)→ 編者による第7章の論述では、本書全体の主題が繰り返し響く。それだけに、「日付」に響く倍音をピアノの鍵盤に喩えて説明する結びは、実に興味深い。

【第8章】日付には、生と死が分かちがたく内包されている。(関口裕昭)→ 関口氏によれば、ツェランの詩は「出会いの神秘」のなかで行われる「合言葉(シボレート)」だ。つまり、アナ・クロニズムとしての文学が行き着くべくして行き着いた「極北」ということか。

【第9章】ヴォルフは個人的に、四十年にわたって一年のなかのこの日を記録し続けた。(松永美穂)→ 松永氏はご自身の留学時代を思い出しながら、ヴォルフ『一年に一日』を論じる。それを読んだ私はミュンヘン留学中に観た映画『スモーク』を思い出した。煙草屋の主人が、10年以上、店の前の同じ位置の同じ時刻で、毎日、写真を撮り続けるという奇妙なアメリカ映画だ(1995年公開、ポール・オースター原作)。

2021.06.17
寄 贈 『ヴィルヘルム・ミュラー読本』(松下たえ子)

 過日、成蹊大学元教授の松下たえ子先生から『ヴィルヘルム・ミュラー読本』(未知谷、2021年)の献本ございました。ヴィルヘルム・ミュラーと言えば、やはり「冬の旅」でしょうか。もっとも松下先生の御著は、副題に『「冬の旅」だけの詩人ではなかった』とありますように、第1章ではミュラーの生涯が、第2章ではミュラーが行った数々の旅が、第3章ではミュラー受容史が詳細に扱われ、そして巻末には「ヴィルヘルム・ミュラー 小詩集」が掲載されています。お勧めの一冊です。

2021.05.28
寄 贈 『本心』(平野啓一郎)

昨日、作家の平野啓一郎さんから最新作の『本心』(文藝春秋、2021年)を宅配便でいただきました。この小説が2019年秋から2020年夏にかけて西日本新聞や北海道新聞などで連載されていたことを知ってましたので、単行本の形で戴けましたこと、大変嬉しく思っております。私がこの小説を受け取ったのは、NHK の「100分 de 名著」で平野さん担当の三島由紀夫『金閣寺』が終わったちょうど翌日でした。それだけに感慨があります。

2017年7月15日のことですが、私の研究プロジェクトの一環で、平野さんに九州大学文学部に来てもらい、「破滅と希望」というテーマのもとで「災害ユートピア」に関する講演をしてもらいました。また、平野さんとは同年の9月10日にミュンヘンで合流し、11日にトーマス・マンと森鷗外ゆかりの地を一緒にめぐり、12日にミュンヘン大学教授のペーター・ペルトナー氏に会い、3人で意見交換をしたことを、懐かしく思い出します。

そして、9月13日には、ミュンヘン中心部にあるバイエルン王宮(貨幣博物館)でバイエルン独日協会主催の平野啓一郎講演会がありました。平野さんには「日本の一愛読者 ―トーマス・マンと三島由紀夫―」(Akutagawa-Preisträger Keiichiro Hirano hält Vortrag zu „Ein japanischer Mann-Verehrer ―Thomas Mann und Yukio Mishima“)に関して話してもらい、当方がドイツ語通訳したことも、これまた懐かしく思い出しています。

なお、私が2020度後期に九州大学で行った講義「音楽神話」では、クライスト『聖ツェツィーリエ』、E. T. A. ホフマン『クレスペル顧問官』、アンデルセン『人魚姫』、カフカ『歌姫ヨゼフィーネ』などを扱った後、最後の2回は平野さんの『マチネの終わりに』について話しました。ドイツ文学講義で平野さんの小説を扱うことは皆さん不思議に思われるかもしれませんが、この小説を読まれた方は決して不思議に思われないはずです。

ちなみに平野さんの最新作『本心』のカバー挿画はゲルハルト・リヒターの絵ですね。ミュンヘンで平野さんにも話したことですが、当方、近代思想の極北に位置づけられるルードルフ・カスナーの観相学に関心があるので、平野さんの言う「分人」思想がとても興味深いです。「個人」と「分人」の問題についてはこれまで何度か授業中に言及しました。その内、『本心』に関する私なりの感想文をどこかで書きたいと思っています。(小黒康正)

2021.05.21
寄 贈 『絵本考』(イエンス・ティーレ著、村上康子訳)

 2017年2月にイエンス・ティーレ著の『絵本考』が村上康子さんの訳出で出版されました。著者のティーレ氏はドイツのオルデンブルク大学で視覚メディア部門の教授として活躍された児童文学研究者です。それだけに本書は、絵本の表紙やイラストに注目しながら、芸術学的、文学的、心理学的観点から絵本を考察する実に興味深い本です。

 特に第4章は圧巻で、絵本を分析する際の五つのアプローチが具体的に示されており、絵本の多様性のみならず、絵本研究の多層性がよく分かります。絵本のイラストレーションを集中的に論じた第2章や、教育学的視点から絵本を分析する第5章も、とても参考になります。児童文学に興味のある方、絵本を教育の現場で用いている方、メールヒェンを研究したい方は、ぜひご一読ください。

 なお、訳者の村上康子さんは、九州大学独文学会ならびに西日本日独協会の会員です。実は、西日本日独協会の5月例会では、村上さんがご自身の翻訳をもとに絵本に関する講演を担当されます。詳細は、下記に添付したファイルをご覧になってください。席に限りがありますので、聴講を希望される方は、早目に同協会事務局にご一報ください。 (小黒康正)

参考ファイル:20170527.pdf
2021.04.28
研 究 『九州ドイツ文学』第34号

九州大学独文学会機関誌『九州ドイツ文学』の第34号が2020年の秋に発行されました。武田利勝編集長をはじめとする編集委員会の皆さま、ならびに査読を行われた審査委員の先生方に心より御礼を申し上げます。目次は下記のとおりです。(小黒康正)

〔論文〕
進藤良太:幻想の表現形式としてのフモール― E. T. A. ホフマンの小説における空間表象の分析から―

長光卓:ハインリヒ・マン『アンリ四世』における「戦うフマニスト」についての一考察

髙村俊典:ヘルタ・ミュラー『澱み』における墓地としての故郷

〔翻訳〕
フリードリヒ・ド・ラ・モット・フケー 著(小黒康正訳/解説 ):皇帝ユリアヌスと騎士たちの物語

2021.04.27
研 究 『九州ドイツ文学』第33号

 『九州ドイツ文学』第33号の目次です。

〔論文〕
橋本佳奈:ラーヴァーター観相学の独自性とその批判

野村優子:日本美術商ジークフリート・ビングとドイツ・ジャポニスム

林弘晃:ヘルマン・ブロッホ『ジェイムズ・ジョイスと現代』における「同時性」

竹岡健一:第二次世界大戦中のドイツ軍兵士の読書について ─ナチスの文芸政策と娯楽的著作のかかわりに関する一考察─

〔翻訳〕
ルードルフ・カスナー著(小黒康正訳/解説):観相学の基礎 事物に印について(一九九二年)

〔書評〕
嶋田洋一郎著『ヘルダー民謡集』(田口武史)

野村優子著『日本の近代美術とドイツ 『スバル』『白樺』『月映』をめぐって』(下薗りさ)

フリードリヒ・ゲオルク・ユンガー著(今井敦・桐原隆弘・中島邦雄監訳)『技術の完成』(森田團)

2021.04.25
研 究 『西日本ドイツ文学』第32号

 九大独文関係の論考として、『西日本ドイツ文学』32号(2020年秋刊行)に以下の2論文が掲載されています。(小黒康正)

〔論文〕
大澤遼可:ノヴァーリスにおける「質的遠近法」 ─「一冊の書物に宇宙を見出すこと」─

林弘晃:イデア, エクスターゼ, 自我 ─若きヘルマン・ブロッホの美学理論─

2021.04.23
案 内 西日本日独協会特別企画第2弾(小黒、武田)

西日本日独協会会員の皆様

 会員による会員のためのオンライン講義
 近現代ドイツにおける「女性」

 特別企画第2弾のご案内です。昨年の師走に行いました本企画が好評だったこともあり、再企画を望む声が寄せられておりました。そこで、通常例会の代替企画を再び行います。内容は、大学で行われている授業や研究の成果を、会員ならびにドイツ語講座受講者の皆様に分かりやすくお伝えする「ドイツ文化論」です。部分参加でも構いません。多数のお申し込みをお待ちしています。好評であれば、第3弾も行う予定です。詳細は添付の PDF 資料をご覧になってください。


プログラム: 
■ 第4回講義 4月29日(祝)17時から18時まで 
小黒康正(九州大学):「水の女」の別れと出会い
名匠ペッツォルト監督の最新映画『水を抱く女』がKBC シネマで5月1日より上映されます。講義担当者は、依頼を受けて、この映画のパンプレットに解説を書きました。講義では映画の見どころをお伝えします。→ https://kbc-cinema.com/movie/6893.html

■ 第5回講義 5月15日(土)17時から18時まで 
武田利勝(九州大学):「マダム・ルシファー」と呼ばれた女――カロリーネの生き方
18世紀末という、激動の時代。革命と愛と文学に生きた一人の女性の生涯とその思想についてお話します。その名は、カロリーネ・シュレーゲル。果たして彼女はルシファーだったのか、それとも、近代に生まれた預言者ディオティーマだったのか?


参加資格: 「西日本日独協会会員」ならびに「ドイツ語講座受講者」の皆さま
申 込 先: 協会事務局(info@jdg-nishinihon.org)にメールにてお申し込みください。
申込締切日: 4月27日(火)
視 聴 先: Zoomを用いて行いますので、申込者にURLとパスワードをお伝えします。


西日本日独協会企画委員長 小黒康正

参考ファイル:西日本日独協会特別企画(2).pdf
2021.04.19
報 告 エッセイ「コロナ・ストレス・検疫」(U. バイル)

 九大独文のウルリヒ・バイル教授がコロナ禍での日本入国体験記をエッセイ「コロナ・ストレス・検疫 ドイツから日本へ 不可能を通る旅」としてお書きになられました。実に貴重な体験です。下記のPDF版「言総研通信」に掲載されていますので、ぜひお読みください。(小黒康正) 

参考ファイル:CSLP_vol.1.pdf
2021.04.17
寄 贈 『アーダルベルト・シュティフター』(磯崎康太郎)

 福井大学国際地域学部准教授の磯崎康太郎氏から『アーダルベルト・シュティフターにおける学びと教育形態』(松籟社、2021年)のご寄贈がありました。この本は磯崎氏が2018年度に上智大学大学院文学研究科に提出された博士論文に基づく著作です。

 実は、当方、今学期開講中の枠物語に関する講義を準備するために、ボッカッチョ『デカメロン』を再読し、さらに磯崎氏が2002年に書かれた論文「市民社会におけるペストの「熱い」記憶 ―シュティフターの『御影石』―」を読み終えた時に、同書が届きました。

 何という偶然でしょうか。それにしても、「学び」という観点からシュティフターに関する著作と良風美俗に背くとみなされがちな『デカメロン』がどのように結びつくのでしょうか。それは講義中に磯崎氏の著作を紹介する際に説明したいと思っています。お楽しみに! (小黒康正)

2021.04.16
科 研 JSPS-Forschungsprojekt 2021-2025 (Yasumasa Oguro)

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- JSPS: Grant-in-Aid for Scientific Research(B)
- Gesamtkosten: 10.900.000 Yen
- Laufzeit: 2021-2025
- Thema: 近現代ドイツの文学・思想における「第三の国」—成立・展開・変容—
("Das dritte Reich“ in der modernen deutschen Literatur und Denken. Entstehung, Entwicklung, Transformation.)

- 1. Principal Investigator: Yasumasa Oguro (Universität Kyushu, Prof. Dr.)
- 2. Co-Investigator: Toshikatsu Takeda (Universität Kyushu, Assoc. Prof. Dr.)
- 3. Co-Investigator: Hiromasa Imai (Universität Kyushu, Dozent Dr.)
- 4. Co-Investigator: Haruyo Yoshida (Universität Niigata, Prof. Dr.)
- 5. Co-Investigator: Marcus Conrad (Universität Nagoya, Assoc. Prof. Dr.)
- 6. Research Collaborator: Futaba Ono (Universität Tsukuba, Lehrbeauftragte, Dr.)
- 7. Research Collaborator: Wolfgang Braungart (Universität Bielefeld, Prof. Dr.)
- 8. Research Collaborator: Ulrich Beil (Universität Kyushu, Prof. Dr.)
- 9. Research Collaborator: Claudia Beil (Universität Kyushu, Lehrbeauftragte, Dr.)

Der Begriff Das dritte Reich stammt aus der dialektisch-trinitarischen Denkfigur von Joachim von Fiore, einem süditalienischen Abt des späten zwölften Jahrhunderts. Die Einflüsse des neo-joachimistischen Gedankens vom dritten status finden sich auch in Denkansätzen der Geschichtsphilosophie und in Kulturentwürfen der Moderne, freilich in unterschiedlichen Ausprägungen, beispielsweise in der Bezeichnung der Synthese zwischen Heidentum und Christentum als ‚drittes Reich‛ im Theaterstück Kaiser und Galiläer von Henrik Ibsen, in der synthetischen Idee des dritten Reiches bei Dmitri Mereschkowski, im 1900 von Johannes Schlaf veröffentlichten Berliner Roman Das dritte Reich, im Nietzsche-Mythos von Paul Friedrichs Theaterstück Das dritte Reich von 1910, in der Einteilung der Geschichte in drei Epochen bei Wassily Kandinsky, im Kampf um „das Dritte Reich der religiösen Humanität“ bei Thomas Mann, im dritten Reich vom physiognomischen Weltbild bei Rudolf Kassner, im 1923 von Moeller van den Bruck veröffentlichten Buch Das dritte Reich, im nationalsozialistischen Propaganda-Schlagwort „Das Dritte Reich“, in Ernst Blochs sozialrevolutionärem Versuch, den Originalsinn vom dritten Reich von den Nazis zurückzuerobern, u. a. Wir setzen uns nicht nur mit dem neo-joachimistischen Begriff in Deutschland vor der NS-Zeit, sondern auch mit dem um den Ersten Weltkrieg herum in Japan und China auseinander.

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2021.04.16
映 画 『水を抱く女』(小黒康正)

 ヨーロッパ文学には、数多くの「水の女」の物語がある。人間ではない「水の女」が人間である「陸の男」とさまざまな形で出会うのだ。

 名匠ペッツォルト監督の最新映画『水を抱く女』(2020年)の場合、ヨーロッパ、特にドイツにおける「水の女」の物語群を踏まえており、原題「ウンディーネ」が示しているように、映画の結構はドイツ・ロマン派の代表作であるフケー『ウンディーネ』(1811年)に基づく。

 また、恋人ヨハネスがウンディーネに別れを告げる冒頭シーンが示唆するように、戦後オーストリア文学を代表するインゲボルク・バッハマンの『ウンディーネが行く』(1961年)に負うところも大きい。

 もっとも、この映画は、フケー『ウンディーネ』とバッハマン『ウンディーネが行く』を巧みに継承するだけではなく、実際には両作品からかなり大胆に逸脱している。映画『水を抱く女』は先行する作品群から何を継承し、どう逸脱しているのであろうか。

 実は、この映画のパンプレットには、依頼を受けて私が書いたコラム「「水の女」の別れと出会い」が載っています。
 
 現在、東京や大阪で上映されていますが、福岡では、北天神の KBC シネマで5月1日より上映される予定です。以下に、映画情報の関連サイトを示します。皆さん、ぜひご覧ください。

 → https://undine.ayapro.ne.jp

 → https://undine.ayapro.ne.jp/about.php

 → https://undine.ayapro.ne.jp/info/theater

 → https://kbc-cinema.com/movie/6893.html

2021.04.16
学 会 九州大学独文学会第 3 5 回研究発表会(4月24日)

 春暖の候、会員諸兄姉におかれましては 益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。さて、九州大学独文学会第35 回総会・研究発表会を下記により開催いたします。新学期でなにかとご多忙のことと存じますが、奮ってご参加くださいますようご案内申し上げます。総会・研究発表会 に出席希望の方は、事務局庶務宛に 電子メールにて、4 月 1 6 日まで にお知らせいただければ幸いです。  九州大学独文学会 代表幹事 小黒康正


九州大学独文学会
第35 回総会・研究発表会案内

令和3 年 4 月 2 4 日
総会
1 4 時
議事 1 会計報告 2 一般事業報告 3 編集報告 4 役員改選  5 その他

研究発表会
1 4 時 30 分〜 17 時 20 分
1. 大澤遼可:ノヴァーリス『ハインリヒ・フォン・オフターディンゲン』における宇宙的ポエジーの試み
2.長光 卓:ハインリヒ・マン『臣下』における 「俳優」のモチーフと自己意識
3.林 弘晃:オットー・ヴァイニンガーの思想とその同時代における受容
――カール・ダラーゴとヘルマン・ブロッホの場合
4.Ulrich BEIL: Der Doppelgänger als poetische Form.
Medialität und Ambivalenz in Heinrich Heines Ge d icht Heimkehr XX

懇親会
1 7 時 30 分 1 8 時 3 0 分
研究発表会後に新入会員の紹介や会員の近況報告を兼ねた短めのオンライン懇親会を予定しています。

2021.04.06
授 業 西南学院大学(小黒康正)

 今年度の前期は、西南学院大学でも西洋文学の講義を担当します。講義内容は「音楽神話の研究」です。詳細は以下のシラバスを参考にされてください。(小黒康正)

https://isaints.seinan-gu.ac.jp/syllabus/detail/2021070159/00/00/00

2021.04.06
授 業 独文学研究室の時間割

 今年度の独文学研究室時間割は添付書類のとおりです。ご参考にされてください。

参考ファイル:独文時間割(2021).pdf
2021.04.05
案 内 「ドイツ語技能検定試験」

 以下は、ドイツ語学文学振興会から届きました独検の案内文です。
............................................................................

独検は、2021年夏より紙媒体の受験要項・願書を中止し、その代わりに独検ウェブサイトより受験要項・願書をダウンロードできるようにいたしました。これに伴い、書店・生協での受験要項の配布や検定料の払い込みがなくなりましたので、お知らせ申し上げます。ご不便をおかけいたしますが、何卒ご理解のほどよろしくお願い申し上げます。

出願方法 | 受験案内 | ドイツ語技能検定試験 Diplom Deutsch in Japan (dokken.or.jp)
http://www.dokken.or.jp/guidance/application.html#01_01

独検実行委員長 保阪靖人
ドイツ語学文学振興会理事長 新倉真矢子
...........................................................................

参考ファイル:ddj_flyer_2021s.pdf
2021.04.04
紹 介 文学部新1年生の皆さんへ(小黒康正)

 ご入学、おめでとうございます。4月7日13時から行われる文学部新入生ガイダンスでは、当方(小黒)が文学コース長として文学コースの説明をする予定です。宜しくお願いします。

 また、ガイダンス終了後の14時からは研究室訪問の時間です。独文学研究室の紹介は、私自身が行いますでの、どうぞお越しください。なお、独文学研究室では下記の入れ替え制で研究室紹介をします。毎回25分程度ですが、少しづつ内容を変えて説明をしますので、2回連続(50分程度)で説明を聞かれても構いません。

 4月7日(水)
 1回目 13時00分から
 2回目 13時30分から  
 3回目 14時00分から  
 4回目 14時30分から  
 5回目 15時00分から  
 6回目 15時30分から  

 なお、以下は簡単な独文学研究室の紹介です。


【独文学研究室はどこにありますか?】  
イースト1号館6階にあります。部屋番号は E-B-633、電話は 092-802-5099です。とても眺めのいい部屋、入室にはビザもパスポートも不要!


【どんな研究ができますか?】
1 ドイツ文学: ドイツ語圏(ドイツ、オーストリア、スイスなど)の文学と言えば、ゲーテ、シラー、グリム兄弟、ハインリヒ・マン、トーマス・マン、ヘッセ、カフカ、リルケ、『モモ』、『ハイジ』、ロマン派、メルヘン……
2 ドイツ語学:ドイツ語史、中高ドイツ語、音韻変化、標準ドイツ語、英語や日本語との比較、方言、言語地図、時制、音韻論、意味論、統語論、オノマトペ、レトリック、言語習得、辞書編纂、関口文法……
3 ドイツ文化論:ドイツ語圏の芸術、音楽、映画、神話、伝説、都市、教育、スポーツ、食文化、大学、環境問題……
4 ドイツ思想:パラケルスス、カント、シェリング、ヘーゲル、フィヒテ、シュレーゲル、フンボルト、ショーペンハウアー 、ニーチェ、現象学、ベンヤミン、自然思想、メディア論、エコロジー、ジェンダー……
5 ドイツ語教授法:外国語としてのドイツ語をいかに教えるか?


【どんな授業がありますか?】
・日本人教員の担当科目:ドイツ文学講義、ドイツ文学演習、ドイツ文化論、独語科指導法など
・ドイツ人教員の担当科目:ドイツ語会話、ドイツ語学演習、ドイツ語作文など


【文学部には集中講義もあると伺いましたが……】
独文では、ドイツ文学、ドイツ語学、ドイツ語教授法、西洋古典学などの分野におけるフロントランナーを国内外からお呼びしています。以下のとおりです。この数は全国の独文学研究室で間違いなく1番!
..........................................................................
令和2年後期集中:室井禎之(早稲田大学教授)独語科指導法
令和元年前期集中:竹岡健一(鹿児島大学教授)独文学
令和元年前期集中:佐野好則(国際基督教大学教授)西洋古典学
令和元年後期集中:太田達也(南山大学教授)独語科指導法
令和元年後期集中:荒又雄介(大東文化大学准教授)独文学      
平成30年前期集中:Ivanovic(ウィーン大学教授)ドイツ文化論
平成30年後期集中:嶋崎 啓(東北大学教授)独語学      
平成29年前期集中:河崎 靖(京都大学教授)独語科指導法
平成29年後期集中:香田芳樹(慶應義塾大学教授)独文学      
平成29年後期集中:山本浩司(早稲田大学教授)独文学
平成28年前期集中:山本 潤(首都東京大准教授)独語学    
平成28年前期集中:西村賀子(和歌山医科大教授)西洋古典学
平成28年後期集中:清野智昭(千葉大学教授)独語科指導法
平成28年後期集中:大川 勇(京都大学教授)独文学
平成27年通年通常:堺 雅志(福岡大学教授)独文学   
平成27年前期集中:高田博行(学習院大教授)独語学
平成27年後期集中:初見 基(日本大学教授)ドイツ文化論
平成26年前期授業:松岡幸司(信州大学教授)独語科指導法
平成26年前期集中:嶋崎 啓(東北大学)独語学
平成26年後期集中:W.Braungart(ビーレフェルト大学教授)独文学
平成26年後期集中:藤井明彦(早稲田大学教授)独文学
..........................................................................


【ドイツに留学する学生はいますか?】
もちろんです。学部生、院生を問わず、研究室の大半が1年の留学経験者! 留学先は主にミュンヘン大学、ハイデルベルク大学、他にベルリン自由大学、ビーレフェルト大学などです。奨学金を得て、短期の語学研修に行く学生もいます。


【卒業後の進路は?】
就職においても皆さん大健闘! 大学院に進学される方も多い。平成17年度以降の主な就職先です!
..........................................................................
一般職(学部卒業生): 南国旅行、中央出版、河合塾、九州大学(図書館)、自衛隊(幹部候補生)、九州大学(事務)、日興コーディアル証券、九州労働金庫、商工中金、山口大学(図書館)、ドコモサービス九州株式会社、宮崎大学(事務)、東筑紫学園高等学校(英語)、財務省、長崎県庁、三井住友信託銀行、西日本鉄道(本社)、岡山放送など。
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【大学院生の進路は?】
平成17年度以降に修士課程を修了された方々の主な就職先です!
..........................................................................
一般職(大学院修了生): 労働基準監督官、ワインハウス・ゲアハルト、鹿屋体育大学(事務職)、明治安田生命、防衛省、福岡舞鶴高等学校(国語)など。
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【研究者になられる方はいますか?】
実は本研究室の最大の特徴はここ! 全国でも屈指の実籍です。
..........................................................................
研究職(大学院修了生)
平成17年:東北大学、愛知教育大学、長崎外国語大学
平成18年:北九州市立大学、拓殖大学、福岡経済大学
平成21年:松山大学
平成22年:東京工業大学
平成24年:長崎外国語大学、松山大学
平成25年:佐賀大学
平成27年:駒澤大学
平成28年:新居浜高専
平成29年:南山大学、愛媛大学
平成30年:長崎外国語大学
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【教員免許は取れますか?】
取れます。科目は、英語とドイツ語、国語とドイツ語の組み合わせで取る方が多いです。先に一部を示しましたが、実際に高校の国語教員、高校の英語教員になられた方がいました。


【1年時にドイツ語を履修していませんが……】
よく聞かれることですが、1年時にドイツ語が未履修でも独文学研究室を所属講座として選ぶことは可能です。平均して言えば、毎年一人ぐらいそうした方がおられます。ドイツ語未履修の方々に対しては院生の先輩が2年生前期に集中してドイツ語を教えますので、心配無用です。

(それと、ここだけの話ですが、九大文学部1年時に英語とフランス語を選択したH 氏はいまや福岡大学准教授、英語と中国語を選択した S 氏はいまや長崎外国語大学准教授、やはり英語と中国語を選択した M 氏はいまや南山大学講師、いずれも独文学研究室でドイツ語を初めて学んだ方々ばかりです。みんな見事に化けました!) 


【他大学の独文学研究室と比べますと、どんな特徴がありますか?】
本研究室はドイツ語学文学に関して全国でも有数の蔵書を誇り、

(1)中世ドイツ語文献の貴重なコレクション「雪山文庫」、

(2)高橋義孝元教授の蔵書からなる「高橋文庫」、

(3)旧東ドイツ文学の文献を集めた「東ドイツ文学文庫」を有し、
(4)「九州大学独文学会」と「トーマス・マン研究会」の活動拠点となり、
(5)ドイツから招聘した研究者による「ドイツ語学文学講演会」を毎年行っており、
日本の独文学会の中で、最も研究活動が盛んな独文研究室ではないでしょうか。



【1年生むけの授業はありますか?】
令和2年度は後期金曜1限に小黒教授が講義を基幹教育の文系ディシプリン科目を担当します。(https://ku-portal.kyushu-u.ac.jp/campusweb/slbssbdr.do?value(risyunen)=2021&value(semekikn)=1&value(kougicd)=21535002&value(crclumcd)=)


【最後にクイズです!】
1)1枚目の写真に写る建物はどこの都市にあるでしょうか。とある国の首都です。
2)2枚目の写真に写る有名な花の名前は? 歌にもなりましたね。

→ 答えは独文学研究室にて!

2021.04.04
動 画 独文学研究室の紹介

 昨年のことですが、中止になった高校生向け九州大学文学部オープンキャンパスの代わりに、研究室紹介動画を作成しました。

 教員データの他に、留学先や就職先のデータも入っています。これまで招聘した外国人教員、集中講義にお呼びしたご高名な先生、ドイツやオーストリアから招いた世界的研究者、以上の方々のお名前もあげました。

 中には作家の多和田葉子さんや平野啓一郎さんの写真もあります。使用した写真は、当方がすべて撮影したものです。宜しくご笑覧ください。(小黒康正)

 独文学研究室の紹介動画:https://www.youtube.com/watch?v=8THXj1-geUc&feature=youtu.be

2021.04.03
寄 贈 『ナチスと闘った劇場』(葉柳和則)

 過日、長崎大学多文化社会学部教授の葉柳和則先生から『ナチスと闘った劇場 精神的国土防衛とチューリヒ劇場の「伝説」』(葉柳和則編、春風社、2021年)のご寄贈がありました。

 この浩瀚の書は、葉柳和則先生が二期にわたって科学研究費の助成を受けて活動を行なった研究の成果です。スイスという国の政治的、文化的背景を新たに解き明かしながら、西欧現代史の問題の深さを改めて私たちに教えてくれる良書であります。(小黒康正)

2021.03.06
寄 贈 『ナチス絵画の謎』(前田良三)

 本日は、立教大学教授の前田良三先生がオンラインで最終講義を行う日、講義開始直前に前田先生の御著『ナチス絵画の謎』(みすず書房、2021年3月10日刊行)を受け取りました。ご寄贈に心から感謝を申し上げます。早速ですが、まずはご報告まで。

2021.02.06
寄 贈 『西洋古典学のアプローチ』(佐野、浜本)

 過日、国際基督教大学の佐野好則先生と九州大学言語文化研究院の浜本裕美先生から『西洋古典学のアプローチ 大芝芳弘先生退職記念論集』(浜本裕美・河島思朗編著、晃洋書房、2021年1月15日発行)をいただきました。

 実は、九大独文研究室は、西洋古典学の集中講義を定期的に開講する関係で、同分野の先生方とご縁があります。講師を選ぶ際には、浜本先生からご助言をいただいたこともあり、そのご縁で令和元年度前期に佐野先生にご依頼しました。

 14章からなる同書には、佐野先生、浜本先生の他に、逸身喜一郎先生を始めとする日本の西洋古典学を代表する碩学がご寄稿されています。私の記憶では、逸身先生には箱崎キャンパス時代に2度集中講義を担当していただきました。(小黒)

2021.01.20
人 事 Publikationen(Prof. Dr. Ulrich Johannes Beil)

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MONOGRAPHIEN

[Zusammen mit Christian Kiening] Urszenen des Medialen. Von Moses zu Caligari. Göttingen: Wallstein 2012, 366 S.

Die hybride Gattung. Poesie und Prosa im europäischen Roman von Heliodor bis Goethe [Habilitationsschrift]. Würzburg: Königshausen & Neumann 2010 (Philologie der Kultur, Bd. 3), 435 S.

Aufgelassene Archive. Gedichte. Köln, DuMont-Buchverlag 1998, 120 S.

Die Wiederkehr des Absoluten: Studien zur Symbolik des Kristallinen und Metallischen in der Literatur der Jahrhundertwende [zugl. Dissertation an der Universität München 1987], Frankfurt/M.-Bern-New York-Paris: Peter Lang Verlag 1988 (Münchner Studien zur literarischen Kultur in Deutschland, Bd. 6), 705 S.

Dieser Tag geht. Gedichte. Hg. von Michael Schmidt. München, Schneekluth (Münchner Edition) 1985, 79 S.

Die Möglichkeit des Handelns: Die Augustinbezüge in Calvins Diskussion über Freiheit und Unfreiheit des Willens [mschr. Magisterarbeit]. München 1983, 231 S.

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HERAUSGEBERSCHAFTEN

[Hg. zusammen mit Cornelia Herberichs u. Marcus Sandl] Aura und Auratisierung. Mediologische Perspektiven im Anschluss an Walter Benjamin. Zürich: Chronos Verlag 2014.

[Hg. zusammen mit Michael Gamper u. Karl Wagner] Medien – Technik – Wissenschaft. Wissensübertragung bei Robert Musil und in seiner Zeit. Zürich: Chronos Verlag 2011.

Das Gedicht. Zeitschrift für Lyrik, Essay und Kritik. Hg. von Ulrich Johannes Beil und Anton G. Leitner. Dossier: Die Poesie von Licht und Schatten. 18 (2010).

Rudolf Kurtz, Expressionismus und Film [orig.: 1926]. Neuausgabe. Hg. und mit e. Nachwort versehen von Christian Kiening u. Ulrich Johannes Beil. Zürich: Chronos Verlag 2007 [2. Auflage 2010].

Blickwechsel. Akten des XI. Lateinamerikanischen Germanistenkongresses. São Paulo – Paraty – Petrópolis 2003. Band 2: Herausgegeben von Ulrich J. Beil, Claudia S. Dornbusch und Masa Nomura. São Paulo: Monferrer Produções 2005 (684 S.).

Revolte als Tradition. Festschrift für Horst Aulitzky zum 50. Geburtstag [Sonderauflage]. Hg. von Ulrich J. Beil und Karl H. Asenbaum. München: Ströme Verlag 1983.

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2021.01.19
人 事 (Maria Büttner, André Reichart, Ulrich Beil )

九大独文では、 Maria Büttner 先生が3年間の任期を終えて、コロナウイルスが感染拡大する中、3月末にドイツに帰国されました。無事の帰国に、関係者一同、本当に安堵しています。

そして、Büttner 先生の後任として、Ulrich Beil 先生(https://de.wikipedia.org/wiki/Ulrich_Johannes_Beil)が12月1日付で九州大学に着任されました。 関係者にとりまして、本当に会心の人事に他なりません。

本来は4月1日着任でしたので、8ヶ月遅れの到着です。Beil 先生は奥様ともども11月13日にミュンヘンを発ち、羽田に到着、蒲田のホテルで2週間の検疫滞在をした後、11月29日に福岡に到着しました。

今は、Ulrich Beil 先生が特任教授として、奥様の Claudia Beil 先生が非常勤講師として、九大独文で授業を担当されています。この間、当方も事務方と何度も協議し、さまざまな対応に追われました。日々祈るような気持ちでしたが、今から思うとお二人が奇跡的に入国でき、本当に安堵しています。

また、九大独文の歴史で初めての外国人教師不在期間に、福岡大学の André Reichart 先生が、本務校でも多忙を極めているにもかかわらず、代理の授業を担当してくれました。Reichart 先生にとっても多忙を極めた8ヶ月だったと思います。本当に有難うございました。(小黒康正)

2020.12.31
寄 贈 『心理学と錬金術』(池田紘一)

 喜寿とお迎えになられた池田紘一先生から J. G. ユング『心理学と錬金術』全2巻(池田紘一・鎌田道生訳、人文書院、2017年)の新装版が送られてきました。翻訳初版の出版年は1976年ですので、41年の歳月を経て、新装版が上梓されたことになります。同書は、『結合の神秘』(池田紘一訳、人文書院、1995年)と並んで、ユングが晩年に到達した錬金術心理学の双璧をなす記念碑的著作です。

 ユングは人間の内的な営みと錬金術師の外的な営みとの間にある種のパラレルな関係を見出し、そこから自らの思索を深めて、西欧文明を根本から問い直す人間の全体性をめぐる思想へと行き着きました。しかし、そこへと至る道は(先生のご訳業も含め)何と険しい道だったことでしょうか。その一端を示す言葉を『心理学と錬金術』の「第一部 錬金術に見られる宗教心理学的問題」から引用してみようと思います。

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「わが術の求めんと欲するは全き人間なり」と昔のある錬金術師は言い放っている。追求されているのは、他ならぬこの「全き人間 homo totus」なのだ。医者の努力も患者の追求も、より一層偉大であると同時に未だ可能性としてしか存在していない人間、隠れている、まだ顕在化していない「全き人間」を目指しているのである。全体生の正しい道はしかし、ーーまことに残念なことにーー避けることのできない迂路や迷路からなっている。(中略)そしてこの道の途上で、人々が「めったに出会うことのない」と形容したがるあのさまざまな経験が生まれるのである。めったに出会えないのは、それが非常な努力を要するからに他ならない。なぜならこれらの経験が要求しているのは、世間の人々が最も恐れているもの、すなわち〈全体性〉だからである。
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 いささか長い引用になりました。あまりにも複雑な迷路を通じてユングが求めたのは、心を部分的に分析することではなく、全体として考えることです。『心理学と錬金術』は、日本においても、医学や心理学の分野を越えて、ヨーロッパの文化や思想に関心のある方々に多大な影響をもたらしました。私は翻訳初版をすでに持っておりましたが、今回の実に美しく装丁し直された新装版を通じて、実に大きな課題を新たにいただいたような心境です。(小黒康正)

2020.12.31
寄 贈 『《ニーベルングの指輪》教養講座』(山崎太郎)

 東京工業大学教授で、日本ワーグナー協会理事の山崎太郎氏が九大独文で集中講義を担当されたのは、今から6年前、平成23年後期のことでした。その山崎氏から今回ご寄贈いただいたのが、『《ニーベルングの指輪》教養講座 読む・聴く・観る リング・ワールドへの扉』(アルテスパブリック、2017年)です。私も集中講義の一部を聴講させていただきましたので、その時のことを思い出しながら、御著を拝読いたしました。

 この本はずばり直球勝負の著作です。読んでいただくとすぐに分りますが、同書は世にあまたあるオペラの概説書や入門書とはまったく質を異にしております。《ニーベルングの指輪》が有する難しさや奥の深さをあえて隠さず、独自の解釈に基づきながら、作品世界の「深い森」を私たちに誘うのです。その時、氏を導いたのは《指輪》4部作そのものでした。

 山崎氏はこう言っております。「軽やかな喜劇性をともなった《ラインの黄金》からひとつの世界の滅びを描く《神々の黄昏》まで、作品の規模もどんどん膨らんでゆきますし、作曲技法の上でも、聴き手の耳の記憶の蓄積を前提としながら、音のからみや構成がどんどん複雑になってゆくのです」と。これはまさに本書の構成そのものでもあります。

 「過去という泉は深い」。山崎氏はトーマス・マンの長編小説『ヨゼフとその兄弟』の冒頭を集中講義中に引用されました。氏はマンの言葉を踏まえて《神々の黄昏》を解説されます。「この文言を連想させるほどに、第一のノルンに付された音楽は語りの内容と言葉の孕む叙事的イメージともども、雄大かつ神秘的に滔々と流れて、人類がもつ集合的記憶の深みに聴き手の意識を引きずりこんでゆく力があります」と。私は山崎氏の著作からも同様の印象を抱きました。   (小黒康正)

2020.12.30
研 究 「第114回トーマス・マン研究会」(1月21日)

学会HP掲載依頼

トーマス・マン研究会のご案内
Einladung zum Arbeitskreis für Thomas-Mann-Forschung


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第114回トーマス・マン研究会のご案内

日 時: 2018年1月8日(月・祝)14 時半から

場 所: 福岡大学文系センター棟 5F 共同研究室
     Tel. 092-871-6631
     アクセスマップ:
     https://www.fukuoka-u.ac.jp/help/map/
     https://www.fukuoka-u.ac.jp/aboutus/facilities/map.html

発表1: 速水淑子(慶應義塾大学・非)
     Michael Vollmer „Die Macht der Bilder: Thomas Mann und
     der Erste Weltkrieg“ を読む

発表2: 糸瀬龍(首都大学東京・非)
     エルンスト・ユンガー『総動員』における無名兵士崇拝批判に
     ついて〔仮題〕

懇親会: 場所未定(研究会後に薬院・天神周辺で行う予定)

出 欠: 参加希望者は研究会ならびに懇親会の出欠を下記にてご一報ください。


 ======出欠票======

 お名前:

 研究会に(参加します・参加しません)

 懇親会に(参加します・参加しません)

 12月25日までにお知らせください。

 連絡先  masashis[at-mark]fukuoka-u.ac.jp

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その他:
① 本会について
 本会は、平成元年に数名の若手マン研究者が、池田紘一氏(九州大学名誉教授)のもとに参集、その後、年に4回のペースで、マンを中心に近現代ドイツ文学に関する研究活動を行っています。

② 発表募集
 研究発表の募集は、会員以外の発表を含め、随時行っています。発表希望者は事務局まで早目にご相談ください。

③ 旅費補助
 本会は、遠隔地から参加する常勤職のない若手研究者に対して、旅費補助を行っています。併せて事務局までご相談ください。

④今後の開催予定
 第115回研究会 2018年 3月 龍谷大学
 第116回研究会 2018年 7月 九州大学(伊都)
 第117回研究会 2018年10月 西南学院大学
 第118回研究会 2019年 1月 九州大学(伊都)
 〔研究発表の希望者は早目に事務局にご一報ください〕

事務局: 〒812-8581 福岡市東区箱崎6-19-1
     九州大学大学院人文科学研究院 小黒康正 気付
     トーマス・マン研究会事務局
     E-mail: oguro[at-mark]lit.kyushu-u.ac.jp

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2020.12.29
寄 贈 『世紀末ウィーンの知の風景』(西村雅樹)

 過日、京都大学名誉教授の西村雅樹先生から新刊『世紀末ウィーンの知の風景』(鳥影社、2017年)のご寄贈がありました。同書は『世紀末ウィーン文化探求ーー「異」への関わり』(2009年)の続編、否、前作以上に、世紀末ウィーンにより深く踏み込まれた新たな労作です。

 世紀末ウィーンに関する文献は、ジョンストンの『ウィーン精神』など、これまで多数の著作が世に問われてきました。それにも関わらず西村先生の御著は、「ウィーンの知の風景」を実際にくまなく逍遙された成果として、新たな知見に溢れています。

 興味深いことに、西村先生はかつて修道院であったドロテームという建物でのオークションで、稀覯本を何冊かを落札された経験がおありのようです。例えば、第四章「ユダヤ系知識人の諸相」では、実際に落札されたナチスの『音楽ユダヤ人事典』をもとに考察が始まっています。

 なお、私自身の関心をもとに、本書が有する広がりと深さの具体例をいくつか示しておきましょう。雑誌『ブレンナー』は小黒研究室に全冊揃っておりますが、この雑誌がゲオルク・トラクールやカール・クラウスやアドルフ・ロースと深い関わりがあったことまでは知りませんでした。画家エーミール・オルリクに関する興味深い記述もあります。この画家に関しては、私が主査として査読を行った野村優子氏の博士論文を通じてたまたま知っておりました。

 私が2年前に住んだレーオポルトシュタット(現在の2区)には同化を拒むユダヤ人が数多く住んでいたは知っておりましたが、1910年頃にキリスト教からユダヤ教へ改宗した者が少なからずいたことは全く知りませんでした。作家アンツェングルーバーの「おまえには何も起こりえない」という言葉は西村先生がかつて九大独文で集中講義をされた際に伺った言葉です。

 というわけで、私なりにさまざまな事を思い出しながら、「世紀末ウィーンの知の風景」をお供させていただきました。(小黒康正)

2020.12.27
研 究 第121回トーマス・マン研究会(12月29日)

 参加者多数により、会場を下記のとおり変更いたしました。ご注意ください。

  福岡大学文系センター棟 5F 共同研究室 →  福岡大学文系センター棟 9F学部共通室B

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第121回トーマス・マン研究会のご案内

日 時: 
2019年12月29日(日) 14:30~

場 所: 
福岡大学文系センター棟 9F学部共通室B
アクセスマップ:
https://www.fukuoka-u.ac.jp/help/map/
https://www.fukuoka-u.ac.jp/aboutus/facilities/map.html

14:30~16:00
発表1:糸瀬龍(首都東京大学非常勤)
1920年代エルンスト・ユンガーの"新しい"ナショナリズム【仮題】

16:15~17:45
発表2:速水淑子(横浜市立大学)
「ナチズムの先取りとしての『ヴェニスに死す』」?ーー「無秩序」「情欲」「死」概念の間テクスト的展開

18:30~
懇親会: (当日、ご案内いたします) 

出 欠: 
出席希望の場合は12月22日までに事務局までご連絡ください。
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 お名前:
 研究会  参加・不参加
 懇親会  参加・不参加
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その他:
① 本会について
本会は、平成元年に数名の若手マン研究者が、池田紘一氏(九州大学名誉教授)のもとに参集、その後、年に4回のペースで、マンを中心に近現代ドイツ文学に関する研究活動を行っています。

② 発表募集
研究発表の募集は、会員以外の発表を含め、随時行っています。発表希望者は事務局まで早目にご相談ください。

③ 旅費補助
本会は、遠隔地から参加する常勤職のない若手研究者に対して、旅費補助を行っています。併せて事務局までご相談ください。

④メールの送信について
メール送信の停止を希望される方は本メールの返信にてご一報ください。

⑤近年の研究発表者
・第115回研究会(2018年 3月、龍谷大学):Thomas Pekar、Yasumasa Oguro、Atsushi Imai、Hans Wißkirchen
・第116回研究会(2018年 7月 九大言文):鈴木啓峻、今井宏昌
・第117回研究会(2018年12月、西南学院):糸瀬 龍、中島邦雄
・第118回研究会(2019年 3月、福岡大学):別府陽子、坂本彩希絵
・第119回研究会(2019年 7月 九大独文):長光 卓、小黒康正
・第120回研究会(2019年10月、西南学院):林 弘晃、小黒康正
・第121回研究会(2019年12月、福岡大学):糸瀬 龍、速水淑子

⑥今後の研究発表者
・第122回研究会(2020年 3月 九大言文):(募集中)、(募集中)
・第123回研究会(2020年 6月、西南学院):(募集中)、(募集中)
・第124回研究会(2020年 9月、福岡大学):(募集中)、(募集中)

⑦事務局 
〒819-0395 福岡市西区元岡744
九州大学文学部独文学研究室
トーマス・マン研究会事務局
小黒康正(E-mail: oguro[at-mark]lit.kyushu-u.ac.jp)

2020.12.17
寄 贈 トーマス・ベルンハルト『原因』(今井敦)

 現代オーストリア文学を代表する作家トーマス・ベルンハルト(1931-1989)は、今なおオーストリアで愛読されている作家です。しかし、生前はオーストリアとの間にスキャンダルを巻き起こし、「故郷を汚す者」として社会全体を騒擾の渦に巻き込んた作家でもありました。作家が1968年に小説『凍え』(1963)でオーストリア国家賞を得たとき、同国人を「断末魔の被造物」と罵ります。ゲオルク・ビュヒナー賞を1970年に受賞して、戦後ドイツ語圏を代表する作家と目されるようになった後も、舌鋒はますます鋭さが増しました。劇『英雄広場』(1988)に登場する人物によれば、オーストリアは「あの頃と寸分たがわぬナチの国」にすぎないとのことです。

 ベルンハルトは遺言で国内での自作の上演も印刷も一切禁じましたが、以上の経緯を知る者は問わざるを得ません。なぜベルンハルトは辛辣な言説を繰り返しながらオーストリアから離れようとしなかったのでしょうか。なぜ罵り続けた「故郷の町」ザルツブルクに繰り返し足を運んだのでしょうか。ベルンハルトの文学世界に踏み込んだ者は、その踏み込みが深ければ深いほど、結局、こうも問うことになります。そもそも作家が有する否定の精神は、それも捻れた否定の精神はいかにして培われたのだろうかと。

 1975年秋に刊行された『原因』は、『地下』(1976)、『息』(1978)、『寒さ』(1981)、『ある子供』(1982)とともに、いわゆる「自伝五部作」をなします。『原因』(松籟社、2017)と『ある子供』(松籟社、2016)を訳出した今井敦氏によれば、『原因』は「私」が13歳から16歳になるまでを扱い、その後の話は『地下』『息』『寒さ』へと続きますが、『寒さ』の終盤において回想が幼少期へと遡り、最後の『ある子供』で初めて幼少期が語られるのです。つまり、五作目の終わりが一作目の冒頭に結びつくことで、「自伝五部作」は緩やかな連続性からなる円環構造をもちます。言うまでもなく「自伝五部作」は作家自身が行った自己点検ですが、中でも最後に書かれながら最初に位置づけられる『ある子供』と、最初に書かれた『原因』とは、否定精神の出自を最も饒舌に語る作品です。

 以上につきましては、私は世界文学会からの依頼で「アナ・クロニズムの怒り」というタイトルでトーマス・ベルンハルト著『原因』(今井敦訳、松籟社、2017)に関する書評を書きました。世界文学会編「世界文学」No.128(2018)に掲載されています。私は学部3年生の時、初めて海外に出て、ザルツブルク大学の夏期講習を受けましただけに、『原因』の拝読は私の美しい思い出が根底から揺さぶられるような経験でした。とはいえ、そうした揺さぶりがあったからこそ、ベルンハルトにおける否定精神の出自がとても気になったのです。『原因』を寄贈された訳者の今井敦氏に、改めて御礼を申し上げます。(小黒康正)

2020.12.12
研 究 「第117回トーマス・マン研究会」(12月15日)

「第117回トーマス・マン研究会」の案内状を更新しました。
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皆さま

台風で延期された第117回研究会を下記のとおり行います。参加希望の方は、12月8日までに事務局にご連絡ください。

小黒康正

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第117回トーマス・マン研究会のご案内

日 時: 
2018年12月15日(土)14:30~

場 所: 
西南学院大学(学術研究所1階 第3会議室)にて
アクセスマップ : http://www.seinan-gu.ac.jp/accessmap.html
キャンパスマップ:http://www.seinan-gu.ac.jp/campusmap.html


14:30~16:00
発表1:糸瀬龍 氏(首都大学東京・非)
「第一世界大戦を挟んだバトンパス――エルンスト・ユンガーの作品をアルフレート・クビーンの後継とすることの妥当性をはかる試み」〔仮題〕

16:15~17:45
発表2:中島邦雄 氏(水産大学校) 
「生きた時間」と「死んだ時間」――F・G・ユンガーの『技術の完成』にみられるエコロジーをめぐって――

18:30~
「童々巡り」(サザエさん通りにあるお店です!) https://tabelog.com/fukuoka/A4001/A400203/40020595/

出 欠: 
12月8日までに本メールの返信にてご回答ください。なお、すべて欠席の方は連絡不要です。
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 お名前:
 研究会  参加・不参加
 懇親会  参加・不参加
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その他:
① 本会について
本会は、平成元年に数名の若手マン研究者が、池田紘一氏(九州大学名誉教授)のもとに参集、その後、年に4回のペースで、マンを中心に近現代ドイツ文学に関する研究活動を行っています。

② 発表募集
研究発表の募集は、会員以外の発表を含め、随時行っています。発表希望者は事務局まで早目にご相談ください。

③ 旅費補助
本会は、遠隔地から参加する常勤職のない若手研究者に対して、旅費補助を行っています。併せて事務局までご相談ください。

④今後の開催予定
第118回研究会 2019年 3月 福岡大学
第119回研究会 2019年 6月 九州大学
第120回研究会 2019年 9月 西南学院大学
〔研究発表の希望者は早目に事務局にご一報ください〕

事務局: 
〒819-0395 福岡市西区元岡744
九州大学文学部独文学研究室
トーマス・マン研究会事務局
小黒康正(E-mail: oguro[at-mark]lit.kyushu-u.ac.jp)
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2020.11.22
研 究 「西日本ドイツ文学」第30号(2018)

 日本独文学会西日本支部の機関紙「西日本ドイツ文学」第30号が過日刊行されました。そこには小黒康正著「トーマス・マン書簡の公開記念式典報告」(67-71頁)が掲載されています。他に、平松智久(論文、福岡大学)、田口武史(書評、福岡大学)、稲本萠(書評、福岡大学名誉教授)、田野武夫(書評、拓殖大学)、池田紘一(特別寄稿、九州大学名誉教授・元長崎外国語大学学長)、野村優子(報告、愛媛大学)、André Reichart(報告、福岡大学)、坂本彩希絵(書評、長崎外国語大学)など、九大独文関係者の投稿が数多くありました。

 加えて編集長は竹岡健一氏(鹿児島大学)、皆さん、全国に散らばっても獅子奮迅の活躍をされています。それだけに、池田紘一先生の特別寄稿は、改めて支部学会の存在意義を考える上でも、多くの方々に読んでもらいたい一文です。池田先生によれば、西日本支部は日本独文学会でもっとも古い支部、旗揚げの際にゲーテ祭が同時に行われ、なんと2千の市民が集まったとのことです。(小黒康正)

 池田紘一:西日本支部学会と「西日本ドイツ文学」の誕生に関する資料及び私的コメント
 ー学会創立70周年と機関紙創30周年に寄せてー

2020.11.21
寄 贈 『世紀末ウィーン文化評論集』(西村雅樹)

 一昨日、ヘルマン・バール著『世紀末ウィーン文化評論集』(岩波文庫、2019年)が訳者の西村雅樹先生(京都大学名誉教授)から届きました。19世紀末から20世紀初頭にかけてウィーンで健筆をふるっていたヘルマン・バール(1863-1934)は、劇作家、小説家、雑誌編集者として活躍した人物ですが、何よりも世紀末ウィーンを代表する評論家として知られています。もっとも、その知名度にもかかわらず日本でヘルマン・バールがまとまった形で紹介されることが無かっただけに、今回の刊行は待望の訳業と言ってよいかと思います。

 なお、訳者の西村先生は、本ホームページの2017年12月29日掲載記事にありますように、2009年に『世紀末ウィーン文化探求ーー「異」への関わり』を、2017年に『世紀末ウィーンの知の風景』(鳥影社)を上梓されたまさに世紀末ウィーン文化研究の碩学です。(小黒康正)

2020.11.21
寄 贈 『ハインリッヒ・フォン・クライスト』(西尾宇広)

私はよく寄贈図書を受け取ります。今年も実に多くの文献をいただきました。ご寄贈本の中でも特に興味深い文献、講義内容に関連する書籍に関してましては、(1)九大独文ホームページと(2)担当の演習や講義で紹介し、併せて(3)九州大学附属図書館を通じて学生推薦図書に指定することにしています。

当方、目下、180名が受講する1年性向け基幹教育の講義と40名が受講する文学部の講義を担当中で、講義のテーマは「音楽神話」です。過日の講義では、クライストの『聖ツェツィーリエあるいは音楽の魔力』を扱いながら、女性的感性と結びつけられた音楽が市民的生から逸脱していく過程を論じました。

以上を論じた際に、慶應義塾大学の西尾宇広先生からいただいた『ハインリッヒ・フォン・クライスト 「政治的なるもの」をめぐる文学』(大宮勘一郎、西尾宇広他著、インスクリプト、2020年)を紹介しましたので、その際に使った授業資料の一部をPDF にて公開します。ラファエロの絵も使いました。

時間が限られているので、私の講義内容と関連する大宮勘一郎氏の「まえがき」、西尾宇広氏の「機械仕掛けの国父ーークライストにおける〈君主〉の形象」、ゲルハルト・ノイマン「口ごもる言語と躓く身体ーークライストの文化的人間学概要」(大宮勘一郎訳)を中心に同書を紹介しました。

大宮勘一郎、西尾宇広、ゲルハルト・ノイマン、ハルトムート・ベーメ、私事ですが、これらの方々とは、当方、いろいろな縁がありました。いずれの方々も、日本で、そしてドイツ語圏で、クライスト研究のみならず、ドイツの文学や現代思想の研究を牽引する研究者です。

また、同書は、クライスト文学を自分たちの問題として考える際に、実に見事な水先案内人になってくれます。クライスト文学の面白さと深さを教えてくれる本ですので、本当におすすめの一冊です。ぜひご一読ください。(小黒康正)

参考ファイル:『クライスト』(大宮、西尾).pdf
2020.11.15
寄 稿 エッセイ『マルチパン』(中山宗春)

 医師として著名な中山宗春様からエッセイ『マルチパン』が届きましたので、ここにアップいたします。以前書いたことですが、2017年の夏、トーマス・マン書簡5通の寄贈が高橋義孝元教授の次女である中山周(ちか)様と夫の中山宗春様から九州大学にございました。今回いただいたエッセイには、高橋義孝先生のことやマン書簡公開記念式典のことが書かれております。

参考ファイル:マルチパン(中山宗春) .PDF
2020.11.10
授 業 集中講義(太田達也)

 11月12日(火)から11月15日(金)までの4日間、九大独文では南山大学外国語学部教授の太田達也先生が集中講義「独語科教育法 I 」を担当されます。太田先生は NHKの E テレ「旅するドイツ語」を監修されるなど、ドイツ語教育に関しまして幅広く活躍されている方であり、日本におけるドイツ語教授法研究のまさに第一人者です。私自身も太田先生から多くを学びたいと思っています。(小黒康正)

2020.11.08
学 会 文学・文化部門編集責任者(小黒康正)

 学会誌は学会の命である。日本独文学会の頭脳が理事会だとすれば、機関誌『ドイツ文学』の編集委員会は心臓ではないか。日本独文学会機関誌編集委員会は、文学・文化部門、語学、教授法、以上の三部門から成り立つ。中でも文学・文化部門の場合、投稿論文の数が格段に多いので、もっとも力強い鼓動でもって、学会全体を支えなければならない。

 2014年の秋だっただろうか、九大独文の集中講義にお呼びしていた早稲田大学教授の藤井明彦理事(当時)から機関誌『ドイツ文学』153号の特集に関する相談があった。藤井氏を玄海の幸でもてなすために、箱崎の町を一緒に散策していたときのことだ。その時の状況を今でもありありと思い出すのは、私にとってあまりにも予期せぬ相談だったからである。

 153号の特集を通じて、日本におけるトーマス・マン研究の成果を国際的に発信してほしいというご依頼だった。当方、藤井氏の熱い鼓動を聞く思いだったので、熟慮の末に了承し、日本を代表するマン研究者に協力を依頼したのである。今井敦氏(龍谷大)、奥田敏広氏(京都大)、堺雅志氏(福岡大)、福元圭太氏(九州大)からご快諾をいただいた。

 実際の編集作業は私が2015年4月から1年間ウィーンに滞在した期間と重なる。また、153号は国際誌なので、マン協会のHans Wisskirchen 会長、副会長の Friedhelm Marx 氏(バンベルク大学)、マン全集の『魔の山』を担当されたMichael Neumann 氏(アイヒシュテット大学)にも協力を仰いだので、世人をもって代え難しという編集体制が整ったのだ。

 153号特集責任者の後は、更なる重責が待っていた。文学・文化部門編集責任者の重責を担うことになったのである。2016年秋から2020年春までの期間だったので、154号から160号までの合計7冊を手掛けた。通常の任期は4冊分の2年なのだが、当方の場合、さまざまな事情が重なり、随分と長い期間、いわば「心臓」の役割を果たしたのである。

 この間、文学・文化部門では,12名の編集委員が実に献身的に論文審査に協力してくださった。この場をお借りして心より御礼を申し上げたい。本当に皆さんの活躍は素晴らしかった。我々の身体と同様,日本独文学会もやはり「血行」がよくなくてはならない。そんなことを考えながら,改めて学会誌は学会の命であると思った。(小黒康正)

2020.11.07
雑 文 「おやじ公共圏」(小黒康正)

 「象牙の塔にこもる」、そんな事を私はときどき夢見る。当方、日本独文学会では理事と文学・文化部門編集責任者を兼担し、本務校や日本独文学会西日本支部や西日本日独協会などでも重責を担わなければならない。できる人の所に仕事が集まるとよく聞くが、私の場合は完全に美しい誤解である。

 当方,実は地域でも忙しい。小学校「おやじの会」や中学校「おやじ倶楽部」の会員として、パトロールをしたり、運動会の手伝いをしたり、ペットボトルロケット大会を企画したりなど、様々な年中行事があるからだ。しめ縄作りや餅つきも行う。

 私の住む所は,「神様,仏様,稲尾様」の鉄腕投手が PTA 会長だったし、日本で最初に「おやじの会」が立ち上がった校区らしい。もっとも、こんなことばかり書いていると、「象牙の塔にこもる」べきではないですか、と言われそうだ。

 日本独文学会機関誌『ドイツ文学』の160号特集が「文芸公共圏」に決まってからというもの、特集責任者の西尾宇広氏(慶應義塾大学)と意見交換を行ってきた。「文芸」と「公共圏」を結びつけることはできるのか、市民公共圏を立て直す筋道はあるのかと。

 そう問うているとき、我が校区で2000年に第1回福岡市おやじサミットが開催されたことを思い出した。私は、数年来、PTA 活動の危機や学級崩壊を目の当たりにしながらも、そうした問題の解決に取り組むアクティブな「おやじ」たちに出会ってきたのである。

 私的圏域から近代的公共性が成立したことを西尾氏から学んだだけに、公私の中間領域をわが校区に見出した気が私なりにした。そんな私は「おやじ公共圏」を夢みているだけかもしれない。夢みるおやじになりすぎると、またしても言われそうだ、「象牙の塔にこもる」べきではないですかと。

 特集「文芸公共圏」は市民的主体性のあり方を『ドイツ文学』の読み手にラジカルに問い直す。その意味でこの特集はなかなか恐ろしい。『ドイツ文学』160号を手にするたびに私は自問する、「象牙の塔」と「おやじ公共圏」ははたして結びつくのであろうかと。

(以上の拙文は、2020年春に書いた。文学・文化部門編集責任者として最後の仕事をしていた時で、コロナが感染拡大が深刻化する前だったと思う。当時、2020年夏に第21回目おやじサミットをわが校区で行う準備中だったが、残念ながらこの企画も延期を余儀なくされた。 小黒康正)

2020.11.03
寄 贈 『西洋文学にみる異類婚姻譚』(須藤温子)

本のご寄贈を受けるたびに私はいつもつぶやく、「一粒で二度おいしい」と。ご寄贈の本は不意に私のもとにやって来る。そしてまったく予期せぬ問いを私にもたらす。過日、日本大学教授の須藤温子先生から共書『西洋文学にみる異類婚姻譚』(山内淳監修、小鳥遊書房、2020年)をいただいた。人間以外の生き物と人間が結ばれる物語は、古今東西、実に多い。その中で、西洋文学における異類婚姻譚はいかなる特徴を有するのか。ご寄贈をいただいてから私は思わず知らず自らに問い続けている。それはまさに書物の「憑依」に近い。だから「一冊で二度おいしい」のだ。

異類婚姻譚は基本的に異性婚を前提とする。どうも同性婚は極めて少ないのではないか。「カエルの王様」や『美女と野獣』のように、(元は人間存在であるにしても)動物存在の男性と人間存在の女性が結ばれる異類婚もあるが、やはり多いのは、古典的作品であるエウリピデス『メディア』(人間の男性と魔女)やメリュジーヌ伝説(人間の男と水の女)が示すように、男性の人間存在と女性の異界存在の婚姻譚である。西洋文学の場合、一神教が強く働く古代末期以降、異教的かつ女性的存在はいわば「周辺化」されていく。その証言が西洋文学の異類婚姻譚であろう。

「周辺化」の結果、何が起きたのであろうか。近代に入ると、近代ヨーロッパの汎神論やドイツの自然哲学を契機に、人間存在と自然存在はそれまでにないほど近づく。しかし、フケー『ウンディーネ』の騎士フルトブラントは、人間と人魚が奇妙な縁を結ぶ自らの異類婚に憤懣をぶちまけるし、アンデルセン『人魚姫』の「おばあ様」は異類婚の成立不可能をしかと強調する。つまり、異類婚は基本的にあり得ない、あったところでその期間は実に短い。それだけに、異類婚姻譚は総じて「どこにもない場所」の志向を近現代にも持ち続ける。

そうしたユートピア性を近現代西洋文学の異類婚姻譚が持ち続けていることを見逃してはならない。そして同時に、『美女と野獣』が示すように、古典的な枠物語もしくは「小さな物語」としてのメールヒェンの形式を好んで持つことも見逃してはならないであろう。つまり、枠の外側はリアリズムを志向し、枠の内側がファンタジーを志向する物語形式だ。ホメロス『オデュッセイア』やボッカチオ『デカメロン』などがその典型であり、西洋文学の外側では何と言っても『千夜一夜物語』がある。異類婚姻譚は内容においても形式においても「どこにもない場所」をめざすのだ。 (小黒康正)

2020.10.28
授 業 集中講義(荒又雄介)

 九大独文では、今年度三つ目の集中講義が本日から始まりました。ご担当は、主としてオーストリア文学を中心に研究をされている荒又雄介氏(大東文化大学外国語学部准教授)です。今回の集中講義を企画された武田先生の先輩と伺っています。当方、荒又氏とはお互いに若い頃、蓼科文化ゼミナールで何度もご一緒しました。(小黒康正)
(http://www2.lit.kyushu-u.ac.jp/~syllabus/cgi-bin/table-odd.cgi?thisyear=2019&num=1340512&show=S2110000&big=B00000&each=1)

2020.10.17
寄 贈 『シューマンとその時代』(山崎太郎)

  半年ほど前かと思いますが、アルンフリート・エードラー著『シューマンとその時代』(山崎太郎訳、西村書店、2020年)を東京工業大学教授の山崎太郎先生からいただきました。実に見事な浩瀚の書です。

 御著を拝読しながら、音楽と文学の深い関わりを大いに学びました。その交点を一言でいえば「分裂」でしょうか。過日行った音楽神話に関する二つの講義で、「初版への序文より」から以下の箇所を引用しました。

 「一九世紀に入って生じつつあった歴史の諸条件のもとで、作曲活動を続けてゆくことの困難は果てしなく大きなものになっていったが、シューマンの人格が分裂してゆく過程をその典型例として示すことにこそ、本書の中心的な狙いがあったと考えていただいてよい。」

 同書の狙いが端的に示されている箇所です。私の講義「音楽神話」でもキーワードは「分裂」なので、ルードルフ・カスナーの著作『19世紀』(1947)に基づいて,自分自身に至る場合にドイツ人ほど長い道のりを歩む人間はいない、ドイツの帝国理念にも音楽にも「分裂と自分への最も長き道のり」が強く表現されていることを説明しました。

 問題となる「分裂」とは、トーマス・マン的に言えば、市民的生と芸術家的生の対立と言えましょう。そのことが山崎先生による「訳者あとがき」にも書かれていましたので、やはり講義中に引用しました。

 「総じてシューマンとは、感性・感情に対する理念・理論、寡黙∕内向に対する饒舌∕情熱、芸術家に対する市民という一見相入れない両極のあいだの大きな振幅としてしかとらえようのないユニークな現象ではないのか。」

 19世紀は「分裂」の世紀です。あるいは近代的な「分裂」の問題が顕現し始める世紀とも言えましょう。私のこれまでの研究によりますと、「分裂」の世紀の文学的嚆矢は,C. ブレンターノとJ. ゲレスの共作『時計職人ボークスの不思議な物語』(1807)です。

 そこで問題となる市民的生と芸術家的生の対立は,時計職人の高度な「技術」Kunstと音楽家の演奏による「芸術」Kunstとのずれ,つまり「クンスト」が有するヤヌスに基づきます。

 主人公の時計職人は市民的な多血質と芸術家的な胆汁質という二つの顔を頭部にもちますが,このヤヌスは完全に分裂してしまいます。こうしてこの物語は「分裂」の世紀の旗幟を鮮明にするのです。

 詳しくは、以下の拙論を参照されてください。作品の本邦初訳も掲載されています。→ 小黒康正:アンティポーデの闇——ブレンターノ/ゲレス『時計職人ボークスの不思議な物語』(九州大学独文学会『九州ドイツ文学』第23号,2009,1-48頁)。

 なお、エードラーによれば、シューマンは市民的生と芸術家的生の分裂を自らの創作を通じて何とか結びつけようとした音楽家です。その際、重要な概念が「フモール」となります。同時にこの概念は音楽と文学の重要な結節点でもあります。

 音楽関係者のみならず、近代ヨーロッパに関心のある全ての方におすすめします。ぜひシューマンの「詩人の恋」を聴きながら、読まれてください。本当におすすめの一冊ですよ。(小黒康正)

2020.10.16
授 業 講義題目(小黒康正)

 私が教授就任後に行った講義題目をまとめてみました。文学部で行うドイツ文学講義では40〜80名ぐらいの学生が受講します。主に1年生の受講が多い基幹教育の講義では、今年は200名、去年は300名ほどの学生が受講を希望しました。九大に着任してからずっと全員のレポートに朱を入れて返却していますので、受講者が多いと本当に大変です。うれしい悲鳴かもしれませんが……(小黒康正)
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令和 2年度
・ 基幹講義(後期):西洋文学入門「音楽神話」
・ 学部講義(後期):「音楽神話」の研究

令和元年度
・ 基幹講義(前期):ドイツ文学における「自然」
・ 学部講義(前期):ドイツ文学における「自然」
・ 学部講義(後期):ドイツ文学における「技術」

平成30年度
・ 基幹講義(前期):西洋文学入門 ——九州大学トーマス・マン所蔵書簡をめぐって——
・ 学部講義(前期):トーマス・マン研究——九州大学所蔵のマン書簡をめぐって——
・ 学部講義(後期):トーマス・マン『魔の山』研究

平成29年度
・ 基幹講義(前期):恋愛と読書
・ 学部講義(前期):恋愛と読書
・ 学部講義(後期):トーマス・マンと日本文学

平成28年度
・ 基幹講義(前期):メールヒェン研究(『ビリビンカー』)
・ 学部講義(前期):「第三の国」研究(1)[マン]
・学部講義(後期):「第三の国」研究(2)[背教者の系譜]

平成27年度(サバティカル)

平成26年度
・基幹講義(前期):文学・言語学入門(ヘルタ・ミュラー)
・学部講義(前期):ヘルタ・ミュラー
・学部講義(後期):エッセイの射程

平成25年度
・学部講義(前期):ネオ・ヨアキム主義
・学部講義(後期):「メールヒェン」論
・集中講義(後期):第三の国(東北大学)

平成24年度
・ 学部講義(前期):水の女
・学部講義(後期):第三の国

平成23年度
・学部講義(前期):沈黙の詩学
・学部講義(後期):ディレッタンティズム

平成22年度
・ 学部講義(前期):芸術都市ミュンヘン
・学部講義(後期):「メールヒェン」研究
・西南講義(前期):「水の女」の変容
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2020.10.15
授 業 佐賀県立佐賀西高等学校(小黒康正)

 当方、10月19日に佐賀県立佐賀西高等学校で、出前授業として学問研究講座を担当します。講義テーマは下記のとおりです。同校は佐賀の名門校、授業を担当できますこと、光栄に思っています。

講義テーマ: 九州大学文学部の「ドイツ学」ーー文学・語学・文化・歴史・思想

なお、私にとって、佐賀といえば、何度もドイツからの客人を案内した唐津、何度も陶磁器を買いに出かけた伊万里、何度も疲れを癒した武雄温泉、何度も絶景を堪能した黒髪山、何度も走った佐賀さくらマラソン、楽しい思い出ばかりです。(小黒康正)

2020.09.28
案 内 文学部専門分野決定ガイダンス(9月30日)

追伸
 文学部専門分野決定ガイダンスの後、引き続き研究室訪問があります。独文研究室では、まだ席に余裕がありますので、お時間のある方は遠慮なくお立ち寄りください。
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 今年は9月30日に文学部1年生(ならびに専門分野未決定者)対象に文学部専門分野決定ガイダンスが行われます。独文学研究室(部屋番号 E-B-633、電話 092-802-5099)に来るのに、ビザもパスポートも不要です。冷やかしも構いません。遠慮なくお越しください。

 独文では、主にドイツ語圏(ドイツ、オーストリア、スイスなど)、授業内容(ドイツ文学講義、ドイツ文学演習、ドイツ語会話、ドイツ語作文など)、ドイツ留学(半年もしくは1年の留学先はミュンヘン大、ハイデルベルク大など)などの説明を小黒が行います。他にご希望があれば遠慮なくお尋ねください。私なりに一球入魂で説明いたします。

 なお、よく聞かれることですが、1年時にドイツ語が未履修でも独文学研究室を所属講座として選ぶことは可能です。平均して言えば、毎年一人ぐらいそうした方がおられます。ドイツ語未履修の方々に対しては院生の先輩が2年生前期に集中してドイツ語を教えますので、心配無用です。

 実はここだけの話ですが、九大文学部1年時に英語とフランス語を選択したH 氏はいまや福岡大学准教授、英語と中国語を選択した S 氏はいまや長崎外国語大学准教授、やはり英語と中国語を選択した M 氏はいまや南山大学講師、いずれも独文学研究室でドイツ語を初めて学んだ方々ばかりです。みんな見事に化けました。 (小黒康正)

2020.09.28
紹 介 インタビュー(小黒康正)

昨年、九州大学のとある学生団体からインタビューを受けました。その際、答えたことをここに再現いたします。研究室紹介の一部としてご参考にされてください。(小黒康正)

Q. 先生のご研究について教えてください。
近現代ドイツの文学と思想を研究しています。トーマス・マン(黙示録、アレゴリー)から始まり、ドイツ・ロマン派(水の女、メールヒェン)を経て、ルードルフ・カスナー(エッセイ、観相学)に行き着きましたが、今は再びトーマス・マン、特に『魔の山』に取り組んでいます。そう言えば、ゲーテが言っていますね、「人生の最後をその最初と結びつけることのできる者は、一番幸せな人だ」と……

Q. 先生のご趣味について教えてください。
基本的には「趣味を持たないことが趣味」と思っています。とはいえ、中学生のときは卓球(前陣攻守型)、高校生のときはサッカー(サイドバック)、大学生のときは引越しバイト(?)、院生のときは登山(特に三郡縦走!)、教員になってからはフルマラソン(いぶすき菜の花マラソンで3時間39分)にはまりましたが、今は合気道(2020年秋から三段)の朝稽古に通う毎日です。もしかしたら研究も趣味? よく分かりませんが、少なくともドイツ語は自分の身体にとても馴染んでいるようです……

Q. 先生の教育理念を教えてください。
「むずしいことをやさしく、やさしいことを深く、深いことを面白く」でしょうか。実は九大で開講されている講義の中で、一番役に立つ(そして一番脱線が多い)授業を目指しています、ここだけの内緒の話ですが……

Q. 先生が講義を受講する学生に求めるものを教えてください。
特にありません。強いて言えば、文学なんか読んだことがない方、読んでも面白いと思ったことがない方、そもそも文学なんか嫌いな方、いいですね、大歓迎です。そうした方々がおられると、何だかファイトが湧いてきます。

Q. もしも今大学生に戻れたなら、どのように4年間を過ごしますか?
実はそんなことを考える暇がないぐらい多忙な毎日です。後先をあまり考えずに生きているのかもしれませんが、私なりに「一期一会」で生きています。特に学生と議論や歓談するときは、その感が強まります。「時間よ、とまれ、お前は美しい」……

Q. 今の大学生に経験してほしいことは何ですか?
携帯とかタブレットとかを手放すことでしょうか。身体を動かしながら精神の深層に届くようなものの考えをして欲しいですね。友達の中で、誰よりも早くインベーダーゲームをし、誰よりも早くワープロを使い、誰よりも早く車の免許を取った自分が言うのは変なのですが……そんな矛盾を自覚するとき、何だか自分が「文学」に近づいているような気がします。ちなみに私は車の運転をしなくなりました。携帯電話はいまだ持っていません。それだからこそ、人との出会いはますます「一期一会」です。インタビュー、有り難う!

2020.09.22
研 究 第120回トーマス・マン研究会(10月13日)

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第120回トーマス・マン研究会のご案内

日 時: 
2019年10月13日(日) 14:30~

場 所: 
西南学院大学(学術研究所1階 第2会議室)にて
アクセスマップ:
http://www.seinan-gu.ac.jp/access/access.html
http://www.seinan-gu.ac.jp/campusmap.html

14:30~16:00
発表1:
林弘晃(九州大学大学院博士後期課程)
ヘルマン・ブロッホのトーマス・マン批評について

16:15~17:45
発表2:小黒康正(九州大学)
『技術の完成』における観相学的文明批判
フリードリヒ・ゲオルク・ユンガーとルードルフ・カスナー

18:30~
懇親会: (当日、ご案内いたします) 

出 欠: 
参加希望者は10月6日までに事務局までにご一報ください。
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 お名前:
 研究会  参加・不参加
 懇親会  参加・不参加
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その他:
① 本会について
本会は、平成元年に数名の若手マン研究者が、池田紘一氏(九州大学名誉教授)のもとに参集、その後、年に4回のペースで、マンを中心に近現代ドイツ文学に関する研究活動を行っています。

② 発表募集
研究発表の募集は、会員以外の発表を含め、随時行っています。発表希望者は事務局まで早目にご相談ください。

③ 旅費補助
本会は、遠隔地から参加する常勤職のない若手研究者に対して、旅費補助を行っています。併せて事務局までご相談ください。

④メールの送信について
メール送信の停止を希望される方は本メールの返信にてご一報ください。

⑤近年の研究発表者
・第115回研究会(2018年 3月、龍谷大学):Thomas Pekar、Yasumasa Oguro、Atsushi Imai、Hans Wißkirchen
・第116回研究会(2018年 7月 九大言文):鈴木啓峻、今井宏昌
・第117回研究会(2018年12月、西南学院):糸瀬 龍、中島邦雄
・第118回研究会(2019年 3月、福岡大学):別府陽子、坂本彩希絵
・第119回研究会(2019年 7月 九大独文):長光 卓、小黒康正

⑥今後の研究発表者
・第120回研究会(2019年10月、西南学院):林 弘晃、小黒康正
・第121回研究会(2019年12月、福岡大学):糸瀬 龍、速水淑子
・第122回研究会(2020年 3月 九大言文):(募集中)、(募集中)
・第123回研究会(2020年 6月、西南学院):(募集中)、(募集中)

⑦事務局 
〒819-0395 福岡市西区元岡744
九州大学文学部独文学研究室
トーマス・マン研究会事務局
小黒康正(E-mail: oguro[at-mark]lit.kyushu-u.ac.jp)
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2020.09.21
報 告 小辻梅子成績優秀者奨学金受給者(石川充ユージン)

 1年間にわたるハイデルベルク大学での留学生活を終えた4年生の石川充ユージン君が成績優秀な学部生として「小辻梅子成績優秀者奨学金受給者」に選ばれました。(http://www2.lit.kyushu-u.ac.jp/campuslife/scholarship.php#kotudi)

2020.09.21
寄 贈 トーマス・ベルンハルト『地下』(今井敦)

 数日前のことだ、訳者の今井敦氏(龍谷大学教授)から届いたトーマス・ベルンハルト著『地下 ある逃亡』(松籟社、2020)を献本として受け取ると、私は多忙を極めていたにもかかわらず、いや、多忙を極めていたからだろうか、すぐに読み始めた。これも、あれも、しなければならない。そんな中、私は、主人公と同様に、「反対方向」に「ある逃亡」を始めた。

 人は忙しい最中でも自分の好きなことは忘れない。私はこれまで今井氏から1982年の『ある子供』(松籟社、2016)と1975年の『原因』(松籟社、2017)をいただき、読了していた。今回いただいた1976年の『地下』も、いずれもベルンハルトの「自伝五部作」に含まれる。1978年の『息』と1981年の『寒さ』を含め、五部作は緩やかな連続性からなる円環構造をもつ。

 そのことを私は知っていただけに、読み始めと同時にしたことは、『原因』の最後を確認することだ。ギムナジウム中退を決意した15歳の少年は、確かに職業紹介所に向かう。そして『地下』の冒頭で、少年は「これまでの存在からの離反」を始め、犯罪の温床となっているザルツブルクの貧困地区に向かう。この歩みは安穏とした我々の生に対する警鐘である。

 『地下』においても、『ある子供』や『原因』と同様に、警鐘はあまりにも辛辣だ。とはいえ『地下』も読み応えのある作品である。実に面白い。この面白さはどこから来るのであろうか。社会の支配的価値観に対する批判の痛烈さが、言うまでもなく面白さの一つである。しかし、激烈な否定の精神だけでは、私自身、自分の仕事を忘れてまで没頭して読まなかったはずだ。
 
 なぜベルンハルトは一方で「故郷の町」を罵り続け、他方でザルツブルクに繰り返し足を運んだのだろうか。私見によれば、捻れた否定の精神こそ、ベルンハルト文学の腐植土である。ベルンハルト文学は作家自身によって強烈に否定された対象によって培われている、と私は思う。その意味で、オーストリアを最も辛辣に批判したベルンハルトこそ、オーストリアの作家である。

 作家自身によって強烈に否定された対象によって培われるという文学的営為は、おそらくドイツ文学の場合、ロマン派から始まるのではないか。それは、単なる他者批判でもなく、自己批判でもない。作品内で断罪されたものが「書く」という営みの根源的な動因といういわば否定の弁証法は、とりわけオーストリア文学の場合、言語そのものへの懐疑として展開する。

 その最も辛辣で過激な展開こそ、オーストリア文学、いや世界文学の中で、ベルンハルト文学に認められるのだ。それだけに、主人公が自らの内に音楽への情熱を発見、いや再発見する歩みもいくつかの捻れの中で進んでいく。地下食料品店の店主がかつて音楽家を、それもウィーン・ファイルの楽団員を志していたことも、興味深い捻れのひとつではないか。

 私自身は、ここのところ今井氏から献本をいただく度に、どんなに忙しくても読み始めてしまう。ちなみに今井氏の訳業も訳者解題も見事である。ベルンハルト「自伝五部作」の面白さも、「反対方向」の深さも、よく伝わる翻訳だ。それだけに、ここだけの話だが、私は次の訳業の成果を今から楽しみにしている。『地下』の最後もしっかりと頭に入れた。(小黒康正)

2020.09.20
寄 贈 『賦霊の自然哲学』(福元圭太)

若手研究者の皆さんへ

過日、『賦霊の自然哲学——フェヒナー 、ヘッケル、ドリューシュ——』(九州大学出版会、2020年)を戴きました。寄贈者は、九州大学での所属は違いますが、いつもいろいろな形で協力をいただいている言語文化研究院教授の福元圭太先生です。先生は、私にとってトーマス・マン研究会での研究仲間でもあります。同書は『「青年の国」ドイツとトーマス・マン——20世紀初頭のドイツにおける男性同盟と同性愛——』(九州大学出版会、2005年)に次ぐ福元先生の第2著作です。

この15年間に、私はご本人から数多くの論文抜き刷りをいただいてきましたので、同書の半分、もしくはそれ以上を、既に読んでいたのではないでしょうか。しかし、今回、1冊の書物として寄贈を受け、改めて拝読いたしますと、知的興奮と共に初読のような読後感を抱きました。抜き刷りで得た感触からすると自分は毎回違う何かに触れているという印象を抱いていましたが、あえて喩えで言いますと、私がこれまで触れ続けてきたのは、巨象の鼻であり、脚であり、腹であったようです。

私は、同書の一部をマン研究会や科研研究会で拝聴していましたし、また、日本独文学会機関誌『ドイツ文学』153号の特集責任者だったとき、補論にあるマンに関する論考を既にドイツ語で読んでおりました。それだけに、浩瀚の書のいわば揺籃期に何度も立ち会っていたのかもしれません。映画『ベルリン・天使の詩』から取られたエプグラフは、物理学者エルンスト・マッハが若い頃に経験した神秘体験の記述と実によく響き合っています。その事にも、私なりにすぐに気がつきました。

多岐にわたる個々の論述がどのようにしてまとまり、浩瀚の書となったのでしょうか。福元先生の著作には、家で言いますとしっかりとした大黒柱(武道で言いますとぶれない体幹)があります。但し、それは静的なものではなく、とても動的なものです。つまり、「ロマン主義的自然哲学」が実証主義的な自然科学の洗礼を受けながらも「ネオ・ロマン主義的自然哲学」へと変貌するドイツ精神史の極めて重要な過程であります。動的な大黒柱の実像が、実は一頭の巨象だったのです。

以上の変容過程を、フェヒナー 、ヘッケル、ドリューシュを中心に福元先生の著作は詳述されています。鼻も、脚も、腹も、いずれも実に興味深い内容です。もっともこの本は2020年10月10日の刊行ですので、あまり細かく書くと「ネタバレ」になってしまいますね。後は皆さんがそれぞれ味読されてください。とはいえ、当方の身近にいる若い方々にぜひお勧めしたいので、皆さんのご関心とどのようにつながっているかを簡潔にお伝えし、象の大きさを私なりに示唆しておきましょう。

博士論文を執筆中の O さん、同書は「ロマン主義的自然哲学」を扱うだけに、ノヴァーリスに関する言及が何度もあります。ノヴァーリスによると、本来人間は世界と根源的な連関を有していたとのことでしたね。この問題に関して、福元先生は、シェリング哲学のみならず、古代ギリシア哲学に遡って論述されています。

E. T. A. ホフマンに関心のある S 君、君はそう言えば、以前のコロキウムで「機知」を問題にしていましたね。実はフロイトの機知論はフェヒナーの『美学入門』に基づいています。福元先生のフェヒナーに関する論述はとても参考になりますし、そうした論述が『賦霊の自然哲学』の重要な核となっているようです。

そうした「核」に基づいて、福元先生は実証的自然科学と自然救済感情が独特に混交した一元論的世界観を問題にされています。この辺りのことは、オットー・ヴァイニンガーとの関連で先のコロキウムで H 君が発表をされていましたね。ご参考にされてください。ヘルマン・ブロッホやヘルマン・バールも扱われていますよ。

目下、卒業論文を執筆中の O さんにもお伝えします。福元先生が結論部の注で自ら述べられていることですが、同書ではムージルは残念ながらほとんど扱われていません。とはいえ、卒業論文の内容と関わる「我々の言語を超えた神秘の言語」 が縦横に扱われているので、その点でとても参考になるのではないでしょうか。

そしてトーマス・マン研究会の新進気鋭の方々にもお伝えしておきます。『賦霊の自然哲学』は、『ドイツ文学』153号に掲載されたドイツ語論文の日本語版があるだけではありません。マン文学に関わる内容がどの章にもあります。例えば、体験したこともないはずのことを「思い出す」、言うまでもなく『魔の山』第6章の「雪」ですね。(小黒康正)

2020.09.17
案 内 「山本成宏作曲個展コンサート」(10月23日)

 福岡在住の指揮者である山本成宏氏が、作曲活動50周年を記念して、「山本成宏作曲個人コンサート」を別紙のとおり開かれます。山本氏は、国内は言うに及ばす、パリ、ベルリン、ウィーンなど、広く海外でも活躍されている方です。西日本日独協会の会員でもあられます。今回、プログラムに入っております「六人の女性のためのリディア」を、当方、以前、大変興味深く拝聴いたしました。九大独文 HP でも今回のご企画を案内いたします。(小黒康正)

参考ファイル:山本会員音楽会 表.pdf
2020.09.14
感 想 基幹教育「文学・言語学入門」(小黒康正)

● 当方、2019年前期金曜日1限に、基幹教育文系ディシプリン科目「文学・言語学入門」を担当しました。主に1年生対象の授業に350名を超える学生が殺到。以下、最終回に行ったレスポンスペーパーの一部です。皆さんの感想にコメントを少々つけました。(小黒康正)

・ ドイツ文学の専門的な話でもわかりやすく、ユーモアも交えながらの授業で楽しかった。(経済学部K) → 「むずしいことをやさしく、やさしいことを深く、深いことを面白く」(井上ひさし)

・ 小黒先生の熱意が伝わってきて、受けていて楽しい授業でした。(理学部N) → 文学研究は Passion、喜びと苦しみが分け難い。

・ 先生が授業中にされる話はとても面白かった。若干、そっちを楽しみに毎回授業を受けていた(理学部P)雑談を毎回楽しみにしていた。(芸術工学部Y)先生のドイツでの体験談が面白く、心地よい授業だった。(文学部M)この授業は良い意味で衝撃的だった。(経済学部P) → このような感想を書かれた方が割と多く、私は未だ「脱線」から解脱できない。

・ 小黒先生のドイツ経験やレポートの書き方など面白く今後の大学生活に役立つ内容だった。(教育学部K)レポートを書くときのポイントを指導してくださり、他の科目のレポートを書くときもそのポイントを生かせたので感謝しています。(農学部G) → 文学の授業ぐらい役に立つものは他にない(かな?)。

・ 「五つの竹刀(しない)」は本当に印象に残っている。(文学部K) → 私の授業はいわば道場、まずは皆さんに竹刀を振ってもらいました。その内、木刀や真剣を使う日が来るかも知れません。

・ 小黒先生のドイツ文学への強い愛を感じる授業だった。(医学部S)前期に受けた中で一番好きな授業でした。(医学部Y)先生の一見雑談に思える話が最後になぜか物語に結びついていることが聞いていてとても楽しかった。(理学部T) → 私が文学を語っているのではなく、文学が私に語らせている。

・ 小黒先生の授業は本当に面白かったです。特に『人魚姫』で先生が無意識に魔女の役になりきっていたのが印象的でした(農学部P) → お恥ずかしいことに、あの時、『人魚姫』の憑依を受けてしまいました。関心 inter-esse の本質はいわば主客合一、恐ろしいですね。

・ 多和田さんの授業、絶対に受けたいです。(文学部Y) → この方は3年生、しかも単位にならないのに聴講してくれるリピーター。ありがとう。来期の講義ではドイツ文学としての多和田葉子文学を一部扱う予定。

・ 先生の講義を聞いて『心獣』を読みたくなった。(医学部P) → 最後の授業では、「周辺から立ち上がる文学」としてヘルタ・ミュラーの代表作を一球入魂で扱った。

・ あまり本を読むタイプではなかったのですが、先生が楽しそうに文学作品をの解説をなさっているのを見て、本を読んでみようという気になり、読み始めました。(経済学部R)文学など考えることのない私にはかなり難解な内容でしたが、よくわからないけど何だか満足しています。(農学部N)私がずっと疑問に思っていた文学を学ぶ意義について少しだけ分かったような気がしました。(文学部T) → 同志が増えましたね。

・ レスポンスペーパーの題が「自然とは何か」だったとき、「遠い故郷」という抽象的な答えをしてしまって、直後は「馬鹿なことを書いてしまった」と思ったが、先生に取り上げていただいて説明を聞いていたとき、自分の頭の固さと文学の広さに気づいた。(文学部P) → 「ドイツ人ほど自分自身に至る場合に、長い道のりを歩む人間はいない」というルードルフ・カスナーの言葉は、自然からかけ離れた近代以降の人間に当てはまる。

・ 専門では先生の研究室に行きたいです。(文学部G) → 来るもの拒まず、去るもの追わず。お待ちしています。

・ 先生が最初に立てた計画どおりにいかず、一冊一冊の本について熱く語りすぎてしまうのが面白いです。(教育学部K) → 私の生き方そのものです。

・ ひとつ残念だったのは『心獣』を扱う時間が短かったことです。(農学部Y) → 毎度のことですみません。

・ 今日の『心獣』の表紙についてのお話には驚きました。(理学部N) → 表紙は私なりの「解釈」。

・ 今まで知らなかった文学の面白さに気づくことができた。(法学部W) → 優れた文学はいわば高峰、それだけにルートは限りない。

・ 僕は武田先生からドイツ語を習っていて、ドイツに対する興味がより深くなりとても有意義な時間でした。(工学部E) → 武田先生は私の同僚、いつも楽しく議論をしています。

・ この授業の受講した理由は、レポートに朱を入れて返してくださるから。(農学部W)添削を楽しみにしています。(農学部T)レポートに朱を入れて返却してくださると聞いてレポートを書くモチベーションになった。(理学部W) → レポートの添削返却は九大に着任して以来、続けてきていること。

・ 最近、アクティブラーナーの育成だとか何とかでディスカッションやプレゼンを求める授業が増えてきています。確かにそのような力は必要かと思いますが、個人的には教授が自分の研究分野について熱く語る授業が好きです。(教育学部M) → 確かピーターの法則によれば、人は地位が上がれば上がるほど無能になる。それだけに「教授」ともなれば常に初心に戻らなければならない。

2020.09.13
感 想 ドイツ文学講義 V(小黒康正)

 2019年前期には火曜日2限に文学部で「ドイツ文学講義 V」を担当しました。テーマは「ドイツ文学における自然」です。今回は比較的履修者が多く、80名以上の学生が熱心に聴講してくれました。以下、最終回に行ったレスポンスペーパーに対するにコメントの一部を紹介します。(小黒康正)

●先生のお話を聞いているとどの作品も読みたくなってしまい、ぜひ夏休みになるべく多く読みたいと思います。(美学美術史S) → 最近よく思うのですが、私が作品を語っているのではなく、作品が私を通じて語っています。

●「文学とは何か」について考えるよすがとなった。(中文E) → 関心とは inter-esse、つまり対象との主客同一化。私なりに「文学とは何か」を問いながら対象に入り込んでいます。エンペドクレスが火山に飛び込んだように。

●話の脱線が話の脱線を生んで、そこらか学ぶことが多かった。(独文K) 脱線は多かったですが、その脱線は全て文学に関連のあるもので、より深い理解、興味につながりました。(英語英文学M)→ 妙なところでお役に立てて幸いです。私の「脱線」は線路から脱輪しながらも何とか真っ直ぐに走っている鈍行列車といったところでしょうか。

●脱線が多いときいていてそれを楽しみにしていたわけですが、本題も脱線もとてもとても楽しかったです。(国文Y)→ 「楽しませることと有益であること」prodeesse et delectare と同時に、私なりにことの本質を突くことを目指しています。

●今回の授業は比較的に脱線が少なかったので計画どおりに進んだと思いますが、もっと脱線や小話を聞きたいとも思いました。(独文W)  → 話し上手とは脱線上手とのこと、皆さんのご要望ということでしたら喜んで……

●レポートの書き方まで教えてくれる先生は多くないと思います。後期また授業を受けたいです(教育学部R) → 書くことは知的営為の土台、その意味で文学の授業は諸学の土台。

●5っの「しない」が学べてよかったです。これから課題のレポートを書くのが楽しみになった。(文学部W) → 「これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」(孔子)

●トーマス・マンが音楽と密接に関わっていることを知れて良かったです。(英文N) → ルードルフ・カスナーによれば19世紀は「ドイツの世紀」であり、「分裂の世紀」であり、「音楽の世紀」。この問題を最も深く掘り下げたのがトーマス・マンではないでしょうか。

●ドイツ文学は面白い、昨年のトーマス・マン講義から改めてそう思いました。(国文N) → 私の恩師がいつもドイツ文学を熱く語ってくれたので、私自身もそのようになってきたのかもしれません。私なりの「伝承」行為です。

●今期も面白かったです。文学の講義を聴いていると、やはりそう簡単に思想・宗教・文学・芸術とを切り離して考えることができないと思いました。(哲学Y) → 文学は諸学の中の「結合術」 ars combinatoria 。

●小黒先生のドイツ文学講義をお聞きするのも今回で3回目になりました。(文学部N) 2年後期からの連続しての受講となったが、変わらず面白い講義だった。(日本史N) → 私の講義にはリピーターが多く、とてもいい刺激になっています。「また同じ話をしている、冗談まで一緒だ」と思われたくないので、それだけに精神を研ぎ澄まさなければならない。

●この講義は教養の身につく講義だと思いました。(英語学英文学K) → 身に余る褒めの言葉で、何だか私自身とても恥ずかしくなりました、雑談が多かっただけに……

●「自然」という大きくも繊細なテーマについて深く考える機会を得ることができました。(国文E) → 「花鳥風月」や「自然(じねん)」についても話しましたね。私も勉強になりました。

●小黒先生の話は毎回とても面白く、一度も欠席したり飽きたりすることなく最後まで楽しんで聴くことができました。(言語学G) → 「わたしらの口許から流れる、蜜の如く甘い声を聞かずして、行き過ぎた者はないのだよ。聞いた者は心楽しく知識も増して帰ってゆく」(ホメロス『オデュッセイア』より)

●やはりシラバスから外れた脱線が多かったという印象を受けました。脱線話も確かに面白かったんですが、計画に沿ったお話をもっと聞けたらと思うばかりです。(倫理学R) → このようなご意見が増えて欲しいと実は願っています。そうなればきっと私は私なりに「脱線」から「解脱」できるはずなのですが……

●小黒先生の授業では確かにシラバスの内容からは外れることも多かったですが、そういった雑談の中に興味深い話題が多くあったと思います。特にウィーンでの移民、難民をめぐる体験については、私はヨーロッパ史が専攻なので印象に残りました。(西洋史T) → 近代の文学はいわば体験芸術、そのことを自分なりに意識しています。

●たまに村上春樹の話が出てきてうれしかったです。(言語学S) → そのうちまた村上春樹を講義で扱います。

●今回最後のテーマは「監視する自然」でした。それは私たちが「空気」と呼んでいるものだと考えます。「自然」にふるまうために、私たちはこの「空気」を読むわけですが、私たちはこの「空気」に監視されていると思います。(独文E) → ヘルタ・ミュラー文学の自然描写を的確に捉えられましたね。

2020.09.08
報 道 「トーマス・マンの別荘 Villino」(小黒康正)

私は、バイエルン独日協会の招待で、8月28日の夕方にミュンヘン王宮で講演をいたしました。西日本日独協会の副会長として私なりにバイエルン独日協会の方々と交流を深めることができたと思っています。

同日の日中、やはりバイエルン独日協会の方々のご案内で、ミュンヘン近郊のフェルダフィング(Feldafing)に行き、トーマス・マンの別荘である Villino を訪問するという機会にも恵まれました。

Villino は第一次世界大戦後の1919年から1923年までの間、マンが一人でこもり、小説『魔の山』の後半部を書いた場所です。但し諸事情で閉館とのこと、実は当方が最後の訪問者になりました。

そんな事情があったからでしょうか、ミュンヘンを中心に活動をされている Thomas-Mann-Forum の会長である Dirk Heißeler さんから色々と貴重な話を伺っていた際、現地の新聞社の取材を受けました。

来られたのは「南ドイツ新聞」Süddeutsche Zeitung シュタウンベルク支局の記者とカメラマンです。本当に予期せぬことでした。取材内容は二つの新聞に記事として掲載されています。これまた驚きです。

→ https://www.sueddeutsche.de/muenchen/starnberg/kultur-schwere-stunde-1.4109266

なお、読んでいただければ分かりますが、新聞記事には、当方の名前やマンのデータベースに関して、間違いがあります。あまり期待はしていなかったとはいえ、やはり情報として不正確なのは残念です。

九州大学がほこるトーマス・マンのデータベースに関しては、他の方がどうも間違えてお伝えしたのかもしれません。私なりに樋口忠治先生(九州大学名誉教授)のお名前をあげたはずなのですが……

同日はゲーテの誕生日、犬も歩けば棒に当たるでしょうか、本当に貴重な経験をさせていただきました。本件につきましては、平成30年度後期のドイツ文学講義「『魔の山』研究」で詳しく報告します。 (小黒康正)

参考ファイル:Starnberger_Merkur_20180903_Seite5.pdf
2020.09.06
研 究  Apokalypse-Projekt (9月25日)

皆さま

九大独文科研研究会「ドイツの文学・思想におけるトポスとしての「黙示録文化」―「終末」の終末は可能か― 」は、フランクフルト大学の Johannes Fried 教授と Janus Gudian 氏を迎えて、8回目の研究会を国際コロキウムとして下記のとおり行います。ご関心のある方は、九大独文科研研究会事務局(hplkuk1021[at-mark]gmail.com)に9月15日までにご一報の上で、遠慮なくご参加ください。

研究代表者 小黒康正

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EINLADUNG

zum 3. Kolloquium des Apokalypse-Projekts
"Die apokalyptische Kultur als Topos in der deutschen Literatur und Geistesgeschichte. Ist das ‚Ende‘ vom Ende möglich?“

Zeit:
Dienstag, 25. September 2018, 13:30 Uhr

Ort:
Raum E-C-203 in East Zone 1 (http://www.kyushu-u.ac.jp/f/32764/2018ito-en.pdf)
im Ito Campus an der Universität Kyushu (http://www.kyushu-u.ac.jp/en/campus/ito/)

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Programm:
13:30−13:40
Eröffnung des Symposiums: Prof. Dr. Yasumasa Oguro

13:40−14:30
1. Vortrag: Yasumasa Oguro (Fukuoka)
Das dritte Reich in Japan und Deutschland vor dem ersten Weltkrieg —Henrik Ibsen, Dmitri Mereschkowski und Thomas Mann.

14:30−15:20
2. Vortrag: Janus Gudian (Frankfurt a. M.)
Stefan George und die politische Prophetie

15:20−15:40
Pause

15:40−16:30
3. Vortrag: Yoichiro Shimada (Fukuoka)
J.G. Herder und die Offenbarung des Johannes

16:30−17:40
4. Vortrag: Johannes Fried (Frankfurt a. M.)
Eine Geschichte des Weltuntergangs

19:00-
Gemeinsames Abendessen bei Genkai in der Nähe vom Bahnhof Hatae
(https://tabelog.com/fukuoka/A4009/A400901/40018636/dtlmap/)
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Kontakt: Bei Interesse am Symposium würde Frau Osawa (hplkuk1021[at-mark]gmail.com) Sie bitten, ihm dies bis zum 15. September in einer kurzen E-Mail mitzuteilen.

2020.09.06
寄 贈 『晩年のスタイル』(坂本彩希絵)

 昨日、『晩年のスタイル 老いを書く、老いて書く』(磯崎康太郎・香田芳樹編著、松籟社、2020年)の寄贈がありました。長崎外国語大学准教授の坂本彩希絵氏からの寄贈です。同氏は、以前、当方の元で助教を勤めた方でもありますし、私と同じくトーマス・マンの研究者でもあります。同書では、マンに関する第六章「市民たちの晩年」をご担当です。

 そこで、私なりにマンに関するエピソードをひとつ。晩年のマンは、『詐欺師ファーリックス・クルルの告白』執筆中に、娘エーリカ・マン宛の手紙で複雑な思いを伝えています。「来年は80になろうと言うのに、こういう怪しげな冗談を盛り込んだ作品を書くとはね(中略)『ファウストゥス博士』を書いたところで死んでいたほうが良かったのではないか」と。

 晩年のマンは、ゲーテを意識しながら、自分の人生に「まとまりのある完結した形」を強く求めていました。この詐欺師小説は、ゲーテ『詩と真実』のパロディーとして知られていますが、それだけではありません。「始め」と「終り」からなる完結した生のパロディーであり、それを果たせないでいる自身の晩年に対するパロディーでもあります。

 クルル小説では「始め」と「終り」の逆転が強く働くのです。つまり、「始め」と「終り」を経て再び「始め」へと至る巨大な円環の完結を、マンは晩年の創作原理としました。それだけに、未完に終わった同作はマン文学そのもののパロディーでもあったのです。このことを踏まえて第六章「市民たちの晩年」を読むと、新たに多くの知見を得ることができます。

 なお、『晩年のスタイル 老いを書く、老いて書く』は、坂本氏の他、や編者の磯崎康太郎氏と香田芳樹氏を含め、日本の独文学研究を代表する碩学が執筆されています。青年の国ドイツがこんなにも豊かで多彩な「老い」を示すとは、私自身、驚きでした。コロナ問題がいまだ終焉しない今だからこと、多くの知見を得られる一冊です。(小黒康正)

2020.08.21
学 会 アジアゲルマニスト会議(8月26日ー29日)

 2019年8月26日から29日まで札幌の北海学園大学で「アジアゲルマニスト会議2019札幌大会」(https://www.agt-jgg.org)が開催されます。同会議は、日本、韓国、中国の持ち回りで4年に1回開催されるドイツ語ドイツ文学の国際学会です。上記3ヶ国の他に、台湾、ドイツ、オーストリア、スイスなどから200名以上のゲルマ二ストが参加します。勿論、学会の使用言語はドイツ語です。

 当方は8月27日の夕刻に第4部会で「Das dritte Reich im physiognomischen Weltbild bei Rudolf Kassner」というタイトルで発表を行います。下記に発表要旨を貼り付けましたので、ご参考にされてください。他に九大独文関係では、水守亜季氏(南山大学)と竹岡健一氏(鹿児島大学)も発表を行います。 

 アジアゲルマニスト会議が日本で初めて行われたのは「アジアゲルマニスト会議1999福岡大会」です。あれから20年の歳月が経ちました。当時、当方は会計の重責を任されたことをよく覚えています。また、30年前の1989年に北大から九大の大学院に進学しましたので、今回の北海道入りは何だか感慨があります。 (小黒康正)

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Das dritte Reich im physiognomischen Weltbild
bei Rudolf Kassner

Yasumasa Oguro (Fukuoka / Japan)

Der Begriff Das dritte Reich stammt aus der dialektisch-trinitarischen Denkfigur von Joachim von Fiore, einem süditalienischen Abt des späten zwölften Jahrhunderts. Die Einflüsse des neo-joachimistischen Gedankens vom dritten status finden sich auch in Denkansätzen der Geschichtsphilosophie und in Kulturentwürfen der Moderne, freilich in unterschiedlichen Ausprägungen, beispielsweise in der Bezeichnung der Synthese zwischen Heidentum und Christentum als ‚drittes Reich‛ im Theaterstück Kaiser und Galiläer von Henrik Ibsen, in der synthetischen Idee des dritten Reiches bei Dmitri Mereschkowski, in der Einteilung der Geschichte in drei Epochen bei Wassily Kandinsky, im Kampf um „das Dritte Reich der religiösen Humanität“ bei Thomas Mann, im 1923 von Moeller van den Bruck veröffentlichten Buch Das dritte Reich, im nationalsozialistischen Propaganda-Schlagwort „Das Dritte Reich“, in Ernst Blochs sozialrevolutionärem Versuch, den Originalsinn vom dritten Reich von den Nazis zurückzuerobern, u. a. Dieser Vortrag setzt sich mit dem dritten Reich im physiognomischen Weltbild bei Rudolf Kassner (1873-1959) auseinander.
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2020.07.31
案 内 文学部オープンキャンパス(8月3日)

今年も8月3日に文学部オープンキャンパスが開催されます! 一同、高校生の皆さんにお会いできるのがとても楽しみです。独文学研究室が提供する主なメニューは、

1)ドイツ(環境、メールヒェン、サッカー?)、オーストリア(音楽、チロル?)、スイス(ハイジ?)の説明、

2)授業の説明(ドイツ文学講義、ドイツ文学演習、ドイツ語会話、ドイツ語作文など)の説明、

3)ドイツ留学(半年もしくは1年の留学先はミュンヘン大、ハイデルベルク大など)の説明、

以上です。他にご希望があれば遠慮なくお尋ねください。独文学研究室の場所は、下記のとおりです。皆さんのお越しを心よりお待ちしております。

 日時:2019年8月3日(土)  

 場所:九州大学伊都キャンパスイーストゾーン1号館B棟6階
    独文学研究室(E-B-633)

 電話:092-802-5099

2020.07.31
紹 介 令和2年度オープンキャンパス(8月2、3日)

令和2年度オープンキャンパスは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)感染拡大への対策として、オンラインにて開催されます。
文学部紹介動画やオンライン研究室訪問の受付など、各種詳細については、下記ページを御覧ください。

九州大学オープンキャンパス2020 文学部ページ(http://admission.kyushu-u.ac.jp/oc/faculty/#literature)

なお、文学部独文学研究室のオンライン研究室訪問日時は下記のとおりです。上記ページをを通じてお申し込みください。

8/2 13:30−14:00 10名
    14:00−14:30 10名

8/3 13:00−13:30 10名
    13:30−14:00 10名

2020.07.30
学 会 「九州大学独文学会第34回研究発表会」(8月1日)

4月25日開催予定でした九州大学独文学会第34回総会ならびに研究発表会は中止になりましたが、総会議事に関しましてはすべてご承認をいただきました。会員の皆さま、ご尽力いただいた関係者の皆さま、誠に有難うございます。

研究発表会につきましては、幹事会で検討した結果、下記のとおりオンラインで開催することにいたしました。出席希望の方は、事務局宛に電子メールにてご一報ください。オンライン研究発表会に必要なURL情報をお伝えします。

なお、研究発表会に先立ち、九州大学独文学会賞の授与式をやはりオンラインで行う予定です。多数のご参加を心よりお待ちしています。 (代表幹事 小黒康正)

  記

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令和2年8月1日(土) 14時15分
第4回九州大学独文学会賞授与式
林弘晃:ヘルマン・ブロッホ『ジェイムス・ジョイスと現代』における「同時性」(『九州ドイツ文学』第33号、35-58頁)

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令和2年8月1日(土) 14時30分
九州大学独文学会第34回研究発表会

1. E. T. A. ホフマンの間メディア的な表現――指針としての『詩人と作曲家』――          
池田奈央

2. ハインリヒ・マン『アンリ四世』における「戦うフマニスト」についての一考察    
長光 卓

3. ヘルタ・ミュラー『澱み』における墓地としての故郷    
高村俊典
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2020.07.24
講 演 「バイエルン独日協会」(8月28日、小黒康正)

 当方、8月28日にミュンヘンの王宮でドイツ語で講演を行います。バイエルン独日協会によって行われる企画です。この招待講演は、2年前に当方が引き受け、昨年は私の通訳のもとで作家の平野啓一郎氏が行い、今度は当方が再び引き受けることになりました。

講演は、ドイツ人の聴衆についていささか刺激的な内容で、「第三帝国」について話すことにしています。但し、話題の中心は、第一次世界大戦後のドイツにおける「第三帝国」、つまりナチス・ドイツの「第三帝国」ではなく、第一次世界大戦前の日本における「第三帝国」についてです。

一般的な理解によれば、「第三帝国」Das dritte Reichという言葉がドイツに流布するのは、ドイツ保守革命の思想家メラー・ファン・デン・ブルックの著作『第三帝国』(1923年)以降のことですので、講演内容に関しては、日本人であれ、ドイツ人であれ、奇妙に思うのではないでしょうか。

通常、日本語で講演を行うか、日本語で論文を執筆する場合は、ナチス・ドイツの政治体制に結びつけられてしまう「第三帝国」という言葉と区別するために、保守思想に限定できないそれ以前の Das dritte Reich を、私はおおむね「第三の国」と称しております。

私の知る限り、中世イタリアに端を発する「第三の国」をめぐる言説は、19世紀のノルウェーとロシアを経て、第一次世界大戦期の日本において民本主義と、大戦後のドイツにおいて共和国支持と結びつきましたが、その後は、ナチス・ドイツの別称として使われるようになったのです。

もっとも、トーマス・マンがナチスの側から「神話」を取り戻そうとした時期に、ドイツの左翼勢力がナチスの側から「第三の国」を奪還しようとした動きもありました。以上、ドイツでもほとんど忘れられてしまった経緯ですが、この辺りのことを私なりに話そうかと思っております。(6月16日 小黒康正)

参考ファイル:DJG Bayern 180828.pdf
2020.07.23
記 事 「「第三の国」をめぐる戦い」(小黒康正)

 「三田文學」第134号(三田文学会、2018年8月1日、197-207頁)に拙文「「第三の国」をめぐる戦い――イプセン、メレシコフスキー、トーマス・マン」が掲載されました。(小黒康正)

参考ファイル:三田文學134号目次.pdf
2020.07.22
公 募 Ausschreibung (bis zum 15. September 2018)

Sehr geehrte Damen und Herren,

an der geisteswissenschaftlichen Fakultät der Universität Kyushu in Japan ist ab April 2019 eine Stelle als Lektor/in im Bereich Germanistik zu besetzen.

Mit freundlichen Grüßen

Prof. Dr. Yasumasa Oguro

参考ファイル:Ausschreibung (2018).pdf
2020.07.22
授 業 ヘルタ・ミュラー(小黒康正)

 2019年前期に行った複数の講義で使用したヘルタ・ミュラー関係の授業資料を添付します。但し、データの重さの関係で一部しか登録できません。悪しからずご了承ください。(小黒康正)

参考ファイル:H. ミュラー(授業配布資料の一部).pdf
2020.07.19
研 究 ゲーテ自然科学の集い第1回九州研究会(7月27日)

ゲーテ自然科学の集い会員各位

入梅の候、皆様におかれましては益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。

ゲーテ自然科学の集い第1回九州研究会を、下記の通り開催いたします。
ドイツの文学ならびに思想を研究されている方は、奮ってご参加ください。



日時:2019年7月27日(土)13:00~17:00
場所:福岡大学文系センター棟 14階会議室
https://www.fukuoka-u.ac.jp/pdf/aboutus/facilities/20190510map.pdf?190513
会場はマップ中の⑫番です。
   
プログラム:
13:00 開場
13:30~14:15 大澤遼可(九州大学)「ノヴァーリスにおける〈質的遠近法〉」
14:15~15:00 長尾亮太朗(九州大学)「〈生成する客観の主観的萌芽〉-フリードリヒ・シュレーゲルにおける〈構想力〉」

休憩

15:30~16:15 胡屋武志(宮崎大学)「古代ギリシア研究から汎神論的世界観へ―フリードリヒ・シュレーゲルの〈文献学の哲学〉との関連で」
16:15~17:00 福元圭太(九州大学)「精神物理学の射程-フェヒナーとは誰だったのか」

研究会終了後、引き続き市内中心部にて研究懇談会を行います。お時間おありの方は、こちらもどうぞご参加ください。

以上

連絡先:武田利勝 tstakeda9〔アットマーク〕yahoo.co.jp

2020.07.17
授 業 集中講義(佐野好則)

 九州大学文学部では、7月16日から19日までの4日間、西洋古典学 IV が開講されています。担当は、国際基督教大学教授の佐野好則先生です。以下に「授業内容」と「独文学研究室担当の西洋古典学一覧」を示しておきます。

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授業内容

古代ギリシア・ローマ古典の代表的な作品を取り上げ、作品解釈上の要点を検討する。特に姿を牛に変えられギリシアから遠くエジプトまでさまよった女性イーオーの神話を扱う作品を取り上げ、その題材を扱った叙事詩、抒情詩、演劇作品を比較の視点からそれぞれの特徴を検討する。それぞれの作品のジャンル、歴史的・文化的背景も理解し、全体的に西洋古典学入門となることを目指す。

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独文学研究室担当の西洋古典学一覧

令和元年前期集中:佐野好則(国際基督教大学)
平成28年前期集中:西村賀子(和歌山医科大)
平成25年前期集中:古澤ゆう子(一橋大学)
平成22年前期集中:安西眞(北海道大学)
平成19年前期集中:古澤ゆう子(一橋大学)
平成15年後期集中:逸身喜一郎(東京大学)
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2020.07.05
研 究 第119回トーマス・マン研究会(7月14日)

第119回トーマス・マン研究会のご案内

日 時: 
2019年7月14日(日)14:30~

場 所: 
九州大学文学部、独文学研究室(E-B-633 イースト1号館6階、092-802-5099) 
九大伊都キャンパスアクセスマップ:https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/campus/ito/
「伊都キャンパスマップ」:建物80番の6階

14:30~16:00
発表1:
長光卓(福岡大学大学院修士課程)
ハインリヒ・マンのアンリ4世小説における精神と行動の構造

16:15~17:45
発表2:小黒康正(九州大学)
ルードルフ・カスナーの観相学的世界像——「第三の国」をめぐって

18:30~
懇親会: (当日、ご案内いたします) 

出 欠: 
参加希望者は7月7日までにご一報ください。
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 お名前:
 研究会  参加・不参加
 懇親会  参加・不参加
~~~~~~~~~~~~~~~~~~


その他:
① 本会について
本会は、平成元年に数名の若手マン研究者が、池田紘一氏(九州大学名誉教授)のもとに参集、その後、年に4回のペースで、マンを中心に近現代ドイツ文学に関する研究活動を行っています。

② 発表募集
研究発表の募集は、会員以外の発表を含め、随時行っています。発表希望者は事務局まで早目にご相談ください。下記のとおり、すでに希望が入っています。

③ 旅費補助
本会は、遠隔地から参加する常勤職のない若手研究者に対して、旅費補助を行っています。併せて事務局までご相談ください。

④今後の開催予定
第120回研究会 2019年 9月 西南学院大学 (林弘晃)  (発表者2)
第121回研究会 2019年12月 福岡大学   (糸瀬龍)  (速水淑子)
第122回研究会 2019年 3月 九州大学   (発表者1) (発表者2)

事務局: 
〒819-0395 福岡市西区元岡744
九州大学文学部独文学研究室
トーマス・マン研究会事務局
小黒康正(E-mail: oguro[at-mark]lit.kyushu-u.ac.jp)

2020.06.25
案 内 「第116回トーマス・マン研究会」(7月14日)

第116回トーマス・マン研究会のご案内

今回は九州大学伊都キャンパスで開催いたします。九大の新キャンパスです。言語文化研究院はすでにイーストゾーンに移転しました。今回はそのイーストゾーンで開催します。

休憩時間に、9階にあります展望室に上りましょう。造成前はこの地点が山の頂上で、古墳のあった場所です。ここからは古代人が見たであろう伊都国の風景を、眺望することができます。

日 時: 
2018年7月14日(土)14:30~

場 所: 
九州大学伊都キャンパス 
イーストゾーン1号館 E-C-541号室(言文ミーティングルームL)
★アクセスマップ:https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/campus/ito/
★キャンパスマップ:上記ページから「伊都キャンパスマップ」に入ってください。88番の建物の5階です。

発表1: 
鈴木 啓峻 氏(追手門学院大学非常勤講師)
灼熱・冷たさ・暖かさ―トーマス・マンとアドルノにおける〈感情〉の位置をめぐって

発表2: 
今井 宏昌 氏(九州大学人文科学研究院専任講師)
ヴァイマル期ドイツにおけるボード・ウーゼの彷徨:右翼青年からコミュニストへ

懇親会: 
場所未定(当日、ご案内いたします)

出 欠: 
下記にて6月30日までにメールでご回答ください。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~
お名前:
研究会に 参加します・不参加です
懇親会に 参加します・不参加です
~~~~~~~~~~~~~~~~~~

連絡先: 
福元圭太 fukumoto[at-mark]flc.kyushu-u.ac.jp
(Tel: 092-802-5700;大学)

その他:
① 本会について
本会は、平成元年に数名の若手マン研究者が、池田紘一氏(九州大学名誉教授)のもとに参集、その後、年に4回のペースで、マンを中心に近現代ドイツ文学に関する研究活動を行っています。

② 発表募集
研究発表の募集は、会員以外の発表を含め、随時行っています。発表希望者は事務局まで早目にご相談ください。

③ 旅費補助
本会は、遠隔地から参加する常勤職のない若手研究者に対して、旅費補助を行っています。併せて事務局までご相談ください。

④今後の開催予定
第117回研究会 2018年10月 西南学院大学
第118回研究会 2019年 1月 福岡大学
第119回研究会 2019年 4月 九州大学
〔研究発表の希望者は早目に事務局にご一報ください〕

事務局: 
〒812-8581 福岡市東区箱崎6-19-1
九州大学大学院人文科学研究院 小黒康正 気付
トーマス・マン研究会事務局
E-mail: oguro[at-mark]lit.kyushu-u.ac.jp

2020.06.24
授 業 集中講義(竹岡健一)

 九大独文では、本日から5日間、今年度最初の集中講義が行われます。ご担当は、昨年、御著『ブッククラブと民族主義』(九州大学出版会、2017年)で第39回「日本出版学会賞」を受賞された鹿児島大学法文学部教授での竹岡健一先生です。20世紀ドイツにおける会員制廉価書籍販売組織ブッククラスに関する文学史的かつ社会思想史的内容の講義になるものと思います。(小黒康正)

2020.06.23
記 事 「トーマス・マン書簡の寄贈」(小黒康正)

 トーマス・マン書簡の寄贈に関する記事が朝日新聞に掲載されました。福岡において諸先輩の研鑽の成果を地道に継承してきましたマン研究者のひとりとして、今回の記事はとても嬉しい朗報です。私のみならず、マン研究会の仲間たちにも大きな励みになるのではないでしょうか。(6月17日 小黒康正)

参考ファイル:朝日180612.pdf
2020.06.18
寄 贈 『リヒテンベルクの雑記帳』(宮田眞治)

 過日、寄贈がありました『リヒテンベルクの雑記帳』(宮田眞治訳、作品社、2018年)は、ゲオルク・クリストフ・リヒテンベルク(1742-1799)が35年にわたりひそかに書き続けてきた文章である。ゲッティンゲン大学の実験自然学教授は、多彩な実験で学生を魅了し続けた。もっとも、当時から文筆家としても著名であったリヒテンベルクは、「思考の実験室」を通じて現代の読者も魅了し続ける。

 事実、リヒテンベルクは後世に多大な影響をもたらした。死後に発見された雑記帳を、ニーチェは「ドイツ散文の宝」と賞賛し、カネッティは「世界文学におけるもっとも豊かな書物」と呼ぶ。20世紀を代表する思想家や文学者、例えば、ホーフマンスタール、ウィトゲンシュタイン、フロイト、ブルトンらにも影響をもたらした。ベンヤミンがリヒテンベルクを高く評価したことも知られている。

 リヒテンベルクは、生前、『観相学断片』で著名なラーヴァターの辛辣な批判者としても知られていた。それだけに、雑記帳には「顔」に関する記述が少なくない。「真摯そうな作り顔は、ついに表情筋の道徳的な麻痺に終わる」(330頁)、「顔と魂は韻律と思想のようなものだ」(335頁)、「瞬間ではどの顔も判定できない。それに続くものがなければならない」(337頁)などと。

 寄贈された浩瀚の書には、詳細な解説・年譜がつく。今回の寄贈者は、訳者である宮田眞治氏(東京大学大学院人文社会系研究科教授)である。一読して分かることは、宮田氏の解説が実にすばらしいことだ。同氏によれば、リヒテンベルクは「身振りや表情とそれが身体に残していく痕跡のうちに、変化と持続の絡み合いにおけるさまざまな情動を読み取ろうとするのである」(259頁)。

 このような観相学を20世紀において継承したのが、リルケの友人であり、ウィーンの思想家であるルードルフ・カスナー(1873-1959)であった。カスナーは『観相学の基礎』(1922)の中で「観相学は形態の存在を、リズムを、本質の入り交じりを、全一性を扱うのです」と言い、「 ラーヴァターの世界と理想は静的な理想でありましたが、私たちの世界は動的な世界であります」と断言する。

 ラーヴァターが「顔」という外面と「魂」という内面を一対一対応の静的関係で捉えようとしたのに対して、リヒテンベルクは「変化と持続の絡み合い」としてあくまでも動的に捉えようとした。このことはカスナーにもまさに当てはまる。現代の観相学者は『観相学の基礎』の中で言う、「ラーヴァターの世界と理想は静的な理想でありましたが、私たちの世界は動的な世界であります」と。

 リヒテンベルクはアリストテレスから始まり、18世紀まで重視されてきた機械的な観相学を徹底的に批判した。そして、顔の「韻律」を重視する新たな観相学を自らの言葉で甦らそうとしたのが、カスナーだったのである。『リヒテンベルクの雑記帳』は観相学に終始するわけではない。とはいえ、私は、宮田氏の秀逸な訳業を通じて、ドイツ・アフォリズム文学の嚆矢における重要な一側面に気が付いたのである。(小黒康正)

2020.06.02
寄 贈 『Der Tag, an dem der Kalender zurückkehrt』(水守亜季)

 一週間前、日本独文学会が行われた早稲田大学で、南山大学の講師である水守亜季氏から、Hans Brinkmann の詩集『Der Tag, an dem der Kalender zurückkehrt』をいただきました。Brinkmann は1956 年生まれのドイツ人詩人です。同書は詩人の六十歳誕生日を祝って刊行されました。

 そこでは、ドイツ語で書かれた六編の詩が、フィンランド語、ポーランド語、ハンガリー語、アラビア語、ギリシア語、トルコ語、ロシア語、日本語、英語に訳されることで、六十編の詩に膨れ上がっています。素敵な還暦祝いですね。但し、詩そのものはかなり過激です、「邪悪な衛星みたいに我々の周りをぐるぐる廻る⧸恥部、休暇、結婚指輪……」といった具合に。

 日本語訳は水守氏が担当されました。

2020.06.01
寄 贈 「ぼくとネクタイさん」(関口裕昭)

 過日、日本を舞台にしたオーストリア作家の小説『ぼくとネクタイさん』(郁文堂、2018年、175頁)の寄贈が、明治大学教授の関口裕昭氏からありました。著者は 1980年生まれのミレーナ=美智子・フラッシャール氏、訳者は関口氏です。引きこもり青年の喪失と再生の物語である同書は、世界12カ国で翻訳され、各国でベストセラーになった話題の書であります。日本でも、多くの人々に新たな感動をもたらすのではないでしょうか。(小黒康正)

2020.05.19
案 内 西日本日独協会「伊都キャンパスツアー」(5月25日)

西日本日独協会5月例会
九州大学伊都キャンパスツアー

 九州大学は、2018年の夏、糸島半島にある伊都キャンパスに移転しました。そこで、お披露目も兼ねて、皆さまに特別に新キャンパスをご案内いたします。今回のツアーでは、九大の絶景スポットをはじめ、一般の方にとってなかなか見ることができない研究施設をお見せする予定です。九州大学における「ドイツ」も紹介いたします。九州大学に関心のあるご子息と一緒に参加されても構いません。西日本日独協会の会員向けの企画ですが、非会員用に数組分の席を用意しました。但し、30名限定の企画ですので、お早めにお申し込みください。

     記
日時  
2019年5月25日(土) 14時より19時半まで

参加費  
4000円(レストランでの飲食費代。但し、学生ならびに未成年者は2000円)

申込み 
西日本日独協会事務局(info@jdg-nishinihon.org) 
電話・FAX  092-524-0059 (電話は金曜12~15時のみ)

締切  5月23日(定員30名になり次第、締め切ります)
 
行程
(1)JR 筑肥線「九大学研都市駅」の改札口に5月25日14時集合 
 (天神駅ですと13時34分発の西唐津行きに乗車。九大学研都市駅に13時59分着。)
(2)昭和バスで九州大学伊都キャンパス(イーストゾーン)へ移動
(3)石ヶ原古墳跡展望展示室 (福元圭太先生のご案内。日本で一番広大なキャンパスを見渡せる絶景スポット!)
(4)文学部独文学研究室(小黒康正先生のご案内)
(5)文学部西洋史研究室(今井宏昌先生のご案内)
(6)17時より中央図書館見学(小黒康正先生のご案内。映画『ベルリン・天使の詩』で天使が降り立ったような図書館!)
(7)17時半よりイタリアレストラン「イトリー・イト」で会食(地元の食材を使った本格的なイタリアンです!)

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① 氏名(とフリガナ) 
② 氏名(とフリガナ)
③ 連絡先 Tel : E-mail :          
  該当する欄にチェック☑を入れてください。
④ 所属区分 □会員 □青年部会員 □ドイツ語教室受講生 □一般(紹介者:        )

参考ファイル:伊都キャンパスツアー(190525).pdf
2020.05.11
授 業 「Ch. Ivanovic 教授(ウィーン大学)」(5月14日)

 九大独文では、5月14日から18日まで、平成30年度前期の集中講義が始まります。今回の担当者は、ウィーン大学教授の Christine Ivanovic 先生です。先生は10年前にも担当されましたので、今回で2回目の集中講義になります。九大独文にとりましては、箱崎キャンパス最後の集中講義です。以下に講義スケジュールを示しておきます。(小黒康正)

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学部「ドイツ文化論」
学府「ドイツ文学特殊研究 I」
Kompaktseminar: Kafkas Tiere
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Montag 14.5.:
Die Verwandlung (1912)
Tawadas Übersetzung (Auswahl “Kafka” jap; 2015); Abe Kōbō: 砂の女, Suna no onna (1962); Julio Cortázar: “Axolotl” (1956)
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Dienstag 15.5.:
Eine Kreuzung (1917);
Schakale und Araber (1917)
Schakale und Araber: Film von Jean Marie Straub (2012)
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Mittwoch 16.5.:
Bericht für eine Akademie (1917);
Forschungen eines Hundes (1922)
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Donnerstag 17.5.:
Der Riesenmaulwurf (= Der Dorfschullehrer; 1914/15);
Der Bau (1923/24)
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Freitag 18.5.:
Josefine die Sängerin oder das Volk der Mäuse
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2020.04.30
寄 贈 『鐘の本』(吉田孝夫)

 優れた訳業を次々に上梓している奈良女子大学の吉田孝夫氏からパウル・ザルトーリ著『鐘の本 ヨーロッパの音と祈りの民族誌』(吉田孝夫訳、八坂書房、2019年5月1日)の寄贈がありました。同書はドイツ民俗学の古典的名著であり、同時に鐘をめぐって文学や絵画や音楽などの諸芸術を渉猟した優れた文化史の著作でもあります。あとがきに代えて書かれた吉田孝夫氏の「西欧における鐘の文化略史」も、同氏がいかに優れた分析と博覧強記の人であるかを示す文章です。

 まずは同書を手に取ってみてください。原著にはない興味深い図版や写真の数々に心が揺さぶられるのではないでしょうか。ハンブルク港の「鐘の墓場」やフランクフルトでの「鐘の帰還を祝う人々」がとりわけそうです。また、デューラー『メレンコリア I 』で魔法陣とともに描かれた鐘、それに悪魔と共に度々描かれた鐘なども気になります。もっともザルトーリの著作は視覚的に印象深い本であるばかりではなく、何だかとても懐かしい鐘の響きに満ち溢れている本だと言ってもいいでしょう。

 ヨーロッパの音の風景は日本のそれと全く違います。ヨーロッパに着いたという実感が湧くのは、やはり鐘の鳴り響きを聞いた時です。私事ですが、『魔の山』学会でダヴォスを訪れた時も、在外研究でウィーンに1年間家族とともに滞在した時も、初めての招待講演でミュンスターを訪れた時も、そうでした。留学生としてミュンヘンに4年滞在した時の後半、「吉田君」と一緒に WG で住んだ時、ゼンドリンガー門の近くから聞こえてくる鐘の音を何度も聞いたことを思い出しています。

 さらに私がマン研究者として思い出す鐘は、『選ばれし人』の冒頭で鐘楼に誰もいないのに鳴り響く鐘、つまり「物語の精神」が響かせる鐘です。実にマンらしい味わいのある描写と言えましょう。また、拙著『水の女』では、アイヒェンドルフ文学に頻出する「朝の鐘」のことや、吉田氏も言及していますが、ハウプトマン『沈鐘』を訳した泉鏡花が『夜叉ヶ池』で日に三度鐘を鳴らす男の姿を描いていることなどを考察しました。改めてヨーロッパ、そして日本における鐘の意味を考えているところです。

 そう言えば、福岡にも有名な鐘があります。ドイツから研究者をお迎えするたびに訪れる太宰府の観世音寺にある鐘です。そこには見事な仏像の他に、現存する梵鐘では日本最古と言われる鐘もあります。京都妙心寺の鐘と兄弟鐘と伺いました。この間、ノートルダム大聖堂で火災が起きましたが、カジモドが鳴らした鐘はどうなったのでしょうか。今回の損壊を悼むために、世界中の聖堂で鐘が一斉に打ち鳴らされたと聞きます。打ち鳴らしたのは「物語の精神」でしょうか。いま人々の連帯が新たな「物語」を紡ぎ始めています。鐘はやはり絆の証ではないでしょうか。(小黒康正)

2020.04.26
寄 贈 『板東桴虜収容所『第九』百年の国際交流』(石川栄作)

 過日、九大独文出身で徳島大学名誉教授の石川栄作先生から『板東桴虜収容所『第九』百年の国際交流』(石川栄作・石川昌子・柳瀬朋子著、ISBN 978-4-903805-24-5、2018年)のご寄贈がありました。今年は徳島県大麻町にあった板東桴虜収容所でベートーヴェンの『第九』が演奏されて百年目、この記念すべき年に刊行されたのが同書です。徳島独日協会の活動を中心とする『第九』百年の国際交流が1冊の本にまとめられています。

2020.04.25
寄 贈 『インゲボルク・バッハマンの文学』(高井絹子)

 大阪市立大学准教授の高井絹子氏からご寄贈があった『インゲボルク・バッハマンの文学』(鳥影社、2018年)を紹介します。同書は戦後ドイツ文学を代表するバッハマン(1926-1973)文学の全貌を日本で初めて明らかにする優れた浩瀚の書です。ドイツ文学のみならず、現代文学に関心のある方々にお勧めいたします。以下、同書の目次です。


第一章 五〇年代のバッハマン
 第一節 バッハマンの文学的履歴
 第二節 抒情詩人としての成功 …
 第三節 成功の裏側
 第四節 第一詩集『猶予期間』に見られる間テクスト性の問題
第二章 散文作品の展開
 第一節 バッハマンの文学観─『フランクフルト講義集』を手掛かりに
 第二節 短篇集『三十歳』概観
 第三節 「ゴモラへの一歩」
 第四節 「ウンディーネ去る」
第三章 ある文学スキャンダルの顛末
 第一節 文学スキャンダルとは何か
 第二節 フリッシュとバッハマン
 第三節 抒情詩「ボヘミアは海辺にある」
     ─『ガンテンバイン』に対する最初の文学的応答
 第四節 もうひとつの間テクスト性
結語
参考文献

2020.04.25
研 究 W.メニングハウス教授講演会(5月13日)

下記の通り、講演会を行います。

なお、本講演会はフンボルト財団および日本独文学会西日本支部の共催によるものです。



講演者:ヴィンフリート・メニングハウスWinfried Menninghaus(マックス・プランク経験美学研究所)


https://www.aesthetics.mpg.de/institut/mitarbeiterinnen/winfried-menninghaus.html

講演題目:Lust an negativen Gefühlen in der Kunstrezeption


日時:2019年5月13日(月)午後3時~5時

場所:九州大学伊都キャンパス イーストゾーン1号館E-C-203会議室

https://www.kyushu-u.ac.jp/f/35342/2019ito.pdf

(会場は80番の建物の2階になります)




参加ご希望の方は、武田利勝(tstakeda9[AT]yahoo.co.jp)までご一報ください。

以上

2020.04.11
学 会 「九州大学独文学会第34回研究発表会」(中止)

緊急のお知らせとお願い

 すでにお察しのことと存じますが、新型コロナウイルス感染拡大のため、4月25日(土)開催予定の九州大学独文学会総会は中止にします。但し、決算ならびに予算の確定は例年どおり行わなければなりませんので、幹事会で協議した結果、今年度はメール会議にて総会を行うことにいたしました。

 まずは、既に送付済みの総会資料(全6頁)をご覧いただき、何かお気づきの点がございましたら、事務局庶務宛に4月24日までにご一報ください。特にご質問やご意見がなければ、ご承認とさせていただきます。各議事のポイントは以下のとおりです。

1 会計報告 次年度繰越金はほぼ例年どおりの額。
2 一般事業報告 会員総数は100名。
3 編集報告  九州大学独文学会賞の推薦があり。編集作業は例年どおり行う。
4 役員改選 編集委員が4名増える。

5 その他
 研究発表会に関しましては、幹事会で検討中です。今後の連絡は、経費の節減と事務局の負担減のため、電子メールにて案内したいと思っていますが、宜しいでしょうか。お認めいただける方は下記連絡票を用いて事務局庶務宛に4月24日までに電子メールでご連絡ください。ご連絡の無い方に関しましては、今後とも郵便にてご案内します。

..........................................................................................................
連絡票

今年度研究発表会の連絡は、電子メールにてお願いいたします。

 ご芳名         メールアドレス 
..........................................................................................................

 以上です。最後になりましたが、皆さまのご安全を心より祈念しております。

令和2年4月9日
九州大学独文学会
代表幹事 小黒康正



2020.03.27
案 内 「ゲニウス・ロキ さよなら箱崎」(4月28日)

 九州大学は目下、糸島半島の伊都キャンパスに移転中、文学部もいよいよ今年の夏に引越です。そして、今秋からは移転先で授業が行われます。そこで、独文学研究室では、下記のとおり、特別企画として記念シンポジウム「ゲニウス・ロキ さよなら箱崎」を行う予定です。

 同企画には、九大独文で学ばれた方、教えられた方、企画内容にご関心のある方にも、多数お声をかけようと思っております。参加希望の方は、下記連絡先の村上浩明宛てで、郵便もしくは電子メールにて、4月15日(日)までご連絡ください。多数のご参加をお待ちしております。(小黒康正)                       
  記

日時
平成30年4月28日(土) 16時より

場所
九州大学文学部 4階会議室

特別企画 
記念シンポジウム「ゲニウス・ロキ さよなら箱崎」
 報告1 小黒康正:越境のトポス箱崎
 報告2 堺 雅志:研究室の扉を開けて ―歴代助手のノートから―
 報告3 嶋﨑 啓:片山正雄と辞書編纂の伝統
 報告4 池田紘一:新制九大独文の黎明期 ―高橋義孝、文芸学、フィロロギー
 総合討議 武田利勝(司会) 

懇親会
特別シンポジウム終了後、会議室にて(司会 村上浩明)
会費 3000円 (修士課程の大学院生は2000円)

連絡先
〒812-8581福岡市東区箱崎6-19-1
九州大学文学部独文学研究室 村上浩明
(murakami.hiroaki.590[アットマーク]m.kyushu-u.ac.jp)

[一枚目の写真は、A. シューネ先生と阿蘇の大観峰にて。二枚目の写真は旧法文学部]

2020.03.21
寄 贈 『ヨーロッパ文学の読み方——近代』(大宮勘一郎)

数日前、東大独文の大宮勘一郎教授から『ヨーロッパ文学の読み方——近代篇』(沼野充義・野崎歓編著、放送大学教育振興会、2019年3月)のご寄贈がありました。そこには大宮さんの「ゲーテ『若きヴェルターの悩み』を読む」と「トーマス・マン『トーニオ・クレーガー』を読む」があります。

大宮さんは、ご存知のとおり、日本を代表するヴァルター・ベンヤミンの研究者であり、『若きヴェルターの悩み』の新訳を世に問うた方でもあります。それだけに上記の『ヴェルター』論は実に興味深く、特にシャルロッテと「死」との親和性からヴェルターの死を読み解くあたりは実に秀逸です。

とはいえ、私にとりましては『トーニオ・クレーガー』論が一層興味深かったです。大宮さんはマンの研究者でもないにもかかわらず、いや、マンの研究者でないからこそ、独自の視点で『トーニオ・クレーガー』を「名前」をめぐる葛藤と和解の物語として新たに読み解かれました。

通常、マン研究者は『トーニオ・クレーガー』を「南⁄北」の観点で読み解きますが、大宮さんは「東⁄西」の観点を重視し、西欧的近代に対する懐疑を指摘され、更には父の不在から「文芸という海」へと論を進められます。もうこれ以上は申しません。詳細はぜひ同書を手にとってご確認ください。(小黒康正)

2020.03.21
寄 贈 『Literaturhaus Wien』(Astrid Wallner)

ウィーン文学館(http://www.literaturhaus.at)のヴァルナー氏(Dr. Astrid Wallner)から „Literaturhaus Wien Jahrbuch 2018“ がお手紙とともに送られてきました。実は、当方、2018年の夏に同館を訪れて、ルードルフ・カスナーの資料調査を行いましたが、その際にお世話になったのが、同氏です。私のことが上記年鑑45頁に掲載されているとのこと、確かに載っております、ただし「カフカの翻訳者」として。O nein! (小黒康正)

参考ファイル:Literaturhaus Wien.pdf
2020.03.19
研 究 Norbert Eke教授講演会(3月25日)

 日本独文学会西日本支部では、Prof. Dr. Norbert Otto Eke 氏(パーダーボルン大学)をお迎えして、学術講演会を九州大学の伊都キャンパスで開催します。講演会ならびに懇親会に出席を希望する方は、下記連絡先に3月15日までにお申し込み下さい。皆様の多数のご来場をお待ちしております。

               記

日時
2019年3月25日(月)15時30分より17時まで

場所
九州大学伊都キャンパス・イーストゾーン
イースト1号館1階 E-B-102号室
アクセスマップ(https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/campus/ito/)から
「伊都キャンパスマップ」に入ってください。80番の建物です。

講演題目
Der ‚eigene Kalender‘ des Erinnerns. Herta Müllers ‚Wahrheit‘ der erfundenen Erinnerung

連絡先
〒819-0395 福岡市西区元岡744 九州大学大学院人文科学研究院 小黒康正/Tel: 092-802-5046(小黒)、092-802-5099(独文)/
E-Mail: oguro〔アットマーク〕lit.kyushu-u.ac.jp

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01. 02. 2019
Präsident der JGG-Westjapan
Kurahei Ogino

Liebe Kolleginnen und Kollegen,

hiermit die Bekanntmachung eines Vortrags von
Herrn Prof. Dr. Norbert Otto Eke (Universität Paderborn).
Bei Interesse an seinem Vortrag würde ich Sie bitten, dies Herrn Oguro bis zum 15. März in einer kurzen Mail mitzuteilen.

Zeit:
25. 03. 2019 (Mo.), 15.30 - 17.00 Uhr

Ort:
Universität Kyushu (http://www.kyushu-u.ac.jp/en/campus/ito/),
Ito-Campus, East Zone, Gebäude 88, Raum E-B-102
(http://www.kyushu-u.ac.jp/f/32764/2018ito-en.pdf)
Uni-Video (https://www.youtube.com/watch?v=DIeaZ5jkxBs)

Titel des Vortrags:
Der ‚eigene Kalender‘ des Erinnerns.
Herta Müllers ‚Wahrheit‘ der erfundenen Erinnerung

Kontakt:
Yasumasa Oguro, Germanistisches Seminar der Universität Kyushu
Tel.: 092-802-5046 / 5099
E-Mail: oguro[at-mark]lit.kyushu-u.ac.jp

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Information der JGG-Website:

Herr Prof. Dr. Norbert Otto Eke (geb. 1958) ist Professor für Neuere deutsche Literatur und Literaturtheorie an der Universität Paderborn mit den Forschungsschwerpunkten: Vormärz; Geschichte des deutschen Dramas; Literatur und Holocaust; Gegenwartsliteratur. Er veranstaltet seit 2006 die Lesereihe „Deutsche Literatur der Gegenwart“ und eine Poetikdozentur an der Universität Paderborn und lädt viele Autoren, darunter auch Herta Müller, zu Lesungen und Gesprächen ein. Er leitet seit 2008 das interdisziplinäre DFG-Graduiertenkolleg „Automatismen“.
Publikationen (in Auswahl)
Wort/Spiele. Drama – Film – Literatur, Berlin 2007; Heiner Müller. Stuttgart 1999; Signaturen der Revolution. Frankreich – Deutschland: deutsche Zeitgenossenschaft und deutsches Drama zur Französischen Revolution um 1800. München 1997; Herta Müller Handbuch. Stuttgart 2017; Grabbes und Büchners Zeithorizonte. In: Innovation des Dramas im Vormärz: Grabbe und Büchner. Hrsg. von Lothar Ehrlich et al., Bielefeld 2016, S. 35-51; „Zeit ist geblieben / Zeit ohne Zeit“. Chronotopische Konstruktionen im Werk Herta Müllers. In: Herta Müller und das Glitzern im Satz. Hrsg. von Jens Christian Deeg et al., Würzburg 2016, S. 53-71; Aus dem Labyrinth finden. Jüdisches Gedächtnis. In: Wendejahr 1995. Transformationen der deutschsprachigen Literatur. Hrsg. von Heribert Tommek et al., Berlin/Boston 2015, S. 72-90; „O wüsstet ihr, wie sehr mich das Gewissen beisset“. Zur Moralität politischen Handelns im Trauerspiel des frühen 18. Jahrhunderts. In: Gewissen. Interdisziplinäre Perspektiven auf das 18. Jahrhundert. Hrsg. von Simon Bunke et al., Würzburg 2015, S. 209-221.
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2020.03.08
寄 贈 『日本の近代美術とドイツ』(野村優子)

 日本における西洋美術受容が黒田清輝によるフランス絵画の紹介によって始まったことはよく知られている。しかし、ゴッホにしても、セザンヌにしても、彼らの受容はドイツの美術思想に親しんだ文学者たちによって初めて本格化されたのだ。つまり、日本におけるフランス絵画はドイツ語で書かれた文献によって深められたのである。こうした屈折の実相を探るためには、明治末期から大正にかけて創刊された文芸雑誌『スバル』『白樺』『月映』を改めて検証し、併せて、当時の文学者たちと同じようにドイツ語文献を読み解いていかなければならない。

 近代日本において本格的な美術批評が立ち上がった際、高村光太郎が果たした役割は実に大きい。中でも『スバル』1910年4月号に寄稿された美術批評「緑色の太陽」が重要である。そこで高村はドイツ語を好んで用いて主張する、「僕は芸術界の絶対の自由(フライハイト)を求めている。従って、芸術家のPERSOENLICHKEITに無限の権威を認めようとするのである」と。他に「其作品をSCHAETZENしたい」「その人のGEMUETSSTIMMUNGを味わいたい」などとも言う。高村が好んでドイツ語を用いたことの背景として、いかなる事情があったのであろうか。

 それにしても高村のドイツ語使用は実に奇妙な事態だ。高村はアメリカ、イギリス、フランスに遊学したが、ドイツに一度も足を踏み込んでいなかったし、ドイツ語を学んだ形跡もない。そうであるならば、なぜ高村は不慣れなドイツ語を好んで用いたのであろうか。実は、残念ながら、日本における本格的な美術批評成立の経緯は、高村のドイツ語使用を含め、肝心要のところで明らかにされていなかったのである。なぜならば、当時の若い文学者たちに決定的な影響をもたらしたドイツ人美術批評家たちの著作がドイツ語原文にまで遡って検証されてこなかったからである。

 もっとも以上の実相解明に挑んだのが、愛媛大学法文学部講師の野村優子氏だ。同氏は私のもとで博士論文を執筆し、2017年3月に学位を得た。実相解明の成果が、今回寄贈のあった野村優子著『日本の近代美術とドイツ─『スバル』『白樺』『月映』をめぐって─』(九州大学出版会、2019年)である。野村氏は、ドイツ人美術批評家リヒャルト・ムーターならびにユーリウス・マイアー=グレーフェの著作を精密に読み解くことで、日本における西洋美術受容の重要な「屈折」を初めて明らかにした。まさに芸術学と文学とを架橋する画期的な試みと言ってもよい。

 野村氏は博士論文によって2018年3月20日に九州大学にて平成29年度人文科学府長賞大賞を受賞していたが、詳しくは「2018/03/21」の記事を見ていただきたい。それにしても野村氏の著作はリヒャルト・ムーターならびにユーリウス・マイアー=グレーフェのフランス絵画批評がいかに日本で読まれたかを解明しただけではない。ドイツ近代木版画受容に促されて日本の木版画が再興された経緯の考察も実に興味深い。表紙の絵にも深い意味がある。私は査読者としてではなく、一読者として、改めて本書から多くを学んだ。(小黒康正)

2020.03.02
企 画 「トーマス・マン書簡の公開記念式典」(3月10日)

ノーベル賞作家トーマス・マンの手紙が、九州大学に寄贈されました。そこで、本学では、寄贈者をお招きして、公開記念式典を行います。

式典の際に行われる記念講演(通訳付きドイツ語講演)は、トーマス・マン協会(ドイツ)のハンス・ヴィスキルヒェン会長がご担当です。

文学にご関心のある方でしたら、どなたでも参加できます。但し、席に限りがありますので、早目に下記にてお申し込みください。

九州大学大学院人文科学研究院 
独文学講座 教授 
小黒康正(Prof.Dr.Yasumasa Oguro)


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「トーマス・マン書簡の公開記念式典」

 日時 2018年3月10日(土)16時より

 場所 九州大学文学部会議室(文学部4階、http://www2.lit.kyushu-u.ac.jp/access/)

 主催 九州大学大学院人文科学研究院

 後援 九州大学附属図書館、西日本日独協会、日本独文学会西日本支部

 式次第

  1 大学院人文科学研究院長の挨拶(久保研究院長)           

  2 高橋義孝文庫追加寄贈品の紹介(小黒教授)             

  3 寄贈者への感謝状贈呈(宮本附属図書館長)            

  4 記念講演「トーマス・マンと日本」(トーマス・マン協会ハンス・ヴィスキルヒェン会長による通訳付きドイツ語講演)   

  5 懇親会(18時頃より同会場にて。会費3000円、学生1500円)  


 出欠 参加希望の方は、九州大学文学部非常勤講師の村上浩明氏宛てで電子メール(murakami.hiroaki.590@m.kyushu-u.ac.jp)にて、2月末日(3月7日に変更)までにお申し込みください。 

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  ご芳名

  ご所属

  出 欠  記念式典:出席・欠席、 懇親会:出席・欠席

  締切日  2月28日→3月7日に変更
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本式典の経緯を簡単に説明しておきます。2017年6月、マンの書簡5通と高橋義孝元教授の研究ノートからなる寄贈が同教授のご遺族から九州大学にございました。書簡5通の内、1通はコピー、3通はタイプ、1通は直筆の書簡で、いずれも貴重な研究資料です。

そこで、関係者が協議した結果、寄贈品を附属図書館の貴重図書として受け入れることが決まりました。式典では、ドイツからトーマス・マン協会のハンス・ヴィスキルヒェン会長を招き、同会長に記念講演をしていただきます。ヴィスキルヒェン氏はマン研究の第一人者です。同時に、かつてハンザ同盟都市として栄えたリューベック市にある「ブッデンブローク・ハウス」、「ギュンター・グラス・ハウス」、「自然環境博物館」などの11の文化施設の館長として、獅子奮迅の活躍をされています。

講演題目は「トーマス・マンと日本」です。マンと日本の関わりはあまり知られていませんが、マンの夫人であるカーチャは双子として生まれており、その兄弟であるクラウス・プリングスハイムは1931年に来日し、1972年に東京で亡くなるまで、日本の音楽教育に多大な貢献をした人物です。また、1949年2月9日付け高橋義孝宛のマン書簡で名前があげられているハンス・エーリク・プリングスハイムは、クラウス・プリングスハイムの息子であり、日本でジャーナリストや映画評論家として活躍しました。

マンは亡命先のアメリカで第二次世界大戦の終戦を迎えましたが、カリフォルニアのマン宅では、日本人夫妻が使用人として働いていたという事実もあります。加えて、1949年1月2日付け平田次三郎宛の書簡が示しますとおり、マンは朝日新聞社の依頼で日本宛の新春挨拶を書いており、今回期寄贈された書簡から、戦後日本に対するマンの関心が伺い知れます。ヴィスキルヒェン会長の講演は、日独の戦後状況を踏まえた興味深いお話になるのではないでしょうか。

2020.03.01
研 究 「第115回トーマス・マン研究会」(3月7日)

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EINLADUNG
zum Symposium anlässlich des 30-jährigen Jubiläums des Arbeitskreises Thomas-Mann-Forschung (http://www2.lit.kyushu-u.ac.jp/~german/)

Zeit: Mittwoch, 07. März 2018, 13:30 Uhr

Ort: Ryukoku Universität (http://www.ryukoku.ac.jp/about/campus_traffic/traffic/t_fukakusa.html)

Programm:
!3:30−13:40
Eröffnung des Symposiums: Prof. Dr. Yasumasa Oguro

13:40−14:30
1. Vortrag: Prof. Dr. Thomas Pekar (Tokyo)
Thomas Manns Beziehung zu Richard Nikolaus Coudenhove-Kalergi im Zusammenhang mit der Entstehungsgeschichte des Josephsromans

14:30−15:20
2. Vortrag: Prof. Dr. Yasumasa Oguro (Fukuoka)
Neo-Joachimismus bei Thomas Mann
im Vergleich mit der japanischen Zeitschrift "Das dritte Reich"

15:20−15:40
Pause

15:40−16:30
3. Vortrag: Prof. Dr. Atsushi Imai (Koyto)
Ist der Übersetzer ein Vermittler oder ein Verderber?
- Über die "Richtigkeit" der Literaturübersetzung am Beispiel der Erzählung Tonio Kröger von Thomas Mann –


16:30−17:40
Sondervortrag: Prof. Dr. Hans Wißkirchen (Lübeck)
Thomas Mann, Goethe und die deutsche Geschichte

18:30-
Gemeinsames Abendessen bei Saikontan (https://kiwa-group.co.jp/xeumeihua_saikontan/)

Kontakt: Bei Interesse am Symposium würde Herr Atsushi Imai (imai[at-mark]econ.ryukoku.ac.jp) Sie bitten, ihm dies bis zum 28. Februar in einer kurzen E-Mail mitzuteilen.

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2020.02.29
報 告 「卒業論文と修士論文」

令和元年度(2020年2月)に受理された業論文と修士論文の題目は下記のとおりです。今年も力作が揃いました。なお、下記の写真は2月19日に独文学研究室で行われた卒論修論発表会の様子です。

卒業論文 
高城里菜
ゲーテ『ファウスト』における雲と救済

卒業論文
石川充ユージン
マイスター・エックハルト『神の慰めの書』に関する一考察——慰めの汎用性について——

修士論文 
池田奈央
E. T. A. ホフマン『詩人と作曲家』に関する一考察——間メディア的創作行為の実践——

2020.02.29
報 告 「令和元年度人文科学府長賞」(池田奈央) 

 朗報です。修士2年生の池田奈央さんが人文科学府の学府長賞を受賞することになりました。学府長賞は、特に優れた修士論文を書いた院生の中から人文基礎、歴史空間論、言語・文学の各専攻ごとに1名が選ばれる賞です。おめでとう、池田さん! (小黒康正)

2020.02.28
研 究 「第118回トーマス・マン研究会」(3月10日)

第118回トーマス・マン研究会のご案内

日 時: 2019年3月10日(日)14 時半から

場 所: 福岡大学文系センター棟 5F 共同研究室
     Tel. 092-871-6631
     アクセスマップ:
     https://www.fukuoka-u.ac.jp/help/map/
     https://www.fukuoka-u.ac.jp/aboutus/facilities/map.html

発表1: 別府陽子(大阪大谷大学非常勤講師)
     共苦の人ゲルダ・ブッデンブローク

発表2: 坂本彩希絵氏(長崎外国語大学)
     『欺かれた女』にみる「晩年性」

懇親会: 場所未定(当日、ご案内いたします)

出 欠: 参加希望者は3月3日までにご一報ください。
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  お名前:
  研究会  参加・不参加
  懇親会  参加・不参加
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その他:
① 本会について
本会は、平成元年に数名の若手マン研究者が、池田紘一氏(九州大学名誉教授)のもとに参集、その後、年に4回のペースで、マンを中心に近現代ドイツ文学に関する研究活動を行っています。

② 発表募集
研究発表の募集は、会員以外の発表を含め、随時行っています。発表希望者は事務局まで早目にご相談ください。下記のとおり、すでに希望が入っています。

③ 旅費補助
本会は、遠隔地から参加する常勤職のない若手研究者に対して、旅費補助を行っています。併せて事務局までご相談ください。

④今後の開催予定
第119回研究会 2019年 6月 九州大学   (発表希望有)(発表者2)
第120回研究会 2019年 9月 西南学院大学 (発表者1) (発表者2)
第121回研究会 2019年12月 福岡大学    (発表希望有)(発表者2)

事務局: 
〒819-0395 福岡市西区元岡744
九州大学文学部独文学研究室
トーマス・マン研究会事務局
小黒康正(E-mail: oguro[at-mark]lit.kyushu-u.ac.jp)

2020.02.27
研 究 第122回トーマス・マン研究会(中止)

 トーマス・マン研究会は、日本独文学会西日本支部との共催で、下記のとおり「Hans Richard Brittnacher 教授講演会」を予定していましたが、残念ながら中止といたします。既に日本独文学会のホームページで告知されましたとおり、コロナウイルス感染拡大予防のため、講師の招聘そのものが中止となりました。ご了承ください。なお、今後の研究会につきましては、状況を見極めながら、後日案内をいたします。今しばらくお待ちください。

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第122回トーマス・マン研究会のご案内

日 時: 
2019年3月24日(火)15時30分より17時まで → 中止!

場 所: 
九州大学伊都キャンパス・イーストゾーン

講師
Prof. Dr. Hans Richard Brittnacher 氏(ベルリン自由大学)

講演
Der Zirkus in Thomas Manns Roman Bekenntnisse des
Hochstaplers Bekenntnisse des Hochstaplers Felix Krull

その他:
① 本会について
本会は、平成元年に数名の若手マン研究者が、池田紘一氏(九州大学名誉教授)のもとに参集、その後、年に4回のペースで、マンを中心に近現代ドイツ文学に関する研究活動を行っています。

② 発表募集
研究発表の募集は、会員以外の発表を含め、随時行っています。発表希望者は事務局まで早目にご相談ください。

③ 旅費補助
本会は、遠隔地から参加する常勤職のない若手研究者に対して、旅費補助を行っています。併せて事務局までご相談ください。

④メールの送信について
メール送信の停止を希望される方は本メールの返信にてご一報ください。

⑤近年の研究発表者
・第115回研究会(2018年 3月、龍谷大学):Thomas Pekar、Yasumasa Oguro、Atsushi Imai、Hans Wißkirchen
・第116回研究会(2018年 7月、九大言文):鈴木啓峻、今井宏昌
・第117回研究会(2018年12月、西南学院):糸瀬 龍、中島邦雄
・第118回研究会(2019年 3月、福岡大学):別府陽子、坂本彩希絵
・第119回研究会(2019年 7月、九大独文):長光 卓、小黒康正
・第120回研究会(2019年10月、西南学院):林 弘晃、小黒康正
・第121回研究会(2019年12月、福岡大学):糸瀬 龍、速水淑子
・第122回研究会(2020年 3月、 中止 ):Hans Richard Brittnacher

⑥今後の研究発表者
・第123回研究会(2020年 6月、九大言文):(募集中)、(募集中)
・第123回研究会(2020年 9月、西南学院):(募集中)、(募集中)
・第124回研究会(2020年12月、福岡大学):(募集中)、(募集中)

⑦事務局 
〒819-0395 福岡市西区元岡744
九州大学文学部独文学研究室
トーマス・マン研究会事務局
小黒康正(E-mail: oguro[at-mark]lit.kyushu-u.ac.jp)

2020.02.25
講 義 ドイツ文学講義 VI (小黒康正)

○ 2019年後期には火曜日2限に文学部で「ドイツ文学講義 VI」を担当しました。テーマは「ドイツ文学における技術」です。今回も比較的履修者が多く、70名以上の学生が熱心に聴講してくれました。以下、最終回に行ったレスポンスペーパーの一部に対して公開でお答えします。(小黒康正)

●『技術の完成』や『献灯使』では技術そのものがディストピアを作り出す様子が描き出されていて、身につまされる思いだった。(芸術工学部 K) → 私もそうです。それだけに両著作からは実に多くのことを学び、そして考えるよすがを得ました。

●『献灯使』は正直に言うとかなり難解だった。胸に大きな重石を残されたような読後感を強く感じた。(中国文学 E) → その「重石」を大事にしてください。これからの人生においてきっとあなたの「重心」となるはずです。

● 今回の授業では、多和田葉子さんの著作に関する話題が興味深かったです。技術の高度化する時代だからこそ、技術で制御するようになり、人間と技術が乖離し、より想定外のことが起こりやすくなるという話は講義全体を貫くテーマのように感じました。(社会学 P) → 卓見です。社会学の学生さんですから、ニクラス・ルーマン『リスクの社会学』をご存知かと思います。そう言えば、多和田さんとはまさに水俣で技術の問題を話しました。あの時の経験が講義の基礎を作ったのかもしれません。

● 『献灯使』の解説を授業の序盤からとても楽しみにしていたので、最後の最後に小黒先生の見解を伺えたのがありがたかった。ただし、欲を申し上げれば、1時間では足りません……! もっと聞きたかったです。(英語学・英文学 Y) → そうですね、いつかまた扱います。とても楽しみにされていたこと、多和田さんに伝えておきますよ。

● 高校時代に多和田葉子さんの文章を学んだことがあったので、今回新たな文章を学ぶことができて興味深かった。これまで自分はドイツ文学にあまり触れたことがなかったが、これを機にドイツ文学に親しんでみようと思った。(言語学 T) → 多和田さんは日本のみならず、ドイツ語圏における現代文学のフロントランナーです。在外研究でウィーンに一年間いた2015年の秋に、私は多和田さんと始めて会いました。ウィーンの文学館でご自身がドイツ語で書いた詩を朗読されたことを、今でもよく覚えています。聴衆の方々が多和田さんの詩を、そしてその朗読を自分たちの詩として受けとめていました。

●多和田葉子さんは母語ではないドイツ語でも文章を書き、出版・評価に耐えるものを出せているので、本当に天才的だと思った。(言語学 T) → 多和田さんには、2016年の秋に九大にきていただきました。私は福岡空港でお迎えした後、市内中心部の小さなお店で一緒にサバを食べたことをよく覚えています。そして翌日は一緒に水俣に行き、その後、地震後の熊本で石牟礼道子さんに会ったことを、今でもよく覚えています。忘れ難い思い出です。いつかまた九大に来ていただきたいですね。

●授業内容に関するお話はもちろんのこと、雑談気味のお喋りも楽しく聞かせて頂きました。中でも、作品が今の時代読む価値があるのかどうかではなく、偉大な作品に時代があっているのか、という考えには驚くと同時に作品を立てる姿勢に安心しました。(社会学 G) → トーマス・マンに関する博士論文を書いていたときのことです、私は自問し続けました。マン文学が今なお論ずるに値するか、あるいは読むに値するのと問うことではなく、逆に、今の時代がマン文学を論ずるにふさわしい時代なのか、あるいははたして自分がマンを論ずるに値するのかと。若気の至りだったかもしれませんが、今なお私の心の中でこの問いは響いています。

● ヘルタ・ミュラーの『心獣』の講義が衝撃的で面白く感じました。(英語英文学 E) → 訳者として『心獣』を熟読玩味したつもりでおりましたが、今回、再読してみると、新たなことに気がつきました。『心獣』も、世界文学における高山霊峰のひとつとして、実に高くて深い! こんな作品を訳せた喜びをいまだかみしめている。

●朝日新聞のウルトラマン怪獣の記事を紹介してくださって、その記事の内容が、今一番興味をわかせるものとなっています。(文学部 N) → 当方にとりましても、幼少の頃にテレビで観た怪獣が今の自分の知的関心と結びつくなどこれまで思ってもみませんでした。修辞学なら「結合術」、錬金術なら「結合の神秘」といったところでしょうか。

●文学部で学ぶことが何になるのか、という答えを私は3年が終わろうとしているのに今も見つけられずにいたので、今日の言語を勉強し身につけることが他者理解につながるという話は興味深かったです。(国語国文学 R) 本日の授業では、言語学習、外国学習は平和教育だという話がありました。これは相手を知ることで相手を尊重できると言うことであると思います。とても心に残りました。(東洋史学 T) → 外国語学習は平和教育、たしかそのような話をしました。未知の単語を理解すること、面倒な文法を学ぶこと、妙な発音を身につけること、いずれも時間と忍耐と心身の変化が必要とされます。本当に長い道のりです。それだけに外国語学習は究極の他者理解につながります。日本語が国際語でなくって良かったですね。もし日本語が英語の代わりに国際語になっていたら、外国語を学ぶ必要性をあまり感じなくなっていたら、日本人はきっと傲慢になっていたことでしょう。他者の侵入を阻むために高い壁を作っていたかもしれません。共存のために作られた組織から身勝手に脱退していたかもしれません。和をもって尊しとなす、大和魂も外国語を学ぶことで初めて生きてくるはずです。何だかいつものとおり、話が長くなってしまいましたね。なかなか答えを見つけられない問題を見つけただけでも、大きな収穫ですよ。時間のかかることには、すべて貴重な意味があります。

●私は小黒先生の講義を1年前期、2年前期、2年後期と合計3回受けました。毎回の講義で独文学に関する知見がどんどん広がっていくのを感じました。(言語学 G) → 当方1年生向けの講義を後期には開講していないので、その学期を除くと、2年生のこの方は九大入学以後、毎学期、私の授業に出られています。感激です。期待にお応えできますように、今後とも質の高い講義(と脱線)をしていきたいと思っています。

●今回でおそらく4、5回目の小黒先生のドイツ文学講義となり、常連です。(英文 E) → 実は、当方、院生の頃、自分の指導教員である池田紘一先生の授業を毎学期、休むことなく受講していました。それだけに同じ話を何度か聞いたかもしれません。しかし、池田先生の授業は毎回新鮮で、常に一回性のものでした。私もそんな講義をしたいと思っています。

●自分も武道をやっているのですが。技術との対比として身体論がより面白く感じられそうです。(法学部 Y) → 授業で扱ったゲーテの自然観は私にとって武道的な身体論に思えてなりません。朝稽古に参加するたびに、そう思っています。

● 同僚の T 先生と一緒に居酒屋に行き、今日は21時半までにしようと言っていたのに、いつの間にやら終電に乗り遅れた話など、日常の話が楽しかったです。『モモ』の中に、最後、時間の花を持って時間泥棒と戦いに行くシーンで、どうして時間=花なのかと思っていたが、終電を乗り過ごすまで飲んでしまったという話にその答えを見つけた気がする。(倫理学 K) → 19時半から飲み始めて、まだ21時半だと思っていたのに、いつのまにか 0時近くになっていました。なぜこのようなことが私に度々起きるのでしょうか。本当に不可解です。そう言えば、私は飲むたびに「時間よ止まれ、お前は美しい」と言っているような気もします……

● 今日の講義を通して、人間と技術の関わりについて深く考えさせられました。私は普段の生活において、便利なもの、例えば車やスマホなどに根拠の無い信頼を持っているなと感じました。実際に去年、スマホを盗まれた経験があり、スマホが無いと何もできない自分に気づきハッとしました。便利さには両義性があることを、どんな時代でも理解しなければならないと感じました。(社会学 S) → ミヒャエル・エンデ『モモ』に関するこの方のレポートは実に面白い。現代における時間泥棒はスマートフォンではないかと問う。使い手である自分がいつの間にかスマートフォンに支配されている自分自身に気づいてのこと。なぜ技術革新が続いているのに忙しい状態から人間は抜け出せないのか。目の前の便利さに目が眩み、必要ないものまでに手を伸ばしてしまうからだと、この方は考えられている。卓見です。

● 小黒先生の講義に出ていると、レポートの書き方をはじめ、レポートを書く意義まで見い出せる気がします。(独文学 R) → ここだけの内緒の話ですが、実は九大で開講されている講義の中で一番役に立つ講義にしたいと思っていたりして……

● レポートに訂正を加えて返却してくださる先生は他にいらっしゃらないので、正しいレポートの作成方法を学べた点において本講義に参加できて良かったと思います。(社会学 P) → 総じて書くことは読み手を意識して書くことが肝要。とりわけレポートの場合、ラブレターの場合と同様に、ことさら読み手を意識しなければならない。事実を通じて説得するだけではなく、レイアウトなどを通じて、読み手に対する配慮を示すことも、それなりに大事。レポートをコメント付きで返却するのは、皆さんのレポートをきちんと読むぞ、という私なりの意思表示。もしかすると、私の講義を通じて、ラブレターの書き方も上達するのかもしれない。

● 『モモ』などの児童文学でも十分に研究対象になるんだなと思いました。(文学部 W) → 今回の講義では、ユンガーの『技術の完成』とエンデの『モモ』とを結びつけて論じましたね。私なりの「結合の神秘」です。

● (来学期の講義では、文学における)音楽について行う話していたが、私自身、音楽について触れた文章がいまいち好きでないのでとても気になりました。(社会学 T) → そうですか、お嫌いですか。いろいろな方がおられますからね。もっとも、このような方こそ、来学期も受講していただきたいです。私は俄然ファイトが湧いてきました。目下、楽しみながら迷っています。ホメロス『オデュッセイア』に、E.T.A. ホフマン『クレスペル顧問官』に、カフカ『歌姫ヨゼフィーネ』に、それに平野啓一郎『マチネの終わりに』も扱いたいなぁ……

● 必修の授業が多く、文学に関する授業は、後期(に受講したの)はこの授業だけでした。しかし、他の心理学の授業とつながるところが多く、意外なつながりを見つけながら話を聴くことが楽しかったです。(心理学 G) → 以前、私のもとで博士論文を書き、その後、駒澤大学でポストを得たカフカ研究者の S さんは、実は学部時代は心理学を専攻していましたが、大学院からはドイツ文学を専攻されたことを思い出しました。

○ シラバスは参考までにこちらです。それにしても講義とは名ばかりで、私はいまだ学生から学ぶことが多いです。今回もそうでした。 → http://www2.lit.kyushu-u.ac.jp/~syllabus/cgi-bin/table-odd.cgi?thisyear=2019&num=1340506&show=S2110000&big=B00000&each=1

2020.02.23
書 評 『芸術愛好家たちの夢』(『図書新聞』、小黒康正)

2020年2月8日に発行されました「図書新聞」第3434号に当方が執筆した書評が掲載されています。対象文献は、佐藤直樹編『芸術愛好家たちの夢 ドイツ近代におけるディレッタンティズム』(三元社、2019年)です。

18世紀ヨーロッパはディレッタンティズムの時代でありました。当時のディレッタンティズムは放浪のコスモポリタニズムに培われ、19世紀末以降のディレッタンティズムはデカダンスをいわば腐植土とします。

18世紀の社交的なディレッタント像は、19世紀末に近づくと孤独なディレッタント像へと変わっていくのです。こうした変容にいち早く気づいたのが、フランスのポール・ブールジェとドイツのトーマス・マンでした。

そして更に、オーストリアの思想家ルードルフ・カスナーは言います、「かつてディレッタントと見なされていた多くの者たちは今日では病気だ」と。興味深い発言ですね。詳細は当方の書評をご一読ください。

今回は『芸術愛好家たちの夢』の全体像を可能なかぎり紹介しながら、今や世界中に出現する「オタク」という愛好家たちの幻像を、詰まるところ、私たち現代人の原像を私なりに問いました。

竹久出版の図書新聞事業部からご依頼があったのは昨年の秋だったでしょうか。同新聞に関しましては、今回の書評は、下記のとおり、3本目の書評です。(http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/week_article.php)
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(1)ドイツ表現主義の「交響曲」を読む。クルト・ピントゥス編『人類の薄明――表現主義のドキュメント』(未来社)について。「図書新聞」第3283号(2016)、5頁。
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(2)五感の序列化に抵抗。「面白い話」の結合によって「新しい経験」を促す。松村朋彦著『五感で読むドイツ文学』(鳥影社)。「図書新聞」第3307号(2017)、5頁。
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(3)佐藤直樹編『芸術愛好家たちの夢 ドイツ近代におけるディレッタンティズム』(三元社)。「図書新聞」第3434号(2020)、5頁。
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 それにしても、あくまでも私の主観ですが、論文執筆の際には他者との差異化に力が入りますが、書評とは、そうした力を抜いて相手と行う武道的な和合のようです。今回も良い汗を流しました。(小黒康正)

2020.02.21
寄 贈 『生と死をめぐるディスクール』(荻野蔵平)

 過日、熊本大学大学院人文社会科学研究部教授の荻野蔵平先生から『生と死をめぐるディスクール』(荻野蔵平⧸トビアス・バウアー編、九州大学出版会、2020年)のご寄贈がありました。荻野先生は以前、九大独文でドイツ語学の授業を担当された方です。今回の著作はとても興味深い編著ですので、お礼をかねて、内容を簡単に紹介したいと思います。

3部構成からなる本書の冒頭には、荻野先生の「序論にかえて」がありますが、そこでは全体の内容が簡潔に紹介されているだけではありません。2016年4月に最大震度六強の地震に熊本が襲われたことを契機に、急遽、公開講座のテーマを変更して、本著作のテーマに臨んだ舞台裏が明かされています。本著作の深さに私なりに納得いたしました。

 第 I 部「生と死——倫理学と宗教学はどう見ているのか——」では、古今東西の文学や思想に見られる様々な死生観と現在の生命倫理の諸相が倫理学と宗教学の観点からそれぞれ結びつけられています。私自身、ドイツの文学思想に関心があるので、特にバウアー先生担当の第2章「生と宗教はどのような関係にあるのか」を興味深く拝読しました。 

 そこでバウアー先生は「死は宗教の起源なのか」「人間はなぜ死ななければならないのか」と問いながら、アウグスティヌス、ヤン・アスマン、アルノルト・ゲーレン、フレイザー、フロイトなどの見解を紹介しています。ちなみに熊本大学のバウアー先生はかつて交換留学生として九大で学ばれた方、それ以来、私は親しくお話しする間柄です。

 続く第II部「生命倫理の諸相——「現場」からの視点——」では、熊本地震での公衆衛生活動、日本的ケアの源流としての弔い儀礼、紛争解決のディスクールが掘り下げられています。特に終末期ケアや認知症などをめぐるさまざまな葛藤を言葉の問題から掘り下げている第5章(石原明子)がとりわけ興味深かったです。
 
 第Ⅲ部は、「古今東西の死生観——文学テクストから探る——」という表題が示すとおり、文学作品を通して考察が深められています。特に第6章(坂本昌樹)は、明治三陸地震と三陸大津波に言及した夏目漱石とラフカディオ・ハーンを通じて明治期の「天災」を扱う興味深い章です。今なおさまざまな天災に襲われる我々に深く思索を促す章ではないでしょうか。

 荻野先生は第8章でドイツ中世文学の『哀れなハインリヒ』を「死の病と救済の物語」として読み解かれていますが、その一部を引用することで今回の紹介を終えたいと思います。ドイツ語学の碩学ならではの知見が読み取れるのではないでしょうか。神を意味するギリシア語 Τέως がtheoro(私は見る)に由来するというクザーヌスの語源説を、私は思い出しました。

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〔以下、210頁からの引用〕
ここで注目したいのは、劇的な変化を引き起こした状況を作者が「彼は自分自身を見た」と、再帰動詞を用いて表現していることである。再帰動詞に見られる再帰的思考とは、自分を眺めるもう一人の自分を設定し、そこから自分を眺めることであるとすれば、彼において起こったのは、自分を見つめるもう一人の自分が「これは本当の自分ではない」と悟ったということである。
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2020.02.04
案 内 「とはすかたり─文学部の肖像」展

 九州大学文学部美学美術史研究室のAQAプロジェクトが企画された「とはすかたり─文学部の肖像」展(https://aqaproject.wixsite.com/tohasukatari)が、2月1日から3月20日までの間(日曜祝日休館)、九州大学椎木講堂ギャラリーで開催されています。

 実は、当方、(1)独文研究室の「お宝」を出品し、(2)現代美術家の鈴木敦氏と一緒に故片山正雄先生に「インタビュー」をいたしました。片山先生は九州大学文学部独文学研究室のの初代教授です。

 皆さん、ご存知でしょうか、片山先生は日本で最初の本格的な独和辞典である『双解独和大辞典』を上梓されましたが、それ以前に、片山孤名の名前で文芸評論家と活躍され、『神経質の文学』を上梓されたり、Otto Weininger の著作を訳されています。

 また、私自身の関心から申しますと、片山先生は1914年に「誤れたるイブセン」をお書きになり、その中で「第三帝国」に触れられていました。「第三帝国」という言葉はドイツでは1923年以降に流布するので、これ自体、驚きの事実です。

 そのあたりの経緯を片山先生にしっかりと「インタビュー」し、私なりに多くを学びました。なお、入場は無料です。皆さん、こちらに来られる機会がありましたら、ぜひ足をお運びください。なお、問い合わせ先は下記のとおりです。                    (小黒康正)
  _____________________________________________
  AQAプロジェクト 九州大学文学部美学美術史研究室
  TEL&FAX: 092-802-5076 
  URL: http://aqa.aikotoba.jp/
  _____________________________________________

2020.02.03
寄 贈 『イバラ交』他(浦歌無子)

 過日、詩人の浦歌無子さんが『イバラ交』(思潮社、2013年)と『夜ノ果ててのひらにのせ』(弦書房、2017年)を送ってくださいました。ご自身の第二詩集と第三詩集です。いずれの詩集も、物質のイメージ、とりわけ水のイメージを巧みにオノマトペと交差させながら、詩的言語の解体と創出を歌い上げているようです。

 水で満たされたクーラーボックスから
 ほんの少しだけ顔をだして
 「ギギ」だと名乗った
 重い扉を開けるときに響くこの音を気に入っていると言った   (『夜ノ果ててのひらにのせ』、8頁)

 ガストン・バシュラールによれば、水はしばしば神話的形式を用いながら我々の中に深い感情を蘇らせます。ユングは水と無意識の根源的連関を指摘しました。20世紀オーストリア文学を代表するインゲボルク・バッハマンの「ウンディーネ行く」では、水の女が浜辺で貝殻に耳をあてた際に黙示録的な「終焉への叫び」を聞き取ります。同様に、『夜ノ果ててのひらにのせ』の中で25の夢を語る「わたし」も、海岸で貝殻に耳をあてた際、「ギギ」を通じて「終焉」をやはり聞き取ったようです。

 あなたの水の終焉が
 真っ赤な声でうたいます        (同上、26頁)

 この「わたし」は「さびしい」と言いつづけることにあきあきした少女です。私たちの周りにいるごく普通の少女と言ってもいいかもしれません。それにもかかわらず、いやそれだからこそ、身体をめぐる戦慄のイメージが私たちに深く突き刺さってきます。「ギギ」の「真っ赤な声」を聞き取る「わたし」には、ヘンデルの協奏曲も、モーツァルトの変奏曲も、ビゼーのメヌエットも、すべて「とぎ……ぎれの」断片と化し、オノマトペとなっていきます。

 フジツボのようにびっしりと
 砂の音が貼りついてとれないので
 耳を捨てに行く
 耳捨てに               (同上、38頁)

 「わたし」はなぜ耳を捨てなければならないのでしょうか。それは、既存の文法から成り立つ今の言葉と決別し、「新しい文法」から成り立つどこにもない言葉を聞き取らなけれなならないからです。しかし、私たちは「どこにもない」新しい言葉を「どこにでもある」古い言葉で言い表わさなければなりません。それはある種の挑戦であり、冒険であります。その試みはあまりにも困難を極め、概ね、いや、まずと言った方がいいかもしれませんが、うまくいきません。おそらく詩を書く方々はそのことをよく知っているのではないでしょうか。詩人と同様に「わたし」も沈黙に陥ります。

 この世でいちばん深い闇は
 閉じられた口の内部なのです      (同上、80-81頁)

 しかし、こうした沈黙にこそ詩的言語の出自があると私には思えます。総じて詩人の沈黙は饒舌です。詩人は既存の言葉に宿る記憶を頼りに既存の言葉を超えて、今はどこにもない新しい言葉を目指します。

 舌は記憶でできている
 言葉は記憶でできている
 舌をわたしに
 そこに宿る力を
 今こそわたしに            (同上、121頁)

 『夜ノ果ててのひらにのせ』を読んでいますと、私には何だか饒舌な沈黙が聞こえてきます。浦氏は『イバラ交』でも大胆な言葉を実に繊細に紡ぎますが、その際も、私たちの周りにいるごく普通の少女が現れます。

 「ハッロー!あたし悲しい話はノーサンキュー、
 声もなくさないし、王子様も渡さないから。
 あたし王子様と海のこと以外はなーんにも知らないの」
       (『イバラ交』、25頁)

 リビングでパソコンを打っていた「わたし」の前に現れたのは、ガムをくちゃくちゃ噛む人魚姫です。かつて男性の側から水の女はよく描かれたようですが、現代では、とりわけ現代の日本文学では、金井美恵子にしろ、倉橋由美子にしろ、女性の側から描かれることが少なくありません。アンデルセンの人魚姫はお姉さんたちからナイフを受け取りますが、今度は「わたし」が人魚姫からナイフを受け取ることになります。真っ赤な声で歌っていた「ギギ」は、浦さんなりの人魚姫なのかもしれません。

 うすく笑いながら人魚姫が差しだしたナイフには
 べっとりと赤い海がついている     (同上、29頁)

 『夜ノ果ててのひらにのせ』では耳が捨てられましたが、『イバラ交』では指が捨てられます。そういえば、金井美恵子の作品では指が燃やされます。いずれにしても「書く」行為の頓挫が問題になっているのではないでしょうか。

 それからわたしの指を一本一本切り落とす(同上、30頁)

 浦さんが示す「わたし」は常に私たちに寄り添っているようです。それだけに、繰り返しになりますが、身体をめぐる戦慄のイメージが私たちに深く突き刺さってきます。「わたし」が海岸で貝殻に耳をあてたように、私たちも浦さんの言葉に聴き耳を立ててみると、「ギギ」がうたう「真っ赤な声」が聞こえ、そして「べっとりと赤い海がついている」ナイフを人魚姫から受け渡されるかもしれません。

 耳はつめたいくだもののように
 新月を孕み
 海を満ち潮にする           (『夜ノ果ててのひらにのせ』、81頁)

 水の詩的イメージは私たちの中に深い感情を蘇らせます。この深い感情とともに、あの捨てられた耳も、切り落とされた指も、蘇ってくるのかもしれません。別言すれば、私たちは詩人が歌う饒舌な沈黙に聴き耳を立て続けることで、「新しい文法」が一条の光として私たちにさしてくるのでしょう。  

 口のなかにさしこむひとすじのひかりが
 言葉を照らしはじめる         (同上、126頁)
                                     (小黒康正)

2020.01.19
寄 贈 『はじめての明治史』(山口輝臣)

 昨年の師走、東大准教授で日本近代史がご専門の山口輝臣氏から『はじめての明治史 東大駒場連続講義』(山口輝臣編、ちくまプリマー新書312、2018年)の寄贈があった。同書を手にしたとき、私は壱岐の露天風呂で山口氏と長々と話をしたことを思い出したのである。確か2008年度の文学部教員親睦旅行の時だったと思うが、当時、山口氏は私の同僚、しかも研究室は隣、露天風呂での話題は日本における「第三帝国」だった。

 一般的な理解によれば、「第三帝国」という言葉がドイツに流布するのは、メラー・ファン・デン・ブルックの著作『第三帝国』(1923年)以降である。同書によれば、第一帝国として神聖ローマ帝国、第二帝国としてドイツ帝国があり、1919年成立のヴァイマル共和国を認めない保守勢力が求めた新たな政治体制が第三帝国であった。それは、よく知られているように、後にナチス・ドイツのイデオロギーとなっていく。

 もっとも私の関心は、ナチスの第三帝国ではなく、第一次世界大戦前の日本で創刊された雑誌「第三帝国」であり、当時の日本における「第三帝国」をめぐる言説であった。1914年3月の時点で「今や我国にも「第三帝国」の声は高い」という言葉もあったのである。何という状況であろうか。今では忘れられてしましったこの事実に、日本人であれ、ドイツ人であれ、かなりの違和感を覚えるはずだ。そう私は山口氏に風呂の中で言った。

 私は、ナチスの「第三帝国」と区別するために、保守思想に限定できないそれ以前のDas dritte Reichを「第三の国」と称している。中世イタリアに端を発する「第三の国」をめぐる言説は、第一次世界大戦期の日本において民本主義と、大戦後のドイツにおいて共和国支持と結びつき、そうしたリベラルな言説がナチス的言説へと変貌を遂げた後にも、ドイツの左翼勢力がナチスから「第三の国」を奪還しようとした経緯があったのである。

 日本における「第三帝国」をめぐる言説は、ノルウェーのイプセン、ロシアのメレシコフスキー、ドイツの新理想主義、これら三つを日本人なりに受け入れた結果だ。そう山口氏に言ったところ、「それはとても面白い、はやく論文として公表すべきだ」と言われた。それで私は思い切って、日本独文学会「ドイツ文学」第154号(2016)や三田文学会「三田文學」第134号(2018)にそのことを書いたが、かなり時間がたってのことだ。

 実は、今回いただいた『はじめての明治史』に、それも、山口氏ご担当の第七講「明治はどのように終わったのか?」に、雑誌「第三帝国」に関する記述がある。山口氏によれば、明治の終焉において時代閉塞を憂う言説として「第三帝国」があった。「第一帝国」は明治維新までの日本であり、「第二帝国」は明治であり、明治とは違った脱植民地的にして民主的な来るべき国として「第三帝国」はかつて考えられていたのである。

 今、私たちは閉塞感が漂う平成の終わりいるだけに、明治の終わりから見えてくるものは実に多々あるようだ。『はじめての明治史』における第二講「幕府はどうして倒れたのか?」や第六講「日露戦争はどうして起きたのか?」も実に興味深い。思いつきに近い関心であったが、当時、日本近代史の専門家に話してよかったと思っている。隣人同士といってもゆっくりと話す機会はなかなか無かった。やはり裸の付き合いはいいものだ。(小黒康正)

2020.01.18
寄 贈 『ジッドとその時代』(吉井亮雄)

 「ジッドがドイツと結んだ関係はほかのどの外国とのそれよりも深く密接であった」、とアンドレ・ジッド研究者である同僚の吉井亮雄氏(仏文学講座教授)は近著『ジッドとその時代』(九州大学出版会、2019年)において記す。実に興味深い指摘ではないか。

 同書によれば、フランス現代文学を代表するジッド(1869-1951)は、ゲーテやクライストやニーチェなどを若い頃から読んでおり、そして実際にドイツやオーストリアの作家や思想家と親しく付き合うことで、ドイツ語圏に対する親近感を深めていたようである。

 吉井氏は、ジッドに関連する手稿や刊本の精密な比較照合を通じて、これまで文学テクストの生成過程を厳密に追ってきた。今回の著作でも、未完の書簡や同時代の新聞や雑誌の記事を緻密に調査することで、多岐にわたるジッドの交友関係を明らかにしたのである。

 ドイツ語圏におけるジッド作品の翻訳紹介は、ウィーンの思想家R. カスナー(1873-1959)が1904年に訳出した『ピロクテテス』が嚆矢であった。また、数多くの独訳の中でも、カスナーの友人であるリルケ(1875-1926)が訳出した『放蕩息子の帰宅』も秀逸であったようだ。

 ジッドが1911年にリルケ『マルテの手記』の部分訳を出したこと、1925年に遺稿出版されたカフカ『審判』を1947年に演劇版翻案として出したことなどは、ドイツ文学者の間でもあまり知られていない。なお、同年はジッドがノーベル文学賞を受賞した年でもあった。

 ジッドは、ホーフマンスタール(1874-1929)の他に、トーマス・マン(1875-1955)とも付き合いがあったようである。1921年には、第一次世界大戦後にも尾を引く独仏の諍いを超えて、ジッドとマンは「コスモポリタン的精神」によって交友を深めていた。

 もっともそこにエルンスト・ベルトラム(1884-1957)が加わっていたことも、忘れてはならない。当時、ベルトラムはニーチェの研究者として活躍し、1922年からはケルン大学の教授であったが、後に民族主義的傾向を強め、ナチスに同調したことが知られている。

 なお、マンが1920年にベルトラムに宛てたクリスマスカードが九州大学附属図書館の貴重書室に保管されていることも付言しておきたい。吉井氏から浩瀚の書をいただいたとき、ドイツ側の複雑な経緯と九大が所有するマン書簡のことを思い出したのである。 (小黒康正)

2020.01.12
寄 贈 『ブレヒトの詩』(内藤洋子)

 1928年の 9月、ベルリンの雑誌『フラウ』がドイツの作家諸氏にこれまでの人生で最も印象を受けた本は何かと尋ねた。ベルトルト・ブレヒト(1896-1956)の答えは、当時、熟読していたマルクスとエンゲルスの『資本論』でもなければ、ソポクレス『アンティゴネー』などのギリシア悲劇でもなかった。『聖書』、これがブレヒトの答えだったのである。

 ブレヒトはナチスに抵抗した劇作家であっただけではなく、東ドイツ時代も含め、生涯にわたり反権力の詩を書き続けた詩人でもあった。抵抗詩人の愛読書が『聖書』であったことの意味は何なのだろうか。数日前のことであるが、明治薬科大学名誉教授の内藤洋子先生から御著『ブレヒトの詩 しなやかに鋭く時代を穿つ』(績文堂、2019年)の寄贈があった際、院生の頃に私なりに抱いた疑問をふと思い出した。

 詩の民衆性を重んじたブレヒトは伝統的な試形式を好んで用いた、と内藤氏は言う。事実、民謡やバラード、さらには大道芸人が歌うベンゲルザングなど、単純な形式をもつ詩がブレヒトには少なくない。但し、ブレヒトは過去に遡ることでいつも前進をする詩人でもあった。その意味で、『聖書』はブレヒトにとって役に立つ実践的な書だったのだろう。

 確かにブレヒト初期の詩「アプフェルベック、または野の百合」では新約聖書のマタイ伝が巧みに用いられているし、第一詩集『ベルトルト・ブレヒトの家庭用説教集』(1927年)などはルターの『教会および家庭用説教集』のまさに換骨奪胎だった。また、辛辣な社会批判を行いながらも、ナチス政権樹立を目の当たりにした際に「沈黙」を宣言したウィーンの批評家カール・クラウスに対するブレヒトの反応も実に興味深い。

 ヴァイマル共和国期からファシズム前夜や反ナチスの亡命時代を経て戦後の東ドイツで新しい国の姿を探った時期に至るまで、ブレヒトが詩を通じていかにしなやかに鋭く時代を穿ったかを、内藤氏の著作は私たちに教えてくれる。私の場合、若い頃に抱いた疑問に新たな光が与えられたような気がした。 (小黒康正)

2020.01.07
紹 介 「みらいぶっく 学問・大学なび」(河合塾)

 学問には実にさまざまな研究分野があります。それだけに大学進学を希望する高校生にとって、大学選びは悩みの種ではないでしょうか。そんな悩みに答えてくれるのが、河合塾による高校生向け学問紹介サイト『みらいぶっく 学問・大学なび』(http://www.miraibook.jp/field/subject-detail/3103)です。

 文学を、とりわけヨーロッパ文学を学ぶのなら、どの大学のどの学部がいいのでしょうか。ドイツ文学関連では、「研究をリードする大学」として、九州大学(つまり本研究室)が、東京大学、神戸大学、早稲田大学、首都東京大学とともに紹介されています。以下の参考ファイルをご覧になられてください。(小黒康正)

参考ファイル:3103 ヨーロッパ文学|みらいぶっく.pdf
2019.12.18
受 賞 「第7回ジャポニスム学会奨励賞」(野村優子)

 朗報です。愛媛大学の野村優子氏が第7回ジャポニスム学会奨励賞を受賞されることになりました。対象業績は野村優子『日本の近代美術とドイツ――『スバル』『白樺』『月映』をめぐって』(九州大学出版会、2019年)です。以前、この HP でお伝えしたことですが、野村氏は私の指導を受けながら2017年3月に九州大学大学院人文科学府で博士(文学)の学位を得た後、2018年3月に平成29年度人文科学府長賞大賞を受賞しております。今回の対象業績は博士論文にもとづく著作です。野村氏は当方の厳しい指導を受けながら研鑽を積んできました。それだけに私にとりましても本当に嬉しい知らせです。それにしても野村さんの著作はさまざまな可能性に満ちた領域横断的な研究だと思います。そのことが、九州大学大学院人文科学府のみならず、ジャポニスム学会でも認められたのではないでしょうか。野村さん、おめでとうございます。(小黒康正)

2019.12.02
報 告 「平成30年度修士論文ならびに卒業論文」

九大独文では、平成30年度に下記論文が受理されました。

〔修士論文〕
・ 高村俊典:天と地のはざまでーーヘルタ・ミュラー『今日は私に出くわしたくなかったのに』における交差する時空間ーー
・ 橋本佳奈:18世紀観相学論争と風刺作家ムゼーウス―『観相学的紀行』の序文を中心に―
・ 林 弘晃:ヘルマン・ブロッホ『ウェルギリウスの死』における「同時性」

〔卒業論文〕
・ 明石光平: 科学主義に対するアンチテーゼとしてのゲーテ『色彩論』 

2019.10.30
受 賞 「文学部同窓会奨学会優秀研究賞」(林弘晃)

10月5日のことですが、博士後期課程1年の林弘晃君が文学部同窓会奨学会優秀研究賞を受賞しました。林君はヘルマン・ブロッホを主たる考察対象とする新進気鋭の研究者です。九大独文に取りましては3年連続の快挙となりました。(小黒康正)

2019.09.10
書 評 『水の女』(『九州ドイツ文学』、森田團)

 以前、西南学院大学の森田團先生が拙著『水の女』に関する書評を『九州ドイツ文学』27号(2013年)に寄稿してくださいました。同書評を授業資料として PDF 版をアップしておきます。

参考ファイル:書評『水の女』(森田、2012年).pdf
2019.06.19
人 事 (日本独文学会理事)

 2019年6月8日をもって一般社団法人へ移行した日本独文学会において、当方、新たに理事に選出され、今後2年間は機関誌担当を仰せつかりました。これまでの2年間は、機関誌編集委員会文学・文化部門編集責任者の重責を担いながら企画担当の理事を兼任してきましたが、今後の2年間、引き続き編集責任者の責務に追われながら、編集担当の理事としても機関誌関係の仕事に携わります。(小黒康正)

2019.04.14
学 会 「九州大学独文学会第33回研究発表会」(4月27日)

拝啓 春暖の候、皆さまにおかれましては益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。

さて、九州大学は、昨年の夏、糸島半島にある伊都キャンパスに移転しました。そして、下記のとおり、4月27日に初めて新キャンパスで九州大学独文学会の研究発表会が行われます。そこで、お披露目も兼ねて、会員以外の方々にも研究発表会の案内をすることにいたしました。

今回は、実に興味深い研究発表があるだけではなく、特別企画「九州大学中央図書館ツアー」と特別懇親会が行われます。ご多忙のことと存じますが、どうぞ遠慮なくご参加ください。なお、参加希望の方は、小黒宛(oguroアットマークlit.kyushu-u.ac.jp)に、4月20日までにお知らせいただければ幸いです。

なお、新キャンパスにつきましては、九州大学の新しい紹介ビデオ「Countless Ways to Connect」(http://www.kyushu-u.ac.jp/ja/university/publicity/movie/)をご覧になってください。同ビデオは九州大学伊都キャンパスのみならず、福岡の活気をなかなかよく伝えています。  敬具


      記

九州大学独文学会 第33回研究発表会

平成31年4月27日(土) 13時30分より

九州大学伊都キャンパス・イーストゾーン
イースト1号館1階 E-B-112講義室
九大伊都キャンパスアクセスマップ:https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/campus/ito/
「伊都キャンパスマップ」:建物80番


研究発表会(13時30分) 参加費500円(会員ならびに学籍のある方は無料)
1. 18世紀観相学論争と風刺作家ムゼーウス――『観相学的紀行』の序文を中心に――   橋本佳奈
2. ヘルマン・ブロッホ『ウェルギリウスの死』における「同時性」 林 弘晃
3. ヘルタ・ミュラー『今日は私に出くわしたくなかったのに』における交差する時空間  高村俊典
4. 中世ドイツ文学における自然                    嶋崎 啓

特別企画「九州大学中央図書館ツアー」(17時)

懇親会(17時30分、イースト1号館1階 L-Café ) 会費4000円(学籍のある方は2500円)

2019.03.25
受 賞 「第16回日本独文学会学会賞」(武田利勝)

朗報です。九大独文准教授の武田利勝氏が第16回日本独文学会賞を受賞することになりました。受賞論文ならびに掲載誌は下記のとおりです。受賞式は2019年6月8日に学習院大学で行われる日本独文学春季研究発表会にて行われます。武田さん、受賞おめでとう。

第16回日本独文学会賞(日本語論文部門): 武田利勝「父によるわが地平の限界」の彼岸に―若きシラーと超越論的終末論(日本独文学機関誌「ドイツ文学」154号、2017年)〔http://www.jgg.jp/modules/organisation/index.php?content_id=434〕

それにしても武田さんの受賞、同僚としてとても感慨があります。実は、私なりにいくつかのことに気がつきました。今回の受賞は、二重の意味が幾重にも偶然に重なっているようです。以下、そのことを簡単に説明しようと思います。

実は、武田さんの受賞は二度目です。「ドイツ文学」146号掲載の論文「境界の自律性-カール・フィリップ・モーリッツにおける装飾の有機的自己形成について」で第12回日本独文学会賞をやはり日本語論文部門で受賞しておりました。二度目の受賞、これは快挙です。

今回の日本語論文部門には受賞者がもう一人おられます。宮崎大学の胡屋武志氏です。武田さんも胡屋さんも、ともに准教授ですが、それだけではありません。お二人とも、早稲田大学出身のFr. シュレーゲル研究者であり、ともに日本独文学会西日本支部の会員です。

胡屋論文が掲載された「モルフォロギア」39号の編集長は武田さん、そして武田論文が掲載された「ドイツ文学」154号の編集責任者は当方であります。偶然以外のなにものでもありませんが、九州での切磋琢磨が興味深い「化学反応」を起こしました。

武田さんの受賞は、日本独文学会西日本支部のみならず、九大独文にとりましても、その意味は大きいです。実は、当方、ドイツ語論文部門で2018年の第15回日本独文学会賞を受賞しておりましたので、我が研究室から二年連続の受賞者を出したことになります。

そう言えば、かつて九大独文で学び、現在、長崎外国語大学准教授として獅子奮迅の活躍をされている坂本彩希絵氏が、2017年5月に第57回ドイツ語学文学振興会賞を受賞されているので、我が研究室からは三年連続の受賞者輩出ということになるでしょうか。

九大独文の規模は決して大きくありません。現在は、スタッフ3名、院生7名、学部生5名です。全国的に見てもかなり小さな独文研究室と言えましょう。もっともこの14年間に九大独文出身の若手研究者14名が全国の大学でポストを得て、大きく羽ばたきました。

研究も、議論も、飲み会も「熱く」行うのが我が研究室の伝統、広く深遠な世界を相手にしているからでしょうか(それともお酒とともに何もかも飲み干してしまうからでしょうか)、受賞のこともすぐに忘れられ、お互いに切磋琢磨をする毎日です。Klein, aber fein!(小黒康正)

2019.01.31
紹 介  九州大学新キャンパス

 九州大学の紹介ビデオができましたので、一度、ご覧になってください。特に3番目のビデオは、新キャンパスや福岡の雰囲気をよく伝えています。
 → http://www.kyushu-u.ac.jp/ja/university/publicity/movie/

2018.12.30
報 告 「平野啓一郎講演会」(小黒康正)

 2017年7月15日に九州大学文学部で行われました「平野啓一郎講演会「破滅と希望」」の報告が、西日本日独協会編「西日本日独協会年報」第42号(小黒康正、2018年6月、14-16頁)に掲載されました。

参考ファイル:平野啓一郎講演会報告(2018).pdf
2018.12.30
報 告 「マン書簡の公開記念式典」(小黒康正)

 2018年3月10日に九州大学文学部で行われました「トーマス・マン書簡の公開記念式典」の報告が、西日本日独協会編「西日本日独協会年報」第42号(小黒康正、2018年6月、27頁)に掲載されました。

参考ファイル:マン書簡の公開記念式典(2018).pdf
2018.12.29
報 告 「私のウィーン滞在記」(小黒康正)

小黒康正著「私のウィーン滞在記」が、西日本日独協会編「西日本日独協会年報」第42号(2018年6月、20-21頁)に掲載されています。

参考ファイル:私のウィーン滞在記(2018).pdf
2018.12.28
報 告 「ゴシック復興」(武田利勝)

 西日本日独協会の2017年度9月例会報告「ゴシック復興 ー建築に託すロマン主義の夢」が西日本日独協会編「西日本日独協会年報」第42号(武田利勝、2018年6月、17-19頁)に掲載されました。

参考ファイル:ゴシック復興(2018).pdf
2018.12.27
報 告 「シェーン氏講演会」(小黒康正)

 2017年4月15日に九州大学文学部で行われました「バイエルン独日協会会長 オーリヴァ・シェーン氏講演会」の報告が、西日本日独協会編「西日本日独協会年報」第42号(小黒康正、2018年6月、8-10頁)に掲載されました。

参考ファイル:シェーン氏の講演報告(2018).pdf
2018.12.11
学 会 「北海道ドイツ文学会 第86回研究発表会」(12月8日)

 12月8日に北海道大学文学部で行われた北海道ドイツ文学会 第86回研究発表会にて、当方、「ルードルフ・カスナーの観相学的世界像――「第三の国」をめぐって」という表題で研究発表を行いました。

 北海道ドイツ文学会 は日本独文学会のいわば北海道支部、74名の会員がおられます。私は、かつて北海道大学で学んだこともあって、何名かの方々からお誘いがあり、数ヶ月前に同学会に入会しました。

 今は無事に学会発表を終えて安堵しています。もっとも学会前日の7日に福岡を出て千歳に向かいましたが、飛行機が函館上空まで来たところで、大雪のため、福岡に戻ってしまうというハプニング付きです。

 それで8日早朝に再出発、仙台経由で千歳入りし、北大での発表時間にギリギリ間に合いました。そんなこともあったからでしょうか、新入会員としての私のデビューは皆さんに大変喜んでもらったようです。

 発表後の質疑応答も盛況でした。通常は10分程度で終わるはずですが、倍以上の時間に、10名近くの方々から次々に質問をいただきました。司会の山田貞三先生をはじめ、皆さんに本当に感謝しています。

 発表中、窓の外は雪がしんしんと降っていました。ちょうど30年前、私が北大独文研究室で卒論の発表していた時と同じ状況です。北大構内は白銀の世界、久しぶりの母校に大雪で迎えらました。(小黒康正)

2018.12.07
記 事  バイエルン独日協会「会報」2018年第6号(小黒康正)

バイエルン独日協会から「会報」2018年第6号が送られてきました。そこには、当方が西日本日独協会の副会長としてバイエルン独日協会の方々と行った交流のことや、やはり当方が8月28日の夕方にミュンヘン王宮で行った招待講演のことが掲載されています。(小黒康正)

参考ファイル:Kaiho 2018-6.pdf
2018.12.06
報 告 「受賞の弁」(小黒康正)

 第15回日本独文学会学会賞受賞の弁が「ドイツ文学別冊 2018秋号」に掲載されています。(小黒康正)

参考ファイル:ドイツ文学別冊 2018秋号.pdf
2018.11.20
学 会 「第70回日本独文学会西日本支部」(11月17・18日)

 2018年11月17日と18日に九州大学伊都キャンパスにて第70回日本独文学会西日本支部研究発表会が行われました。今回の学会は、新キャンパスでの初めての企画、それも九大のドイツ語学文学の教員が部局を超えて協力しあった学会だと思います。つまり、「オール九大」でのぞんだ学会でした。一同、無事に終わり安堵しています。下記のとおり、九大独文の現メンバー2名が研究発表を行い、学術的にも学会を盛り上げました。

 2018年11月18日(日)10時00分から10時30分
 大澤遼可
 ノヴァーリスの哲学的色彩論

 2018年11月18日(日)10時30分から11時00分
 小黒康正
 ルードルフ・カスナーの観相学的世界像における「第三の国」

 なお、2日間の学会では、九大独文の旧メンバーである佐々木博康(大分大学)、水守亜季(南山大学)、野村優子(愛媛大学)、栗山次郎(元九州工業大学)、平松智久(福岡大学)、木田綾子(新居浜高専)、以上の6名も発表を行いました。12名の研究発表者中、8名が九大独文の関係者となります。初めての「ホーム」ということもあり、比較的多くの方々が「故郷に錦を飾りました」。福元圭太先生のご尽力もあり、ビックオレンジでの懇親会も素晴らしかったです。

2018.09.09
受 賞 「九州大学文学部同窓会優秀研究賞」(長尾亮太朗)

本日、文学部同窓会から連絡があり、博士後期課程1年の長尾亮太朗君が文学部同窓会優秀研究賞を受賞することになりました。昨年は、大澤遼可さんが受賞したので、九大独文に取りましては2年連続の快挙となりました。

文学部同窓会の総会ならびに同窓会優秀研究賞授与式は下記のとおりです。なお、授与式の際、受賞者は自身の研究内容を参加者の前で紹介することになっています。
日時  2018年11月3日(土曜) 10時30分〜(10時より受付)
会場  九州大学伊都キャンパス 椎木講堂 1階大会議室
懇親会 同日13時30分から「イトリー・イト」にて

長尾君は、新進気鋭のフリードリヒ・シュレーゲル研究者として精力的な研究活動をしています。修士課程在学中から、「ゲーテ自然科学の集い」や「九州大学独文学会研究発表会」で優れた研究発表を行ってきました。

「ゲーテ自然科学の集い」編集部の依頼で訳出したオラフ・ミュラーの論攷「ゲーテ、あるいは近代科学哲学の早すぎた先駆け――色彩論に見るいくつかのスペクトル実験について――」(『モルフォロギア』第39号、2017年10月)は、優れた訳業として専門家の間で高い評価を得ています。

更に同君は、以上の研鑽の成果と教育者としての優れた資質が認められ、2018年4月より福岡歯科大学にて非常勤講師としてドイツ語の授業を担当しています。まだ学籍があることを考えますと、まさに異例の抜擢に他なりません。 (小黒康正)

2018.09.05
受 賞 「人文科学府博士後期課程奨学金」(大澤遥可)

朗報です。九大独文リサーチアシスタント(RA)の大澤遥可さんが、最優秀の院生の一人として、平成30年度の九州大学大学院人文科学府博士後期課程奨学金の受給者に選ばれました。

大澤さんはノヴァーリスの研究者、九州大学の交換留学で2016年9月に渡独、ミュンヘン大学にて1年間留学し、ロマン派研究の碩学であるシュテファン・カマー教授のもとで研鑽を積みました。

加えて、研究内容が認められ、ドイツ・ビーレフェルト大学のヴォルフガング・ブラウンガルト教授の招待で、2017年夏に同大学で開催されたドイツ・ロマン派に関する国際研究会に参加したこともあります。

大澤さんは、昨年、平成29年度九州大学文学部同窓会優秀研究賞を受賞しました。今回の受給は、2年連続の快挙と言えます。また、九州工業大学のドイツ語非常勤講師としても活躍中です。 (小黒康正)

2018.04.27
書 評 田野武夫『ヘルダーリンにおける自然概念の変遷』

 田野武夫著『ヘルダーリンにおける自然概念の変遷』の書評が日本独文学会機関紙『ドイツ文学』156号に(2018年4月刊行)に掲載されました。書評執筆者は大田浩司先生です。実に的確な書評によって、同署の学術的意義が見事に示されています。

2018.04.26
受 賞 「第15回日本独文学会学会賞」(小黒康正)

 過日、日本独文学会から連絡があり、当方、第15回日本独文学会賞を受賞することになりましたので、ご報告しておきます。下記が受賞論文です。詳細は日本独文学会 HP (http://www.jgg.jp/modules/organisation/index.php?content_id=410)をご覧ください。

 Yasumasa OGURO(小黒康正):Der Zauberberg und Doktor Faustus als apokalyptische Zwillinge ―Thomas Manns Kampf um ein drittes Reich(Neue Beiträge zur Germanistik Band 15 / Heft 1)

 この論文は、日本独文学会機関誌の国際誌「Neue Beiträge zur Germanistik」153号のトーマス・マン特集に掲載されたドイツ語論文で、2015年度のサバティカル中にウィーンで執筆したものです。授賞式は、5月26日の日本独文学会(早稲田大学)で行われます。

 なお、今回は尾方一郎氏も受賞なので、木戸繭子氏ならびに当方の後輩である坂本彩希絵氏(長崎外大)の分を含めますと、私が企画した学会誌153号マン特集から4本も受賞論文が出ることになりました。執筆者としてだけではなく、特集責任者としても、この上ない名誉と思っております。(小黒康正)

 木戸繭子(早稲田大非常勤)ドイツ語学文学振興会奨励賞
 坂本彩希絵(長崎外大講師)ドイツ語学文学振興会賞
 尾方一郎(一橋大教授)  日本独文学会賞
 小黒康正(九州大教授)  日本独文学会賞  

2018.04.23
学 会 「九州大学独文学会第32回研究発表会」(4月28日)

九州大学独文学会
第32回総会・研究発表会・特別企画のご案内

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総会
日時 平成30年4月28日(土) 14時より
場所 九州大学文学部 4階会議室

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研究発表会
総会終了後引き続き(14時半より)
発表1 長尾亮太朗:「直観」から「精神的直観」へ 
 ―フリードリヒ・シュレーゲルの「発生論的方法」―
発表2 田口武史:帝国パトリオティズムにおける祖国(Vaterland)
 ―F. C. v. モーザーを中心に

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特別企画 
記念シンポジウム「ゲニウス・ロキ さよなら箱崎」(16時より)
 報告1 小黒康正:越境のトポス箱崎
 報告2 堺 雅志:研究室の扉を開けて
  ―歴代助手のノートから―
 報告3 嶋﨑 啓:片山正雄と辞書編纂の伝統
 報告4 池田紘一:新制九大独文の黎明期
  ―高橋義孝、文芸学、フィロロギー
 総合討議 武田利勝(司会)
 
懇親会
特別シンポジウム終了後、会議室にて(司会 村上浩明)
会費 3000円 (修士課程の大学院生は2000円)

連絡先
〒812-8581福岡市東区箱崎6-19-1
九州大学文学部独文学研究室内
九州大学独文学会 (庶務 村上浩明)
電話092-642-2407 (独文学研究室)

2018.04.18
受 賞 「2017年度・第39回「日本出版学会賞」(竹岡健一)

朗報です。かつて九大独文で学ばれ、現在、鹿児島大学法文学部教授として活躍されています竹岡健一氏から連絡がありました。御著『ブッククラブと民族主義』(九州大学出版会、2017年)により2017年度・第39回「日本出版学会賞」を受賞することになったとのことです。

 日本出版学会では、学会賞の対象を学会員の業績に限定せず、広く学会内外の出版研究の成果物を対象としています。日本出版学会のホームページ(http://www.shuppan.jp/jyusho/997-392017.html)に掲載されている審査報告は添付しました。授賞式は、5月12日です。

 同書は、20世紀ドイツにおける会員制廉価書籍販売組織ブッククラブの功罪に迫る浩瀚の書であり、本邦初の研究書であります。同書の核となるいくつかの箇所は九州大学独文学会編『九州ドイツ文学』に掲載された論考です。それだけに、竹岡氏の受賞は会員一同にとっても嬉しい知らせと言えましょう。竹岡先生、本当におめでとうございます。(小黒康正)

参考ファイル:第39回日本出版学会賞(2017年度).pdf
2018.03.29
人 事 村上浩明

 2018年4月2日付けで、村上浩明氏が長崎外国語大学外国語学部に講師として着任します。これまで同氏は、新気鋭のカフカ研究者として、九州大学文学部や福岡大学などのドイツ語非常勤講師として、九州大学独文学会事務局庶務として、ご活躍をされてきました。この場を借りまして、同氏のさらなる活躍を祈念します。(小黒康正)

2018.03.21
受 賞 「平成29年度人文科学府長賞大賞」(野村優子)

 昨年、九州大学大学院人文科学府で博士(文学)の学位を得た野村優子氏が、昨日(2018年3月20日)、平成29年度人文科学府長賞大賞を受賞しました。当方が書いた推薦理由は下記のとおりです。(小黒康正)

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論文題目  
近代日本のドイツ美術受容
―文芸雑誌『スバル』『白樺』『月映』をめぐって―

学位授与  
平成29年3月24日(文博甲第210号)

推薦理由
 野村優子氏の学位論文は、明治末期から大正にかけて創刊された文芸雑誌『スバル』『白樺』『月映』を考察の中心に据えながら、近代日本の西洋美術受容において「ドイツ」が果たした重要な役割を新たに問う論攷です。
 近代日本における本格的な美術批評の誕生は、1907年に始まる文部省美術展覧会を契機としながらも、実際にはドイツの美術思想に親しんだ文学者たちによって促されましたが、彼らに決定的な影響をもたらしたドイツ人美術批評家リヒャルト・ムーターならびにユーリウス・マイアー=グレーフェの著作がドイツ語原文にまで遡って検証されてこなかったため、本格的な美術批評成立の経緯が十分に解明されておりませんでした。事実、ドイツ語に通じていなかった高村光太郎が『スバル』1910年4月号に寄稿した美術批評「緑色の太陽」においてPERSONLICHKEITなどのドイツ語を好んで用いた理由も憶測の域にとどまっていたのです。
 以上の状況に対して、本論文は、『スバル』を扱う第一章において、ドイツ美術思想に依拠する文学者たちの批評活動によって日本の芸術活動が画家主導から文筆家主導へと変わったことを克明に示し、第二章では、更なる背景としてリヒャルト・ムーターならびにユーリウス・マイアー=グレーフェの美術批評に触れ、特に後者の『近代芸術発展史』を文献学的に検証することで、ドイツに台頭しつつあったナショナリズムに抗いながら自国民に来るべき美術とは何かを説く執筆意図が日本の読者たちにも指針となったことを明らかにしました。続く第三章は、『白樺』同人(とりわけ武者小路実篤)を扱いながら、『近代芸術発展史』受容の実例を示した章です。以上、近代日本のドイツ美術受容を美術批評の観点から追ってきた本論文は、第四章において実作へと目を向け、ドイツ近代木版画受容に促されて日本の木版画が再興された過程を、恩地孝四郎を考察の中心に据えながら明らかにしました。
 野村氏は、秀逸なドイツ語力を駆使して、近代日本の西洋美術受容を問い直します。以上の研究内容は美術史学会のみならず、日本独文学会でも高い評価を得ており、その結果、野村氏は平成29年4月1日付けで愛媛大学法文学部に講師として着任し、現在、表象文化論とドイツ語の授業を担当しています。私は野村氏の論文が人文科学府長賞(大賞)に相応しい論攷であることをここに確信する次第です。宜しくご審査のほどお願い申し上げます。

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(http://www2.lit.kyushu-u.ac.jp/212208c744a00bce36a2fbc4bcbc688b24ab916d.pdf)

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2018.03.19
受 賞 「九州大学文学部同窓会優秀研究賞」(大澤遥可)

 2017年9月30日に九州大学箱崎キャンパスで行われました平成29年度文学部同窓会総会にて、博士後期課程2年の大澤遥可さんが九州大学文学部同窓会優秀研究賞を受賞しました。大澤さんは新進気鋭のノヴァーリス研究者として九大独文にて研鑽中です。受賞おめでとうございます! 添付書類は、九州大学文学部同窓会の『会報 61』 (2018年3月)に掲載された「優秀研究賞 要旨」です。 (小黒康正)

参考ファイル:スキャン.pdf
2018.03.03
報 道 「トーマス・マン直筆書簡の寄贈(NHK)」(3月2日)

 3月2日のお昼と夕刻の NHK ニュース福岡版(http://www3.nhk.or.jp/fukuoka-news/20180302/5460541.html)で、トーマス・マンの書簡に関する報道がありました。(小黒康正)

2018.03.02
受 賞 「第57回ドイツ語学文学振興会賞」(坂本彩希絵)

 かつで九大独文で学び、現在、長崎外国語大学講師として獅子奮迅の活躍をされている坂本彩希絵氏が、2017年5月に第57回ドイツ語学文学振興会賞を下記のドイツ語論文で受賞しました。

Sakie Sakamoto: „Quietismus“ und „Aktivismus“. Die sinnstiftende Funktion des gehörten Lauts als Leitmotiv in Thomas Manns Der Zauberberg. In: Neue Beiträge zur Germanistik. Band 15 / Heft 2. Hrsg. von der Japanischen Gesellschaft für Germanistik. München 2016, S. 43-60.

 坂本氏は2012年5月に同会の振興会奨励賞を受賞しておりましたが、今回受賞したのは、いわば大賞とも称すべき振興会賞です。同賞は35歳の若手研究者対象とはいえ、1961年の第1回以降、2016年度までの55年間に19名しか受賞者がいない狭き門であり、坂本氏は20番目の受賞者となります。

 詳細はドイツ語学文学振興会の雑誌「ひろの」57号(2017)をご覧になってください。なお、同号に掲載された拙文「ゲニウス・ロキの微笑み」を以下に添付しました。坂本氏の受賞を祝する文章です。 (小黒康正)

参考ファイル:ゲニウス・ロキの微笑み(「ひろの」2017).pdf
2017.10.15
人 事  小黒康正(日本学術会議)

 2017年10月2日付けで日本学術会議の連携会員に選出されました。(小黒康正)

2017.10.14
人 事  小黒康正(日本独文学会編集委員会)

 1年前の話しですが、当方、2016年10月1日に日本独文学会編集委員会の文学・文化部門編集責任者に選出されました。香田芳樹氏の後任です。同会では、機関誌『ドイツ文学』を年に2回発行しています。奇数号は6月に発行される国際誌で、すべてドイツ語で書かれた欧文誌です。偶数号は12月に発行される国内誌で、日本語とドイツ語で書かれた混合誌となります。

 編集委員会では、この1年間に154号と155号の編集に携わってきましたが、2017年9月30日をもちまして、香田芳樹氏(慶応義塾大学)、川島隆氏(京都大学)、石田雄一氏(中央大学)、濱中春氏(法政大学)、エーバハルト・シャイフェレ氏(早稲田大学)が退任されました。この場を借りまして、各氏のご協力に心より御礼申し上げます。

 また、2017年10月1日付けで、新メンバーを迎えて、新しい編集委員会を立ち上げました。編集委員は下記のとおりです。今回もベストの布陣で編集作業に臨みます。この1年間に発行する号は156号と157号です。なお、156号から編集委員会は東京ではなく、福岡(九州大学文学部独文学研究室)を拠点に活動を行います。日本独文学会の歴史で、始めてのことです。
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【文学・文化部門 編集委員会】
 小黒康正 (3年目、九州大学、編集責任者)      
 徳永恭子 (3年目、近畿大学)    
 堺 雅志 (3年目、福岡大学)    
 嶋田洋一郎(2年目、九州大学)   
 田口武史 (2年目、長崎外国語大学)    
 冨重純子 (2年目、福岡大学)    
 今井 敦 (新委員、龍谷大学)
 福元圭太 (新委員、九州大学)      
 菅 利恵 (新委員、三重大学)      
 アンドレ・ライヒャルト(2年目、福岡大学)  
 マリーア・ビュットナー(新委員、九州大学)  
 秋山大輔 (4年目、慶應義塾大学非常勤)     
 合計12名
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2017.08.31
朗読会 「ドゥルス・グリューンバイン朗読会」(9月15日)

詩と記憶

ドゥルス・グリューンバイン朗読会のお知らせ

現代ドイツ文学を代表する詩人にしてすぐれたエッセイスト,ドゥルス・グリューンバイン氏を迎え,下記の日程にて朗読会を開催いたします。

今回の朗読会では,ドイツ語原文に加え,訳詩(翻訳:縄田雄二氏)も会場にて配布されます。ドイツ文学に限らず,現代詩に関心のある学生の皆さんにもぜひご案内ください。

出席をご希望の方は, 9 月 10 日までに下記連絡先までお知らせくださいませ。

           記

日時  2017 年 9 月 15 日(金)  16 : 00 ‐ 18 : 00

場所 九州大学文学部会議室(箱崎キャンパス文学部棟 4 階)

懇親会 福岡市中心部にて開催予定。会費: 5000 円(学生 3000 円)

(懇親会参加ご希望の方は,その旨お知らせください)

連絡先  812-8581 福岡市東区箱崎 6-19-1  九州大学大学院人文科学研究院 武田利勝

    E-Mail: tstakeda9[AT]yahoo.co.jp ([AT]=@)<



 本朗読会は,日本独文学会西日本支部およびゲーテ・インスティテュート東京の共催,ならびに科学研究費補助金「フリードリヒ・シュレーゲルにおける有機体の思想」(基盤 C ,課題番号 17K02620 ,研究代表者:武田利勝)の助成によるものです。


ドゥルス・グリューンバイン( Durs Grünbein )
1962 年ドレスデン生まれ,現在はローマとベルリンに居住。 1995 年,異例の若さでゲオルク・ビューヒナー賞を受賞。古今の文学作品,哲学,自然科学に関する膨大な知識に裏打ちされた重厚で緻密な詩やエッセイを多数発表。邦訳書に『詩と記憶――ドゥルス・グリューンバイン詩文集』(縄田雄二編訳,磯崎康太朗・安川晴基訳,思潮社, 2016 年)など。

2017.07.29
書 評 『魂深き人びと』(『週刊読書人』、小黒康正)

 香田芳樹さんの著作『魂深き人びと 西欧中世からの反骨精神』(青灯社、2017年)を書評する機会に恵まれました。週刊読書人のサイト(http://dokushojin.com/article.html?i=1751)に既に拙文が公開されておりますので、お手すきの折にご笑覧ください。(小黒康正)

 

2017.07.19
書 評 『五感で読むドイツ文学』(『図書新聞』、小黒康正)

 私が担当した松村朋彦著『五感で読むドイツ文学』に関する書評が、2017年 6月 17日号の『図書新聞』に掲載されました。(小黒康正)

参考ファイル:書評『五感で読むドイツ文学』(2017).pdf
2017.06.15
人 事  小黒康正(日本独文学会理事会)

 2017年5月26日に日本大学で開催された日本独文学会の理事会において、企画担当の理事に選出されました。(小黒康正)

2017.05.08
授業資料「三島由紀夫、辻邦生、村上春樹におけるトーマス・マン

 現在担当している講義「恋愛と読書」の参考資料として、拙論「近代日本文学のねじれ—三島由紀夫、辻邦生、村上春樹におけるトーマス・マン—」(九州大学大学院人文科学研究院「文学研究」第102号、2005年、19-48 頁)をアップします。ご活用ください。(小黒康正)

参考ファイル:近代日本文学のねじれ(2005).pdf
2017.05.07
人 事  水守亜季

 2017年4月1日付けで、水守亜季さんが南山大学外国語学部に講師として着任しました。水守さんは、2007年1月に修士論文を九州大学大学院人文科学府に提出した後、2010年10月にロータリー財団国際親善奨学生として渡独、ドイツ・ビーレフェルト大学のヴォルフガング・ブラウンガルト教授のもとで、ドイツ・ロマン派、とりわけアイヒェンドルフに関する研究を続けてきた研究者です。

 水守さんは、2008年4月に「第3回九州大学独文学会賞」を受賞した他、ビーレフェルト大学とビーレフェルト独日協会が立ち上げた Hajime-Hoshi-Preis の第1回受賞者の栄に2013年7月に輝きました。また、2016年1月からはビーレフェルト大学で研究協力者(Mitarbeiterin)として、同大学で国際交流に関するサポート業務を担当したとも伺っています。

 このように水守さんは実務にも秀でながら、着実に研究もこなしていく逸材です。今後ともますますの国際的な活躍を期待いたします。(小黒康正)

2017.05.06
人 事  野村優子

 2017年4月1日付けで、野村優子さんが愛媛大学法文学部に講師として着任しました。野村さんは、2009年にベルリン自由大学で学士号(美術史)を得た後、九州大学大学院人文学府で後小路雅弘教授(藝術学)の講筵に連なりながら、2012年に修士号(芸術学)を取得、その後、博士後期課程では当方のもとで学び、論文「近代日本のドイツ美術受容―文芸雑誌『スバル』『白樺』『月映』をめぐって―」で2017年3月25日付けで博士(文学)の学位を取得した人物です。

 同論文は、(1)近代日本における本格的な美術批評の誕生が、ドイツの美術思想、とりわけユーリウス・マイアー=グレーフェの美術批評『近代芸術発展史』に親しんだ文学者たちによって促されたこと、(2)ドイツ近代木版画の受容が明治に入って廃れた木版画を新たに甦らせ、日本における抽象画の成立を促したこと、以上の二点を明らかにした労作であります。日独文化交流史研究を基軸に、今後とも一層の学際的活躍が期待できるのではないでしょうか。(小黒康正)

2017.04.27
学 会 「九州大学独文学会第31回総会・研究発表会」(4月29日)

九州大学独文学会第31回総会・研究発表会を下記により開催いたします。

平成29年4月29日(土)
九州大学文学部4階会議室


総会(14時) 議事 1 会計報告 2 一般事業報告
3 編集報告 4役員改選 4 その他

研究発表会(14時30分開始)
1. 16世紀ファウスト文学における「契約」の根源をもとめて      金山 正道
2. フリードリヒ・シュレーゲルにおける直観の理論
――感性・理性・意志からなる直観のメカニズムについて――   長尾 亮太朗
3.  E.T.A.ホフマン『くるみ割り人形とねずみの王様』の物語構造に関する一考察
――曖昧な境界と溢れ出る物語――                池田 奈央
4. 日本製コミックの擬態語はどこまでドイツ語に訳せるか
――動詞の1形態 Inflektiv の活用――              根本 道也

2017.04.13
研究会 「第111回トーマス・マン研究会」(4月22日)

第111回トーマス・マン研究会のご案内

日 時: 
 2017年4月22日(土)14 時半から

場 所: 
 西南学院大学(学術研究所1階 第2会議室)にて
 アクセスマップ:
 http://www.seinan-gu.ac.jp/access/access.html
 http://www.seinan-gu.ac.jp/campusmap.html

発 表: 
 小野二葉(筑波大学大学院人文社会科学研究科在学中)
 「正しい」共同体?
 ――トーマス・マン『魔の山』のアンビヴァレンツ 

合評1: 
 木戸繭子
 Masken und Spiegel. Die Erzählstrategie in Thomas Manns
 autobiographischem Essay "Im Spiegel"
 (『ドイツ文学』153号、報告者:小黒康正)

合評2: 
 坂本彩希絵
 Quietismus“ und „Aktivismus“. Die sinnstiftende Funktion
 des gehörten Lauts als Leitmotiv in Thomas Manns Der Zauberberg
 (『ドイツ文学』153号、報告者:福元圭太)

懇親会: 
 場所未定(研究会後に会場周辺で行う予定)

出 欠:
 参加希望者は研究会ならびに懇親会の出欠を4月15日までに事務局に(oguro[at-mark]lit.kyushu-u.ac.jp)お知らせください

その他:
①本会について
 本会は、平成元年に数名の若手マン研究者が、池田紘一氏(九州大学名誉教授)のもとに参集、その後、年に4回のペースで、マンを中心に近現代ドイツ文学に関する研究活動を行っています。

②発表募集
 研究発表の募集は、会員以外の発表を含め、随時行っています。発表希望者は事務局まで早目にご相談ください。

③旅費補助
 本会は、遠隔地から参加する常勤職のない若手研究者に対して、旅費補助を行っています。併せて事務局までご相談ください。

④今後の開催予定
 第112回研究会 2017年 7月 九州大学(箱崎)
 第113回研究会 2017年10月 長崎外国語大学
 第114回研究会 2018年 1月 福岡大学
 〔研究発表の希望者は早目にご一報ください〕

事務局: 〒812-8581 福岡市東区箱崎6-19-1
     九州大学大学院人文科学研究院 小黒康正 気付
     トーマス・マン研究会事務局
     E-mail: oguro[at-mark]lit.kyushu-u.ac.jp

2017.04.07
講演会 「Dr. Oliver Schön 先生講演会」(4月14日)

バイエルン独日協会との交流会

日時 4月14日 (金) 18:30~21:00

   18:30~19:30
   Dr. Oliver Schön 先生講演(通訳 小黒康正)
   「日独法律交流 150年 日本の法に対するドイツの影響」

   19:30~21:00
   アウグスブルク大学一行19名を迎えての懇親会
  
場所 九州大学文学部文学部会議室(箱崎キャンパス 文学部4階)

参考ファイル:2017年47nFCJLNc2q%A%i%7.pdf
2017.04.01
人 事  マリーア・ビュットナー(外国人教師)

4月1日付でマリーア・ビュットナ(Maria Büttner)氏が独文外国人教師として着任されました。今後はドイツ語演習・ドイツ文学演習を担当されます。

2017.03.30
紹 介 「西日本日独協会」

 福岡を中心に活動を行っている西日本日独協会の案内パンプレットを掲載します。

参考ファイル:入会案内パンフ原稿2017.3.29.pdf
2017.03.20
講 座 「朝日カルチャーセンター」(池田紘一、小黒康正)

 朝日カルチャーセンター福岡校では、4月から池田紘一先生が講座を再登板。そして当方も新講座を担当します。また、同校のドイツ語コースでは初級、中級、上級を西日本日独協会会員のマーティン・シュトロートホフ氏が担当中です。(小黒康正)

参考ファイル:IMG_20170320_0004_NEW.pdf
2017.03.14
学会誌 『トーマス・マン特集』(『ドイツ文学』、小黒康正)

 日本独文学会機関誌『ドイツ文学』153号が、ドイツ語による国際誌として、2017年 2月に刊行された。当方、同号のトーマス・マン特集の編集を任されただけに、無事の刊行に安堵している。
 特集に関する相談が藤井明彦理事(当時)からあったのは、2014年の秋だっただろうか。編集期間は,私が2015年4月から1年間サバティカルでウィーンに滞在した期間と重なる。
 今井敦氏,奥田敏広氏,堺雅志,福元圭太氏に協力を仰ぎ、リューベックでHans Wisskirchen 氏やFriedhelm Marx 氏と、アイヒシュテットで Michael Neumann 氏と特集を話し合った。
 添付した目次 が示すとおり、研究論文8本の他に、芥川賞作家である平野啓一郎氏の特別寄稿も掲載されている。導入では、日本におけるマンの受容と研究を私なりに示した。
 以上の編集作業を通じて、マン研究者間に新たなネットワクーを築けたことも嬉しい。なお、和歌山大学の千田まや教授から特集に関するご感想が早速届いたので、以下に示す。 (小黒康正)

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小黒康正先生

 ドイツ文学トーマス・マン特集号、ようやく手にとることが出来ました。
 平野さん登場にまず驚きました。まだ全部きっちりとは読めたわけではありませんが、坂本さんの論文がとても新鮮でした。
 小黒先生の論文は、これまでのお仕事の集大成という印象です。限られた紙面の中で、二つの大作を、俯瞰的に大胆に、かつ、読み過ごされてしまいそうなモチーフにも着目して共通点を導き出すという手法が、いかにも小黒先生らしいと思いました。
 福元先生の論文には、九大のデータベースが使われていて、ドイツ人もここまではやらないだろうと感心しましたし、有機的・無機的という着眼点がユニークでした。
 今回の特集号で、日本でのマン研究の質の高さが、ドイツでも広く認知されると確信しております。

千田まや
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参考ファイル:IMG_20170314_0001_NEW.pdf
2017.03.13
書 評 『人類の薄明』(『図書新聞』、小黒康正)

 私が担当した松尾早苗訳『人類の薄明』に関する書評が、2016年 12月 17日号の『図書新聞』に掲載されました。(小黒康正)

参考ファイル:IMG_20170314_0002_NEW_0001.pdf
2017.03.12
書 評 『王子ビリビンカー物語』(『図書新聞』、加藤健司)

 拙訳のマルティン・ヴィーラント『王子ビリビンカー物語』に関する書評が、2016年 5月 28日号の『図書新聞』に掲載されました。書評は山形大学教授の加藤健司先生がご担当されました。

参考ファイル:IMG_20170314_0003_NEW.pdf
2017.03.01
講演会 「R. Stockhammer 教授講演会」(3月20日)

Robert Stockhammer教授講演会のお知らせ

 日本独文学会西日本支部では、Prof. Dr. Robert Stockhammer氏(ミュンヘン大学)をお迎えして、学術講演会を開催します。講演会ならびに懇親会への出席希望の方は、下記連絡先に3月15日までにお申し込み下さい。皆様の多数のご来場をお待ちしております。

日時: 2017年3月20日(月)15時30分より17時まで
場所: 九州大学文学部会議室(箱崎キャンパス文学部棟4階)
講演題目:Kosmopolitismus als Roman (Immanuel Kant mit C.M.Wieland)
懇親会:講演会終了後に市内中心部で開催予定(開催場所は当日ご案内いたします)
連絡先:812-8581福岡市東区箱崎6-19-1 九州大学大学院人文科学研究院 武田利勝
tstakeda9[アットマーク]yahoo.co.jp/092-642-2396(武田)/092-642-2407(独文研究室)

2017.01.28
講演会 「Eva Horn 教授講演会」(2月14日)

 京都大学独文研究室では、ドイツ文化学の碩学であるProf. Dr. Eva Horn 氏(ウィーン大学)をお迎えして、講演会を開催します。事前申込みは不要です。皆様の多数のご来場をお待ちしております。
 なお、本講演会は、平成26−30年度科学研究費補助金(基盤研究B)に基づく研究プロジェクト「ドイツの文学・思想におけるトポスとしての〈黙示録文化〉―〈終末〉の終末は可能か―」(研究代表者 小黒康正)との共催です。

 
日時 2017年2月14日(火)15時より17時まで

場所 京都大学文学部 第3演習室(吉田キャンパス文学部校舎2階)

講演 Prof. Dr. Eva Horn (Universität Wien)
Klima und Kultur. Für eine Geistesgeschichte des Anthropozäns

懇親会 講演会終了後に会場周辺で開催予定(開催場所は当日連絡)

連絡先 〒606-8501 京都市左京区吉田本町 京都大学文学部
川島隆/kawashima.takashi.7v@kyoto-u.ac.jp

参考ファイル:Eva Horn(Kyoto).pdf
2017.01.27
研究会 「第5回九大独文科研研究会」(黙示録文化)

 第5回九大独文科研研究会をウィーン大学のエーファ・ホルン教授をお迎えして第2回目の国際コロキウムとして開催します。詳細は別紙にてご覧ください。

参考ファイル:5.Tagung-Programm.pdf
2017.01.27
講演会 「Eva Horn 教授講演会」(2月11日)

 日本独文学会西日本支部では、ドイツ文化学の碩学であるProf. Dr. Eva Horn 氏(ウィーン大学)をお迎えして、学術講演会を開催します。講演会ならびに懇親会への出席希望の方は、下記連絡先に 2月5日までにお申し込み下さい。皆様の多数のご来場をお待ちしております。
 なお、本講演会は、平成26−30年度科学研究費補助金(基盤研究B)に基づく研究プロジェクト「ドイツの文学・思想におけるトポスとしての〈黙示録文化〉―〈終末〉の終末は可能か―」(研究代表者 小黒康正)との共催です。詳細は別紙をご覧ください。

日時 2017年2月11日(土)15時より17時まで

場所 九州大学文学部会議室(箱崎キャンパス文学部4階)

講演
Prof. Dr. Eva Horn (Universität Wien)
Zukunft als Katastrophe. Zur Kulturgeschichte des apokalyptischen Denkens in der Moderne

参考ファイル:Eva Horn(JGG).pdf
2017.01.26
書 評 『心獣』(『ラテルネ』、山本浩司)

 ヘルタ・ミュラー『心獣』(小黒康正訳、三修社、2014年)の書評が、『ラテルネ』113号(2015年2月28日)に掲載された。ミュラー作品の中でも最も各国語に訳されている同小説は、一見「吟醸酒のように濾過されて透き通ってはいるが」、そうした上澄みの下には「瓶の底に溜まって泡立つ細部の豊かな表現」が異物と化してざわめく。そう山本浩司氏(早稲田大学教授)は評された。誰よりもヘルタ・ミュラー文学を知り尽くす方の書評である。(小黒康正)

2017.01.25
研究会 「第110回トーマス・マン研究会」(1月28日)

第110回トーマス・マン研究会のご案内

日 時: 2017年1月28日(土)14:30~

場 所: 九州大学伊都キャンパス比文・言文棟 3階 321会議室

発表1: 
及川晃希(東海大学非常勤講師)
「トーマス・マンにおける神話と伝説について」

発表2: 
坂本彩希絵 (長崎外国語大学)
「『魔の山』における Geräusch-Motiv の Leitmotiv としての機能」

懇親会: 場所未定

出 欠: 
参加希望者は、研究会ならびに懇親会の出欠を担当校
(福元圭太 fukumoto[at-mark]flc.kyushu-u.ac.jp)までご一報ください。

2017.01.24
人 事  小黒康正

 私、小黒康正は、平成28年9月より日本独文学会編集委員会にて文学・文化部門編集責任者という重責を担うことになりました。

2016.12.18
雑誌記事「村上春樹におけるマン受容」(小黒康正)

 今年の夏にミュンヘンの王宮で行いました講演内容に関する記事(ドイツ語)が、バイエルン独日協会の会報に掲載されました。内容は、以前お伝えしましたように、村上春樹におけるマン受容です。下記リンク(http://www.djg-muenchen.de/kaihou/2016-6/)の19頁以降をご覧になってください。

2016.10.10
報 告  多和田葉子さんからのお便り

 九州大学文学部独文研究室の小黒康正先生から招待を受け、今年九月ついに九州訪問が実現した。出島に関心があるので長崎には数年前に二度ほど行ったことがあったし、阿蘇の火口を覗きこんだこともあり、そういう意味では九州へ行くのは初めてではなかったが、今回の九州への旅は本当に忘れがたい旅になった。 

 日本では朗読会というのはあまり盛んではない。ないわけではないが、どちらかと言うと詩人がポエットリー・カフェのようなところで行う特殊な催しで知らない人も多い。また大学が作家を招待する場合は講演を頼むことが多いのではないかと思う。でも、わたしは何かについて話をするよりも実は自分の書いた作品を朗読する方が好きなのだ。そのため、大学に呼ばれた時には講演ということで引き受けて、話の中に自分の詩や小説の朗読を混ぜることが多いが、今回はウィーンでわたしのイベントに来てくださった小黒先生が、ぜひ朗読をと言うので、初めから「朗読会」ということで開催することができた。ただ朗読するだけでなく、その後の質疑応答が充実していたのは、以前からわたしの作品をくわしく読んでいてくださった読者のおかげだろう。それに加えて、「献灯使」の読書会を事前に開いて討論してから来てくださった人たちもいて、面白い質問や意見が次々出た。他の作品との比較や光る解釈に驚かされ、楽しい時間を過ごした。

 翌日は学生、院生、教師の方々と貸し切りバスで熊本に向かった。震災で壊れた家々の痛々しい風景、休館日なのにわざわざ開けてくださった水俣病資料館のご厚意で見せていただいた貴重な資料、不知火の海のすばらしい風景、水俣の先にある再稼働してしまった川内原発など、日本で今、一番注目したい部分に連れて行ってもらえたという気がした。このような豊かな土地を汚染し、人の命を奪うことを「経済の発展」として肯定することの矛盾を明らかにしていけるのはどのような言語なのか。この質問に一番よく答えてくれる文学を生み出した石牟礼道子さんにも熊本市で実際お会いできた。小黒先生と院生たちとわたしで石牟礼さんを半円形に囲んでお話しした。石牟礼さんが少女のような微笑みを浮かべて、子供の頃のことを語り始めると、暖かく、したたかで、光に満ちた日本語がどんどん湧いて来て、とってもとっても魚がとれたかつての不知火海と語っても、語っても言葉が出て来る作家の姿が重なった。
 (多和田葉子)

2016.10.09
報 告 「多和田葉子朗読会」について

 クーラが故障し、飛行機が轟音をたて、マイクは不調整、そんな中、多和田葉子朗読会は始まった。多和田さんが読まれたのは、『献灯使』(2014年)の「彼岸」。思わぬアクシデントがなんという偶然の演出効果をもたらすのであろうか。「もうこの土地には住んでいない」私たちは一瞬にして「難民」となり、「ニッポン族」という少数民族と化す……

 2016年9月19日(祝日)の15時、九州大学文学部会議室で朗読会は行われた。私(小黒康正)が研究代表者である平成26-30年度科学研究費補助金基盤研究(B)「ドイツの文学・思想におけるトポスとしての黙示録文化 〈終末〉の終末は可能か」の助成を受けての企画である。日本独文学会西日本支部の後援も得た。

 朗読会には60名の方々が集まる。用意した席はほぼ埋まった。集まったのは、大学の教員や学生ばかりではない。特に新聞を通じて案内を出さなかったにもかかわらず、一般市民の方々も多数来られた。しかも福岡市民ばかりではない。東京、京都、新居浜、北九州、熊本、長崎、宮崎など、遠方から駆け付けた方も少なくなかった。

 多和田さんは現代の日本を代表する作家である。事実、1993年に『犬婿入り』で芥川賞、2000年に『ヒナギクのお茶の場合』で泉鏡花文学賞、2003年に『容疑者の夜行列車』で伊藤整賞と谷崎潤一郎賞、2011年に『尼僧とキューピッドの弓』で紫式部文学賞、『雪の練習生』で野間文芸賞、2013年に『雲をつかむ話』で読売文学賞などを受賞された。

 しかし、そればかりではない。ドイツに在住しドイツ語でも創作活動を行っている多和田さんは、1996年にシャミッソー賞、2005年にゲーテ・メダル、2016年にクライスト賞をドイツで受賞された。多和田さんはいまや現代ドイツ文学を代表する作家として世界の現代文学を導く。数多くの作品がすでに英語、フランス語、イタリア語、中国語などに翻訳されている。

 多和田さんは、『献灯使』の他に、ロシアの詩人であり劇作家であるウラジミール・マヤコフスキー『ミステリア・ブッフ』(1921年)も朗読された。多和田さん自身による新訳(2016年)だ。多和田さんには小説や詩の他に『エクソフォニー 母語の外へ出る旅』という著作もあるだけに、地球的な破局を扱う同作の翻訳も実験的な試みであり、大いなる「越境」であった。

 思えば、私が多和田さんにお会いしたのは、2015年10月、ウィーンでのことだ。私は一年間の研究滞在中であり、多和田さんはエルンスト・ヤンドル関係の朗読会と、「フクシマ」をめぐるリービ英雄さんとの対談のため同地に来られた。お話をする機会を得た私は多和田さんに問いかけてみた、創作者にとって終末とは何か、それも世界の終末とは何かと。

 世界の終末、それは、究極の破局であるだけに、いまだ誰も経験したことがない。にもかかわらず、世界の終末はさまざまな文学作品において繰り返し扱われてきた。いまや文学のみならず、映画であれ、マンガであれ、未来を破局として描くもの、「終末」から物語を始めるものが少なくない。それはなぜか。そもそも誰も未経験な終末がいかにして表現可能になっているのか。

 多和田さんの作品の中には、福島原発事故について書かれた詩がある。また、上述の『献灯使』は、大災害後に再び鎖国をし始めた日本を描く特異な小説だ。現実の破局、そして究極の破局、これらは創作者にとって何を意味するのか。そう多和田さんに問いかけてみたところ、自作の朗読を通じて、答えを探りたいというお返事をその場でいただいた。

 60名の「難民」は皆、熱心な多和田文学の読み手、九大での朗読会は、質疑応答を含め、2時間半にも及ぶ。大学教員ばかりではなく、学生たち、それに一般の方々からも質の高い質問が寄せられる。それに大変驚かれ多和田さんは、私に一言もらす、「こんなレヴェルの高い質疑応答は、最近では一番です」と。九州の「ニッポン族」はどうも普通の「難民」ではないようだ。(小黒康正)

2016.10.07
人 事  木田綾子

 平成28年4月1日付けで、木田綾子さんが新居浜高専に准教授として着任しました。木田さんは私の指導生として「ゲーテにおける枠物語―メールヒェン・ノヴェレ・ロマーン」という秀逸な博士論文を九州大学に提出し、平成27年3月に学位を得た人物です。今後の活躍を期待しています。

2016.10.05
講演会 「樋口・ゲーテ・マン・コーパス」(10月6日)

FDのご案内

Higuchi GM Corpus ( 「樋口・ゲーテ・マン・コーパス」)
の言語文化研究院への移管に当たって

言語文化研究院長 福元圭太
 
1980年代から90年代前半にかけて構築された「トーマス・マン・ファイル」ならびに「ゲーテ・ファイル」、「ゲーテ書簡集ファイル」がこの秋、Higuchi GM Corpus(「樋口・ゲーテ・マン・コーパス」)として言語文化研究院が使用しているサーバ領域に移管され、改めて全世界的に公開されました。この機に、このデータベースをキーボードによる手入力という、まさに気の遠くなるような地道な作業によって完成された本学名誉教授で、本研究院(当時は「言語文化部」)の部局長でもあられた樋口忠治名誉教授をお迎えしてお話をうかがい、その歴史を振り返るとともに、コーパスの意義を再確認したいと思います。

日時:2016年10月6日(木)15:00~(16:20までに終了)
場所:九州大学伊都キャンパス 比文・言文棟321会議室

プログラム:
1.Higuchi GM Corpusのご紹介(約10分) 福元圭太 言語文化研究院長
2.「テキスト・データベースの意義」(約20分) 樋口忠治 九州大学名誉教授
3.Higuchi GM Corpusのデモンストレーション (約15分  内田 言語文化研究准教授
4.国際トーマス・マン研究におけるHiguchi GM Corpus(約20分) 小黒康正 人文科学研究院教授(独文学講座)

参考ファイル:樋口・ゲーテ・マン・コーパス.pdf
2016.10.02
講演会 「池田紘一先生の講演会」(10月4日)

福岡日仏協会から講演会の案内が届きました。講師は池田紘一先生です。私は長らく先生のもとで学び、博士の学位をいただいた他に、助手ならびに助教授として一緒に仕事をさせていただきました。以下、簡単に池田先生のことを紹介させていただきます。

池田先生は、ゲーテ、ビューヒナー、トーマス・マンの碩学として、独文学研究の発展に大いに寄与されました。ちなみに、1990年にドイツで出た"Thomas Mann Handbuch"中に名前が出てくる日本の研究者は池田先生だけです。

併せてユングの錬金術心理学の研究にも力を注ぎ、難解のゆえをもって長く未紹介であった後期ユングの二大著書『心理学と錬金術』と『結合の神秘』の翻訳を上梓し、日本の人文学に多大な影響を及ぼしました。

私事で恐縮ですが、私の自慢は、おそらく福岡大学の堺雅志氏もそうだと思いますが、院生のときも、助手のときも、池田先生の講義を欠かさずすべて拝聴し、そして講義の後に構内でいつも先生と熱く議論をしたことです。

それだけに、福岡日仏協会でのご講演内容も私なりにある程度予想がつきます。池田先生は、私たち院生に笑いながらよく言われました、「同じ話しを何度も繰り返しているので、君たちの耳にたこができるかもしれない」と。

しかし、先生の講義がいつもそうでしたが、何度か同じ内容を聞いているはずなのに、なぜか初めて聞くという印象を毎回抱いたのです。先生のお話は、いつも私たちの心を奮い立たせる始源の力、一回性の何かがあるのです。

案内状によりますと、4日の卓話は「出席連絡、会費等は不要です。どなたでも参加できます」とのことです。お時間のある方は、ぜひご参加ください。私は、目下、多忙を極めていますが、あの一回性の何かを再び体験するために、参加します。(小黒康正)

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      福岡日仏協会10月例会

と き:2016年10月4日(火) 午後6時30分

ところ:アンスティテュ・フランセ九州 5F多目的ホール
     (中央区赤坂 Fビル、1Fはカステラの福砂屋)
    地下鉄赤坂駅3番出口すぐ

卓 話:「ユング心理学と錬金術」

講 師: 池田紘一氏(九州大学名誉教授、西日本日独協会会長)

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2016.10.01
研究会 「第109回トーマス・マン研究会」(10月15日)

第109回トーマス・マン研究会のご案内

日 時: 
2016年 10月15日(土曜日)14:30より

場 所:
福岡大学七隈キャンパス
文系センター棟14階学部共通室 Tel: 092-871-6631
http://www.fukuoka-u.ac.jp/help/map/
http://www.fukuoka-u.ac.jp/aboutus/facilities/map.html

発表1: 
中島伸(日本大学/中央学院大学非常勤講師)
『トニオ・クレーガー』における引用形式の文体的効果

発表2: 
今井敦 (龍谷大学)
トーマス・ベルンハルトの「自伝」とその舞台
 
懇親会: 
研究会後に懇親会を市内中心部で行います。

出 欠: 
参加希望者は、研究会ならびに懇親会の出欠を担当校(堺雅志、masashis[at-mark]fukuoka-u.ac.jp)までご一報ください。

その他:
① 本会について
本会は、平成元年に数名の若手マン研究者が、池田紘一氏(九州大学名誉教授)のもとに参集、その後、年に4回のペースで、マンを中心に近現代ドイツ文学に関する研究活動を行っています。
② 発表募集
研究発表の募集は、会員以外の発表を含め、随時行っています。発表希望者は事務局まで早目にご相談ください。
③ 旅費補助
本会は、遠隔地から参加する常勤職のない若手研究者に対して、旅費補助を行っています。併せて事務局までご相談ください。

事務局: 
〒812-8581 福岡市東区箱崎6-19-1
九州大学大学院人文科学研究院 小黒康正 気付
トーマス・マン研究会事務局
E-mail: oguro[at-mark]lit.kyushu-u.ac.jp

2016.09.02
エッセイ「『終末』の後ろ指」

 同学社発行の雑誌『ラテルネ』第115号(2016年3月)に、私のエッセイ「『終末』の後ろ指」が掲載されました。ご笑覧ください。

2016.09.01
朗読会 「多和田葉子朗読会」(9月19日)

ご案内 多和田葉子 朗読会

日時 平成28年9月19日(祝日)15時〜17時

場所 九州大学文学部会議室(箱崎キャンパス、文学部4階)
   交通アクセス http://www2.lit.kyushu-u.ac.jp/access/

ゲスト 多和田葉子(作家・詩人)

企画者 小黒康正(九州大学大学院人文科学研究院 教授、ドイツ文学)

入場無料。但し、席に限りがございます。参加希望の方は、電子メールにて「murakami.hiroaki.590@m.kyushu-u.ac.jp」宛に必ずお申し込みください。(なお9月1日の時点で残りの席数は30席程です。定員になり次第、受付を終了させていただきます。)

 日本語とドイツ語で創作活動を行っている多和田葉子さんをお迎えして、九州大学にて朗読会を行います。多和田さんは、『犬婿入り』で芥川賞、『尼僧とキューピッドの弓』で紫式部文学賞、『雪の練習生』で野間文芸賞、『雲をつかむ話』で読売文学賞を、さらにドイツでシャミッソー文学賞、クライスト賞などを受賞されました。小説や詩の他に、『エクソフォニー 母語の外へ出る旅』や『言葉と歩く日記』などの著作もあります。

 そんな多和田さんに、終末とは何か、それも世界の終末とは何かと問いかけてみました。世界の終末、それは、究極の破局であるだけに、いまだ誰も経験したことのないものです。それにもかかわらず、世界の終末はさまざまな文学作品において繰り返し扱われてきました。いまや文学のみならず、映画であれ、マンガであれ、未来を破局として描くもの、「終末」から物語を始めるものが少なくありません。それはなぜでしょうか。そもそも誰も未経験な終末がいかにして表現可能になっているのでしょうか。

 多和田さんの作品の中には、福島原発事故について書かれた詩があります。また、大災害後に再び鎖国をし始めた日本を描く『献灯使』(2014年)という特異な小説もあります。現実の破局、そして究極の破局、これらは創作者にとって何を意味するのでしょうか。そう多和田さんに問いかけてみました。多和田さんは自作の朗読と解説を通じて、答えを探ります。質疑応答の時間も設けますので、私たちも一緒に答えを探りましょう。

 なお、講演会は、九大独文科研研究会「ドイツの文学・思想におけるトポスとしての黙示録文化」の企画です。この研究会は、平成26−30年度科学研究費補助金基盤研究(B)の助成を受けながら、「〈終末〉の終末は可能か」という問題に取り組んでいます。

参考ファイル:A4.pdf
2016.08.08
招待講演「バイエルン独日協会」(8月3日、小黒康正)

 当方、下記のとおり、数日前にミュンヘンの王宮にて講演を行いました。聴衆は約30名、ヴァカンスの時期であるにもかかわらず多くの方々が集まってくださり、大変嬉しかったです。マンが40年近く住み、しかも『魔の山』を執筆した都市で、マンに関する講演に招かれたことは、日本人のマン研究者として大変光栄に思っております。
 講演はバイエルン独日協会の会長であるシェーン氏の司会のもとで始まりました。講演内容は、日本におけるマン受容です。辻邦生や三島由紀夫の場合と比較しながら、村上春樹のマン受容について考察を行いました。その際、明治以降の日本文学が有する独特の屈折についても触れ、その中に日本のマン受容を私なりに位置づけたつもりです。
 45分の講演後、活発な質疑応答が30分程あり、村上春樹の思想的背景や『魔の山』ならび三島における死の問題について質問がありました。また、最新のマン受容として、宮崎駿の『風立ちぬ』や平野啓一郎の『マチネの終わりに』を紹介しましたところ、皆さん大いに関心を示されたようです。私にとりましても貴重な機会でした。(小黒康正)
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Die Deutsch-Japanische Gesellschaft in Bayern e.V. lädt ein zu einer Vortragsveranstaltung am Mittwoch, 3. August 2016, 19:00 Uhr, zum Thema

„Einfluss von Thomas Mann auf das Schaffen zeitgenössischer japanischer Schriftsteller, wie Haruki Murakami“

Der renommierte japanische Germanist Prof. Dr. Yasumasa Oguro von der Universität Kyushu wird die aktuellen Ergebnisse seiner Forschung vorstellen.

Der Vortrag wird im Bibliothekssaal der Staatlichen Münzsammlung in der Residenz stattfinden.

Zeit: Mittwoch, 3. August 2016, 19.00 Uhr

Ort: Bibliothekssaal der Staatlichen Münzsammlung, Residenzstr. 1, München

Eintritt: Mitglieder: frei, Nichtmitglieder: € 5,00

Veranstalter: Deutsch-Japanische Gesellschaft in Bayern e.V., Marienplatz 1, 80331 München

Tel: 089-221 863; djg-muenchen@t-online.de; www.djg-muenchen.de

Die deutsche Literatur - und insbesondere Thomas Mann - hat einen starken Einfluss auf den japanischen Literaturbetrieb. Bei zahlreichen modernen japanischen Literaten, die in Romanform schreiben, finden sich Bezüge auf Thomas Mann. Vor allem auch bei dem in Deutschland bekannten Haruki Murakami. In dem Vortrag werden diese Bezüge aufgezeigt und es werden auch die neuesten Erkenntnisse der japanischen Thomas Mann-Forschung präsentiert. Für den interessierten deutschen Leser bietet der japanische Blick auf Thomas Mann eine neue Perspektive, die in der sich anschließenden Diskussion vertieft werden kann.
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2016.07.02
Ausschreibung

Sehr geehrte Damen und Herrn,

an der geisteswissenschaftlichen Fakultät der Universität Kyushu in Japan wird ab April 2017 eine Stelle als Lektor/in im Bereich Germanistik zu besetzen.

Beste Grüße,
Prof. Dr. Yasumasa Oguro

参考ファイル:Ausschreibung (2016).pdf
2016.05.18
寄贈図書『オノマトペ和独小辞典』(根本道也)

 九州大学名誉教授の根本道也先生から『オノマトペ和独小辞典』(根本道也編著、同学社、2015年)をいただいたとき、とある山での出来事を思い出す。四半世紀前のことだと思う。当時、院生だった私は、「福岡あすなろ山の会」のメンバーとして、ドイツ人留学生を数名、例会山行に招いた。夏ではなかったが夏のように暑い日だったと記憶する。山頂に着くと、山行リーダーの「熊さん」が言う、「暑かね、こんな時は山頂に冷たい水がでる蛇口があるとよか」と。すかさず留学生の一人が尋ねる、「ジャグチ、ソレッテ何デスカ」。
 すると「熊さん」、不意をつかれたからだろうか、目をぱちくりさせながら、妙にしどろもどろに話す。「それは、台所にあるあれたい、キュッとひねると、水がジャーと流れるあれたい。分かろう。ヒャッとする水をコップに入れて、ゴクゴクと飲んだら旨かろうが。ドイツにもあるはずたい。なに、ジャーもゴクゴクも分からんと。おい、でっかいどう(北海道)の小黒、そこでボーッとしとらんで、はやく通訳しろくさ!」
 愛嬌たっぷり、方言たっぷりの「熊さん」は会の人気者。今は故人だが、当時は今の私ぐらいの歳だったのではなかろうか。数十年後、あの時の留学生に再会すると、皆、「熊さん」のことだけはよく覚えている。もっとも私にとって、蛇口を Wasserhahn と訳すよりも、「熊さん」の生き生きとした説明をそのまま訳すことが遥かに難しかった。それにしても、実に見事な解説でしたね、熊さん。私にとってオノマトペとの忘れ難い出会いでした。
 『オノマトペ和独小辞典』は擬音語と擬態語がたっぷりと盛り込まれたユーモアにあふれるユニークな辞典。小辞典とはいえ、刊行の意義からすると、すでに「大」辞典、辞書の達人ならではの見事なお仕事である。同書はいまや私の愛読書、いつも笑いながら楽しく読む。そんな私は本書を手にするたびに、水がジャーと流れる音が聞こえ、ゴクゴクと飲みたくなる。ところでジャーなり、ゴクゴクなり、ドイツ語では何と言うのだろうか。(小黒康正)

2016.05.16
書 評 『心獣』(『西日本ドイツ文学』、杵渕博樹)

 ヘルタ・ミュラー『心獣』(小黒康正訳、三修社、2014年)の書評が、『西日本ドイツ文学』(2015年11月30日)に掲載された。宮崎大学の杵渕博樹氏による書評だ。あえて書評を書評するとするなら、なんと切れ味が三重に鋭いことか。第一にさまざまな訳語に込められた工夫を的確に捉え、第二に拙訳の不備を見逃さず、第三に『心獣』を日本語で読む意味を我々に改めて問う。単語、テクスト、コンテクスト、いずれのレヴェルでも杵渕氏の批評眼は冴え渡る。私はいつまでも訳者の地位にとどまっていてはならない。「文学の言葉で語る」者として、今一度、ひとりの読者にならなければならない。優れた書評はひとを常に変容させる。(小黒康正)

参考ファイル:IMG_20160516_0001_NEW.pdf
2016.04.26
寄贈図書『カフカ後期作品論集』(村上浩明)

 先月、『カフカ後期作品論集』(上江憲治・野口広明編、同学社、2016年1月)の寄贈があった。寄贈者は、九州大学文学部で非常勤講師としてドイツ語の授業を数年来担当している村上浩明氏だ。同書は、福岡を活動拠点とするカフカ研究会による研鑽の成果である。同会はこれまで同学社を通じて『カフカと現代日本文学』(1985)、『カフカと二〇世紀ドイツ文学』(1999)、『カフカ初期作品論集』(2008)、『カフカ中期作品論集』(2011)を次々に世に問うてきた。今回は5冊目の労作である。
 本書の「まえがき」によれば、カフカが結核発病後の長い中断を経て夜の執筆活動を始めた1920年から、ウィーン郊外のクロスターノイブルクの結核療養所で命を落とす1924年までが、いわゆる「カフカ後期」だ。主として第三長編『城』の執筆時期と重なる。他に『断食芸人』や『歌姫ヨゼフィーネあるいはねずみ族』や『巣穴』なども書かれた。これらの作品に、今回は11名のカフカ研究者が挑む。
 カフカの後期作品は、カフカ自身の闘病を背景に持つ。喉が笛のようになる結核はヨゼフィーネの「歌」にもなれば、巣穴の動物を煩わす原因不明の「雑音」にもなる。発病後、カフカを支える女性たちの存在も忘れてはならない。ミレナ、妹エリ、ドーラ、彼女たちの存在はカフカの執筆活動におおいに関わる。カフカ後期作品の特長として、「病い」と「女性」と「書くこと」が解きほどき難いほど複雑に結びつく。そうした絡まりを丹念にひも解くことが、カフカの後期作品を読み解くことだ。そこから何が見えてくるのか。その問いに11名の競演が見事に答えてくれる。(小黒康正)

2016.04.24
寄贈図書『ドイツ文化55のキーワード』(大野寿子)

 過日、東洋大学准教授の大野寿子氏から『ドイツ文化55のキーワード』(宮田眞治・畠山寛・濱中春編、ミネルヴァ書房、2015年)の御寄贈があった。同書は、ドイツ、オーストリア、スイスなどのドイツ文化を多彩に示しているだけではない。ドイツ文化に対する執筆者各人の多様な関心が示されており、実に興味深い「顔」を示す。
 大野氏は「森」「グリム兄弟」「ソルブ人」「スウィーツ」を担当された。一見意外な組み合わせだが、これこそ氏の「関心」であり、同時にドイツ文化の「inter esse」である。
 同僚の武田利勝氏は空間へと傾く。「広場」と「南への憧れ ドイツ人とイタリア」が担当だ。いかに理想と現実が限られた空間に交錯するのか、なぜドイツはイタリアを必要とし続けるのか。武田氏の文章を読んで、私はドイツという「かなた」を必要とする自分にふと気づく。
 私が親しくおつき合いしている粂川麻里生氏の担当は「ゲーテ」と「ブンデスリーガー」、なんと絶妙な組み合わせではないか。ドイツ・サッカーの強さの秘密、それは共同体の形成が「自然」と結びつくところにあるのかもしれない。偶然の組み合わせはひとつの必然である。
 このように本書は、ドイツ文化に関わる者たちの多層的で多様な関心をそれとなく示す。日本人としてドイツ文化を学ぶ者たちの内面がそこに表現されているのだ。同書を観相学的に捉えるのは、私だけだろうか。表紙が実に「面(おも)」しろい。(小黒康正)

2016.04.18
寄贈図書『サンサーラ』(ドーリス・デリエ著、小川さくえ訳)

 ドーリス・デリエは、『メン』Männer(1985)で一躍話題となったドイツを代表する映画監督であり、かなりの親日家、『MON-ZEN』Erleuchtung garantiert(1999)や『HANAMI』Kirschblüten-Hanami (2008)や最新作『フクシマ、モナムール』Fukushima, mon amour (2016)などの映画が示すように、日本との関わりは実に深い。
 ドーリス・デリエは、多彩である。映画の他に、ベルリン、ミュンヘン、ザルツブルクなどの著名な劇場でオペラの演出を手がけてきた。加えて、数多くの小説も手がけている。彼女の代表的短編集である『サンサーラ』が同学社から2016年3月に刊行された。訳者は宮崎大学教授の小川さくえ氏である。この度、同氏からご寄贈があった。
 小川氏によれば、ドーリス・デリエは映画の脚本に取りかかる前に必ず短篇小説を書く。登場人物の内面に自らが深くもぐり込むためだ。そして、『サンサーラ』を読む者も、特にその表題作において、軽快なテンポとメランコリックな抒情に心地よく乗せられながら、深くもぐり込む。生(性)と死のはざまに、「深い深い水の底に」。対象は自分と化し、自分が対象と化す。
 「サンサーラ」はサンスクリット語で輪廻を意味する。この語は短編集の結構をなしているのではないか。それも同心円的に。個々の作品内において、オムニバス形式の短編集全体において、作品の内にいる人物と作品の外にいる読者との間で。ドーリス・デリエが親日家であり、独自の創作スタイルを有することの意味は大きい。ドイツ的でもない、日本的でもない、どこにもない和音を、『サンサーラ』が奏でるからだ。
 こうした和音が日本語に移し置き換えられても、少しも音に狂いがないことは、決して当たり前のことではない。それには、「深い深い水の底に」もぐり込み、ある種の難行苦行を経て、そこから抜け出せる者を必要とする。小川さくえ氏の訳業はそのことを見事に証す。翻訳は「解脱」である。(小黒康正)

2016.04.02
寄贈図書『ヘルダーリンにおける自然概念の変遷』(田野武夫)

 田野武夫氏(拓殖大学准教授)の御著『ヘルダーリンにおける自然概念の変遷』(鳥影社、2015年3月15日発行)は、ヘルダーリン研究の新基軸を示す。

 同氏は、ヘルダーリン(1770-1843)の自然思想に深い関心を寄せる。ヘルダーリンにおいて「自然」概念およびその背景にあるイメージが、初期から後期にかけてどのような変貌をとげたか、そしてそれは何を意味するかについて考究を重ね、その結果、初期には古代ギリシア的な汎神論的理想郷のイメージで捉えられていた自然が、次第に別のイメージで捉えられるようになり、ついには東洋から近代西洋へと伝播する「文化的真髄」という特性を付与されるに至ったことを、田野氏は明らかにした。

 今回、ご本人から直接いただいた同書の独創性は、従来の研究では軽視されてきた後期ヘルダーリンにおける自然の意義に改めて光を当てた点にあろう。古代ギリシア志向から近代西洋への回帰、さらには根源としてのアジア・東洋の発見を経ながらも、「自然」がヘルダーリンの主導理念でありつづけたことを、田野氏は見事に論証したのである。

 同書には、共感と批評精神とを兼ねそなえた詩的言語の分析能力、さらに、テクストを取り扱う際の実証的な手堅さがある。ヘルダーリンにおける難解な「自然」を分かり易く、それでいて深く読み解いている点が、実に見事だ!(小黒康正)

2016.03.12
寄贈図書『東欧の想像力 現代東欧文学ガイド』(今井敦)

 ウィーン三区の Ungargasse 5 にある建物は、かつてベートーベンが第九を完成させた家、今は百種類のビールがあるビアホール Bierteufl。そこで、2月29日、龍谷大学教授の今井敦氏から『東欧の想像力 現代東欧文学ガイド』(奥彩子/西成彦/沼野充義編、松籟社、2016年)をいただいた。今井氏も私も、昨年の四月からウィーンに研究滞在中である。お恥ずかしい話だが、当方、ドイツ語圏の文学研究に携わっていても、周辺諸国の文学について、実はあまりよく知らない。そんな私の蒙を啓いてくれたのが、『東欧の想像力』である。私は、同書を通じて「東欧(へ)の想像力」を膨らます毎日だ。

 ウィーンにいると、東欧はとても近い。実際、ウィーン滞在中に、カフカで有名になった黄金小路があるプラハ(チェコ)も、ウィーンの双子都市であるブラチスラヴァ(スロヴァキア)も、歴史上最も有名なピクニックが催されたショプロン(ハンガリー)も訪れた。加えて、『東欧の想像力』に掲載されたコラムがどれもこれまた面白い。私はトリエステに足を運んでいないが、和田忠彦氏によるコラムを読みながら、『サウンド・オブ・ミュージック』に出てくるトラップ大佐がオーストリア・ハンガリー帝国海軍少佐として「イタリアの東欧」に勤務していたことを思い出す。こうして「東欧(へ)の想像力」がますます膨らむ。

 もっともドイツ語圏の文学といえども、すそ野はかなり広い。私は現代ドイツ文学の専門家ではないが、否、専門家ではないがゆえに、できるだけドイツ語で書かれた現代文学もドイツ語で読むようにしてきた。それだけに、インゲボルク・バッハマン(山本浩司)、トーマス・ベルンハルト(今井敦)、クリストフ・ランスマイヤー(須永恆雄)、ハイナー・ミュラー(大塚直)、クリスタ・ヴォルフ(國重裕)、クリストフ・ハイン(山本浩司)、ギュンター・グラス(永畑紗織)、ヘルタ・ミュラー(山本浩司)の項目からは、改めて多くを学ぶ。いずれの項目も簡にして要を得ていて、見事である。

 優れた現代文学は常に矛盾を犯す。反オーストリアという屈折を有する「オーストリア文学」(國重裕)、何百万人の墓碑とも言うべき「イデッシュ文学」(西成彦)、今なお書きつがれる「東ドイツ文学」(國重裕)、いずれも忘却に抗い続ける。現代文学、少なくとも現代東欧文学は、アナ・クロニズムだ。永畑紗織氏によれば、かつてドイツでは、「東側」のみならず、「西側」においても、故郷を失った人々に溢れていた。そして、今、私がいるウィーンも、同じような状況だ。「想像力」を膨らますたびに、いまや私も矛盾を犯す。声なき声に聞き耳を立て、言葉にならざるものに言葉をもたらし、語りえないものを語ることに思いをはせて。(小黒康正)

2016.03.11
講演会 「Hendrik Birus 教授講演会」(3月30日)

Hendrik Birus 教授講演会のお知らせ

 日本独文学会西日本支部では、Prof. Dr. Hendrik Birus氏(ブレーメン大学)をお迎えして、学術講演会を開催します。講演会ならびに懇親会への出席希望の方は、下記連絡先に3月25日までにお申し込み下さい。皆様の多数のご来場をお待ちしております。


日 時:  2016年3月30日(水)15時30分より17時まで

場 所: 九州大学文学部会議室(箱崎キャンパス文学部棟4階)

講演題目: Der Begriff der Weltliteratur – heute

懇親会: 講演会終了後に市内中心部で開催予定(開催場所は当日ご案内いたします)

連絡先: 812-8581福岡市東区箱崎6-19-1 
     九州大学大学院人文科学研究院 武田利勝
     tstakeda9@yahoo.co.jp/092-642-2396(武田)/092-642-2407(独文)

(以下、日本独文学会ホームページより転載)
Herr Prof. Dr. Hendrik Birus ist Professor of Comparative Literature an der Jacobs University Bremen. Er lehrte von 1987 bis 2006 als Professor für Allgemeine und Vergleichende Literaturwissenschaft an der Ludwig-Maximilians-Universität München. Zahlreiche Gastprofessuren, unter anderem an Universitäten in Wien, Rom, Illinois, Indiana, Pennsylvania, Washington und Yale. Seit 2001 ordentliches Mitglied der Bayerischen Akademie der Wissenschaften und Vorsitzender ihrer Kommission für Neuere deutsche Literatur.

Publikationen (in Auswahl):
- 2009: „Le temps présent est l’arche du Seigneur.“ Zum Verhältnis von Gegenwart, Geschichte und Ewigkeit beim späten Goethe.
- 2007 (Hg. m. S. Donat): Roman Jakobson: Poesie der Grammatik und Grammatik der Poesie: Sämtliche Gedichtanalysen. Kommentierte deutsche Ausgabe, 2 Bde.
- 1999 (Hg. m. S. Donat): Goethe – ein letztes Universalgenie?
- 1999 (Hg.): Johann Wolfgang Goethe: Ästhetische Schriften 1816-1820: Über Kunst und Altertum I-II.
- 1996: „Apokalypse der Apokalypsen. Nietzsches Versuch einer Destruktion aller Eschatologie“, in: Poetik und Hermeneutik XVI: Das Ende. Figuren einer Denkform, hg. v. Karlheinz Stierle u. Rainer Warning, S. 32-58.
- 1995 (Hg.): Germanistik und Komparatistik. DFG-Symposion 1993.
- 1994 (Hg.): Goethe: West-östlicher Divan (2. Aufl.: 2010)
- 1986: Vergleichung. Goethes Einführung in die Schreibweise Jean Pauls.
- 1982: Hermeneutische Positionen: Schleiermacher, Dilthey, Heidegger, Gadamer (jap. Übs. v. Sumio Takeda, Tokyo: Yamamoto Schoten 1987).
- 1978: Poetische Namengebung. Zur Bedeutung der Namen in Lessings „Nathan der Weise“.

2016.03.10
研究会 「第107回トーマス・マン研究会」(3月27日)

EINLADUNG
zum 107. Kolloquium
des Arbeitskreises für Thomas-Mann-Forschung
(http://www2.lit.kyushu-u.ac.jp/~german/)


Zeit: Sonntag, 27. März 2016, 14:30 Uhr

Ort: Seinan Gakuin University / 西南学院大学
Academic Research Institute Building / 学術研究所

Raum: Dai Ni Kaigishitsu (1. Stock japanischer Zählung) /
1階第2会議室 (http://www.seinan-gu.ac.jp/eng/campusmap/campusmap.html#campus)

Programm:
1. 14:30−16:00: Sakie Sakamoto (Nagasaki)
Rezension: Heinrich Detering, Thomas Manns amerikanische Religion. Theologie, Politik und Literatur im kalifornischen Exil. [Japanisch]

2. 16:15−17:45: Yasumasa Oguro (Fukuoka)
Thomas Manns Romane "Der Zauberberg" und "Doktor Faustus" als apokalyptische Zwillinge. [Deutsch]

Kontakt: akao [at-mark] seinan-gu.ac.jp)

2016.02.21
新刊紹介『王子ビリビンカー物語』(小黒康正訳)

 ウィーン滞在中の当方に、同学社の近藤孝夫氏から電子メールにて朗報が届きました。クリストフ・マルティン・ヴィーラント著『王子ビリビンカー物語』(同学社、小黒康正訳、2016年)が無事に刊行されたと。今回の訳出は、『心獣』と同様、本邦初訳です。
 『王子ビリビンカー物語』は、大きな物語の中の小さな物語、小説の中で語られる小話であります。しかし、単なる挿話ではありません。ドイツで最初のロマーンに挿入されたメールヒェンであり、しかも世界で最初の創作メールヒェンなのです。
 その意味で、『王子ビリビンカー物語』はドイツ文学、いや世界文学の歴史において極めて重要な作品であります。但し、本作品が日本のメールヒェン研究者の間でほとんど素通りされているような気がいたしましたので、私なりに公刊を思いついた次第です。
 この作品は、拙著『水の女』(九州大学出版会、2012年)執筆のために訳出し始め、訳した箇所を九州大学での講義や演習、それに一橋大学や大阪大学や東北大学などでの集中講義で扱いました。お付き合いしてくださった皆さんに感謝申し上げます。(小黒康正)

2016.02.19
招待講演「フランクフルト大学」(小黒康正)

 私は、2月17日(水)に、フランクフルト大学の歴史学研究センターで講演を行ってきました。招待者は、ドイツ中世の専門家であり、ドイツ歴史学の重鎮である Johannes Fried 教授です。同教授が中世における黙示録受容の研究で秀逸な仕事をされていることは、本ホームページにて既に紹介しおります。
 講演は研究助手の Janneke Rauscher さんの司会で18時より始まり、Fried 教授による10分程の講演者紹介ならびに学術的な導入があり、それから50分に及んだ当方の講演、そして30分程の質疑応答でした。聴衆は、15名程度だったと思います。
 「既に授業期間が終わっているので、聴衆があまり集まらなかった」とFried 教授は弁解されておりましたが、私にとりましては量よりも質、私の講演内容を的確にとらえた質問ばかりで、本当に嬉しかったです。私自身、大いに収穫を得たと思っています。
 今回の講演は、Janus Gudian 氏のご尽力によって実現しました。私が昨年11月にビンゲンで行われたシュテファン・ゲオルグ学会に出席した際、イタリア・レストランでたまたま同席し、黙示録受容に関して熱く意見を交わした方が Gudian 氏です。
 講演前には、実は、Fried 教授、Gudian 氏、私の3人で、フィオーレのヨアキム、当方の黙示録プロジェクト、教授の近著、トーマス・マン、日本におけるキリスト教などについて意見を交わしました。2時間以上にも及んだ談話も、忘れ難い思い出です。
 それと招待側の申し出により、わざわざ私自身のために、講演前日にはフランクフルト大聖堂案内が、講演翌日にはダルムシュタット博物館で開催中のデューラー展案内がありました。関係者の方々は皆、Fried 教授のもとで学ばれた方々ばかりです。
 なお、フランクフルトで研究滞在中の井出万秀氏(初期新高ドイツ語)、森田團氏(ベンヤミン)、磯忍氏(アリストテレス)、そしてビーレフェルトで博論執筆中の水守亜季氏(アイヒェンドルフ)が、わざわざ講演に駆け付けてくれました。
 講演後には主催側の方々と、講演翌日には日本人研究者の方々と会食したことも、それぞれ素晴らしい時間だったと思っています。皆さん、本当に有り難うございました。なお、2年後には、フリート教授とグディアン氏を日本に招くつもりです。(小黒康正)

2016.02.18
招待講演「アイヒシュテット大学」(小黒康正)

 アイヒシュテット・インゴルシュタット大学(ドイツ・バイエルン州)のミヒャエル・ノイマン教授からの依頼により、2016年1月20日(水)に、アイヒシュテット・キャンパスにあるドイツ文学研究所にて、4度目の招待講演を行ってきました。
 私は、目下、日本独文学会から委託を受けて、ノイマン教授と一緒に学会国際誌トーマス・マン特集の仕事を行っています。同教授はフランクフルト版マン全集で『魔の山』の注釈を担当されました。その意味で、ノイマン教授はマン研究の世界的権威です。
 今回の依頼は、ドイツの他大学からあった講演依頼と同様に、つい数ヶ月前でしたら、まったく予期せぬもの、本当に名誉なことだと思っています。しかも講演では、同教授からの申し出もあって、私なりの『魔の山』論を展開させていただきました。
 講演の開始時間は14時15分、聴衆は15名程だったと思います。「小さな大学のドイツ文学研究所ゆえ聴衆の数はどうしても少なくなる」とノイマン教授は仰っていましたが、とはいえ聴衆の質はとても高く、実際に質疑応答は実に活発でした。
 質問をされた方々の名前(括弧内はご専門)を挙げますと、Prof. Dr. Michael Neumann、Prof. Dr. Thomas Pittrof (Synkretismus)、PD. Dr. Yvonne Nilges (Wagner, Schiller) 、それにもうお一方の教授、いずれも第一線の碩学ばかりです。
 『魔の山』を中心にトーマス・マン研究を進めている私にとりまして、ノイマン教授との出会いはまさに「神話」との邂逅、いささか大げさですが、マンがパリに行った際にロシア人作家であるメレシコフスキ―を訪問した時のような心境でした。
 講演後に上で挙げたピトロフ教授と近くの喫茶店で歓談したことも、忘れ難い思い出です。講演には、本ホームページでお名前を挙げましたゲーリッシュさんもミュンヘンから駆けつけてくださいました。皆さん、本当に有り難うございます。(小黒康正)

2016.01.11
受 賞 「外務大臣表彰」(ゲーリッシュ大島圭子)

 数日前、ミュンヘンから朗報が届きました。昨年11月のことですが、在ミュンヘン日本国総領事館にて、アウグスブルク=シュヴァーベン独日協会名誉会員のゲーリッシュ大島圭子氏に対して、外務大臣表彰の授与式が行われたとのことです。
 同氏は、ミュンヘン工科大学、ミュンヘン大学、ウルム大学、アウグスブルク大学などでの約40年にわたる日本語授業を通じて、日独の相互理解促進に多大な貢献をされ、ドイツ語圏大学日本語研究会会長として後進の指導にも尽力されました。
 もっともゲーリッシュ大島圭子氏は私にとりましては「ゲーリッシュさん」、私が外国人講師としてミュンヘン大学日本センターにて奉職中に、ミュンヘン大学日本語集中講座などで一緒に仕事をした同僚であり、先輩であり、いわば「同志」です。
 当時、同センターや日本語集中講座では、アメリカで作られた日本語教科書が使われていました。なかなかよくできた教科書ですが、英語で書かれているということもあり、学ぶ側にとっても、教える側にとってもいささか使い勝手が悪い点もありました。
 そこで、ドイツでの学習環境にあう日本語教科書の執筆作業が、ゲーリッシュさんに私が協力する形で、始まったのです。思えば、この仕事はかなりの難作業でしたが、理論と実践をともに熟知するゲーリッシュさんがおられることで初めて可能となりました。
 そうこうする内にでき上がった教科書は、実際に授業で使用されることで加筆修正され、最終的に2004年にミュンヘンで『福岡からこんにちは』(以下1)として刊行されたのです。そして2007年には、CD 付き改訂版が 刊行されました(以下2)。
 ゲーリッシュさんのご報告によりますと、この教科書はなかなか評判がよいようで、アウクスブルク大学、ブレーメン大学、ギーセン大学、それにバイエルン州やバーデンヴュッテンベルク州のギムナジウム、さらにはオーストリアの学校でも採用されています。
 日本語集中講座の企画運営や日本語教科書の執筆で、ともに楽しく苦労を分かち合った仲間の授賞に、心より祝辞を申し上げます。きっと多くの関係者や生徒さんたちもお慶びではないでしょうか。ゲーリッシュさん、本当におめでとうございます。(小黒康正)

1. Keiko Oshima-Gerisch u. Yasumasa Oguro: Fukuoka kara konnichiwa! Japanisch für Hörer aller Fachrichtungen, 2 Bände. Forum für Sprache und Gesellschaft Japans e.V. Japan-Zentrum der Ludwig-Maximilians-Universität München. Sprachzentrum der Universität Augusburg. München 2004.

2. Keiko Oshima-Gerisch u. Yasumasa Oguro: Fukuoka kara konnichiwa! CD Book. Japanisch für Hörer aller Fachrichtungen, 2 Bände. Forum für Sprache und Gesellschaft Japans e.V. Sprachzentrum der Universität Augusburg. München 2007.

2016.01.11
寄贈図書『翼ある夜 ツェランとキーファー』(関口裕昭)

 昨年、明治大学教授の関口裕昭氏から『翼ある夜 ツェランとキーファー』(みすず書房、2015年)のご寄贈が直接ご本人からありましたので、ここに報告いたします。関口氏も私も、お互いに後で知ったことですが、在外研究のため、昨年の4月6日に偶然同じ飛行機に乗ってウィーンに来ました。
 同書の主たる考察対象は、副題が示すとおり、戦後のドイツ語圏の代表的詩人パウル・ツェランと現代ドイツを代表する画家アンゼルム・キーファーです。両親を強制収容所で失ったユダヤ系詩人と親ナチスと思われる内容を作品に取り込むことで繰り返し物議をかもしたドイツ人画家には、たしかに相容れない部分もあります。
 しかし、ツェランとキーファーは、後者が前者をたえず意識しながら創作を続けただけではなく、関口氏によれば、両者の間には、「現代というカタストロフの時代において、死者たちを蘇らせ、瓦礫を再び結合させようと格闘している「歴史の天使」」として、「切り口や思考において驚くべき親近性がある」のです。
 両者が同書を構成する縦糸とするならば、そこにバッハマン、シュティフター、ヴァーグナーなどの人物や、映画、書物、飛行機、錬金術などのモティーフが横糸として巧みに織り込まれることで、「織物」Textus ができ上がっています。ツェランを援用すれば、まさに「布切れ」Tuch が私たちに宛てられているのです。
 その「布切れ」をウィーンにてご本人から直接受け取りました私にとりましては、20世紀の前衛的詩人ツェランと19世紀のいわば「穏やかな」作家シュティフターとの対応関係や、ツェランとキーファーにともに認められるミクロコスモスとマクロコスモスの錬金術的な呼応関係が、とても興味深かったです。
 関口氏はポール・オースターのツェラン論に注目して、こう述べます。「オースターは決して抽象的、学術的表現をふりかざすことなく、論じる対象を愛情をもって眺め、その距離を図りながら、創造の現場に降りて行こうとする」と。この言葉は、同書にも当てはまるだけに、関口氏のさりげない態度表明ではないでしょうか。(小黒康正)

2015.12.25
寄贈図書『Deutsche Erzählprosa 1850-1950』(Moritz Baßler)

 私が11月2日にミュンスター大学で講演を行った際、聴衆のひとりに同大学の Moritz Baßler 教授がおられました。同氏は、ドイツにおけるポップ文学研究の第一人者として、文学的モデルネをめぐる多様な研究をされています。
 講演の後にいただいた下記のご著作は、同教授の最新の研究成果です。なぜリアリズム文学の主人公はいつもうまくいかないのか、なぜ1900年前後には「・・主義」が多いのか等、様々な問いのもと、近現代ドイツ文学の手法が検証されています。
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Moritz Baßler: Deutsche Erzählprosa 1850-1950. Eine Geschichte literarischer Verfahren. Berlin: Erich Schmidt Verlag 2015.
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 2005年3月、Baßler 教授は九州大学文学部でトーマス・マン『衣装戸棚』に関する講演をされました。同氏を懇親会後にカラオケに案内したり、志賀島にお連れしたり、中州の屋台で村上春樹について談笑したりしたことは、まるで昨日のことのようです。
 そんなもてなしをしたからでしょうか、Baßler 教授はアメリカ出張を終えて帰国すると、その足で私の講演に駆けつけてくださいました。同教授と10年ぶりに再会し一緒に会食したことは、実に楽しく有意義なひと時であり、忘れ難い思い出です。(小黒康正)

2015.12.22
寄贈図書『Umstrittene Postmoderne』(Renate Stauf)

 私が12月10日にブラウンシュヴァイク工科大学で招待講演を行った際、企画責任者の Renate Stauf 教授から以下の文献のご寄贈がありましたので、ご紹介させていただきます。
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Hrsg. von Andrea Hübener, Jörg Paulus und Renate Stauf: Umstrittene Postmoderne. Lektüren. Germanisch-Romanische Monatsschrift. Beiheft 34. Heidelberg: Winter-Verlag 2010.
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 いただいた御著作は、ポストモデルネをめぐり、2005年から2006年にかけてブラウンシュヴァイク工科大学で行われた連続講義に基づく論集です。23本の論考が収めらています。
 論集の特長は、文学や哲学のみならず、建築、音楽、博物館、深層心理学にまたがる学際性と、古代から現代に至るまでの時空を渉猟しながらポストモデルネ概念を問いなおす根本性にあります。
 なお、Renate Stauf 教授から直接伺ったことですが、表紙の写真は、同教授の夫である Hans-Jürgen Stauf 博士のものです。論集の内容に実に相応しい写真だと思いました。(小黒康正)

2015.12.14
寄贈図書『Aufstieg aus dem Untergang』(Johannes Fried)

 過日、フランクフルト大学の Johannes Fried 教授から以下の文献のご寄贈がありました。同教授は、ドイツ中世研究の第一人者として、紛れもなくドイツにおける歴史学研究の重鎮です。
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Johannes Fried: Aufstieg aus dem Untergang. Apokalyptisches Denken und die Entstehung der modernen Naturwissenschaft im Mittelalter. München: C. H. Beck 2001, 2. Auflage 2012.
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 いただいた御著作は、中世における黙示録的思考がいかに近代科学の成立を促したかという、まさに逆転の発想に基づく実に興味深い内容であり、特にフィオーレのヨアキムを扱う章は圧巻です。
 ヨアキムの唯心論と近代科学の物質主義の結びつきには、大変驚きました。また、「終末論の論理」という章も実に面白く、修辞学と弁証法の問題が見事に詳述されています。
 私はいまだ Fried 教授とは直接面識がありません。私が11月上旬にシュテファン・ゲオルグ学会に出席した際、講演者の一人である Janus Gudian 氏とレストランでたまたま同席しました。
 その際、私の研究テーマですっかり話が盛り上がり、学会後に同氏が指導教授である Johannes Fried 氏に歓談の内容を話されたようです。「縁は異なもの味なもの」とはこのことでしょうか。
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Johannes Fried, geboren 1942 in Hamburg, ist ein deutscher Mittelalter-Historiker. Ab 1983 lehrte er mittelalterliche Geschichte an der Johann Wolfgang Goethe-Universität in Frankfurt am Main. Er war von 1996 bis 2000 Vorsitzender des Verbands deutscher Historiker und saß in zahlreichen akademischen Gremien. Von Fried stammt die Idee einer "Memorik", die Erkenntnisse der Psychologie und Neurologie in die Geschichtsschreibung aufnimmt. Horst Fuhrmann würdigte ihn bei der Verleihung des Sigmund-Freud-Preises für wissenschaftliche Prosa als "einen der originellsten Historiker deutscher Zunge".
(Aus: https://www.perlentaucher.de/autor/johannes-fried.html)
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2015.12.13
招待講演「ブラウンシュヴァイク工科大学」(小黒康正)

 12月10日に、ブラウンシュヴァイク工科大学ドイツ語学文学研究所にて、講演を行いました。招待してくださったのは Renate Stauf 教授です。私が11月上旬にシュテファン・ゲオルゲ学会に参加したおりに、発表者として参加された同教授と歓談したことが、今回の招待講演のきっかけだったと思います。
 講演は、同教授の同僚である Christian Wiebe 氏が担当している講義の中で行われました。聴衆としては30名以上の方がおられたと思います。講演直後の質疑応答では、日本のマン受容に関する質問が Stauf 教授からあり、Wiebe 氏からはマンの小説の結末部に関する貴重な質問がございました。
 ハイネ研究者として著名な Stauf 教授は、ドイツ文学における書体小説研究の第一人者でもあり、目下、Liebesbrief (恋文、ラブレター)に関する研究プロジェクトを推進中です。また、Wiebe 氏はドイツ(ならびにヨーロッパ)におけるキルケゴール受容研究で秀逸な著作を公にされた新進気鋭の研究者です。
 そんなこともあり、Stauf 教授のお招きで、Wiebe 氏、ならびに上記研究プロジェクトの助手である Sonja Brandes さんと一緒に会食した際には、日本の相聞歌やルードルフ・カスナーのキルケゴール受容などの興味深い話題で、楽しく有意義なひとときを過ごしました。(小黒康正)
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Gastvortrag (https://www.tu-braunschweig.de/germanistik/aktuelles)
Prof. Dr. Yasumasa Oguro
(Kyushu University, Fukuoka) spricht über:
Thomas Manns Romane "Der Zauberberg" und "Doktor Faustus" als apokalyptische Zwillinge
Donnerstag, 10.12., 15 Uhr
Raum 85.9
...................................................................

2015.11.17
招待講演「ビーレフェルト大学」(小黒康正)

 私は11月5日にビーレフェルト大学で講演を行いました。内容はミュンスター大学で行ったものと同じ内容です。ビーレフェルトでは、50名ほどでしょうか、会場の教室に入らない程の聴衆が来てくださり、質疑応答も大変盛況でした。
 企画担当者の Wolfgang Braungart 教授には、2004年(招待講演)、2014年(集中講義)、2015年(当方企画の国際コロキウム)に九州大学文学部に来ていただきました。同教授とはとても意義深く楽しい学術交流が続きます。
 講演後は Braungart 教授のお宅に泊めていただき、翌日、同教授が会長を務めるシュテファン・ゲオルゲ学会参加のため、同教授の車でビンゲンに向いました。同学会への参加も、Braungart 教授によるご招待です。実に有意義な講演旅行でした。
 思えば、1998年の Aleida Assmann 教授から始まって、この18年に27名のドイツ人研究者を九大にお迎えしました。やはり福岡は東京から遠いので、いっそのこと一流の碩学に玄界灘を渡ってこちらに来てもらおうという発想の転換をし、今に至っています。
 なお、サバティカルを得た私は、ウィーン大学の客員研究員として、同大学の Eva Horn 教授のもとで在外研究を行っているところです。帰国は2016年3月中旬を予定しています。従いまして、現在、九州大学では授業を行っておりません。(小黒康正)

2015.11.15
招待講演「ミュンスター大学」(小黒康正)

 2015年11月2日、私はミュンスター大学で講演を行いました。講演の企画責任者は、今年の3月に九大で講演をされた Martina Wagner-Egelhaaf 教授です。10年前に九大で講演をされた Moritz Baßler 教授も駆けつけてくださりました。
 聴衆は30名程だったと思います。私の講演そのものは48分でした。使用言語は勿論、ドイツ語です。講演直後の質疑応答は約30分続き、あまりにも盛況でしたので、私は思わず「嬉しい悲鳴」をあげそうになりました。皆さんに心から感謝しています。
 講演では、太宰府にある光明禅寺の枯山水で『魔の山』の「海」を思い出したことから本論に入り、同小説の「双子」モティーフを基軸に、トーマス・マンが第一次世界大戦前後に述べた「第三の国」Das dritte Reich という言説に行き着きました。
 『魔の山』の第七章は、出版後にマン自身によって「構造的欠陥」と称されたこともあり、扱いがとても難しいです。しかし「構造的欠陥」がマンの終末志向を極めて「構造的に」示し、それが『ファウストゥス博士』にも及んでいる、と私は主張した。
 講演後に、Baßler 教授、 Wagner-Egelhaaf 教授、助手の Julia Bodenberg さんと楽しく会食をしたことも、忘れ難い思い出です。当方の研究に大いに関心があるという Maren Conrad さんともお会いしました。縁が縁が呼びます。(小黒康正)

〔講演のドイツ語要約〕
.......................................................................
Thomas Manns Romane "Der Zauberberg" und "Doktor Faustus" als apokalyptische Zwillinge

Prof. Dr. Yasumasa Oguro

Der Vortrag befasst sich motivisch, textstrukturell und intertextuell mit dem Zwillingsmotiv im „Zauberberg“. Hierzu werden die Figurenkostellation ‚Hans Castrop – Joachim Ziemßen‛ untersucht, der Aufbau und das Verhältnis des sechsten und siebten Kapitels beschrieben, sowie die Bezüge des „Zauberbergs“ mit „Doktor Faustus“ berücksichtigt. Diese Zwillingspaare hängen mit der apokalyptischen Denkfigur des Endes zusammen, die sich bei Thomas Mann in untrennbarer Weise mit der Dmitri Mereschkowski-Rezeption verschränkt.
.......................................................................

2015.11.13
寄贈図書『デュレンマット戯曲集 第三巻』(葉柳和則)

 長崎大学教授の葉柳和則氏より『デュレンマット戯曲集 第三巻』のご寄贈がありました。日本ではほとんど知られていないデュレンマット後期四作品が掲載されています。それだけに本巻は、同戯曲集三巻の中でも、とりわけ興味深く、意義深いです。

2015.09.27
寄贈図書『グリムへの扉』(大野寿子編)

 九大独文の出身者で、現在、東洋大学准教授の大野寿子氏から『グリムへの扉』(勉誠出版、2015年)のご寄贈がありました。同書は、内容は言うまでもなく、本の装丁も見事で、グリム童話の愛読者のみならず、グリム兄弟の研究者にとりましても、最良の「扉」です。大野氏はいまや日本におけるグリム研究の中核として、獅子奮迅の活躍をされています。

2015.08.26
寄贈図書『土地の名前、どこにもない場所としての』(平野嘉彦)

 法政大学出版局から2015年6月に刊行された『土地の名前、どこにもない場所としての ツェラーンのアウシュヴィッツ、ベルリン、ウクライナ』のご寄贈が、著者の平野嘉彦先生(東京大学名誉教授)からございました。
 本書は平野氏が2011年にドイツで上梓したツェラーンに関する自著を日本語に訳出して、加筆増補された著作です。それだけに本書は、同氏による積年の研究成果であり、同時にすぐれた詩論でもあります。事実、読者は詩論の原点へと誘われ、こう自問せざるをえません、これは「詩」なのだろうか、と。

2015.08.23
寄贈図書『夜の讃歌・サイスの弟子たち』(今泉文子)

 立正大学教授の今泉文子先生からノヴァーリス作『夜の讃歌・サイスの弟子たち 他一篇』(今泉文子訳、岩波文庫、2015年7月)のご寄贈がありました。
 今泉先生は、日本におけるドイツ・ロマン派、とりわけノヴァーリス研究の第一人者です。珠玉の訳業は言うまでもなく、積年の研究成果が盛り込まれた解説も実にすばらしい。解説を読んでいると、ヴァルター・ベンヤミンやトーマス・マンが何ゆえにノヴァーリスを絶讃したのかがよく分かります。

2015.08.22
寄贈図書『映画でめぐるドイツ』(青地伯水編)

 和歌山大学教授の千田まや氏から青地伯水編著『映画でめぐるドイツ――ゲーテから21世紀まで』(松籟社、2015年7月)のご寄贈がありました。同書はドイツの文学作品と深く関わる映画を扱いながら、ドイツ市民社会の実像と虚像を見事にあぶり出します。市民社会そのものが犯す「見事な殺人」(『カスパー・ハウザーの謎』)、21世紀のファウストが犯す巨大な罪(ソクーロフ『ファウスト』)、おじいさん像に巧みに組み込まれた放蕩息子の帰還(『アルプスの少女ハイジ』)、近代的な家屋構造として配された公私空間(『ブデンブローク家の人々』)、旧東ドイツ時代の「普通の」悪など、実に興味深い指摘に溢れた好著です。

2015.08.02
研究会 「第3回九大独文科研研究会」(黙示録文化)

 九州大学大学院人文科学研究院独文学講座では、平成26−30年度科学研究費補助金基盤研究(B)の交付を受けて、以下の研究プロジェクトに取り組んでいます。

  ドイツの文学・思想におけるトポスとしての「黙示録文化」
  ―「終末」の終末は可能か―  (研究代表者 小黒康正)

 つきましては、第3回研究会を下記のとおり公開にて行います。ご関心のある方は、研究会ならびに懇親会の出欠を明記の上、下記事務局までにご一報ください。


     記

日 時 平成27年8月20日(木)10時半より

場 所 九州大学箱崎キャンパス(福岡市東区)
    文学部会議室(4階)
    参考資料:http://www2.lit.kyushu-u.ac.jp/access/
    当日連絡先:電話092−642−2407(文学部独文学研究室)

研究発表会プログラム 

8月20日(木)
10:30−11:40 
東口 豊(九州大学)
ハイデガーにおけるヘーゲルの所謂「藝術終焉論」批判について

11:50−13:00  
桐原隆弘(下関市立大学)
カントにおけるヨアキム的展望?――「理性宗教の原理」を手がかりに

13:50−15:00  
小黒康正(九州大学)
枠を外された歴史――エーファ・ホルン『破局としての未来』(2014)をめぐって  

15:10−16:20  
坂本貴志(立教大学)
「古代神学的諸世界」対「無鬼論的諳曜」――アタナシウス・キルヒャーと山片蟠桃の宇宙論および比較宗教論について――

16:40−17:50
杵渕博樹(宮崎大学)
「人類の教育」と黙示録――ギュンター・グラス『女ねずみ』における滅亡の風景


懇親会 研究会後に、ご案内する予定。

事務局 〒812-8581 福岡市東区箱崎6-19-1
    九州大学大学院人文科学研究院 小黒康正 気付
    九大独文科研研究会事務局
    Tel. 092-642-4474 (小黒研究室)
    Tel. 092-642-2407 (独文研究室)
    E-mail: hiroakidct[at-mark]hotmail.com

2015.04.23
人 事  下薗りさ

 3月31日に退職しました下薗りさ助教は、4月1日づけで駒澤大学に講師として着任しました。ますますのご活躍を祈念しております。

2015.04.14
学会案内「第29回九州大学独文学会研究発表会」

下記の通り、第29回研究発表会を開催します。
非会員の方のご参加も歓迎します。

平成27年4月25日(土)
九州大学文学部4階会議室

研究発表会(14時30分)
1. 伝承される人間の自然――ゲーテにおける枠物語
木田 綾子


2. E.T.A.ホフマンにおける「分裂」と「統合」――『ブランビラ王女』をめぐって
進藤 良太


3. Geschäfte mit Büchern im 18. Jahrhundert –
Das Verlagsarchiv Gebauer in Halle
Marcus CONRAD


4. <植物的自律性>の思想
武田 利勝

2015.04.06
人 事  マルクス・コンラート(外国人教師)

4月1日付でマルクス・コンラート(Marcus Conrad)氏が独文外国人教師として着任されました。今後はドイツ語演習・ドイツ文学演習を担当されます。

2015.03.06
寄贈図書『境界の消失と再生』(西川智之編)

 過日、名古屋大学教授の西川智之氏から下記文献の寄贈がありましたことを、ここにご報告いたします。

 『境界の消失と再生 19世紀後半から20世紀初頭の欧米文学』
 平成20年度-23年度科学研究費補助金
 基盤研究(B)研究成果報告書
 課題番号 20320054
 平成24年3月
 研究代表者 西川智之(名古屋大学大学院国際言語文化研究科)

 同書の書名はなかなか示唆に富みます。敢えて言えば「看板に偽りあり」です。事実、副題中の「文学」は必ずしも考察の中心に据えられておりません。むしろ、主としてユダヤ人をめぐる「民族」、舞踏、絵画、雑誌などをめぐる「芸術」、男女の性にかかわる新たな「批評」、これら三本柱のそれぞれの「境界」が問題になっています。「文学」の境界はまさに消失しているようです。
 とはいえ、三本柱の後ろにある薄暗がりに「文学」が掛けられていることも見逃してはなりません。1902年に行われたウィーン分離派展を扱う研究代表者の論攷「総合芸術作品としてのベートーヴェン展」をぜひご一読ください。興味深いことに、同展覧会に対するカール・クラウスの痛烈な批判を、西川氏は最後に引き合いに出します。そして、その批判から逆説的に同展覧会がたぐいまれなる「総合芸術」であったことを主張されているのです。
 西川論文はまさに同書全体を代表しています。同書において境界を消失した「文学」が、西川論文を経て、まるで「総合芸術」でもあるかのように立ち上がってくるのです。ここにおいて「文学」の境界は再生されています。そう私は確信しました。(小黒康正)  

2015.03.02
コラム 「トーマス・マン没後60年によせて」(千田まや)

 日本独文学会ホームページに千田まや氏(和歌山大学)のコラム「トーマス・マン没後60年によせて」が掲載されました。マン研究の歴史を的確にまとめられた実に興味深いエッセイです。
 但し、後半部は思いもかけない話しに及びます。なんと国際的なマン研究おける「欠落」が指摘されるのです。それはまさに正鵠を得ていると言いたいところですが、そう言ってしまうと実は我田引水になりそうなので、後は読まれた方々の判断にお任せすることにいたします。

 → http://www.jgg.jp/modules/kolumne/details.php?bid=115

 日本独文学会ホームページには、坂本彩希絵氏(長崎外国語大学)のコラム「トーマス・マン研究会の人々」も掲載されていますので、併せて読まれると大変興味深いかもしれません。

 → http://www.jgg.jp/modules/kolumne/details.php?bid=111

 なお、千田氏のコラムによれば、"Thomas Mann Handbuch"(1990)において唯一名前が出てくる日本人研究者は、九州大学名誉教授の池田紘一氏です。また、近年の"Thomas Mann Jahrbuch"の主要論文リストには、坂本氏の論文が紹介されています。二人ともマン研究会のゴールドメンバー、いまや福岡は、いつしか日本におけるマン研究の「聖地」、いや「盛地」になっているのかもしれません。

2015.02.26
研究会 「第104回トーマス・マン研究会」

EINLADUNG
zum Arbeitskreis für Thomas-Mann-Forschung

Zeit:
Freitag, 27. März 2015, 14:30 Uhr

Ort:
Universität Kyushu in Fukuoka, Hakozaki-Campus, Bungakubu, Dokubungaku-kenkyushitsu (4. Stock japanischer Zählung)
Tel: 092-642-2407
Vgl. http://www.kyushu-u.ac.jp/english/university/location/location.php

Programm:
1. 14:30−16:00 Yoko Beppu (Osaka)
“Die Buddenbrooks” als Parodie auf die “Geburt der Tragödie”

2. 16:15−17:45 Leopold Federmair (Hiroshima)
Thomas Mann und Robert Musil. Zwei Romanciers im Vergleich

Kontakt: oguro[at-mark]lit.kyushu-u.ac.jp

2015.02.24
研究会 「第2回九大独文科研研究会」(黙示録文化)

EINLADUNG
zum 1. internationalen Kolloquium
des germanistischen Seminars an der Universität Kyushu

Die apokalyptische Kultur als Topos
in der deutschen Literatur und Geistesgeschichte.
Ist das ‚Ende‘ vom Ende möglich?

Zeit: Dienstag, 10. März 2015, 13:00 Uhr,
Mittwoch 11. März 2015, 10:30 Uhr
Ort: Universität Kyushu in Fukuoka, Hakozaki-Campus,
Raum: Bungakubu-Kaigishitsu (4. Stock japanischer Zählung)
(Vgl. http://www.kyushu-u.ac.jp/english/university/location/location.php)

Programm:
[10. 03. 2015]
1. 13:00−14:00: Yasumasa Oguro (Fukuoka)
Überblick über unser JSPS-Projekt.

2. 14:10−15:10: Yasumasa Oguro (Fukuoka)
Die apokalyptische Kultur als Topos in der deutschen Literatur und Geistesgeschichte. Ist das ‚Ende‘ vom Ende möglich?

3. 15:30−16:30: Sascha Monhoff (Aichi)
Subjektive Apokalypsen - Todesreflexion als Offenbarungsakt bei Elias Canetti.

4. 16:40−17:40: Wolfgang Braungart (Bielefeld)
Die Apokalypse — eine literarische Gattung? Einige historisch-systematische Thesen, ausgehend von Brechts 'Hauspostille'.

[11. 03. 2015]
5. 10:30−11:30: Toshikatsu Takeda (Fukuoka)
Geste der Grenzüberschreitung.

6. 11:40−12:40: André Reichart (Fukuoka)
'Die fröhliche Apokalypse'. Wiener Weltenden um 1900.

7. 13:10−14:10: Keita Fukumoto (Fukuoka)
Die Offenbarung des Geheimnisses — „Inflationspropheten“ oder die Inflation der Propheten.

Projekt: JSPS-Forschungszuschuss „Scientific Research (B), Nr. 26284048,
geleitet von Prof. Dr. Yasumasa Oguro vom April 2014 bis zum März 2019.

Kontakt: Hiroaki Murakami (hiroakidct [at-mark] hotmail.com, Tel: 092-642-2407)

2015.02.23
講演会 「Wagner-Egelhaaf 教授、Braungart 教授合同講演会」

ドイツ文学講演会のお知らせ

 日本独文学会西日本支部では、Prof. Dr. Martina Wagner-Egelhaaf 氏(ミュンスター大学)と Prof. Dr. Wolfgang Braungart 氏(ビーレフェルト大学)とをお迎えして、学術講演会を開催します。講演会ならびに懇親会への出席希望の方は、下記連絡先に3月3日までにお申し込み下さい。皆様の多数のご来場をお待ちしております。




日時
2015年3月8日(日)15時より18時まで

場所
九州大学文学部会議室(箱崎キャンパス文学部4階)

講演
(1) 15:00-16:15 Prof. Dr. Martina Wagner-Egelhaaf (Universität Münster)
Der Erzähler. Zwischen Personalität und narrativer Instanz (u. a. zu Walter Benjamin)

(2) 16:30-17:45 Prof. Dr. Wolfgang Braungart (Universität Bielefeld)
„Es war ein Mensch“. Humanisierung des Heiligen, Humanisierung der Kunst. Lessing und die Ästhetik des 18. Jahrhunderts .

懇親会
講演会終了後に市内中心部で開催予定(開催場所は当日ご連絡いたします)

連絡先
812-8581福岡市東区箱崎6-19-1 九州大学大学院人文科学研究院 小黒康正
oguro〔アットマーク〕lit.kyushu-u.ac.jp /092-642-4474(小黒)/092-642-2407(独文)

講師
Prof. Dr. Martina Wagner-Egelhaaf ist Professorin am Germanistischen Institut der
Universität Münster. Ihr Hauptarbeitsgebiet ist die Neuere deutsche Literatur unter besonderer Berücksichtigung der Moderne und der Gegenwartsliteratur sowie der Literaturtheorie. Zu ihren Forschungsgebieten zählen Rhetorik, Literatur - Religion - Politik, Autobiographie/Autofikiton.
Publikationen in Auswahl: Mystik der Moderne. Die visionäre Ästhetik der deutschen Literatur im 20. Jahrhundert, (1989); Die Melancholie der Literatur. Diskursgeschichte und Textfiguration (1997); Autobiographie (2005); Autorschaft. Ikonen-Stile-Institutionen (2011; Hrsg.); Auto(r)fiktion. Literarische Verfahren der Selbstkonstruktion (2013; Hrsg.).

Prof. Dr. Wolfgang Braungart ist Professor an der Fakultät für Linguistik und Literaturwissenschaft der Universität Bielefeld. Forschungsschwerpunkte sind Literatur- anthropologie und das Verhältnis von Literatur zu Religion, Kunst und Populärkultur, literaturhistorisch die frühe Neuzeit und die Moderne um 1900.
Publikationen in Auswahl: Die Kunst der Utopie. Vom Späthumanismus zur frühen Aufklärung (1989); Ritual und Literatur (1996); Ästhetische und religiöse Erfahrung I-III (1997-2000); Kitsch. Faszination und Herausforderung des Banalen und Trivialen (2002; Hrsg.); Eduard Mörike – Ästhetik und Geselligkeit. (2004; Hrsg.); Essayismus um 1900 (2006; Hrsg.); Stefan George und sein Kreis. Ein Handbuch, 3 Bde. (2012; Hrsg.).

2015.01.16
受 賞 「第12回日本独文学会学会賞」(武田利勝)

 朗報です。九大独文の武田利勝准教授が、日本独文学会機関誌「ドイツ文学」146号に掲載された下記の日本語論文にて、第12回日本独文学会学会賞を受賞することになりました。

 第12回日本独文学会学会賞 日本語論文部門

 武田利勝:境界の自律性-カール・フィリップ・モーリッツにおける装飾の有機的自己形成について
 (Neue Beiträge zur Germanistik. Band 11/Heft2, ドイツ文学146)

2015.01.12
寄贈図書『ジークフリート伝説集』(石川栄作編訳)

 徳島大学教授の石川栄作氏から『ジークフリート伝説集』(石川栄作編訳、同学社、2014年12月)のご寄贈がありましたこと、ご報告申し上げます。石川氏は九大独文出身者で、1991年に本学で文学博士の学位を取得されました。その後、九州大学独文学会の機関誌「九州ドイツ文学」にて公にされた韻文版『不死身のザイフリート』(1997年)と民衆本『不死身のジークフリート』(1998年)は、前掲書に所収されています。石川氏は『「ニーベルンゲンの歌」ーー構成と内容ーー』(郁文堂)や『ジークフリート伝説』(講談社学術文庫)などの浩瀚の書を次々に上梓されてきました。同氏のご説明によりますと、ちくま文庫の『ニーベルンゲンの歌 前編・後編』(石川栄作訳)と併せて読むと、ジークフリート伝説の全貌が概観できるとのことです。

2015.01.11
授業資料「生と死の探求」(小黒)→トーマス・マン『魔の山』

 当方、1月17日に、朝日カルチャーセンター福岡教室にて九州大学文学部提携講座「生と死の探求」の第4講義を担当します。講義題目は、「トーマス・マン『魔の山』―エロスとタナトスの密封空間―」です。以下に拙論を貼付けますので、同講義の受講者、並びにご関心のある一般の方は、参考資料としてどうぞご活用ください。(小黒康正)

〈参考論文〉
小黒康正「近代日本文学のねじれ——三島由紀夫、辻邦生、村上春樹におけるトーマス・マン——」、九州大学大学院人文科学研究院「文学研究」第102号(2005)、19-48 頁。

参考ファイル:近代日本文学のねじれ(2005).pdf
2014.12.27
寄贈図書『ゲーテ『悲劇 ファウスト』を読みなおす』(新妻篤)

 北海道大学名誉教授の新妻篤先生から御著『ゲーテ『悲劇 ファウスト』を読みなおすーー人間の存在理由を求めて』のご寄贈がありました。本著は、トゥルンツ、ガイアー、シェーネを主として参考にしながらも、徹底的なテキスト内在解釈の立場から独自の読みを展開した好著です。例えば、最後に登場する栄光の母(Mater Gloriosa)を「天上の序曲」の天主(der Herr)と同一視する見方などは、実に興味深い見解と言えましょう。私事ですが、当方、学部時代に北大独文の授業(ゲーテの詩を扱う独文学演習)で、新妻先生の講筵に連なりました。(小黒康正)

2014.12.16
授業資料「エッセイの射程」(小黒)→カスナー(1)

 講義資料として、カスナーのエッセイ「ロバート・ブラウニングとエリザベス・バレット」をアップしました。1月6日の講義で扱う予定です。(小黒)

参考ファイル:ブラウニング(2-122).pdf
2014.12.16
授業資料「エッセイの射程」(小黒)→カスナー(2)

 講義資料として、カスナーのエッセイ「絨毯の倫理」をアップしました。1月20日の講義で扱う予定です。(小黒)

参考ファイル:絨毯の倫理.pdf
2014.12.08
授業資料「エッセイの射程」(小黒)→川村二郎

 講義資料として、川村二郎氏の論文「批評の生理――ルカーチとアドルノ」(日本独文学会編「ドイツ文学」第39号、1967年10月)をアップしました。(小黒)

参考ファイル:川村二郎:批評の生理.pdf
2014.12.07
研究会 「第103回トーマス・マン研究会」

第103回トーマス・マン研究会を、下記のとおり、ご案内いたします。

日 時: 2014年12月13日(土)14 時半から

場 所: 西南学院大学(学術研究所1階第1会議室)にて
     アクセスマップ:
     http://www.seinan-gu.ac.jp/access/access.html
     http://www.seinan-gu.ac.jp/campusmap.html

発表1: 日高雅彦(西南学院大学非常勤講師)
     トーマス・マンとアレキサンダー・エリアスベルク

発表2: 中島邦雄(水産大学校)
     F・G・ユンガーの『技術の完成』とエコロジー
     ―「富」と「時間」の理論を中心に―
 
懇親会: 場所未定

出 欠: 参加希望者は、研究会ならびに懇親会の出欠を担当校(赤尾美秀
     akao [at-mark] seinan-gu.ac.jp)までご一報ください。

その他:
① 本会について
 本会は、平成元年に数名の若手マン研究者が、池田紘一氏(九州大学名誉教授)のもとに参集、その後、年に4回のペースで、マンを中心に近現代ドイツ文学に関する研究活動を行っています。
② 発表募集
 研究発表の募集は、会員以外の発表を含め、随時行っています。発表希望者は事務局まで早目にご相談ください。
③ 旅費補助
 本会は、遠隔地から参加する常勤職のない若手研究者に対して、旅費補助を行っています。併せて事務局までご相談ください。

事務局: 〒812-8581 福岡市東区箱崎6-19-1
     九州大学大学院人文科学研究院 小黒康正 気付
     トーマス・マン研究会事務局
     E-mail: oguro[at-mark]lit.kyushu-u.ac.jp

2014.11.15
書 評 『心獣』(『図書新聞』、松永美穂)

拙訳のヘルタ・ミュラー『心獣』に関する松永美穂氏の書評が、2014年11月 1日号の『図書新聞』に掲載されました。

参考ファイル:IMG_20141110_0001_NEW.pdf
2014.09.19
書 評 『心獣』(『西日本新聞』、河野聡子)

拙訳によるヘルタ・ミュラー『心獣』(三修社、2014年)の書評が、『西日本新聞』(2014年9月7日)に掲載されました。歌人の河野聡子氏による書評です。

参考ファイル:西日本140907.pdf
2014.09.16
書 評 『心獣』(『週刊読書人』、園田みどり)

 ヘルタ・ミュラー『心獣』(小黒康正訳、三修社、2014年)に関する園田みどり氏の書評が、2014年8月22日号の『週刊読書人』に掲載されました。

参考ファイル:読書人140822.pdf
2014.09.03
研究会 「第1回九大独文科研研究会」(黙示録文化)

 九大独文科研研究会のご案内です。九州大学大学院人文科学研究院独文学講座では、平成26−30年度科学研究費補助金基盤研究(B)の交付を受けて、以下の研究プロジェクトを立ち上げます。

  ドイツの文学・思想におけるトポスとしての「黙示録文化」
  ―「終末」の終末は可能か―  (研究代表者 小黒康正)

 平成18−20年度科学研究費補助金基盤研究(B)の交付を受けて以前行った「ドイツ近・現代文学における〈否定性〉の契機とその働き」が第一弾だとしますと、九大独文科研研究会第二弾は「黙示録文化」をキーワードに行う研究プロジェクトです。

 つきましては、第一回研究会を下記のとおり公開にて行います。ご関心のある方は、研究会ならびに懇親会の出欠を明記の上、下記事務局までにご一報ください。


     記

日 時 平成26年9月12日(金)、13日(土)

場 所 九州大学文学部会議室(4階)
    アクセスマップ:http://www2.lit.kyushu-u.ac.jp/access/

研究発表会 
9月12日(金)
・13:00−14:30  小黒康正:研究プロジェクトの全体説明
・14:50−16:20  小黒康正:始原と終末の枠物語
           ――「千」から「三」へ
・16:40−18:10  古澤ゆう子:終末の無い時概念?
           ――プラトン『国家』10巻における
                     魂の不死と輪廻転生
・懇親会(当日、ご案内予定)

9月13日(土)
・10:00−11:30  香田芳樹:中世の女性たちのみた世界の終わり
・12:10−13:40  嶋田洋一郎:ヘルダーと『ヨハネの黙示録』
           ――『マラナ・タ』(1779)を中心に――

事務局: 〒812-8581 福岡市東区箱崎6-19-1
     九州大学大学院人文科学研究院 小黒康正 気付
     九大独文科研研究会事務局
     電話 092-642-2407, 092-642-4474
     E-mail: oguro[at-mark]lit.kyushu-u.ac.jp

2014.08.30
Ausschreibung: Gaikokujin-kyoshi (Lektor/in)

An der geisteswissenschaftlichen Fakultät der Universität Kyushu in Fukuoka/Japan (http://www2.lit.kyushu-u.ac.jp/en/) ist ab April 2015 eine Stelle als Lektor/in im Bereich Germanistik zu besetzen.

Status:
Gaikokujin-kyoshi (Lektor/in)

Vertragsdauer:
2 Jahre

Honorar:
nach der Vorschrift für festangestellte ausländische Lehrkräfte. Zum Teil werden auch Reise- und Umzugskosten von der Universität übernommen.

Aufgaben:
Sprach- und Landeskunde-Unterricht, Proseminar, Hauptseminar
(maximal 6 Stunden pro Woche; eine Unterrichtsstunde dauert 90 Minuten.)

Voraussetzungen:
- Deutsch als Muttersprache
- Alter: unter fünfunddreißig Jahre (zum 1. April 2015)
- abgeschlossenes Hochschulstudium im Bereich Germanistik oder DaF (mindestens Magister oder M.A.)
- Weiterhin sollte der künftige Stelleninhaber Einsatzbereitschaft in Bezug auf die Ausbildung der Studenten, das Korrekturlesen der Arbeiten der Studenten sowie für weitere Uni-Tätigkeiten mitbringen. Wünschenswert ist ferner ein Verständnis für die Germanistik in Japan.

Unterlagen:
- Lebenslauf mit Foto und eine Liste der wissenschaftlichen Veröffentlichungen (DIN A4)
- Kopien von maximal 2 wissenschaftlichen Arbeiten
- schriftliche Beschreibung der persönlichen Forschungsinteressen (ca. zwei DIN A4 Seiten)

Berwerbungsfrist: 31. Oktober 2014

Die Bewerbung ist zu richten an:
Prof. Dr. Yasumasa Oguro,
Faculty of Humanities, Kyushu University
6-19-1 Hakozaki, Higashi-ku, Fukuoka JAPAN 812-8581
(E-Mail: oguro[at-mark]lit.kyushu-u.ac.jp)

Wir bitten um Ihr Verständnis, dass eingegangene Bewerbungsunterlagen nicht zurückgeschickt werden können.


August 2014

Dekan der geisteswissenschaftlichen Fakultät der Universität Kyushu

Prof. Yasutoshi Sakaue

参考ファイル:Ausschreibung(2014).pdf
2014.07.20
寄贈図書『ベンヤミン・コレクション7』(浅井健二郎)

 過日、東京大学名誉教授の浅井健二郎氏から『ベンヤミン・コレクション7 〈私〉記から超〈私〉記へ』(ちくま学芸文庫、2014年7月)のご寄贈がありました。同書の「解説」によれば、『ベンヤミン・コレクション』は第七巻をもって完結し、『ドイツ悲劇の根源』と『ドイツ・ロマン主義における芸術批評の概念』を併せることで、「全集」に近づいたとのことです。私は、浅井氏が九大文学部にて三回行った集中講義の講筵に連なった者として、そして後に九大独文にて共に研究教育に携わった同僚として、「筑摩ベンヤミン」の完結を玄界灘の潮風に吹かれながら心より祝福いたします。
 浅井氏は、長らく東大独文にて重責を担った後、2004年10月に九大独文に転任し、2009年3月に定年退職されました。同氏の在職期間は4年半と比較的短いですが、その間、ベンヤミン、ムージル、カフカを集中的に講じ、九大独文に新たな学風を吹き込んだことは間違いありません。浅井氏が九大教授として上梓されたのは、『ベンヤミン・コレクション4 批評の瞬間』(2007年)でありました。同書は『ベンヤミン・コレクション』の中で、マラソンで言うと折り返し地点、ゴールを意識し始める地点だったはずです。しかし、ゴールはまだまだ先。ランナーとして精神力がもっとも問われた時期ではなかったでしょうか。
 『ベンヤミン・コレクション7』に話を戻します。最終巻は、ベンヤミンの履歴書や税金支払い猶予の嘆願書や遺書が所収されているからでしょうか、「全集」の中で極めて異色です。同書によれば、ベンヤミンは、ゲーテの『親和力』に関する論攷を書いた後に、ゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』所収の挿話「新しいメルジーネ」について書くことで、ひとつの大きなプランの完結を目指しました。教授会の後、浅井氏と一緒に中州へ繰り出し、一献傾けながら、当時執筆中の拙著『水の女』に関する構想を聞いていただいたことを、昨日のように懐かしく思い出します。(小黒康正)

2014.07.14
新刊図書『心獣』(ヘルタ・ミュラー著、小黒康正訳)

 ヘルタ・ミュラーの長編小説『心獣』(1994年)が拙訳にて三修社より出ました。当方、目下、「ヘルタ・ミュラー」と題する講義を文学部と1年生用の基幹教育にて開講中です。以下、学生たちのコメントを一部紹介します。(小黒康正)
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
・この小説では時間の連なりの中に常に「不気味なもの」が滞留している。〔独文のH氏〕
・簡易かつ馴染み深い単語で重い真実が示される。〔インド哲学史のM氏〕
・刈り取られる草は「言葉」のことだったのではないか。〔英文のI 氏〕
・言葉が本来の意味を失っていき、極端なメタファーの世界に自分が放り出されるという不安は、まさに読者がこの難解かつ不可解極まりない作品を読み進める心境をシンクロしていく。〔美学美術史のT氏〕
・ところどころに出てくる歌と詩が印象的!〔英文のO氏〕
・体言止めで場面を切りかえ、視点自体が頬の一点とか川辺の石とかに集中するような語り方。〔社会学のN氏〕
・多用されている体言止めを通じて、登場人物たちが自分の生を生きているようで生きていない奇妙なよそよそしさが伝わってきた。〔独文のO氏〕
・「私」には彼女の父が心のうちに存在している。〔言語学のM氏〕
・最初と最後に繰り返される言葉には、ヘルタ・ミュラーの言葉への失望と言語化への葛藤が表れている。〔社会学のM氏〕
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
・「心獣」とは一種の言霊ではないか。〔農学部1年のF氏〕
・祖母の歌にはどのような意味があるのか。〔理学部1年のM氏〕
・ドイツ語がカタカナで書かれている単語のことが気になった。〔文学部1年のN氏〕
・鋭利なもの、細長いものなど、何か間違いを犯せばとても痛い目にあう身近な危険物が多く登場する。〔芸術工学部1年のY氏〕
・何が真実で何が嘘なのか判別がつかなくなってしまった悲惨な状況を象徴したものがエトガルの言葉だ。〔法学部1年のI氏〕
・『心獣』は一文一文が比較的短いため、その転換にスピード感が増している。〔法学部1年のK氏〕
・体言止めが多く使われており、一度そのリズムにのるとそれほど読みにくいものではないと感じた。〔文学部1年のT氏〕
・括弧が全然使われずに会話が進んでいくので分かりづらかったが、訳者がわざとそのようにしたのではないか。〔医学部1年のT氏〕
・白と黒を基調にした表紙のデザインは『心獣』の雰囲気にぴったりだ。〔芸術工学部1年のK氏〕

2014.07.14
寄贈図書『山と妖怪 ドイツ山岳伝説考』(吉田孝夫)

 以下、奈良女子大学准教授の吉田孝夫氏に宛てた礼状の一部です。(小黒康正)
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 過日、御著『山と妖怪 ドイツ山岳伝説考』(八坂書房、2014年6月)を受け取りました。目下、「金のうんこ」を拝読中です。
 当方にとって「山」と言えば、『魔の山』です。とはいえ、同小説に影響を与えた「タンホイザ―伝説」を思い出しています。以前、拙著『水の女』の執筆中に、ティークの『忠臣エッカルトとタンネンホイザー』(1799年)とアイヒェンドルフ『秋の惑わし』(1808/1809年)に関心を抱きました。後者は前者の翻案です。アイヒェンドルフ自身は模倣を悔いたのか、『秋の惑わし』を世に問うことはありませんでした。とはいえ、それは単なる翻案ではないようです。
 ティークの作品では「接吻」によって「山」の伝説が継承されました。これに対して、アイヒェンドルフの作品では「口伝え」が無い代りに、男が「誘惑の歌」に聞き耳を立てます。こうして伝説は「水」の伝説として「耳伝え」されているのです。事実、ティークにおいて大地母神は地下に君臨する「大地」存在でしたが、アイヒェンドルフにおいては、波間に生まれた「水」存在になっています。
 いささか自分の関心に引きつけすぎました。「水の男」なりに、「山の男」の伝説考、本当に興味深いです。「金のうんこ」の前には、「ウンタースベルク」と「悪魔リューベツァール」も読みました。そう言えば、表紙の絵は「黙示録の四騎士」のパロディーですね。改めて御著の寄贈に心より御礼を申し上げます。

2014.07.06
寄贈図書『陶酔とテクノロジーの美学』(森田團)

 西南学院大学准教授の森田團氏から『陶酔とテクノロジーの美学 ドイツ文化の諸相 1900-1933』(鍛治哲郎/竹峰義和編著、青弓社、2014年6月)の寄贈がございました。同書は、2009年4月から2012年3月までの間、鍛治哲郎先生を研究代表者として行われた日本学術振興会科学研究費補助金(基盤研究 B )による「陶酔と技術―ドイツ語圏世紀転換期における文学・芸術の総合的研究」の成果です。
 テクノロジーが驚異的な発展を遂げた20世紀、特にドイツ語圏では独特の屈折を伴いながら、「個」の解体が進みました。『陶酔とテクノロジーの美学』は、そうした解体の諸相をそうそうたる執筆陣が多角的にあぶり出す「饗宴」と言えます。事実、いずれの章も実に読み応えのある論攷で、我々をまさに知的「陶酔」へと誘うのです。
 そうした「陶酔」のなかで、読者は近代がはらむ矛盾に気づきます。人間存在は、近代以降、分割できない「個人」In-dividuum のはずです。しかし、近代が生み出したテクノロジーによって、人間存在は分割可能な「分人」Dividuum に陥りがちです。その意味で、ルードルフ・カスナーが『変身』(1925年)の冒頭で示唆したように、私たちの本質はアーティチョークか玉ネギなのかもしれません。(小黒康正)

2014.06.28
寄贈図書『スイスを知るための60章』(スイス文学研究会)

 「スイスは外国人に冷たい、閉鎖的な国」、先輩の一言が今でも忘れられない。たしか平成元年の梅雨どきだったと思う。先輩はチューリヒ工科大学で学位を得て帰国したばかりだった。スイスと言えばハイジの世界しか知らなかった私に、先輩の一言はその後たえず何がしかの炎症をもたらす。『魔の山』について修論を書いたときも、留学中にチューリヒにある「トーマス・マン文書館」で調査をしたときも、ダヴォスでキルヒナーの絵を見たときも、そうだった。
 こんな私にとって、先週、明治大学教授の関口裕昭氏からいただいた『スイスを知るための60章』(スイス文学研究会編、明石書店、2014年5月)は、なかなかの良薬である。それぞれのトピックが実に滋養に富む。効き目は漢方薬のそれだ。大国の狭間にある孤高な小国を知ることで、「閉鎖的な国」が次第に開かれていく。
 「本書が日本の文化や社会を振り返る視点を与えるのであれば、執筆者一同の大きな喜びである」と序文に書かれている。多和田葉子の『ゴットハルト鉄道』によれば、スイスの国旗をじっと見ていると、それは日の丸に見えてくるという。「まわりから孤立して、自分をこっそりと世界の中心に据えた島の欺瞞」。スイスは遠くて近い国なのかもしれない。(小黒康正)

2014.05.18
寄贈図書『キリスト者の生のかたち』(谷隆一郎編訳)

 九州大学名誉教授の谷隆一郎先生から『キリスト者の生のかたち 東方教会の古典に学ぶ』(谷隆一郎編訳、知泉書館、2014年5月)のご寄贈がありました。同書では、東方教父と東方キリスト教の伝統を紹介する詞華集として、ニュッサのグリゴリウス(335頃‐394)と証聖者マクシモス(580頃‐662)とのそれぞれ三つの古典作品および初期の修道者の記録『砂漠の師父の言葉』の主要部分が編訳されています。以下、興味深い項目と言説を三つ抜き書きしてみました。

神を見るとは、その欲求が決して満たされぬこと(108頁)

眼に対する最上の賛美は聖霊の恵みによって人間のうちに生命のかたち(eidos)が形作られるということにほかならない。(152頁)

事物から何も蒙らないのは大きなことである。しかし、事物の像から自由で不受動のままに留まるのは、いっそう大きなことである。それゆえ、われわれに対する悪霊の闘いとしては、事物を媒介とするよりも、思考を媒介とする闘いのほうが、より厳しい。(208頁以下)

2014.05.12
就任講義(武田利勝)

 5月21日(水)17時から、九州大学箱崎文系地区講義棟102教室にて、武田利勝先生の就任講義が行われます。下記のとおり、第3番目の登場です。多数のご参加をお待ちしています。

          記

    平成26年度文学部就任講義
 
日時  5月21日(水)15時から18時まで

場所  箱崎文系地区講義棟102教室

    15時より 
    小笠原弘幸 准教授(イスラム文明)
    「オスマン帝国の歴史教科書と近代」

    16時より 
    山下亜紀子 准教授(社会学)
    社会学徒として学んできたこと
    ――地域における高齢者福祉、子育て支援、
    そして障害児の家族支援――

    17時より
    武田利勝  准教授(独文学)
    〈わが哲学は諸断片の体系である〉
    ――フリードリヒ・シュレーゲルの実験、
    あるいは超越論的哲学

企画  文学部教員親睦委員会

2014.05.03
寄贈図書『R・Z・ベッカーの民衆啓蒙運動』(田口武史)

 本研究室の出身者で、長崎外国語大学准教授の田口武史氏より『R・Z・ベッカーの民衆啓蒙運動 近代的フォルク像の源流』(鳥影社、2014年4月)の寄贈がございました。同書は、これまでの啓蒙主義研究でもロマン主義研究でもほとんど注目されてこなかった R・Z・ベッカー(1752-1822)の民衆啓蒙運動を、ドイツの社会思想史ならびに文学史に内外で初めて位置づける画期的な労作です。
 18世紀から19世紀にかけてのドイツでは、<Volk>という語の主たる意味が「下層民/庶民」から「民衆」へ、更には「国民/民族」へと変化しました。従来の見解は、フランスによる祖国支配に反発したドイツ・ロマン派によってこうした変化が引き起こされた、と説明します。これに対して田口氏は、当時ベストセラーとなったベッカーの主著『農民のための救難便覧』(1788年)など数多くの資料を渉猟しながら、民衆啓蒙運動が<Volk>概念の変化において決定的な役割を果たしたことを明らかにしました。
 なお、同書のもとになる博士論文が九州大学に提出された際、小黒教授が主査として査読を担当しました。

2014.04.21
新聞記事「ヘルタ・ミュラーの文学をめぐって」(小黒康正)

 2009年10月23日に「西日本新聞(朝刊)」に掲載された新聞記事「周辺から生まれた饒舌な「沈黙」 ヘルタ・ミュラーの文学をめぐって」をここにPDFファイルにて添付します。平成26年度前期に、小黒教授が開講している基幹教育科目「文系ディシプリン科目 文学・言語学入門」ならびに文学部専門科目「ドイツ文学講義III」を受講されている方は、授業資料として参考にされてください。

参考ファイル:091023 西日本新聞.pdf
2014.04.20
寄贈図書『コラージュの彼岸』(石井祐子)

 九州大学基幹教育院准教授の石井祐子先生から『コラージュの彼岸 マックス・エルンストの制作と展示』(ブリュッケ、2014年4月)のご寄贈がありました。同書は、『Vox Angelica』という作品を考察の中心に据えながら、シュルレアリスムの「新しい神話」を検討する秀逸なエルンスト論です。なお、同書は2011年1月に九州大学大学院人文科学府に提出された博士論文に基づいており、小黒教授が論文調査委員の一人として審査を担当されました。

2014.04.20
研究会 「トーマス・マン研究会全プログラム」

 2014年1月25日(土)に福岡大学文系センター棟学部共通室において第100回トーマス・マン研究会、ならびに九州大学名誉教授の池田紘一先生による記念講演「『魔の山』の魅力――第1章〜第4章における錬金術的物語術」が行われました。つきましては、1989年10月29日(日)に行われました初回から第100回までの全プログラムをここに公開いたします。

参考ファイル:マン研究会第100回目までのプログラム.pdf
2014.04.17
学会案内「第28回九州大学独文学会研究発表会」

 九州大学独文学会の第28回研究発表会が下記のとおり行われます。非会員の方も遠慮なくご参加ください。

平成26年4月26日(土) 九州大学文学部4階会議室

研究発表会(14時30分)
1. ベルリン日本美術コレクションと日本の近代美術
  ――林忠正の遺産をめぐって――   
  野村 優子
2. マルティン・ルターによる新約聖書の翻訳
  ――ギリシア語νέκρωσιςの訳出をめぐって――    
  広松 淳
3. キューゲルゲンの青春回想
  ――ゲーテとの二度の出会い――     
  伊藤 利男
4. フランツ・カフカ『判決』における「戦い」 
   村上 浩明

参考ファイル:第28回九大独文学会プログラム.pdf
2014.04.12
寄贈図書『マルボー ある日記』(青地伯水)

 京都府立大学教授の青地伯水氏からヴォルフガング・ヒルデスハイマー著『マルボー ある日記』(青地伯水訳、松籟社、2014年3月)のご寄贈がありました。
 ヒルデスハイマー(1916-1991)最後の大作である同書(1981)は、実に秀逸な「架空の伝記」。主人公マルボーは、ゲーテー、バイロン、ターナーと親交を結ぶイギリス貴族。作中では「芸術史と心理学とを統合しようと試みた天才的なディレッタント」と称されている。芸術を受容する力に秀でながらも、芸術を創造する力を欠くだけに、まさに19世紀のヨーロッパ文化を体現する人物と言えよう。
 作中の一節によれば、「典型的な伝記作者とは、単にその英雄を選んでいるのではなく、フロイトが言うように、奇妙にもその英雄に固着している人物である。さらに言えば、しだいに英雄に選ばれているという思いの虜になる」とのこと。ニュルンベルク裁判の同時通訳者として活躍したユダヤ人作家ヒルデスハイマーの筆がさえる。青地氏の訳業もすばらしい。

2014.04.03
寄贈図書『ヴェールトとイギリス』(髙木文夫)

 香川大学名誉教授で、本研究室 OB の髙木文夫先生から『ヴェールトとイギリス』(大学教育出版、2014年3月)のご寄贈がありました。同書は、日本における初めての本格的なヴェールト研究書で、文化史的な観点からも興味深い著作です。本書を通じて、初期ヴィクトリア朝のイギリスを、とりわけ産業社会の裏側を、当時のドイツ人がどのよう見ていたかを十分に知ることができます。

2014.04.03
人 事  武田利勝(准教授)

 2014年4月1日付けで、武田利勝氏が人文科学研究院の准教授として着任されました。今後は、九大独文にて、主として近代ドイツ文学の講義や演習を担当されます。

2014.04.03
人 事  下薗りさ(助教)

 2014年4月1日付けで、下薗りさ氏が人文科学研究院の助教に着任されました。下薗氏は新進気鋭のカフカ研究者です。

2014.03.24
寄贈図書『境界としてのテクスト』(三谷研爾)

 大阪大学教授の三谷研爾先生から『境界としてのテクスト カフカ・物語・言説』(鳥影社、2014年3月)のご寄贈がありました。同書は、「ぼくたちの内部の凍てついた海を砕く斧」としての物語、カフカにおける「書く身体」の追求、ゲーテに対する傾倒と「小さな文学」など、実に興味深いご指摘に溢れたカフカ論です。なお、三谷先生は、平成23年7月に、九大独文で集中講義を担当されました。

2014.03.21
講演会 「Ulrike Vedder 教授講演会」

Ulrike Vedder 教授講演会のお知らせ

 日本独文学会西日本支部では、Prof. Dr. Ulrike Vedder 氏(ベルリン・フンボルト大学)をお迎えして、学術講演会を開催します。講演会ならびに懇親会への出席希望の方は、下記連絡先に3月31日までにお申し込み下さい。皆様の多数のご来場をお待ちしております。


 記

日時
2014年4月4日(金)15時より17時まで

場所
九州大学文学部会議室(箱崎キャンパス文学部4階)

講演題目
„Poetik des Sammelns“
(Sammeln und Museum in der Literatur, zur Unabschließbarkeit von Sammlungen, Unmöglichkeit einer totalen Weitergabe, schließlich die Zerstörung von Sammlungen; zu Walter Benjamin, Stefan Zweig, Thomas Mann, dazu Gegenwartsliteratur)

懇親会
講演会終了後に市内中心部で開催予定(開催場所は当日ご連絡いたします)

連絡先
812-8581福岡市東区箱崎6-19-1 
九州大学大学院人文科学研究院 小黒康正
oguro〔アットマーク〕lit.kyushu-u.ac.jp /092-642-4474(小黒)/092-642-2407(独文)

2014.03.21
寄贈図書『ことばと文化の饗宴』(古澤ゆう子、尾方一郎)

 一橋大学特任教授の古澤ゆう子先生と尾方一郎先生から、田中一嘉/中村美知太郎編『ことばと文化の饗宴』(風間書房、2014年3月)のご寄贈がありました。
 同書には、ソフォクレス『オイディプス王』に関する古澤ゆう子先生の論攷と、トーマス・マン『魔の山』に関する尾方先生の論攷がそれぞれ収められています。

2013.11.15
寄贈図書『科学する詩人ゲーテ』(石原あえか)

 東京大学准教授の石原あえか先生から、『科学する詩人ゲーテ』(慶応義塾大学出版会、2010年4月)のご寄贈がありました。
 第32回サントリー学芸賞受賞対象の同書は、ゲーテ文学における自然科学の背景を実に分かりやすく示し、同時に実に奥深く考察した良書です。ご一読をお勧めします。
 なお、石原先生は2013年10月末に九大独文にて集中講義「ゲーテ『ファウスト』第2部を読む」をご担当されました。

2013.11.11
寄贈図書『可視性をめぐる闘争』(前田良三)

 立教大学教授の前田良三先生から『可視性をめぐる闘争 戦間期ドイツの美的文化批判とメディア』(三元社、2013年11月)のご寄贈がありました。
 同書は、19世紀的近代に対する批判として生じた20世紀の平面的視覚性をめぐる言説を、ドイツ語圏における思想(ジンメル、ゲオルゲ、ユンガー。クラカウアー)、技術やメディアの発展(鉄道)、大衆メディア文化の変容(字幕、漫画)、以上の観点から読み解く興味深い書物です。そこには前田先生が平成24年前期に九大独文で行った集中講義の内容が縦横に盛り込まれています。

2013.10.27
雑誌記事「シラーの憑依」(小黒康正)

 ドイツ語学文学振興会の機関誌『ひろの』第53号(2013年10月)に、小黒教授のエッセイ「シラーの憑依(ひょうい)」が掲載されました。同会はドイツ語検定を主催する公益財団法人です。(以下のPDF文章は『ひろの』第53号からの転載です。転載を許可してくださいました同会に、心より御礼申し上げます。)

参考ファイル:シラーの憑意.pdf
2013.10.25
寄贈図書『パストラル』(古澤ゆう子)

 一橋大学特任教授の古澤ゆう子先生から、川島重成/茅野友子/古澤ゆう子編『パストラル ー牧歌の源流と展開』(ピナケス出版、2013年10月)のご寄贈がありました。
 同書は、文学・音楽・美術・演劇などあらゆる西洋芸術の中に確かなモチーフとして息づく「パストラル」の源流とその展開を探る論集です。

2013.10.24
寄贈図書『オートノミートレーニング』(福元圭太)

 九州大学大学院言語文化研究院教授の福元圭太先生から、ロナルト・グロッサルト=マティチェク『オートノミートレーニング』(永野純・有村隆広・福元圭太訳、星和書店、2013年9月)のご寄贈がありました。
 同書は、がんや心筋梗塞・脳卒中を予防し、予後を改善する(生存期間を延長する)効果を短い治療期間で実現する心理療法を紹介する本です。

2013.10.19
集中講義(小黒康正)

 10月15日から18日までの間、東北大学文学部で、集中講義を行ってきました。講義題目「第三の国」に関する授業を無事に終え、安堵しております。仙台での6日間は、台風のため2日目が終日休講になるハプニングがありましたが、最終日に広瀬川の河川敷で「芋煮会」があるなど、実に有意義で楽しいひとときでした。東北大独文の森本先生、嶋崎先生、学生の皆さんに、この場を借りまして、改めて御礼申し上げます。(小黒康正)

2013.08.26
寄贈図書『マグノリアの眠り』(松永美穂)

早稲田大学教授の松永美穂先生からエヴァ・バロンスキー著『マグノリアの眠り』(松永美穂、岩波書店、2013年7月)のご寄贈がありました。独ソ戦をめぐる過去と介護をめぐる現実が交差する物語です。松永先生は、平成24年12月に、本研究室で集中講義を担当されました。

内容(「BOOK」データベースより)
高齢のヴィルヘルミーネを介護するために、ロシアからドイツにやってきた二十三歳のイェリザヴェータ。二人の人生には、第二次世界大戦の「爪痕」が生々しく遺されていた。ある日、一本の電話をきっかけに、その戦争の記憶がうごめきだす―。過去と現在を往還する、息詰まる心理劇。

2013.08.19
寄贈図書『グリムと民間伝承』(大野寿子)

グリムと民間伝承研究会/溝井裕一編『グリムと民間伝承 東西民話研究の地平』が2013年7月に麻生出版より刊行されましたことを、ご報告いたします。東洋大学准教授の大野寿子氏から同書のご寄贈がありました。

2013.08.11
受 賞 「Hajime-Hoshi-Preis」(水守亜季)

 現在、ドイツ・ビーレフェルト大学で研鑽を積んでいる水守亜季氏が、留学先で Hajime-Hoshi-Preis を受賞しました。
(http://ekvv.uni-bielefeld.de/blog/uniaktuell/entry/hajime_hoshi_preis_für_doktorandin)

2013.08.04
雑誌記事「「三十歳」の神話」(小黒康正)

 2013年6月に刊行された西日本日独協会編『西日本日独協会年報』第37号に小黒教授の「「三十歳」の神話」が掲載されました。

参考ファイル:三十歳.pdf
2013.08.04
雑誌記事「ベルリン、都市と美術館」(野村優子)

 2013年6月に刊行された西日本日独協会編『西日本日独協会年報』第37号に野村優子氏(博士後期課程在学中)の「ベルリン、都市と美術館」が掲載されました。

参考ファイル:野村.pdf
2013.07.17
寄贈図書『トリスタン伝説とワーグナー』(石川栄作)

石川栄作著『トリスタン伝説とワーグナー』が、平凡社新書として、2013年6月に刊行されました。同書は、トリスタン伝説の系譜をたどりながら、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の特異性を明らかにした好著です。石川氏は、以前、九州大学にて文学博士号を取られ、現在は徳島大学教授としてご活躍されています。

2013.06.23
書 評 『水の女』(『あうろ~ら』、岡本和子)

小黒康正著『水の女 トポスへの船路』に関する書評が、日本アイヒェンドルフ協会編『あうろ~ら』第30号(2012)に掲載されました。書評執筆者は大東文化大学准教授の岡本和子氏です。

参考ファイル:書評『水の女』(岡本).pdf
2013.06.07
寄贈図書『〈過去の未来〉と〈未来の過去〉』(森田團)

西南学院大学国際文化学部准教授の森田團先生から『〈過去の未来〉と〈未来の過去〉 保坂一夫先生古稀記念論文集』(保坂一夫先生古稀記念論文集刊行委員会、同学社、2013年)のご寄贈がありました。森田先生は、現在、本研究室で非常勤講師としてドイツ文学演習「ヴァルター・ベンヤミン『翻訳者の使命』」を担当中です。

2013.05.21
寄贈図書『牧歌』(古澤ゆう子)

平成25年5月13日から17日までの間、九州大学文学部にて西洋古典学の集中講義を担当された古澤ゆう子先生からテオクリトス『牧歌』(西洋古典叢書、京都大学学術出版会、古澤ゆう子訳、2004年)のご寄贈がありました。古澤先生は、現在、一橋大学の特任教授です。今回を含め、これまで4回の集中講義を九州大学文学部にて担当されました。

2013.05.20
新聞記事「ワーグナーを読む」(山崎太郎)

2013年5月13日の朝日新聞(朝刊)に山崎太郎氏の記事「ワーグナーを読む」が掲載されました。山崎氏は東京工業大学教授。平成23年度後期に、九大独文にて集中講義を担当されました。

2013.05.01
受 賞 「ドイツ語学文学振興会奨励賞」(坂本彩希絵)

第52回ドイツ語学文学振興会奨励賞(2012年6月)の栄に輝いた坂本彩希絵氏の文章「私の研究」を、同会の会報「ひろの」52号より転載しました。

参考ファイル:scan-001.pdf
2013.04.22
寄贈図書『ドイツ語の歴史論』(新田春夫)

高田博行・新田春夫編『ドイツ語の歴史論』が、ひつじ書房より、2013年2月に刊行されました。同書はドイツ語史に関するお薦めの一冊。質の高い研究成果が多数収録されています。なお、編著の一人であり、ご寄贈者の新田氏は、武蔵大学教授、かつて三度、九大独文にて集中講義を担当されました。

2013.04.22
寄贈図書『激動のなかを書きぬく』(山口知三)

山口知三著『激動のなかを書きぬく 二〇世紀前半のドイツの作家たち』が、鳥影社より、2013年4月に刊行されました。特に第一部第二章の「転身の構図」は日本におけるトーマス・マン研究を代表する論攷です。なお、著者であり、寄贈者の山口氏は京都大学名誉教授、かつて二度、九大独文にて集中講義を担当されました。

2013.04.18
研究室紹介『九州大学文学部案内2013』(田野武夫)

拓殖大学准教授の田野武夫氏が、本学部ならびに本学府の案内冊子『九州大学文学部 九州大学大学院人文科学府 案内2013』に、「九大で学ぶ後輩諸君へ」という文章を寄稿されました。九大独文研究室の雰囲気をよく伝えている内容です。ご参考にされてください。

参考ファイル:img-田野.pdf
2013.02.21
寄贈図書『超域する異界』(大野寿子)

大野寿子編『超域する異界』が、勉誠出版より、2013年1月に刊行されました。寄贈者であり編著者である大野氏は東洋大学准教授、九大独文出身者です。

2013.02.21
寄贈図書『神の文化史事典』(嶋崎啓)

松村一男編『神の文化史事典』が白水社より2013年2月に刊行されました。九大独文出身の嶋崎啓氏(東北大学准教授)が執筆を分担されています。なお、本書は嶋崎氏からの寄贈図書です。

2013.02.20
書 評 『水の女』(『図書新聞』、古澤ゆう子)

小黒康正著『水の女 トポスへの船路』に関する書評が、『図書新聞』(2012年8月18日号)に掲載されました。書評執筆者は一橋大学教授の古澤ゆう子氏です。

参考ファイル:図書新聞.pdf
2013.02.20
書 評 『水の女』(『西日本ドイツ文学』、大野寿子)

小黒康正著『水の女 トポスへの船路』に関する書評が、日本独文学会西日本支部編『西日本ドイツ文学』第24号(2012年11月30日発行)に掲載されました。書評執筆者は東洋大学准教授の大野寿子氏です。

参考ファイル:書評(大野).pdf
2013.02.18
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